流星のペリドット
『朝のニュースです。星のかけらQ-2にて星蛇が出没した事件について、管理星ヒトノホシの調査隊がQ-2を閉鎖し捜索を行なったところ、新たに3匹の星蛇が確認されました。 ヒトノホシの担当者は、安全が確保できるまでQ-2の閉鎖を…』
「やっぱり他にも星蛇がいたんだ。」
朝食の準備をしていたアイドは、テレビのニュースを聴きながら呟いた。
ネコノホシの猫目街に佇むロロク貿易会社。一階は店舗になっており、2階は事務所である。会社の隣には煉瓦造りの家が建っており、社員たちの住居になっている。社員たちといっても、ロロクとアイドの他に1人いるだけなのだが。
リビングやキッチンは共同なので、料理の得意なアイドが自然と食事担当になった。
アイドが冷蔵庫からスモークサーモンを取り出していると、のっし、のっしと床を揺らしてキッチンに誰かがやってきた。
「アイちゃん、おはよう!」
「トルアさん!おはようございます!」
アイドの体長の倍はありそうな大型の犬だ。毛並みは長く金色で、耳は垂れ、大きな口を開けてニコニコと笑っている。
トルアと呼ばれたその犬は、ロロク貿易の社員の1人であり、接客から事務仕事、船の点検までこなす大変優秀な女性である。イヌノホシ出身で、アイドが入社するまではロロクと共に採掘に出かけ、護身まで担当していたそうだ。仕事が回らないため、アイドがやって来てからは、事務所に腰を据えて業務をこなしている。
心優しく、誰にでも友好的な犬だ。
「いいニオイ!今朝はトーストね?」
「はい、トーストにスクランブルエッグとスモークサーモン乗っけました!」
くんくんと大きな鼻をひくつかせ、トルアはうっとりした表情を見せた。
「ロロちゃんはもう会社に出てるのかしら?」
「流星群の来る予測を立てたいから先に出社するって言ってました。朝食はいらないって。」
「こんなにおいしそうなのに…もったいないわねぇ。」
トルアは冷蔵庫からオレンジジュースのボトルを取り出すと2つ並べたコップに注いだ。
「いただきまーす!」
「俺も食べようかな。いただきま…」
アイドが言い終わらないうちに玄関のドアがバンッと音を立てて開き、ロロクが飛び込んできた。
「アイド!流星群の予測がついた!というかすぐに来るぞ。支度しろ!落下地点は30キロ先の砂漠だ!」
「えっ…今から朝ゴハン…」
「バイク乗りながら食ってけ!僕が運転する!」
ヒゲと耳をピンピンさせて興奮しているロロクとは対照的に、アイドはヒゲと耳をシュンとさせた。
「トルアさんはゆっくり朝食をとってくれ!戻ったら採取した隕石の検品をお願いする。」
「はーい!」
トルアは元気良く返事をすると、トーストにパクっと口をつけた。
「砂漠は星蛇が出るからな。こないだ買った護身用のハンマーを持っていけよ。」
「ふぁい。」
トーストをもぐもぐと口いっぱいに頬張りながら、アイドは返事をする。ロロクはアイドと荷物を引きずるようにしてバイクの後ろに乗せ、エンジンを入れる。ブルン!と音を立ててエンジンが動き出し、バイクは砂漠に向かって走り始めた。
★
「ここだな。」
砂漠の真ん中に無数の石ころが散らばっている。ロロクはバイクを停め、石ころを拾い上げた。
「色覚調整ゴーグルつけて見てみろよ。ペリドットが含まれている。」
「ペリドット?」
ゴーグルをつけて石ころを除くと、所々にオリーブグリーンに輝く小さな結晶が集まっている。
「すごい…隕石の中に宝石がある…。」
「コレクターに人気なんだ。 流れ星から採れる宝石なんてロマンがあるからね。 さくっと回収しよう。」
突然、地面がぐらりと揺れ始めた。
「まずい…星蛇か?」
ロロクが警戒して辺りを見渡していると、目の前で砂がバシャッと弾け、2匹の星蛇が飛び出してきた。
「2匹!?」
「こっちに来るぞ!」
アイドがハンマーを構えた瞬間、白い影が2匹の星蛇の間を目にも止まらぬ速さで走り、星蛇は衝撃を受けたように吹き飛ばされ、倒れ込んだ。蛇の体は深く切り裂かれ、即死したようだ。
2人が構えた体勢のまま呆然としていると、星蛇の亡骸の向こうから真っ白な猫がゆっくりと歩いてきた。アップルグリーンの瞳は凛と輝き、紺色のマントをはためかせ、剣を鞘に戻しながら口を開く。
「あなたたち、採掘師ね?」
どうやら、2人の身なりと道具を見て判断したらしい。ロロクは姿勢を正して答えた。
「おっしゃる通りです。先程は危ないところを助けていただき、ありがとうございます。失礼ですが、お名前は…」
「私は猫目街警察、宇宙生物課のスズ。私、採掘師は信用してないのよ。」
「…ほう。」
営業モードに入っていたロロクは、スズの言葉にピクリと耳を動かした。アイドはスズのマントに「猫目街警察」と文字が入っているのに気づき、呟く。
「紺色のマントは、警官の制服だったのか。」
「違法な採掘師が好き勝手にあちこち掘りまくるから、地形や地質が変わって星蛇が大量に繁殖してるのよ。金儲けのことしか考えてない無責任なヤツらのせいで…」
「一部の悪徳業者と一緒にされちゃ困る。免許証確認してくれ。」
ロロクの営業モードは終わったようだ。スズは免許証に目を落とすと、はっと顔を上げた。
「ロロク貿易って、こないだQ-2で星蛇を駆除した…?」
「そう、僕たちが自ら…」
「灰色の大きな猫が一撃で倒したって聞いたわ!」
スズはロロクの横を通り抜け、アイドに走り寄って手を取った。
「あなたがウワサのアイドね!採掘師より警察に向いてるんじゃない?」
「えっ、俺ウワサになってるんですか? へへ…」
アイドは照れ臭そうに笑う。
「なんだぁ?この小娘…」
アイドと対照的にロロクは耳を伏せ、眉間にシワを寄せた。
「小娘じゃないわ!もう20歳なのよ!」
スズはムッとした顔をしてロロクの方を振り向く。
「俺と同い年だ!」
「20歳? はっ、ガキンチョじゃないか!」
「…ロロクさんより7つも下ですからねぇ。」
ロロクにギロッと睨まれ、アイドはサッと目をそらした。ロロクはフンッと鼻を鳴らしながら続けた。
「僕も警察なんか好きじゃないね! 警察が僕の会社の石を買ってくれるわけでもないし!」
「ふぅん…まぁいいわ。 ちゃんと免許のある採掘師だし。 用が済んだら早く砂漠を出てね、星蛇がまた出てくるかもしれないから。」
「言われなくてもそうするさ! アイド、さっさと隕石拾って帰るぞ!」
「アイド、またどこかで。」
スズはアイドにニコッと微笑む。アイドも嬉しそうに返事をした。
「うん、また今度!」
★
「うーん、かなり大きめのペリドットもあるわねぇ。こっちはカットして販売するのも良さそうね!」
隕石をルーペで覗きながら、トルアは呟いた。
あの後、機嫌の悪いロロクを後ろに乗せて会社まで戻ってきたアイドだったが、駐車の際に転倒してバイクに傷をつけてしまい、ロロクの機嫌はますます悪くなってしまった。
ロロクは1人掛けソファーにどっかりと座り、イライラした表情で新聞を読んでいる。
アイドはトルアの隣に隠れるように座った。
「ねぇアイちゃん、ロロちゃんは一体どうしたの? バイクの傷であんなに怒るかしら。 前にアイちゃんが船に傷つけたときは全然怒ってなかったのに…」
「実は砂漠で星蛇に襲われたときに警察の女の子に助けられたんですが、その子がとても気が強かったせいかウマが合わなかったみたいで…」
トルアとアイドはひそひそと話していたが、ロロクはバサッと雑に新聞を置くと、眉間にシワを寄せてギリギリと噛み締めるように言った。
「あの小娘…僕をおちょくりやがって…次会ったらあの生意気な性格叩き直してやる…!」
「でも彼女がいなかったら俺たち星蛇に食われてたかもしれませんよ。俺は1匹しか相手したことないけど、あの子は2匹同時にスパッとやっつけちゃって…」
「なんだ、君あんなのがタイプか? やめといたほうがいいぞ。」
「違いますよ! 星蛇を鮮やかに退治してたのがカッコよかっただけで…それに俺には心に決めた猫がいるんです!」
唐突に出たアイドの恋愛話にトルアはワクワクした表情で食いついた。
「アイちゃん彼女がいるのね! どんな子なの?」
「幼なじみのトラ猫です。ずっと仲良くしてたんですが、5年前にお父さんの仕事の都合でシシノホシに行ってしまって。」
アイドの話をつまらなそうに聞いていたロロクだったが、シシノホシという単語を聞くと耳をピクリと動かした。
「シシノホシって、政情が不安定な上にろくに情報も入ってこない星じゃないか。 そんな星で仕事を?」
「彼女のお父さんはネコノホシの役人で、シシノホシにある支所に転勤が決まったんですが、引っ越してから連絡が取れなくなってしまったんです。」
アイドは悲しそうに耳を伏せた。
「あそこは出入りがとても厳しいから旅行目的じゃ入星させてもらえないものね。手紙もできないの?」
「引っ越しが終わるまで住所は教えられないから、落ち着いたら手紙を出すって言ってたんです。でも一向に手紙は来なくて…」
「アイちゃん…」
トルアは目に涙を浮かべている。ハンカチで涙を拭うと、アイドの手を取って口を開いた。
「きっと彼女は今もアイちゃんのことを想っているわ。今は会えなくても、いつか必ず会える時が来るから、信じて待ってあげましょ!」
「…ありがとうございます、トルアさん。」
ロロクは少し気まずそうにしていたが、静かに話し始めた。
「シシノホシは隕石がよく降るから、昔は隕石の流通が盛んだったんだ。 数は少ないが、昔シシノホシに住んでた採掘師が当時の隕石を取引市場で売っていることもある。 ちょうど流星ペリドットも手に入ったことだし、こいつを市場で売るついでにシシノホシの情報も聞いてくるよ。 彼女の手がかり、見つかるといいな。」
「ロロクさん…!」
アイドは感激した表情でロロクを見つめた。ロロクは照れ臭そうに慌てて続けた。
「君も、そんな事情があるなら早く言えよな!もっと早く探し始められたかもしれないのに。」
「すみません…ロロクさん女性関係の浮いた話が全くないから、彼女がいるって知ったら嫉妬して怒られるかと思って…」
「なんだとぉ…?」
ロロクの表情は怒りに変わり、眉間に深いシワが刻まれ始めた。ロロクの変化に気づいたアイドは「ひっ」と短く声を上げ、トルアはこそっとリビングを出て行くのであった。