北欧神話詩『オーディン讃歌』
ギリシャ神話詩・メソポタミア神話詩・古代エジプト詩に続く、世界の神話伝説や歴史を題材にした詩、今度は北欧神話詩です。農耕と交易、時に略奪に生きた北欧の民ヴァイキングが信仰した戦いと死、詩と魔法の神オーディンの讃歌です。この詩を、北欧神話やヴァイキングを愛するすべての人々に捧げます。
遠い昔、北欧の 凍れる海に名を馳せし、勇猛果敢なヴァイキング。
彼らが崇めし神々の 頂点に立つ高き者、
万物の父たるオーディンは、知恵を求めて世界を旅し、
太陽が沈む西の果て、月が昇る東の彼方、どこであろうと赴いたり。
八本足の駿馬にまたがりて、鍔広帽子を目深にかぶり、
魔法の槍を携えて、世界をさすらう 昼夜を問わず。
知恵を手にするためならば、犠牲を惜しむことはなく、手段を選ぶこともなかりけり。
あるときは、知恵の泉の護り手に「汝賢くなりたくばここに湧く、魔法の水を汲みて飲め。されどこの水欲するならば、眼をどちらか片方寄こせ」と告げられて、
破顔一笑、お安い御用と答えつつ、ためらうことなく片目を抉る。
またあるときは、魔法文字の秘密を知るために、
世界樹に己を吊るし、槍もて我が身を貫いたり。
風雨にさらされ九日九夜、枝葉と共に揺れながら、
生死の境をさまよいて、ついに極めた魔法文字の奥義!
また別のあるときは、巨人の国を訪れて、物知り巨人と知恵比べ。
真に賢きオーディンは、己が答えを知らぬ問いを出し、
物知り巨人に答えさせ、まんまと得たり新たな知識。
そうして手にした知恵をもて、オーディンめぐらす深謀遠慮。
すべては世界を護るため。いずれ来たるべき破滅のときに、悪より世界を護るため。
人間同士を争わせ、数多の死せる英雄、天上の 神々の国へ引き上げて、饗応したり戦死者の館にて。
かくて彼の許に集まりし、英雄勇者は数知れず。
加えて他の神々も、いずれ劣らぬ強者ぞろい。
魔法の槌振るう豪傑トール、見目よく優しき貴公子フレイ、
虹の橋守るヘイムダル、雄々しき片手の戦士テュール、
戦乙女率いるフレイヤに、弓に長けたるウル、スカジ。
ついに世界を神々の黄昏、破滅が襲いしときは、
これらの神々、死せる英雄もろともに、勇猛果敢に戦い抜かん。
弓の弦切れ、剣の刃こぼれ、魔法の呪文唱える声も嗄れ、己が命運尽きるまで。
高き者もまたそのときは、愛しき妻たるフリッグと、
別れの抱擁、口づけ交わし、最後の戦へと赴かん。
片目の端に浮かびし涙、妻には見せず、袖もてぬぐい――。
そしてオーディン、広大無辺の荒れ野にて、
万の神々、数多の死せる英雄引き連れて、
狡知に長けたる悪しき神 ロキが呼び寄せし魔狼と大蛇、そして巨人の大軍勢、
正々堂々迎え撃たん。
オーディン、彼と相対するは恐るべき、天衝き地掠る大顎の狼フェンリルなり。
魔性の狼、耳まで裂けたる口を開け、神を呑み込まんと迫り来る。
トールが戦車を走らせ槌打ち振るい、人間の国を取り巻く大蛇、禍々しきヨルムンガンドと戦うその傍らで。
片目のオーディン、怯まず退かず、八脚馬の脇腹蹴りて、
上と下より迫り来る、顎の狭間へ突き進まん。
魔狼の喉に渾身の、槍の一突き見舞わんと。
たとえ魔狼に吞み込まれ、死することになろうとも、
人生は刹那、名声は永遠。
鍛冶場に舞い散る火花のごとく、戦場に命散らすは戦士の誉れ。
原初の巨人ユミルを殺め、その骸もてこの世界 創りしときより今日この日まで、
あらん限りの知恵をば絞り、ただひた向きに駆け抜けた、己が生涯に悔いはなし。
オーディン、魔狼に吞み込まれ、命落としたその後に、
炎舞う国の守護者たる火の巨人、
スルト来たりて炎の剣を振りかざし、古き世界を焼き払わん。
神も巨人も人間も、鬼人、妖精、小人も皆ことごとく、炎に包まれ燃え尽きん。
しかし炎が消え去りしとき、暗き雲の切れ間より、黄金の光一筋差して、
大地に再び緑が芽吹き、新たな世界が産声上げん。
死者の国の女主人、ヘルの陰鬱なる館より、
高き者の愛しき息子バルドル戻り、晴れ渡りし天が下、新たな世界の主神とならん。
さらばオーディン、高き者。
二羽の烏フギンとムニンを肩に留め、二頭の狼フレキとゲリを従えて、世界を見渡す高御座、魔法の玉座に座す神よ。
いずれ年老いた世界樹、世界に根を張る大樹と共に、倒れる運命の片目の神よ。
この歌をもて、御身を讃えん。
まこと御身は偉大なり、まこと御身は偉大なり。
……ところで、新たな世界の未来はいかに?
破滅の淵より蘇りたる、世界のその後はいかにとな?
はてさて、それは我もあずかり知らぬこと。
もし是が非でも知りたくば、なんとかすべし 汝自ら――。