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星の採掘師たち  作者: 鋼玉 九兵衛
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フローライトの酒場

星が落ちて来そうなほど瞬く空の下、小高い丘の上にアイドは一人で立っていた。


(あれ…いつの間にこんな所に来たんだろう…?)


「アイちゃん!」


懐かしい声が後ろから聞こえた。思わず振り返ると、見慣れたトラ柄の、蜂蜜色の瞳をした無邪気に笑う猫が立っていた。


「ミュウ…!?」


アイドは目を見開く。


「アイちゃん、あのね。 私お父さんの転勤でシシノホシに引っ越すことになったんだ。 今まで黙ってて、ごめんね…」


トラ猫の少女は目を伏せながら言う。その仕草は、アイドの記憶にぴったりと重なった。


(あの時、俺は…引っ越しを黙っていたことに怒って…ミュウに酷いことを言ったんだ…。 バカだったから、シシノホシがどれだけ危険かも知らず…ミュウが心配させたくなくて黙っていたことにも気づかずに…)


「行っちゃダメだ!」


アイドは叫ぶ。今度は止めないと、とミュウに向かって走ろうとするが、地面がぐにゃりと歪んでバランスを崩した。


「アイちゃん、本当にごめんね。 落ち着いたら、手紙書くからね…」


ミュウは丘の下に向かって歩いて行く。大きな宇宙船が停まっていて、大勢の猫が次々に乗り込んで行くのが見えた。ミュウも猫たちに紛れてあっという間に見えなくなる。


「ミュウ!!!」


宇宙船が離陸し、空に向かって飛び立って行く。いつの間にか、大きな黄色い星が月のような近さに来ていた。あれがシシノホシだ、とアイドは理解した。シシノホシは粘土のようにグニャグニャと形を変え、ライオンの頭のような形になった。宇宙船は構わず星に向かって進んで行く。シシノホシは宇宙船を見つけると大きく口を開け、ばくりと宇宙船を飲み込んだ。


「あぁ………」


アイドは無意味に手を伸ばすことしかできず、地面と一緒に崩れ落ちて行く。涙で視界が滲んで、どんどん暗くなっていった。









頬を伝う涙の感触で目が覚めた。


「夢…?」


上半身を起こして見渡すと、石や星の本が並べられた本棚と、使い込まれたハンマーが立てかけられているのが見えた。いつもの自分の部屋だ。


「嫌な夢見ちゃったな…。 水、飲んでこよう。」


ぽつりと呟いて、ベッドから抜け出した。部屋を出てキッチンに向かい、蛇口を控えめにひねって水をコップに注いだ。まだ夜明け前のようだ。コップの水を飲み、ふぅ、とひと息つく。


(今日はフローライト掘りに行くって言ってたな…。フッ素を含んでるし巨大な結晶もあるから、専用マスク用意しなきゃいけないんだっけ…)


アイドは部屋に戻って持ち物を確認することにした。


(ミュウの好きだった石、ミュウの夢だった採掘師、仕事は危険だけど彼女が憧れていた理由がよく分かる。 俺と同じで、冒険や綺麗なものが好きだったから…。彼女に会ったら聞かせたいことがいっぱいできた。 俺の仕事の話を聞いたら、昔みたいな笑顔で笑ってくれるかな…?)









「よっと。」


アイドはハンマーで小型の星蛇を叩く。採掘にやって来たこの星のかけらでは、青、緑、紫など様々な色のフローライト(蛍石)の正八面体結晶があちこちの岩から生えている。


「もう星蛇相手も慣れたもんだな。おかげで採掘が捗る。」


専用マスクをつけたロロクが声をかけてきた。


「小型ですから。 しかしこんな所にまでいるとは、ほんと生命力強いですねぇ。」

「フローライトが影響してるのか岩場が多すぎるのが理由なのかわからないが、ここでは大きく育たないがな。」

「こんなに綺麗な石なのに毒があるんですね。」

「普通にジュエリーなどで使う分には全く問題ない程度の量しか含まれていないんだが、ここの結晶は巨大だし、採掘のときに粉になって空気中に舞うから、採掘師は専用マスクをつけないとならない。」

「メモっとこう。」


アイドは採掘カバンからメモを取り出し、書いている。


「勉強熱心なのはいいが、今日はこれくらいにしてもう帰るぞ。」

「えっ? まだ採掘限度量まで余裕ありますけど…」

「今日は星祭りだから、僕とトルアさんと君で打ち上げだ。 酒と魚料理がうまい店も予約してある。 もちろん行くだろ?」


魚料理と聞いてアイドは目を輝かせた。


「はいっ! 行きます!」










「「「かんぱーい!!!」」」


猫目街の一角にある居酒屋に乾杯の声が響き渡る。薄暗い店内には小さめのランプの灯りがともり、あちこちに水晶やフローライトなどの原石が飾られている。


「今日は僕の奢りだ。 好きなだけ飲んで食べていいぞ!」

「ロロちゃん太っ腹ー!」

「ここコース料理で飲み放題ですけど…」

「やかましい! 金出してやらんぞ!」

「ごめんなさい…」


ふざけ合いながら、マタタビビールを口につける。ジョッキに並々と注がれた黄金色の液体と、雪のように白くきめ細かい泡。アイドはゴクゴクっと喉を鳴らしてビールを飲み干し、ぷはぁーっと息をはく。


「マタタビビールはいつ飲んでもウマイですねーっ!」

「私もこの星に来て初めて飲んだ時はびっくりしたわ〜。 ネコノホシにはこんなにおいしいビールがあるんだ…って。」

「トルアさんってイヌノホシ出身でしたよね?」

「ええ! でも夫が星々を回る貿易商だから、イヌノホシにいた期間より他の星にいた期間の方が長いのよ。」

「トルアさんの旦那さんは今も星々を回っているんですか?」

「今は息子と一緒に回ってるのよ。 息子はやんちゃで口は悪いけど、とっても優しくてフレンドリーな子なのよ!」


トルアはデレデレしながらスマホの写真をアイドに見せる。写真には見たことのない服を着たキツネが笑顔で写っている。年齢はアイドと同じくらいだろうか。


「息子さんって…キツネじゃないですか!」

「息子は養子なの。 私達夫婦は子どもができなくてね…。 孤児だったあの子を家族に迎え入れたのよ。 この服は夫とヒトノホシに行った時に、極東の島国の民族衣装に一目惚れして買ったそうよ。」

「そうだったんですね…。なんだかすいません。」


トルアが「いいのよ。」と言ったところで大皿が運ばれてくる。皿の上の大きなサーモンは木の実や野菜と一緒に香ばしく焼き上げられている。トルアとアイドは歓声を上げた。


「ロロクさん、メインが来ましたよ…って、なんかお店の人と話してる?」


ロロクは席を離れてカウンター越しに店員と談笑している。


「あぁ、ここはロロちゃんの友達がやってるお店なのよ。 友達価格にしてくれるって言ってたわ。」

「奢ってくれるなんて珍しいと思ったらそういう理由だったのか…」

「今日掘ってきたフローライトも買ってくれるらしいわよ。原石を瓶に詰めてお店のインテリアにしたいんですって。」

「どうりで結晶標本が多いと思った。 ロロクさん、自分の商売も兼ねてこの店選んだんすね…」


アイドは呆れ顔で呟いた。








「もうロロちゃんったら飲みすぎちゃって…」


トルアは片腕でロロクを担ぎながら文句を言う。ロロクはいびきをかいて寝ているようだ。


「ロロクさん、お酒弱いんですねぇ」


アイドはロロクの顔を覗きこんでいたが、会社の前に佇む影を見つけて立ち止まった。黒白のハチワレ猫が会社の中を探るように見ている。


「ごめんなさい、今日はお店はお休みなんです。」


ハチワレ猫はアイドが声をかけると少し驚いたような顔をしたが、すぐに表情を戻して話し始めた。


「あぁ、そうなんですね。 あたし、石買いたくって。」


トルアがロロクを担いだままのしのしとやって来た。


「個人のお客さんには売ってないのよ。 悪いわね。」


アイドは「あれ?」という顔でトルアを見た。いつもの彼女と違って少し冷たい印象だ。


「あ、どうしても見たい石があるんです。 研磨前でも構いません。 今日がお休みならまた出直して…」

「あなた、何企んでるの?」


場の空気がピシリと凍った。トルアは鋭い目でハチワレ猫を真っ直ぐ見据えている。ハチワレ猫は目を見開いたまま動かない。最初に口を開いたのはアイドだった。


「ト、トルアさん!? お客さんに向かってなんて事言うんですか!?」

「何よ…店の前にいるだけで不審者扱い!? なんて失礼な店員なの…」


ハチワレ猫は怒りで耳を伏せるが、トルアは動じずに牙を剥き出し唸り声を上げ始めた。


「立ち去りなさい。」


ハチワレ猫はトルアを睨みつけていたが、大きく舌打ちをして走り去っていった。


「ふぅ、危なかったわ。」


いつものトルアに戻ったようだ。アイドは呆気に取られていたがハッと我に帰り、トルアに走り寄った。


「何しちゃってんですかトルアさん! お客さんめちゃくちゃ怒ってましたよ!?」

「彼女は何か悪いこと企んでるわ。 私、悪い企みなんかには鼻が利くのよ。」

「そんな無茶苦茶な…」


アイドは泣きそうな顔で言いかけたが、


「トルアさんの鼻が利くのは本当だ。」


トルアに担がれていたロロクが突然口を開いた。


「あらロロちゃん起きたの?」

「ついさっきね。 トルアさんの鼻には僕も何度も助けられてるんだ。 ウチに悪徳業者が来た時も追い払ってくれた。」


「よっ」と掛け声を上げ、ロロクは地面に飛び降りる。アイドは半信半疑の顔で2人を見比べている。


「それで、さっきの猫はどんな感じだった?」

「かなり悪い事を企んでいるみたいだったわ。 泥棒かしらね。」

「ふむ、少し警戒した方がいいな。」


(本当にトルアさんにそんな力があるのか…?)


「あ、アイちゃん疑ってるわね?」


アイドはぎょっとした。


「な、なんでわかったんですか?」

「だからトルアさんは鼻が利くって言ったじゃないか。 彼女の前で隠し事しても無駄だぞ。」

「今までそんな素振り全然見せなかったじゃないですか!」


アイドは慌てながら言う。


「ロロちゃんもアイちゃんも普段は裏表がないからねぇ。 まぁロロちゃんはお客さん相手にはだいぶ猫被ってるけど。」


トルアはふふ、と笑いながら答える。ロロクはふあぁ、とあくびをしながら言った。


「とにかく今日はもう寝るぞー。 色々考えるのは明日だ。 フローライトの検品もしなきゃならん。 アイド、明日は検品手伝ってくれよ。」









「申し訳ありません。 下見に行きましたが、勘のいい犬がいて怪しまれてしまいました。」

『今日は下見だから別に構わんよ。 仕掛けるなら犬とでかい灰色猫のいない時にしないとな。』

「ではターゲットは黒猫に? 」

『しばらくは慎重に様子を見よう。 あの石は黒猫が必ず持っているはずだ。 1人になった所を叩こう。 作戦の計画はお前に任せたぞ。』

「わかりましたわ、ボス。」


ハチワレ猫はくすっと笑い、手に持っていたスマホの通話を切った。


続く


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