48話 南部
「全体!出発!」
エレナさんがそう通達すると隊がゆっくりと前進し始めた。
あれから僕たちはリールと合流して馬車に乗り出発の準備をしていた。
「開門!」
城壁に立つ兵がそう言うと鋼鉄製の門が上に向かってゆっくり引きあがっていく。
重りと近くに流れる川を利用した水車の力を利用して持ち上げている。
「いよいよですね」
「うん、南部だ」
僕が乗る馬車が通るころには門が完全に開かれていた。
城壁の上や沿道には兵達や文官達が並んで敬礼している。
「行ってきます」
僕は聞こえないであろう小さな声で自分に言い聞かせるように言った。
「殿下、まもなく越境です」
リールがそう言うと外に金でできたポールが平行に2本建っていた。
片方には皇室の旗が、もう片方には北部の旗が掲げられていた。
、、、境界線だ。
僕は大きく息を吸って自分を奮い立たせた。
そしてリールに言った。
「行こう!南部へ!」
「はっ!どこまでもお供します!」
僕たちは程なくしてそのポールを越え、南部に入った。
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「あのボンボン、事務はできるようですね」
「”事務”はね」
あれから南部の関所を通過した。
北部管轄ではないため時間がかかるかと思われたがどうやら皇室騎士団が手を回していたようだ。
すぐに通過できた。
「恐らく皇室は一時でも早く殿下を帝都に呼びたいようですね」
「だね、本当はしなきゃならない手荷物検査もなかったし皇室の誰かが手を回したね」
「一体だれが呼んだんですかね?」
「まあ候補はいっぱいいるよ。僕を邪魔に思う人なんて南部には山ほどいるし」
そうだ、僕を追放した第一皇妃のみならず僕は帝都のあらゆる勢力に邪魔だと思われている。
皇位継承権を持ち、北部の事実上の君主として民衆・軍・北部貴族達から圧倒的な支持を得てきた。
帝都の貴族は北部軍の実力を過小評価しているがそれでも北部の圧倒的な財力は無視できないだろう。
「帝都の貴族どもからしたら殿下は陣営に組み入れる最優先対象です。殿下を組み入れれば財力と北部貴族の支持が手に入りますから」
「そうだね。でも僕はどこにも入るつもりなんてない」
「もちろんです!殿下は誰かに指図されていいような人ではありませんし何より陣営に入ったら利用されて捨てられるだけです」
「僕は自分の陣営を立てようと思う。北部貴族と商人・軍人に支持された実力主義の陣営をね」
「賛成です。下手に不干渉でいるより身を守れる規模の陣営を作る方が確実です」
僕の社交界デビューのころにはおじさんを筆頭に大勢の北部貴族が帝都に来る。
それに社交界デビュ―までに確立する予定の帝都の協力者を加えればある程度の規模の陣営を作れるだろう。
僕は別に他の陣営と同じく玉座を狙っているわけではない。
必要なのは2年間耐えられ、身を守れる陣営。
僕の北部永住が承認されれば北部貴族を全員連れてヴェスターに帰還する。
「どちらにせよある程度の他陣営との駆け引きが起こるでしょう。まあ戦争の交渉を行ってきた殿下なら楽勝でしょうが」
「まあ頑張るよ。北部からは膨大な支援をもらってる。負けるわけにはいかないしね」
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「殿下、村が見えてきました」
南部側の関所を通過してから半日、日が暮れてきたころだ。
「村?」
「はい、あそこです」
リールが指を指した方向に村が見えた。
「南部の村は初めてだね」
「はい、関所を越えてからずっと穀倉地帯でしたからね」
「それにしてもあの村さびれた感じだね」
「はい、全体的に古くて整備も行き届いていない感じですね。人は多そうですが、、、」
遠くに見える村を見てみると全体的にさびれている。
北部はそもそも農業をやっていなかったため都市に人口が集中して村がほとんどなかったがそれでもこの村はさびれているとわかる。
「領主は何やってるんだろう。改善策はいくらでも打てるはずなのに、、、」
「南部貴族にそのような考えはありませんよ。彼らは自分に入ってくる穀物の量しか気にしてませんから」
リールが言う。
「そういえばリールは南部貴族に会ったことあるんだっけ?」
「はい、おじい様と一緒に北都で交渉に参加したことがあります」
「小麦の価格設定か」
「はい」
今はクルヴァ併合で事実上必要なくなったが小麦の公式な値段を決める交渉が毎年収穫期に北都で行われる。
いつも横暴な態度で法外な額を突き付けてくると聞いたがリールの顔を見る限り嫌な奴だったのだろう。
「毎回来る商人とつながってる妾を何人もつれた太った貴族がいるのですがそいつが長男を連れてきていて、、、」
「長男?」
「はい、その長男は父親と同じく太ってて悪趣味で毎回会うたびに婚約しようと言ってくるのです」
「え?マジ?」
びっくりした。
そんな命知らずがいるのかと。
リールはただの令嬢じゃなくて北部軍最高司令部副長官にして近衛隊の隊長だ。
彼女自身も一騎打ちで負けなしの化け物だ。
そんな彼女に悪趣味なボンボンが求婚したとなれば部下や本人に首を落とされてもおかしくはない。
「それに断ると身分がなんだの女がなんだの南部のくだらない理論で脅そうとしてくるんです」
とんでもないやつだ。
この2年で近衛隊は拡大して1万人になった。
このことを彼らが聞いたら南部の都市がいくつが焼け野原になる。
「まあ副官達が追い払ってるのでほとんど会話は交わさないんですけどね」
「ハハ、、、帝都に行ったらそのボンボンの命はないかも、、、」
「ん?何か言いました?」
「いえ!何も!」
「?」
「そ、それよりもリールは結婚するつもりないの?」
急いで話題をそらす。
「するつもりはありませんね。結婚なんてしたら前線立てなくなりますし。それに私が好きなのは殿下だけですよ」
リールがにっこにこでそう言う。
「ありがとう」
そんな話をしている間にも馬車は進み続け、南部最初の野営地に着こうとしていた。
遅れました!
次回投稿は日曜日になります。
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