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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
プロローグ
1/51

火の鼠

裏道から表に飛び出した途端、火矢が立て続けに足元に突き刺さり、すんでの所で躱す。

産まれて初めて自らの小さい体に感謝しながら、右手で迎撃の合図を出す。

が、どうも状況は芳しくない。



「バカヤロウ!狙うのはもっと上だ上!」



そう怒鳴り散らしたのもつかの間、今度は腰を抜かして得物を取り落とす助六に、ぶん殴りたくなる衝動が沸き起こる。


が、胸に抱いた小さな妹の手前、かろうじて抑えこんだ怒気を込めて息をゆっくり吐いた。

ゆっくり8秒。

いや、時間の無い今は3秒でいい。



ボサボサの黒髪を掻きむしり、怒りの猛煙を逃がしながら、素早く逃走経路に視線を走らせる。

目的の進路が潰えていないことを視認した銀次は、眼下の男の腕を引き立たせた。弓の引き方が悪かったのか、弦に打たれたらしい男の二の腕からは血が滲んでいる。

常日頃あれだけ実戦も練習しとけと言ったのに、この様だ。



「坊ちゃん。。なんでぇこんな事になっちまったんだろうなぁ・・・。」



拳が飛んでこない事をいいことに、更なる泣き言を連ねる男に辟易した銀次は、嘆きを無視して足元の弓を取り上げて応戦を始める。

しばらくの撃ち合いの後、敵が倒れた事を確認して走り出すが、今度は肩に重みを感じて歩みを止める羽目になった。



「・・・嫌なら戻れ。もし奴らに見つかっても、俺に脅されたとでも言やぁ、まだ見逃してもらえるだろうよ。」



目も見ずに言い放った言葉を、助六はどう捉えたのだろうか。

一刻の沈黙の果てに、今度は急にいきり立ってみせた。


「嫌でさぁ!おらぁ坊ちゃんについていくんだ。なんでもすっから、おいていかねえでくだせえ!」



追いすがる助六は今度こそ、という眼差しを向けてくるが、ある程度安全な場所まで抜けたら捨て置くことを決意して、煮えくり返る腸を唾と一緒に吐き捨てた。



俺だって聞きてえ。

一体何故、こんな事になっちまったんだ。





*****





銀次は物心ついた時分から盗賊だった。

否、生まれ落ちた環境がすでに盗賊組織の中だった。



当時最も大きな勢力を誇った『火鼠』。

その首領の掲げる旗に描かれていたのは救飢の心得だった。

飢えを救う、つまり誠に貧しき者を救う、という奉仕の義賊だ。


富める者から奪い、貧しき者へ施す。

その御勤の中でも不殺を志とする義賊として、広く世に知らしめる為、火鼠は場所を選ばず活躍した。


米を独り占めする商人に、欲深い庄屋。高すぎる年貢を強いる支配者たち。



富める者からは恨まれ、貧しき者からは慕われる。

様々な思惑に揉まれながら規模を膨らませる火鼠の中、よりにもよって首領、雷蔵の元に生まれ落ちた銀次の波乱は、十七の時から始まった。




「いいか銀次。世の中はクソほど不平等が蔓延ってやがる。だからそこで俺たちが・・・おい、聞いてんのか?」



「わぁってるての。だから俺たちが平等にしてるって言うんだろ?」





一家団らんの夕餉に決まって説教垂れる父親のそれは、ただ息子の行く末を案じるものだ。

しかし当の銀次は、そんな口上に今日もうんざりした態度を隠さない。


そんなドラ息子の様子を見かねて眉を下げるのは母親で、対称的に青筋を浮かべるのは父親。幹部連中たちはやれやれと溜め息を付くのが日常だ。


なんとなく嫌な雰囲気の中で、まだ幼い妹のお美希だけがキャッキャと彩りを添えているのが、救いである。




――跡取り問題。


大きく膨れ上がる組織の中で、首領やその側近達の中で存在感が強まっていくのは仕様のない事であることは、銀次にも分かっていた。

そしてその期待が、次を担う人間へと注がれる事も。



しかし、くどくどと何度も繰り返される説諭は銀次の意識を変えることなく、夕餉を掻っ込み席を立たせるだけだった。


火鼠が組織されて20年。

親父によって組織されたこの火鼠に、代替わりは世襲制などという決まりはない。

しかし両親や周囲のそこはかとない期待を感じる事が、何よりも苦痛だった。

勿論、銀次だってこの世の不平等や貧困のむごさを目にしているし、富を独占する一部の豪農や庄屋の傲慢さを理解していた。

火鼠の謳う富の再分配だって、戦ばかりでお上の機能しない世には必要なことだとは考えていた。



けれどもっと別の、異なる次元での問題が、銀次の態度を頑なにさせていた。

それは―――





「坊ちゃん!」


いきり立つ幹部の右衛門を抑えて、立ち上がったのは助六だ。



「ハハッ!まだ坊ちゃんも若えですからねぇ。世の中を知るにはまだまだって事なんでさァ。親方様、オレっちに任せてくだせぇ」



「チッ・・・クソガキめ。まったく、才能の持ち腐れだってぇのがまだ分からねえのかってのか。


すまねぇな助六。銀次をたのむ。」



「銀次、早く帰ってくるのよ。」



両親のため息と、へへっという助六の照れ笑いを背後に聞きながら、銀次はお美希を抱き上げて外へ歩き出す。

が、助六が斥候らしくフォローを入れているつもりなのか、会釈を垂れながらつかず離れずの距離で付いてくる。

銀次はそれにすらイラつきながら、早足で屋敷を抜け出した。





蒸し暑い夏のあぜ道は月と星々以外、照らすものも無く暗い。

しかし時折吹く涼しい風がホタルを舞い上がらせて、僅かばかりの灯篭として行く道を彩ってくれる。

そんな美しい夜道のお供に、座ったばかりの首を傾けてお美希があーうー、と嬉しそうに手を伸ばした。



「最近、どうしたんでさぁ?いやに避けるじゃねえですか。

なにか心配事があるなら、オレっちに聞かせてくだせぇよ。」



なんでもない風を装って声を掛ける助六を振り返る。

五尺一寸の銀次よりも一回りも背が高く、ひょろ長い男を見上げれば、色黒の肌を持つ男の白い歯と目だけが暗闇に浮いて見えた。


一見不気味に見えるその風貌に目を細めながら、銀次はこの男が真に信用に足る人間かを熟考する。



歳の頃は二十。

銀次よりも3つ歳を重ねている助六は、幼い時分に戦で焼かれた村に取り残されていた所を、親父に拾われた男だ。

体はでかい癖に泣き虫な上、腰抜け且つ実戦がキライで、時折御勤をサボるような所がある。

しかし、拾って育ててくれた親父への恩義が強く、親父の言いつけならなんでも守る義理堅い男。

銀次からの評価はそんな所だ。



普段は実戦ではなく盗み先の下調べや小細工など、どちらかと裏方寄りだが、その経験から役職に就いたっておかしくない働きぶりをしている。

にも関わらず、本人はあくまで斥候や小姓を望んでいた。

良く言えば謙虚、悪く言えば向上心の無い―――そのような男だった。



雑多な人間が集まる組織の中では、自分に最も近しく信用できる人間であると銀次は判断する。




「お前に見せたいものがある。」



銀次は懐にしまった包みを無造作に放り投げた。

闇に溶けるような紺色の風呂敷に包まれたそれを、地に落ちる前にキャッチした助六。その反射能力に舌を巻きながらも、銀次は言葉を続ける。



「毒だ。」



「えっ」



続く言葉に、ポロリと包みを取り落としてしまう助六を見て、その様子から中身を知らぬ事を確信し、言葉を続ける。



「俺の兵糧に混ぜて入れられていた。即効性はないが、幾月も食えば腎を冒され血反吐を吐いて絶命する。しかし童が食えば、効果と時期はかなり強く、そして早まるらしい。薬師がそう言っていた。」



「坊ちゃん、それってまさか・・・」



震える助六の手で開かれた包みの中の白い団子。

時折京まで行く親父が土産に買う餡菓子に似た―――童なら喜んで口にしてしまいそうな、美味そうに見える代物。



以前、それを見掛けた時には不思議にも思いもしなかった。

もっとも、最初にそれを見かけたのは今年の冬の月―――四つになった弟が死ぬ10日前。

たまたま在宅だったその時に、食台に無造作に置かれていたそれを、次郎丸が口にする瞬間を見た。



痛い痛いと泣きながら、血反吐を吐きながら死んだ、弟の次郎丸。


当時は症状の似通った病の治療方法を一家総出で探しまわったが、ついに薬どころか病名すら見つける事が出来なかった。


もはやどうする事も出来ず、最期に飲ませてやった重湯に、足りない舌でありがとうと言って逝った次郎丸。

余りにも、早すぎる別れだった


ふくよかだった赤い頬が黒く萎び、体が傷み始めてもお袋は次郎丸を離す事が出来なかった。


結局、当時身重だった体に障るという事で、気絶させて引き離すしかなかったほどだ。



銀次は事あるごとに反芻する。

何の罪もない弟が何故、死なねばならなかったのか。


やれ富の再分配だ、救貧だのと抜かしておきながら、最も大切な家族を死なせてしまう事の理不尽さを。

これから生きるはずだった幼子の未来を思うと、銀次はあの時ほど自身の無力さを呪った事はなかった。




しかしそれから半年の時が流れ、ようやく僅かばかり悲しみが薄れ始めたという頃。


先日の御勤用の兵糧の中に、見覚えのある菓子を見つけた。

全て平等であるべきの兵糧の中で、自分の分だけに入った団子の菓子。

それに強烈な違和感を感じたのが始まりだった。




かかりつけの薬師に調べさせれば、すぐに毒性は明らかになった。

つまり同じような方法で、次郎丸が殺されたのだという事。

そして、次は自分。そして次はお美希もという確信があった。自分に対しては、すでに何度か仕掛けられていたのかも知れないが。


しかし、問題はここからだった。



誰がこれを混入させたのか。

おそらく、火鼠の中にいる誰かの仕業である事は間違いない。

銀次は誰が自分達を殺そうとしているかを、敵に気づかれずに知る必要があった。




銀次を含め、親父の兵糧などはほかの実行部隊とは区別が無い。

用意するのは揃って火鼠の中の女衆、主にお袋達なのだが―――心情的にもお袋がこれを混入・・・つまり次郎丸を殺したとは考えられなかった。

それに兵糧については誰にでも接する機会があり、そこだけで下手人を絞り込むのは難しいと考えていた。


となると絞り込む要素となるのは、最初に毒団子を目にした半年前、食台に置かれたものだ。


この屋敷に立ち入るのは主に首領の家人と、幹部連中、あとは斥候の助六くらいだ。


無論、外部からも入る余地のある屋敷ではあるが、そうすれば次郎丸に付きっ切りだったお袋や家人の誰かが気付く。

となると、思い当たるのは先に挙げた者達しかいない。



同じ釜の飯を食う、家族と言っても差し支えないほど近しい人間。

――毎日顔を合わせる彼奴等中に、次郎丸をむごたらしく殺した下手人がいる。




そう考えるだけで、銀次の心中は荒み、反吐が出そうな心地だった。



これ以上、家族を殺させてなるものか。




生まれて初めて巻き起こる強い憎悪と懐疑の渦の中で、最初に誰に打ち明けるべきか―――この事に気づいてこの数日、お美希を守りながら銀次が悩んでいた事だった。



「そ、それは奥方さまや親方様には話されたんで?」



「お袋には・・・無理だ。親父には、今晩話す。」



もちろん親父のことは最初から疑っていない。

もし打ち明ければすぐさま行動を起こしてくれるだろう。単細胞な親父なら総当たりで、下手人を洗い出す事が予想出来た。


しかし、そうなれば火鼠に大きな亀裂が入る。

親父に対するのは、下手人であるおそらく幹部連中の誰かもしくは―――複数人である可能性も捨てきれない。


そうなった場合、瞬く間に大きな争いが始まる。

相手は幼い次郎丸さえ毒殺する卑劣な輩だ。もし抗争の最中にお袋やお美希が狙われれば、ひとたまりもない。


銀次には戦いながら2人を守り切れる自信がなかった。

だから誰かもう一人、抗争が始まる前に信用できる人間が必要だと考えていた。



「それで俺に教えてくれたんでやすね。」



銀次の告白を理解した助六は目をつぶって沈黙し、肩を震わせる。

沈黙してしまった助六の代わりに、場違いなお美希のはしゃぐ声が宵闇に響いた。


助六の気持ちは理解できる。

これまで暮らしてきた火鼠が瓦解するかもしれないとなれば、恐れるのも無理はない。

銀次は一抹の申し訳なさを浮かべながらも、自らの願いを告げる。




「助六。明日の朝、お袋とお美希を安全な場所へ連れてここを離れて・・・そして、助けてやってくれ。」



「・・・ええ。もちろんでやす。お任せくだせえ。

けれども、坊ちゃんはどうされるんで?」



「俺は、親父と一緒に残る。この火鼠で一体何が起きているのか、しっかり探らねえといけねえ。」



「さようでございやすか・・・。」



一瞬、泣きそうな表情を覗かせながらも助六が何度も頷く。

余りにも儚げな顔をするので、まるで俺が死ぬみたいじゃないか、と茶々を入れようとしたその時。


強い風が髪を撫でて、思わず眼を細める。

急に流れ始めた雲が月と星々を隠し、真の暗闇が視界を奪う。

目に代わって周囲を把握し始めた鼻に、嗅ぎ慣れた刺激が差さった。



―――煙の、匂い。




刹那、身の毛の総毛立つ悪寒と、何かが起きる、いや、起きている予感。

まさか。そんなバカな。


うるさく鼓動する心の臓を無視して、銀次歩いてきた道を逆向きに疾走する。




「・・・ッ!坊ちゃん!!」




月の光が途絶えた夜の闇。


いつもと変わり映えの無い道の先。

溶け消えた蛍達の代わりに―――赤く轟々と屋敷を焼く炎が、夜空とあぜ道を照らしていた。


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