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写真

作者: 春菊菜々

祖母が死んだ。

家を片付けるために父と訪れた私はある写真を見つける。

「お父さん、この写真に写っているの、誰?」

 私は一枚のモノクロ写真を手に取って、箪笥の上の埃を落とす父に尋ねた。父は写真を覗き込むと、暫く考えるように黙る。かなり古い写真だ、ところどころ色が飛んでしまっている。良く見えないのだろうか父は目を細める。もしかして心当たりもない他人の写真なのだろうか。

「――ああ、これはじいちゃんの若いころの写真だな」

 じいちゃん、私が小さいころに亡くなった父方の祖父の事だろう。

「おじいちゃんかぁ。結構イケメンだったんだね」

 モノクロ写真に写っている二十歳前後の青年は、海辺に置いてある記念碑のような物に凭れかかるようにしてポーズをとっている。現代のイケメンの定義とはまた違うのかもしれないが、男前だった。彼は勿論後ろに映っている海も鮮やかな青ではなく、モノクロだ。

「結構モテたそうだよ。まぁ、本人の言っていたことだから本当なのかどうかは知らないけれどね」

 そう言って父ははたきを持ち直した。そして写真から視線を外して箪笥へと視線を向ける。

「ふぅん」

「それよりもそっちの方は終わりそうか?」

「……頑張る」

 今、私と父は祖母の家の片付け中なのだ。

祖母はつい先日、老衰でこの世を去った。長年彼女が一人で住んでいたこの家は、建ててからかなりの時間が経っており老化も激しいことから処分することになった。今は家を取り壊す前に思い出の品を整理しに来ているところなのだ。

 老い先短いと祖母は確信していたのか、あまり物は置いてなかった。

 それでも捨てられないものというものは存在する訳で、その最たるものが写真だったようだ。祖母の部屋の棚に桐の箱に大事に仕舞われていたものは写真だった。私が小さいころの写真もあれば、小学校の卒業式の写真と思われるものもある。それから父の小さなころの写真もある。沢山ある写真の中から私が見つけた写真、それが先ほどの祖父の写真だった。

 老衰で死んだ祖母とは対照的に、私が小さいころに病死した祖父のことを私は正直あまり覚えていない。かろうじて覚えている祖父の顔はにこにことした優しい顔だった。

「そんなにモテたならなんでおばあちゃんと結婚したんだろうね。おばあちゃんも美人だったのかな?」

「さあ?恋愛結婚だって話は聞いたことがあるけど、どこで知り合ったとかそういうことは結局聞いたことがなかったからなぁ」

 それよりも、と父は言う。

「もうすぐ日が暮れてくる、山を降りてホテルに行くことを考えるとあと二時間ぐらいでここを出なきゃいけないんだから、手を動かすように」

「了解」

 私は桐の箱をそっと閉じた。後でゆっくり見ればいい。そう思いながら、私は桐の箱を丁寧に捨てないものを詰めている段ボールの一番上に乗せた。

 日が暮れて少しした頃にその日の作業は終えることにした。

 祖母の家は町からは少し離れた場所にある。最初はこの家に来るのも最後だし祖母の家に一泊する予定だったが、最近夜になると野生動物が出るのだと聞いて私たちはここに宿泊するのをやめた。

 車に段ボールを詰めて、私は父と山を降りる。小さいころはよく通ったこの道もだいぶ古いのかコンクリートがぼこぼこして、車が揺れる。

「ねぇ、お父さん。明日午前中には終わるかな?」

「そうだな、あと少しだけだから終わるだろう」

「なんか寂しいね」

「ああ、でも仕方ないだろう」

 そう静かに言った父親に、私は無理矢理声を明るくして「そういえばお母さんお土産に一六がいいって言ってた」と言う。

「あれ、美味しいもんな」

「うん」

 仕事の都合で今回の片付けに母は来れなかった。最後だから本当は行きたかったと言った母は、姑であるおばあちゃんとも本当の母娘のように仲が良かった。

 ホテルについてその日は途中で寄って買ったお弁当を食べて、お風呂に入って、すぐ寝た。よく眠れた。

 その次の日の片付けは午前中のうちに終わった。殆ど掃除だけだったからだ。

 綺麗になった家を見て父がぼそりといった。

「もう見納めなんだなぁ……」

 小さいころからこの家で育った父にとっては沢山の思い出が詰まった家だろう。私はそんな父の言葉に何も返せなくて、最後に一枚とスマートフォンのカメラ機能で一枚写真を撮った。

 カシャリ、

 写った家はどこか寂しそうだった。


 家に帰った後、私はあの写真たちが入った桐の箱を段ボールから取り出した。

 仕事から帰ってきた母も興味深々な様子で箱を覗き込む。

「あら、懐かしいものがあったものね」

「うん。これおじいちゃんなんだって。イケメンじゃない?」

「ふふ、そうね。おばあちゃん、おじいちゃんと結婚するの大変だったって言ってたわ」

 母親の言葉に私は目を丸くした。すぐ近くで他の段ボールを整理していた父親も初耳だったのだろう、目を見開いて母を見ていた。

「俺、そんなこと初めて聞いたんだけど」

「息子には話せないことだったんじゃない?女子会トークってやつよ」

 父に兄弟はいない。祖母はずっと娘が欲しかったらしくて、嫁に来た母ととても仲が良かった。祖母が元気な時は時々お茶会をしていた。親子のように笑い合う二人を私もおぼろげだが覚えている。

「おじいちゃんとても人気者だったらしいわ。おばあちゃんは料理も裁縫もとても上手な人だったけれど大人しい人だったから、射止めるの大変だったって」

「へぇ。そんなにおじいちゃん引く手数多だったんだ」

「あら、よくそんな難しい言葉知ってるじゃない」

「学校で習った。それよりもその続きは?なんでおじいちゃんはおばあちゃんを選んだの?」

 母はその言葉の続きを言わずに、桐の箱の中の束ねてあった写真を何枚か捲った。何かを探しているようだった。数十枚捲って「ほら、これ見て」と私の方へ写真を見せた。

 モノクロ写真だ。

 そこには若いころの祖父と若い女の人が写っていた。

「これ、おばあちゃん」

 女の人を指さして母が言う。父も先ほどから繰り広げられる会話に興味があったようで、写真を覗き込むようにしてみた。

「笑ってるね」

「うん。おじいちゃん、おばあちゃんの笑顔が好きで結婚したんだって」

 「確かプロポーズの言葉は、僕にずっと君の笑顔を守らせてください、だったかな?」と言った母に私は「何それ、素敵」と言った。父は恥ずかしそうに顔を反らした。

「でも、なんでそんなこと知ってるの?」

「おばあちゃん、貴方が小さいころに私に自分の息子は何て私にプロポーズしたのか気になるから教えて欲しいって言ってきたのよ。だから、御相子ということで私も教えてもらったの」

 ああ、成程。

 確かにこういう話は母と息子が気軽にできる話ではなさそうだ。父が自分の両親の馴れ初め話さえ知らないのに、母が知っているのに私は納得がいった。

「あ!で、お父さんはなんて言ったの?」

「だって。言っていい?」

 母が父に向かってそういう。父は「せめて俺がいないところでしてくれ!」と顔を背けたまま言った。耳が赤かった。

 私と母はくすりと笑って、他の写真を見た。そして桐の箱の下の方に何か細長いものが入っているのを見つけた。

「ねぇ、お父さんこれ何?」

「ああ、写真のネガだな」

「ネガ?」

「それから写真を焼くんだよ」

「写真って焼くものなの?」

「まぁ、今はデジタルが多いからね。焼くとこうなるってわけ」

 そういって母が私の目の前に写真を置いた。そして母はネガを持つと、天井の証明に透かせるようにして覗き込む。

「ねぇ、お父さん。これおじいちゃんが亡くなる少し前の写真っぽいよ。おばあちゃんと二人で写ってる……現像してみたら?」

 そんなものあったのか、と父が立ち上がって母からネガを受け取る。そう言えば祖父が病気になってからの写真は一枚も箱には入ってなかった。

「そうだな、現像してみよう」

 刷り上がった写真には病院のベッドの上で笑っている祖父と、その横で笑っている祖母が写っていた。


「珍しいね、若いのにフィルムカメラに興味があるのかい?」

 今どきフィルムカメラを見ていた私を珍しく思ったのか店主が話しかけてきた。

「え、あ。はい」

「今の人はデジタルカメラを選ぶ人が多いから。すぐに撮った写真を確認できるし、一度撮ってもすぐに消せるしね」

「そうですね。でも、どうしても私フィルムカメラで写真を撮りたくて」

「はは、でもその気持ちも少し分かる気がするよ」

 店主は笑った。

「昔は現像するまで、どんなものが取れたか分からなかったからなぁ。写真が刷り上がるまでわくわくしたもんだ。今思えばその時間が楽しかったんだろうなぁ」

 彼はそう独り言ちる。そんな彼の表情はとても穏やかだった。何かいい思い出があるのかもしれない。

「おじさん、これにします」

 そう言って私が指さしたのは二万円のカメラだった。中学生の懐事情を考えるとこれが精一杯だった。

「そうかい、新しいのを裏から持ってくるから待ってて」

 戻ってきた店主はカメラの入ったケース以外にフィルムの箱を二つ持ってきた。

「これは俺からのプレゼントだ。今どきフィルムカメラの良さを分かる若い子は少ないからな。ぜひ現像するときはうちに持ってきてくれよ」

「はい」

 私はそう言って元気よく返事をした。


「ねぇ、お父さんお母さんもう少し寄ってよ」

 私はフィルムカメラを向ける。今日は父母の結婚記念日、しかも銀婚式にあたるそうだ。祝いをする気などないと言った二人を、私は折角だから記念写真だけは取ろうよと連れ出した。

「もう、仕方ないわね」

 そのレンズの先には父と母が恥ずかしそうに笑っていた。

後ろに映る景色は美しく彩られている。あの日見たモノクロ写真とは違うけれど、二人の表情は写真に写っていた祖父母の姿と同じような気がした。

変わったものもあるけれど、変わらないものだってある。

「はい、チーズ!」

私はそう言ってシャッターを切った。母が「ねぇ、私変な顔してなかった?」と聞くものだから「分かんないよ」と笑って答えた。

どんな写真が撮れたのだろうか。私は楽しみで仕方がなかった。


(了)

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