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3話 日南さんの気持ちが分からない

 翌日の放課後。俺は借りていた映画を返す為に教室で一人の女の子と机で頭を突き合わせていた。


「みっちゃん、映画見たから返すね。あんがと」

「見てくれたんだ! どうだった?」

「良かったよ。特に主人公がヒロインのクレープにハバネロを塗りたくって破局したシーンは涙なしでは見れなかった」

「そんなシーンあってたまるか。もうヒロちゃんたら嘘ばっかなんだから」


 少し呆れた顔をしながらDVDの入った袋を受け取る彼女の名前は永井美里(ながいみさと)さん。俺のクラスメイトで日南さんの一番の親友だ。


 茶髪の肩に少しかかるくらいのショートヘアでどちらかと言えば可愛い系に分類される活発で小柄な美少女だ。


高身長な日南さんとは対照的であるがこちらも男子に同じくらい人気がある。


 俺が告白大作戦の話を持って行った最初の人物かつ他の女の子達の協力を取り付けてくれた張本人である。ありがたいねえ。


とても明るい性格をしている友達思いのいい子で告白大作戦に二つ返事で協力を承諾してくれた。


 日南さんが村田と接触する状況を一緒に見守る内に仲良くなりお互いに「みっちゃん」、「ヒロちゃん」と呼び合う仲になった。最近は映画をよく貸して貰っているし結構馬が合うのだ。


「でも嬉しいなー、まさかヒロちゃんがこんなに映画に興味持ってくれるなんて思わなかった」

「みっちゃんの趣味がいいから少し見ちゃうと止まらないんだよね」

「調子いいんだから。そうだ、今度の日曜に二人で映画に行かない? ちょうど見たいのやってるんだ」

「お、いいねえ。じゃあ一緒に――」


 なんと女の子からお誘いを受けてしまったのだ! これは早くも作戦の効果が出たといっていい。


 だからチャンスを逃すまいとすぐに了承しようとした。しかし残念ながらそれは叶わなかった。


 何故ならいきなり教室の扉がけたたましい音と共に開いたからだ。そこにはうつろな目をした日南さんが立っていた。どうしたのだろうか?


「……二人きりでそんなに近づいていったい何してんの?」

「明日香どうしたの? 様子が変だよ?」

「何もないわ。それで何してんの?」


 日南さんの質問にみっちゃんが対応した。どうやら彼女も日南さんの様子がおかしい事に困惑しているようだ。どこか詰問している感じに見える。


少し空寒く感じながらもみっちゃんの代わりに彼女の質問に正直に答える事にした。


「みっちゃんと映画の話をしてたんだ。ほらチーカマ片手に映画を見てるって言ったじゃない? あれみっちゃんから借りてたんだよね」

「ヒロちゃん親父臭いよー」

「俺のどこが臭いんだって? ほれほれ!」

「ヒロちゃんの腕がチーカマ臭くて鼻がひん曲がるー。セクハラだー」


 みっちゃんは場の雰囲気を変えようととても楽しそうな様子を装ってからかってきたのが分かった。なので俺もそれにありがたく乗っかる事にした。


これは最近よくやってるじゃれあいだ。特に意味もない。だからこのやり取りをした後でなぜ日南さんがより一層茫然自失としたのかも分からなかった。


「あだ名呼び……? う、嘘……」

「? もしかして日南さんは俺に何か用事でもある? 例の作戦?」

「……緊急で朝倉君と相談したい事があったから探してたんだけど」


 彼女の瞳はもはや怒りの色を帯びている。何か変な事言ったかな? 今日日この程度の名前呼びやじゃれあいなんて珍しくないし映画を借りているだけだ。やましい事はない。


 教室内にとても重苦しい空気が流れる。えっ、何これ。俺そんなにやばい事言ったの? そもそも俺がみっちゃんと協力している事は日南さんもばっちり知っている。


 しかし何かが彼女の逆鱗に触れたのだろう。彼女が柳眉を逆立てながらこちらを凝視している。俺はそんな彼女から目を離せず全身の毛が逆立つ感覚に包まれた。


教室に他の人がいない為に俺達以外に物音一つ上げる物がないのがより一層恐怖を掻き立てる。なんか帰りたくなってきた。


 およそ体感で十分くらい経ったような気がした頃、唐突にみっちゃんが沈黙を切り裂いた。


「作戦会議するんだよね? ゴメンね、邪魔しちゃって。じゃあまた明日!」


 みっちゃんは言い終わるや否や超高速で帰り支度を行い扉に手を掛けるまで一分もなかった。この空間から先に脱出できた彼女に何とも言えない感情を抱く。後で映画OKの連絡するか。


しかしそんな事はどうでもいい。今は不機嫌を隠そうともしない日南さんをなんとかしないといけないのだ。


 何を怒っているのか見当もつかない。俺とみっちゃんが仲良くしている所が気に触った? ならばそこを核として言い訳のブラッシュアップを早急に――。


「朝倉君」

「ひゃい!?」


 ――しようとしたのにも関わらず無慈悲な刃に一刀両断された。おかげで変な声が出てしもうたやんけ、どないしょ。


「いつの間に美里とあだ名するくらい仲良くなったの?」

「うーん、半月くらい前かな?」

「ふーん」


 遂には尋問までしてきた。そうか、分かったぞ! 彼女は俺とみっちゃんの距離間を怪しんでいるんだ。


 言われてみればこの短期間で名前呼びするまで仲良くなるとか怪しいと言えば怪しいな。女の子との仲を深めるのに夢中で全く気付いてなかった。


 みっちゃんとは日南さんの前ではあまり喋らなかったから認知してなかったんだな。だとしても彼女がそれに怒るかは分からないが。


 そういえば日南さんに告白の手伝いを申し出てから初めて彼女と学校で喋っている気がする。他の人に見られたくないが緊急らしいから別にいいか。


「一つ聞いてもいいかしら」

「どうしたの?」

「まさかとは思うけど私の告白を手伝ってくれるのはそれを経由して他の女の子達との接点を作って手を出す為とかじゃない……わよね?」

「……」


 彼女の怒りの理由を考えていると日南さんがとんでもない事を言い出した。なんでそうピンポイントに俺の作戦にたどり着いたんだ。これは全力でごまかさねば。


「そんなんで接点なんて作れるのかなあ? ぼくちん考えすぎだと思うなあ?」

「最近、美里だけじゃなくてその他の私の女友達ともいっぱい話してるのよね。皆、朝倉君の事を凄い楽しそうに話してるわ」

「そうなのですか?」

「美里みたいにあだ名呼びするほど親しくはないみたいだけどね」


 彼女の推測に思わず変な言葉遣いになってしまった。作戦が順調に行ったのが仇となったらしい。


 あかん、これはほぼばれてもうてるわ。冷徹な彼女の視線は俺を掴んで離さない。その眼差しがあまりに冷たすぎて俺は凍り付いてしまったように動けない気がする。


そしてやはりみっちゃんとのあだ名呼びは彼女の何かに触れているらしい。


 もしかすると日南さんは村田とまだ付き合えてないのに協力者の俺が女の子と仲良くしているのが気に障ったとかか?


それか自分の友人を毒牙にかけようとする男に対しての怒りだな。というかそれしかねーよ。


「杞憂だと思うけど仮に朝倉君が私の言ってる通りの事をしてて、もし私の友達に手を出すなら……」

「出すなら……?」


 彼女の審判の言葉を固唾を飲んで待つ。いったいどうなるんだ。早く言って。焦らさないでくれ。このままでは恐怖で死んでしまいます。


 「朝倉君のやってる事を全部ばらすわよ?」


 閻魔様はそう言って笑顔で俺から希望を取り上げるのだ。バチだ、これはバチが当たったんだ。楽して女の子の知り合いを増やそうとしたのが間違いだった。


これで俺は事実上この作戦を利用して手に入れたこの学校の女の子に手を出す事が出来なくなった。ばれたら皆から総スカンをくらってしまう。


仮にこの方法を貫き通すなら安全を考えて学校外の子に手を出した方がいい。


 彼女は自分の友達にと言っているがこの方法を使用して出会った女の子まで後々条件を広げられたらと思うと校内の子に手を出すのはリスクが高すぎる。


 そもそもの話この作戦は彼女への恩返しの側面もあるから彼女やその友人達を傷つけるような可能性を含む物は絶対にNGなのだ。


とりあえず今は五月の終わり頃だから今夏までに彼女を作る可能性はかなり低くなってしまった。


しかし彼女には確たる証拠がないのは幸いだ。まだ疑惑段階だ。作戦はほぼ失敗に終わったが致命傷ではない。もうここらで損切りを始めるべきかもしれない。


 そしてまだ日南さんの告白大作戦は終わっていない。だからまずはこの事について考えよう。俺の今後の人生についてはその後だ。


「分かったよ、みっちゃんも含めて日南さんの友達に手を出す事は絶対しないから安心して。……ちなみに村田との仲はどう? 何か進展はあった? 緊急ってそれ関係でしょ?」

「……今度の日曜に遊園地に行かないか誘われたわ」

「おお、一歩進展じゃない! これはチャンスを物にするしかないねえ!」

「……」


 かなりわざとらしい話の転換に彼女の疑惑の眼差しは更に強くなった。流石にあからさますぎたか?また不機嫌になった気がする。


 ただ行先が遊園地か……。男女でいくならお化け屋敷とかが定番だが待ち時間をどうするかが難点だろうか。


悪くないチョイスだけど最初のデートは確実に成功させたい。うーん。もうちょっと成功確率を上げたいな。


「ちなみに行先は絶対に遊園地じゃないと駄目?」

「……どうして?」

「いやだって今回初デートでしょ? 遊園地の並ぶ時間でお互い話題に困って黙っちゃったらどうしようかなって。無難に映画館で映画見た方がいいとぼかぁ思うなあ」


 映画館なら映画が勝手に話題を提供してくれるから初デートには最適なのだ。これでどんどん仲良くなっていける。――あっ……、しまった!


しかし気づいた時にはもう後の祭りで日南さんの顔は能面を張り付けたような無表情さで待ち構えていた。


「映画が好きなのね。だから映画であんなに美里と仲良くなったんだ。羨ましい限りだわ」

「そりゃあ告白大作戦の成功にはみっちゃんとの連携は不可欠だし……。そうやって仲良くなった経験がないと偉そうにアドバイスとか出来なくない? あと映画は大好きです」

「……悪いけど遊園地以外に行先が変えられないわ。諦めて」


 彼女は俺の案を拒絶した。それもかなり不快そうな雰囲気を醸し出している。くそっ、なんで映画の話を出したのだ。俺は功を焦りすぎてしまった。


 日南さんはそんな俺を意に介さず何かを決意したようにこちらを見据えながら俺の前に立つ。綺麗な眼差しだが何か燃えるようにも見えた。


「まあ、今まではっきりさせなかった私が朝倉君の交友関係をどうこう言う資格はなかったわね。それに自分の気持ちがちゃんと理解できたからよしとするわ」

「えっ、何の話。資格? 気持ち?」


 いきなりどうしたの、急に。ちょっと脈絡がなさ過ぎて理解が追い付かない。


「今度の日曜に全部終わるから見てなさい」


 日南さんは高らかに宣言した。そうか遂に勝負を決めるのか。これは期待が持てそうだ。


当日はみっちゃんと映画に行くのでフォローは難しいかもしれないができる限りの事はしたい。まさか二人のデートに付いて行く訳にもいかないしな。


 日南さんと村田の相性が悪いかもしれない疑惑、俺の企みの看破、一番好きなチーカマの生産中止等この先に俺が告白大作戦の成功の為に考慮しなければいけない問題は山積みだ。


しかしそれでも二人が付き合えるように全力を尽くす事には変わりないのである。


 あれっ、今気づいたが日南さんが村田と付き合う事に成功すれば彼女の機嫌もよくなり彼氏が欲しいと思ってる女の子を紹介して貰える可能性だってあるのでは!


これはもう頑張るしかないな! なんとかここで挽回して日南さん直々の紹介ルートを開拓し彼女を作ってやるわ。……みっちゃんにお願いして一緒にデートのサポートに回るのも手ではあるか?


 とりあえずみっちゃんに嫌われない限り俺はあだ名で呼び続ける事は確定している。だって友達だもの。……友達だよね?



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