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星の採掘師たち  作者: 鋼玉 九兵衛
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祈りのキャッツアイ

宇宙の海を進むエイのような船がひとつ。その中には2匹の猫が、これから向かう目的地について話をしていた。


「今回の目的地はC-26。狙いはクリソベリル・キャッツアイだ。2ヶ月後の星祭りに向けてたくさん掘るぞ。」


宝石の中にはカボションカット(丸く角のないカット)にすると、石の中の内包物が光を反射し、光の筋を発生させるものがある。まるで猫の目のように見えるためキャッツアイと呼ばれ、猫たちの間では縁起物として需要が高い。また、ネコノホシで12月に行われる星祭りというイベントでは、家族や恋人とプレゼントを贈り合う習慣があるため、宝石業者は稼ぎどき

である。星祭りに向けてキャッツアイを仕入れる業者が多いのだ。


「クリソベリル…イエローの石ですね? キャッツアイといったらイエローってイメージですよね。」

「イエロー系の目の猫が多いからな。流通量も多いんだ。 カップルが星祭りとかで『君の瞳と同じ色の石だよ♡』とか言って渡すんだろうな。」

「ロロクさんほんとに若いカップル嫌いですね…。 宝石の仕事してるのに…」

「宝石が好きだからこの仕事をしてるんだ。カップルのために仕事してるんじゃない。」


ロロクはフンッと鼻を鳴らす。アイドは話題を変えることにした。


「そういえばQ-26は紅サソリが生息しているんですね。子どものときに尻尾を刺されてパンパンに腫れちゃったことがありますよ。」

「ああ、猫は免疫があるおかげで刺されても腫れる程度で済むからまだいいよ。星蛇なんかよりよっぽど安心だ。一応着陸したら紅サソリ避けで松明を焚いておこうか。」

「紅サソリは火が苦手でしたね。」

「タバコの火くらいだったら気にせず襲ってくるらしいぞ? 結構凶暴な生き物だ。」


アイドは刺されたときの痛みを思い出し、体をぶるりと震わせた。











C-26に着陸すると、猫の採掘師たちが既に受付に並んでいた。どの猫もキャッツアイを狙っているらしい。ロロクとアイドは列の最後尾に並んだが、とある船の影から受付の様子を伺う小さな生き物が2人いることに気がついた。


「あれは…ネズミ?」

「コーサクか?」


後ろから突然話しかけられたため、ネズミたちはビクッと飛び上がったが、1人は声の主がロロクと分かるとホッとした表情になりニカッと笑った。前歯が一本欠けているのが見える。もう1人はだいぶ若い、気弱そうなネズミだった。


「よぉ、ロロクじゃないか!」

「水晶の鉱脈以外で会うのは初めてだね。ここは紅サソリが出るから、体の小さい動物は侵入禁止のはずだが?」

「リスク冒しても手に入れたいモンがあって来たんだよ。 水晶ばっかチマチマ掘ってても仕方ないしな。 お前も聞いてるんだろ? あの石のウワサ!」


あの石?と、アイドは首を傾げたが、ロロクは表情を変えずに答えた。


「あの石がここにあるという確証はないし、紅サソリが棲むここはネズミには危険すぎる。連れも危険に晒すつもりか? 早くここを出た方がいい。」

「ちぇっ、お前は協力してくれると思ったのに…。 ヨウ、行くぞ!」

「は、はい師匠!」


コーサクはヨウを連れ、ロロクたちの足元をすり抜けて走って行った。


「あっ、こら…」


アイドは声を上げたが、ネズミたちは受付ゲートを走り抜け、あっという間に見えなくなってしまった。受付のヒトは、猫たちの採掘申請書をチェックするのに夢中で気づいていない。


「…とにかく受付には伝えておこう。」

「俺、行ってきます!」


アイドは受付の女性に声をかけて事情を話すと、かなり狼狽えていたようだった。ロロクが遠巻きに見ていると、アイドは小走りでロロクのもとに戻ってきた。


「受付は1人しかいないから離れて探しに行けないそうです。」

「なんだそりゃあ。無責任な受付だな。」

「今日たまたま生態調査で警察が1人来てるからその方にお願いしてほしいとのことでした。」

「警察ぅ?」


ロロクは眉間にシワを寄せた。











「やっぱりここには紅サソリくらいしかいないみたいね。星蛇が棲んでる痕跡もないし…」


紺色のマントをはためかせ、真っ白な猫が呟く。警察官のスズだ。


「おーい!スズー!」


遠くから名前を呼ばれ、スズは振り向く。アイドが手を振りながら走って来た。その後ろからノロノロとロロクが歩いて来る。


「アイド!」


スズも手を上げて応える。


「調査に来てる警察ってスズだったんだね!」

「採掘に来たのね、アイド!…と、ロロクだっけ?」


ジトッとアイドの後ろを覗きながら、スズは言った。


「気安く呼ぶなよな、小娘…」


ピキピキと怒りを滲ませながら、ロロクは呟く。


「相変わらず嫌なヤツね…!」

「そっくりそのまま返すよ。」


険悪な空気になり始めたため、慌ててアイドは話し始めた。


「スズ、実はネズミの採掘師が2人、勝手に入って採掘を始めちゃったんだ! 紅サソリが出るからネズミにとってはすごく危険なのに…。 受付は今混雑しているから手が離せなくて、警察のスズに捜索をお願いしたいって。」

「…わかった、すぐに探すわ。場所の目星はつくかしら?」

「ネズミの足だからそこまで遠くには行ってないはずだよ。受付ゲートの近辺だと思う。」

「ありがと、じゃあ行くね。」


スズは目にも留まらぬ速さで受付ゲートの方向へ走り去った。


「スズがいてくれて良かったですね。すぐ見つけてくれそうだ。」

「じゃ、僕たちは探しがてら採掘しておこうか。仕事もしないと。」

「ドライだなぁ…」


と言いつつ、アイドも採掘に取り掛かった。


こつん、こつんとツルハシで岩を掘ると、時折レモンイエローの結晶が零れ落ちる。採掘場の光を受けてチカチカと輝かせながら地面に降り積もる結晶の美しさに、アイドは目を細めた。

採掘したクリソベリルがキャッツアイになるかどうかは、ロロクがペンライトを当てて確認してくれた。クリソベリルを袋に放りながら、ロロクは呟く。


「それにしても、あのコーサクがリスク冒してまで採掘するかな」

「と、言いますと?」

「彼は堅実な採掘師だから、安全な星のかけらでしか採掘しなかったんだ。 だから僕も水晶の鉱脈でしか彼を見かけたことがない。今日の彼はなんだかとても焦っているように見えたよ。 彼らしくないね。」

「へぇ…少し変ですね。」


突然、ゲート方面にいる採掘師たちがざわつきながら受付ゲートに向かって走り始めた。


「様子がおかしいな」

「行ってみましょう!コーサクさんたちに何かあったのかも…」


2人もゲートへ走る。採掘師たちが集まっている中へ飛び込むと、コーサクが倒れているのが見えた。そばには剣に貫かれた紅サソリと、泣きながらコーサクの体を揺さぶるヨウ。そしてスズが青ざめた表情で立ち尽くしていた。おそらく、2人は紅サソリに鉢合わせてしまい、襲われたところにスズが来てサソリを駆除したが、既に刺されていたコーサクは手遅れになっていたのだろう。


「間に合わなかったのか…」


アイドは足がすくみ始めた。採掘師の仕事は死と隣り合わせであることを、コーサクの遺体を見て実感したのだ。


「おい! 警察! オマエがもっと早く来てたら師匠は死ななかったんだぞ! 僕たちが違法に入ってきたからわざと遅れて来たのか!?」

「私の力不足のせいです。申し訳ございません。」


スズは深く頭を下げた。その手は少し震えている。


「返せよ! 師匠を返してくれ! 師匠はな、ずっと真面目に採掘一筋でやってきたんだよ! 焦りが出て、こんな、違法採掘に手を出しちまったけど、僕にとっちゃ親代わりの大事な師匠なんだよ!! オマエにはわからないだろ!?」


ヨウはかなり興奮している。アイドは止めようと足を踏み出しかけたが、大切な師匠を失ったばかりのヨウにかける言葉が見つからず、踏みとどまった。代わりにロロクが、ヨウのそばに歩み寄った。


「落ち着け。警察が来なかったら、君まで死んでいたんだぞ。コーサクはベテランの採掘師だったから、今回の採掘が死と隣り合わせであることは覚悟していたはずだ。君も彼の弟子だからわかっているだろ? 採掘師の仕事の危険さを…」


ヨウは涙でぐしゃぐしゃになった顔でロロクを睨みつけていたが、やがてうつむき、ポタポタと涙を零した。


「こんな別れ方なんて、嫌だ…。まだ教わりたいことがたくさんあったんだ…師匠…」


ヨウは、コーサクのそばにうずくまり、涙を流し続けた。アイドは心が締め付けられたように苦しく、黙って立ち尽くすことしかできなかった










「それで、そのヨウ君はどうなったの?」


会社に戻って来たアイドから一部始終を聞いたトルアは、心配そうに尋ねた。


「あのあとすぐに管理星のヒトに連れてかれました。今回はコーサクさんがほとんど独断でやったことだから、ヨウ君は厳重注意だけで済んだみたいです。」

「そう…コーサクさんは私も会ったことがあるわ。気さくでとてもいい方だった…」

「ロロクさんもかなりショックだったみたいで、帰りの船の中でもずっと黙ってました。家に着いたらさっさと自分の部屋に入っちゃったし…」


ロロクの部屋のドアは閉じられている。トアルは少しの間黙っていたが、決心したように話し始めた。


「ロロちゃんはね、お父さんが採掘師だったから15歳くらいの頃から安全な所の採掘について行ったりしてたのよ。コーサクさんとはその頃からの付き合いだから、辛いでしょうね…」

「ロロクさんのお父さん? 初耳だな。 今はどちらに?」

「亡くなったわ。 3年ほど前、採掘中に巨大な宇宙生物に襲われたらしいの。 ロロちゃんの目の前で…」

「宇宙生物に…!」

「観測例のない生物だったらしくて、あれ以来目撃情報もないのよ。…この話を聞いたことは、ロロちゃんには内緒にしてね。 トラウマになってるみたいだから。」


アイドは暗い気持ちでロロクの部屋のドアを見つめた。


(ロロクさん、どんな気持ちでヨウ君に声をかけたんだろう…。 それに、コーサクさんが命の危険があっても見つけたがってた「あの石」って…?)











1ヶ月ほど経ったある日、ロロクはネズミノホシの星港に降り立っていた。

星港とは、他の星からの船が離着陸する港であり、船のほとんどは乗客を乗せる客船である。採掘師の船は星のかけらには自由に行き来することが可能だが、住民のいる星への渡航は禁じられている。そのため、今回ロロクは客船を使ってこの星までやって来た。


(花、買っとかないとな。)


買う花の種類を考えながら星港を出ると、案内地図の看板を眺めている白い猫が目に入った。


「小娘…?」


声が聞こえたのか、耳をピクリと動かしてスズが振り返った。


「ロロク…。 こないだのネズミさんのお墓参り?」

「そうだ。 君は仕事か?」

「今日はオフなの。ロロクとおんなじ、お墓参り。でもお墓の場所がわからなくて、地図見てたの。」

「そうか、大体の場所はわかるから一緒に行こうか。」

「…うん。」


2人は並んで歩く。ネズミの街は建物も道も小さい。おもちゃのような大きさのレンガ造りの家が並ぶ道を進んでいく。


「律儀なヤツだな。わざわざ事故死した採掘師の墓参りまでするなんて。」

「…救えなかったから。」


スズは俯きながら呟いた。


「初めて見たの、目の前で死んでしまうのを。私がもっと足が早ければ、間に合ってた…」

「…僕も似たような経験があるよ。 今でも夢に見る。」

「そう…。 アイドは大丈夫? トラウマになったりしてないかしら。」

「あいつは結構タフだからな。 今日も体鍛えるってはりきって走り込みに行ったよ。 ここにも行きたそうにしてたけど、静かに墓参りしたいから今回は遠慮してもらった。 うるさいのがついて来ちゃったけどね、今日は静かにしてるから良しとするさ。」


スズは少しムッとした顔をしたが、ちょうど墓地に着き、話は終わった。コーサクの墓の前に先客がいるのが見えたからだ。


「ヨウ君か?」

「ロロクさんと、あの時のおまわりさん! 師匠のお墓参りに来てくれたんですか?」

「うん、ちゃんとお別れを言えてなかったからね。」


ロロクとスズは花を供え、目を閉じて黙祷した。スズは目を開くと、ヨウの方を向き頭を深く下げた。


「この度は、私の力不足でコーサクさんを救えず、本当に申し訳ございません。」

「あ、いや…、ロロクさんも言ったとおり、あなたが来てくれなかったら僕は死んでましたし、元はと言えば違法採掘をした師匠の責任ですから…。 あの時は興奮していて、貴女にもひどいことを言ってしまいました。 謝るのはこちらの方です。」


ごめんなさい、とヨウが謝るので、スズは慌てて顔を上げるようお願いした。


「ところでヨウ君。 今回の事件でコーサクさんが言っていた『あの石』について話を聞きたい。 ここでは少し話しづらいが…」

「ウチの工房で話しましょう。僕の知っている限りのことをお話しします。 お巡りさんにも話を聞いてほしい。」


ロロクは深刻そうに眉間にシワを寄せる。ヨウに案内され、ロロクとスズは工房へと向かうのであった。






続く


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