1話 彼女が欲しい、絶対欲しい、誰でもいいからなって欲しい
「彼女が欲しいです……」
俺――朝倉博――は絶望に打ちひしがれていた。
事件は放課後の公園で起こった。
俺は桜の花びらが雪のように舞い散る風景を大好物のチーカマで楽しむというなんとも贅沢で幸せな一時を堪能していた。
しかしそんな俺の幸せは公園でカップルが桜並木を並んで歩いている姿によって粉々に砕かれてしまった。
どうやらあのカップルは最近TVやSNSで話題のクレープ屋さんのクレープを食べさせあいながら楽しんでいるようだ。
なんでも食品メーカーが流行らせたらしいがクレープを男女で一緒に食べると末永く幸せになれるというおまじないの効果があるらしい。
あのカップルは恐らく縁結びの効果を期待してデート中にクレープを楽しんでいるのだろう。
一方で俺はと言えばさっきスーパーで買ってきたチーカマを相棒に一人公園にたたずんでいる。。
いや、何ですの、この格差は? 別にいいよ。クレープとか嫌いだし? チーカマ大好きだし?
むしろ俺は他人の流行などに左右されない賢い人間だと言える。あのカップルはマスメディアやメーカーの作りだした見せかけの流行に踊らされる哀れな子羊だ。
だがどれだけ言葉を重ねてもあのカップルとクレープを見た瞬間先ほどまで幸せだと思えた物が一瞬で消え失せたのは拭えない事実なのだ。
いや、やせ我慢しても意味がない。もう正直に言う。俺はあのカップルが羨ましい。クレープなぞどうでもいいが俺は彼女が欲しくなった。それも猛烈にだ。
彼女と一緒に映画とか行ってみたい! 手とか繋ぎたい! やっぱりクレープとか食べさせ合ってみたい!
しかし悲しいかな、俺は高校に特別仲良くしていると言える女友達など一人もいない。故に彼女を作るなんて現状、夢のまた夢。
このままではいけないがどうすればいいのか皆目見当もつかない。何かいい手はない物か……。出来れば夏くらいまでには作りたい。本当に誰でもいいから。
しかし学校の女子に下手に接触して変な噂になるとまずいしどうしようか。変質者扱いされるのはたまらんぞ。何かスマートな方法……。
思案に耽っているとスマホから明るい電子音が発せられたのでポケットから取り出し通知画面を目をやる。
『出会い系サイトを利用したねずみ講による犯罪被害が――』
どうでもいいニュースの通知か。今の俺には必要のない物だ、どうやったら彼女を作れるかが先決なのだ。出会い系サイトなんて危ない物を使う気はない。
そう思い再びスマホをポケットにしまおうとしたのだが……
「ん? 出会い系にねずみ講? ……これだ!! 俺はいま天啓を得た!! これで彼女作り放題だ!! ヒャッホイ!!」
余りにも大きな声を出しすぎたせいか周りには異常者を見るような目で見られてしまう。先ほどのカップルがドン引きしているのも見えた。
しかし今この瞬間、この素晴らしいひらめきの前ではそれも難しい。だからどうか許してくれ。警察だけは呼ばないでちょうだい。チーカマあげるから。
もうこうしてはいられない。明日の作戦実行に向けてすぐさま作戦を練らなければならない。
そう決意を新たにした俺は手に持っていた残りのチーカマを胃に流し込み自宅へ向かうのだった。
◇◇ ◇
翌日の五時限目の前の昼休み。確固たる作戦を携えてきた俺は彼女を作る為のキーとなるであろう女の子の所に向かう事にした。
その人物の名は日南明日香。俺と同じクラスの高校二年生で学校一の美少女と呼ばれている。
綺麗で腰までかかった黒髪のストレートヘアに新雪のように白い肌と端正な容姿。そして極めつけに黒曜石を想起させる澄んだ瞳が見る者を引き付ける。
それでいて高身長かつ豊満なスタイルを持っているので入学当初から学校のアイドルとして君臨している正真正銘の高嶺の華だ。
一年の頃は彼女とはクラスが別だった上に仲良くもないので詳しく知らないが確か昨年の文化祭のミスコンでも総合優勝していたはずだ。
しかも人柄もよく皆に分け隔てなく優しくおしとやかなので男女ともにとても人気があるのだ。ある一点を除いてはだが。
まあ女の子と基本的に接点がない俺のような男子にも優しく対応してくれるまさに女神のような女の子と言って差し支えはないだろう。
「はあ……」
そんな彼女は今学校の屋上からグラウンドを見下ろし儚げに黄昏ている。最近この時間は屋上にいる事が多いと聞いたのだが当たりだったようだ。
しかし美人は何をやっても絵になるな。暖かな風が時折桜の花びらと共に吹き抜けると彼女の美しい髪が波打つのが印象的だ。
ただこのまま彼女に見とれていても時間が無駄に過ぎてしまうだけなので早速作戦を実行する事にした。
「日南さん、どうしたの? 体調悪い?」
「朝倉君? ……ううん、別になんでもないよ……」
「そっか、ならいいんだけどさ。ただ最近よくぼーっとしてる事が多いなって思ってね。……村田を見てる時とか特に」
「!? どうしてそれを!?」
日南さんは俺に思考を読まれた事によほど驚いたらしいがそんなに難しい事じゃない。これはクラス内でほぼ周知の事実だからだ。
ちなみに村田というのは村田一成という名の俺達と同じクラスの男子生徒で女子人気の非常に高いイケメンだ。バレンタインの日に女の子達が騒いでいたのを覚えている。
運動場を見ると彼が友人達と談笑しているので恐らく日南さんは彼を見ていたのだろう。
「いや、結構分かりやすかったから多分村田以外は皆知ってるんじゃないかな」
「あはは、恥ずかしいなあ……」
よしきた。上手く話しを繋ぐことができた。しかし安心するにはまだ早い。勝負はこれからだからな。
「……皆が噂してたんだけど日南さんって村田の事が好きだったりする?」
「……! だったら何だって言うのかな?」
少し怪訝そうな顔を俺に向けてくる。まずい。多分この手の質問を多くの人にされたかそもそも親しくもない男にされて苛立っているんだ。
だとしたらもう猶予はない。彼女の不興を買う前に伝えてしまおう。
「いやね。もし村田の事が好きなら彼と付き合えるようにお手伝いさせてもらえないかなと思って」
「へ?」
日南さんは俺の提案に気が抜けたのか変な声になった。どうやら彼女にとっては意外な提案らしい。しかしこれはチャンスでもある。ここで一気に畳み掛けよう。
「日南さんが村田を好きなのにそれが村田に届かないのが見てて歯がゆくてさ。もしよければ付き合う手伝いをさせてくれないかなって」
「どうして私を手伝うの? そこまでしてくれるほど私達は親しくないよね?」
「前に俺が日直だった時にもう一人が休んで日南さんが手伝ってくれた事があったじゃない? そんなにしてくれる人って今までいなかったから嬉しくって」
「そんな小さな事で私を手伝ってくれるって言うの?」
俺の説明は彼女を大いに驚かせた。そんな事で告白の手助けをするなんておかしいといえばおかしいからだろうか。
しかしその時はとても助かったし、日南さんってすごくいい人なんだと好感を持ったのは本当だ。
あらゆる意味で日南さんが最適なのでアプローチをかけているのだがこの恩返しもできるという点が大きいのである
ちなみにこういった親切はもちろん俺のみではなく学校の皆にやっている事だ。それ故、彼女に憧れる男子は非常に多いし男子生徒の憧れの的だ。
しかし残念な事に彼女には想い人がいる。それが話の中に出てきた村田だ。日南さんとは二年連続で同じクラスで周りからお似合いだと言われている。
最近日南さんが村田を見つめている所がよく目撃されている。それに気づいていないのは恐らく村田だけだろう。それが彼女の人気にケチをつけているのである。
恐らく俺も村田の事を知らずに親切にされていれば彼女に憧れて勝手に失恋していたと思われるがつまりそれくらいには人気の高い女の子なのである。
だが幸いな事に彼女が村田に想いを寄せているという要素こそが俺が一番必要としている物である。このチャンスを逃す訳にはいくまい。
「迷惑でなければぜひ力になりたいんだけど……」
「……」
俺の言葉に対して彼女は半身半疑の様子だ。やはり怪しかったのだろうか? そう思い諦めかけたのだが――
「分かった」
「うえ? 何が分かったの?」
「私も確かに村田君の事をちょっといいなって思ってたしお付き合いとかした事ないから興味もあるよ。だからそれを手伝って貰えるならお願いしてもいい?」
彼女はなんと俺の提案を承諾してくれた。絶対に失敗したと思ったから変な声出しちゃったじゃない。
まあ何はともあれこれで俺は作戦の為に動く事が出来るのだ。だからこそ絶対に彼女の希望を叶える事を誓うのだった。
「本当に!? 絶対に二人が付き合えるようにするから! よろしく!」
こうして俺は日南さんの告白大作戦に力を貸す事になったのだ。