10話 殲滅戦
「あれが敵の司令官のようです」
「敵ながらずいぶんと堅実な手を打ってきたからどんな人か気になってたけどやっぱりベテランだね」
「あれは恐らく敵東部司令官のブルノン・フォン・エーベルトですね」
ブルノン・フォン・エーベルトは知識と経験においては北部の指揮官たちを上回ると聞いている。
そうだ、ちょうどいい。
「敵の残り総数は?」
「敵は本陣の予備隊と残党合わせて残り5000ほどですが急にどうしたのですか?」
リールが不思議に思って聞いてくる。
「ちょっと案があってね。こちらの予備隊はどれくらい残ってる?」
予備隊、最初から前線に立つ部隊と違い想定外のことが起こったときに使う部隊のことだ。
「近衛隊を除くと11から18軍団の計8軍団の8万人です」
「了解、残りをすべて使って包囲の穴に蓋をして」
「了解しました、敵の後ろに回らせます」
リールが後ろにいた伝令隊に伝える。
「あとここから一番近い街道ってどこ?」
「街道ですか?ここからだと王国の王都につながる街道がありますが、、、」
「その街道に一番近い位置は近衛隊を配置して」
「了解しました。でもなぜですか?」
リールが相変わらず不思議そうに言ってくる。
「とにかく実行して」
「了解しました」
しばらくすると第11軍団を先頭に後続の包囲部隊が来た。
8万を超える無傷の大軍を見て敵の中には戦意を失って降伏するものが出始めた。
後続の配置が完了して包囲が完成すると近衛隊を率いて街道に一番近い戦線に張り付いた。
「降伏した者の処遇はどういたしましょうか?」
近衛隊が戦い始めるころには捕虜が膨れ上がって対処しなければいけないレベルになった。
「とりあえず拘束して後ろに下げて、負傷している者は治療して」
「了解しました」
普通このような大規模な合戦で出た捕虜は補給を圧迫するため乱雑に扱うのが正解だが僕はそうしない。
王国兵はそもそも徴兵されただけの農民だし、今回彼らは圧倒的な我が軍に対して勇敢に、そして誠実に戦った。
あと、おじい様に戦術を学ぶときに第一に「戦場では慈悲以上に裕福な判断はない」という言葉を教えられたからだ。
「敵総数1000を切りました」
リールがそう告げた。
もう勝利は確定している。
「降伏勧告を行いますか?」
「いや、降伏勧告はいい」
「では殲滅しますか?」
「それもいい」
「ではどうしますか?」
選択肢を出し切ってリールは不思議そうに聞いてくる。
「敵指揮官が立っている戦線の攻撃を強めて」
「了解しました」
「あともう一つ」
「まだ何か?」
「近衛隊を敵にばれないくらいの速度で後退させて」
「了解しました。敵の指揮官を誘い出すんですか?」
「まあおおむね正解だよ」
敵の指揮官が立って兵を鼓舞していた敵左翼はどんどん押され始めて敵は本陣ごと攻撃が緩い右翼に撤退してきた。
敵司令官も左翼から右翼に移り、左翼では戦線の維持が困難なレベルに一方的になっていた。
「そろそろだね」
「何がですか?」
「近衛隊を引き抜いて」
「了解しました。どの隊と代わらせますか?」
「いや、どことも代わらせなくていい」
「え?それでは敵に逃げ道を与えるのでは?」
「そうしてるの」
「どういうことですか?」
「今回、敵の指揮官には逃げ延びてもらう。その代わり、王国の兵力を回復不可能なレベルまで削ぐ」
「司令官だけ逃がしてそれ以外は殲滅ということですか?」
「そのとおり」
「でも何故?」
「今回行った戦術は「斜線陣」っていうんだけど、これは帝国の古代史からとってきたの」
そう、今回の戦術は数千年前に常道だったものだ。
時がたつにつれて戦場も複雑化してきて忘れ去られてきた。
それを今回今の戦場に合わせたものだ。
「古代史からですか」
「まあほとんどオリジナルだけどそれを基礎に作ったのは事実だね」
「まあそれでも殿下が考案したことには変わりませんよ。それでその「斜線陣」がどうされました?」
「この「斜線陣」は本来重装歩兵だけで盾を持っている左から突撃していくんだよね」
「左、、今回は右からでしたよね?」
「そこが重要なポイントなんだけど、今回右から突撃したのは二つの理由かあるの」
「それはどのような?」
「一つ目は今の北部軍に合わせたから」
「北部軍の状況?」
「本来重装歩兵がまったく同じ装備で連携しながらやる戦術だけど今の北部軍は装備もバラバラで個々が強いからね。そして二つ目は陽動のため」
「陽動?」
「今回の戦術を見て敵が対策するとしたらどうする?」
「当然最初に先鋭突撃してきた左翼に戦力を多く裂きますね、、、まさか!」
「へへ、きずいた?」
「まさか殿下、、次の合戦を見越していたのですか!」
「そのとおり!」
次の合戦はいずれにせよこちら側から王国に侵入するときになるだろう。
今回の戦いで王国は戦力を失いすぎたからだ。
今後数か月はこちらが王国領内にいつでも侵入できるくらいに王国の戦力はなくなった。
なら次に向けて準備しておいて損はない。
「まさか、いつになるかわからない次を想定していたなんて!」
「どう?驚いた?」
僕はこの時一瞬18万人の指揮官から11歳の少女に戻って無邪気に笑った。
なによりずっと姉のような存在だったリールに褒めてもらうのがうれしかった。
そんな話をしているうちに敵の指揮官がこちらの予定通りに包囲の穴から抜け出していった。
「よし、包囲の穴を閉じて残りの一般兵を殲滅して」
次話投稿は日曜日になりそうです。
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