47話 境界
見渡す限りの平原の奥に少しずつ人工物が見えてきた。
境界だ。
「ここら辺は北部と思えないほどきれいな景色ですね」
そう言って窓から外の平原を見ながらリールが言う。
「そうだね、でもここも農業はできないくらい栄養がないんだよね」
「そうですね、まあだから大きな木が少なくて大平原が広がっているのでしょうが」
「だね」
ここは境界手前の大平原。
北部最大の平原だ。
青々とした緑が広がっているがどれも背が低い草ばかりでそこが農業に適していない土地だということを示している。
本当に北部は貧相な土壌だと改めて思う。
トントンッ
「姫様、よろしいでしょうか?」
エレナさんだ。
「いいよ」
そう言って僕がエレナさん側の窓を開けて身を乗り出す。
エレナさんが馬に乗りながら馬車と並走している。
「先行隊から報告です。北部側の関所は最優先で通過できます。関所内での護衛も待機しているそうです」
「了解、最近の関所はどんな感じかわかる?」
「報告によるとクルヴァ併合によって北部への移民希望者が増加したことから不法移民・密輸の摘発数が前年より数倍に膨れ上がっているようです。おそらく今回の護衛もそれによる関所の治安悪化を警戒してのことだと思われます」
「わかった、ありがとう」
「ではこれで」
そう言ってエレナさんは先頭に戻っていった。
やっぱり予想はしていたが治安が悪化しているようだ。
境界付近に住む南部人からしたら北部はさぞかし豊かに見えるのだろう。
だがここ数年で北部は移民の上限を絞っている。
北部内で自立した経済圏を構築するためだ。
それもあって不法移民が増加しているのだろう。
「殿下、関所の城壁が見えてきました」
リールがそう言った。
外を覗いてみるとさっきまで小さくしか見えていなかった関所の建物が大きく、くっきりと見えていた。
「ここに来るのも8年ぶりだな~」
「私も久しぶりです」
「やっぱり大きいね。城みたい」
「お互いの威厳を見せ合う場でもありますからね」
そうだ、ここは南部と北部が接する場所。
お互いの力を見せ合う場でもある。
「関所内は一度降りて徒歩で境界を越えます。ご準備を」
「わかった」
関所内は人でごった返している。
それに軍の力で審査が免除されているとはいえ身分に関係なく手続きが必要だ。
まあ8年前は一瞬しかいなかったしゆっくり見てみたいと思ってたからちょうどいいや。
「全体!止まれ!下馬!」
エレナさんの声が聞こえると隊が止まって護衛隊が全員馬柄降りた。
トントンッ
しばらくするとドアがノックされた。
「殿下、護衛隊の準備が完了しました」
「わかった。今行く」
そう言って僕は先に降りたリールに手を引かれながら馬車から降りた。
「ようこそ境界へ、殿下」
関所の責任者が出てきて挨拶してきた。
「ありがとうございます。特別待遇を用意してもらってすいません」
「いえいえ、殿下が北部にもたらされたものは計り知れません。忠誠を誓う一人として当然のことです。早速ですがこちらへ」
そう言って僕たち一団を建物の中へ案内してくれた。
そこで越境の手続きをするのだ。
と言っても手続きはほとんどリールがやってくれる。
「ここは私がやっておきますので殿下は外でお休みください」
「ありがとう、じゃあ終わったら呼んでくれる?」
「かしこまりました。では手続きが終わり次第馬車の方にお呼びします」
そう言って僕は手続きが行われている部屋を出た。
来賓用の個室が用意されていたがやっぱり外の方がいい。
「せっかくだしさっきちゃんと見れなかった外に行ってみよう」
「かしこまりました。隊で護衛いたしますので姫様は真ん中にいてください」
そう隣で重武装のエレナさんが言う。
「心配しすぎだよ~刺客が来ても一人で倒せるし大丈夫だよ」
一応剣は持ってきている。
そこら辺のごろつきに負けるほどの実力ではない。
「ですが、、、わかりました。私はついて行きますからね」
できれば一人で行きたかったけどエレナさんが頑なだしいっか。
僕たちは建物の外へ出た。
外は相変わらず人でごった返している。
「やっぱり人多いですね。」
「移民手続きができるのここだけだしね~」
南部と北部を結ぶ関所はいくつあるが保安上の理由から移民としての越境ができるのはここだけになっている。
しかしここに来たからといって全員北部人になれるわけではない。
北部への忠誠、法律への服従の意思、総督と軍への敬意がなければそもそも選考対象にならないしそれに加えてある程度の財産と勤勉な性格が必要となる。
「ちょっとあっち行ってみよう」
「はい」
境界の門に近いエリアに行ってみた。
南部側の門が見える。
金で趣味悪く装飾された門はそこまで大きくなく南部が無駄に見栄を張っていることがうかがえた。
対して北部側の門は大理石一つで作られていて巨大で実用的な形だった。
「境界周辺は南部人が待機するエリアがあってそこには強行突破しようとする不法移民やそれを狙う南部の犯罪者がいると聞きました。治安が悪いのは明らかです。離れないでください」
「わかった。」
そう言って境界を見学していると怒号が聞こえてきた。
「お願いだ!子供だけでも移民させてくれ!」
待機エリアからだ。
木でできた頑丈な網目状の柵で防がれているが群衆はそれを押し倒しそうな勢いでこちらに向かって叫んでいる。
「うちの村は重税で食べるものも残されていない!このままだと餓死してしまう!」
「うちもだ!お願いだ!北部は金あるんだろ!助けてくれ!」
「ひどい状況ですね。ここまでとは」
「南部では最近小規模な干ばつがあったらしくてそれに過剰反応した貴族たちが小麦を巻き上げているらしいね」
「ひどいですね」
「そうだね、、、」
ここほど格差が目に見える場所はないだろう。
柵の向こう側は痩せて貧相な服を着た農民が必死に叫んで突破しようとしている。
それに対してこっち側はオリハルコンの鎧を着た筋肉質な兵がそれを止めている。
「、、、帰ろう、もうすぐリールの手続きが終わるころだし」
「、、、はい」
「エレナさん」
「はい」
「彼らを見てどう思った?」
「かわいそうだと思いました。支配者の違いだけでここまで差が出るとは、、、」
「そうだね。でも今僕たちにできることはないよ」
「、、、承知しております」
「北部はやっと自分たちが食べる量を確保できたんだ。今南部からの移民を増やせばそれは破綻する」
「そうですね」
「それに彼らは考え方がそもそも違う」
「考え方?」
「彼らはセレア教、僕たちは精霊を祀っている。そして異民族は野蛮で排除すべきだと教えられてきた彼らが今の北部に入ってきたらどうなると思う?」
「間違えなく対立が起こりますね」
「そうだね。異民族や元奴隷が軍だけじゃなくて北部には山ほどいる。その彼らは北部人であり仲間だ。それを南部人は迫害し、差別するだろう。そんな地獄のような北部を僕は見たくない。」
「姫様、、、そこまで考えられていたのですね」
「彼らを助けるには僕たちが帝都での戦いで勝って北部に帰り、北部を強くし続けるしかない、そうすれば彼らを養う食料も手に入るしね」
「、、、感服いたしました。やはり姫様は我々の最高の主君です」
「ありがとう」
柵の向こうで叫ぶ彼らの顔と声を覚えておこう。
僕が、、、北部が今助けることのできない顔だ。
いつか、、、
いつか助けに来る
僕は気合を入れなおして馬車へ歩き出した。
次回投稿は金曜日になります。
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