第2話「イライラ」
2012年1月22日
平松は会社の昼休みに、上司の早川と2人で近くの馴染みのラーメン屋「一徹」を訪れていた。
早川はラーメン屋に入るなり、いつもの塩ラーメン大盛りを注文し平松も同じものを注文した。
2人は空いているカウンター席に横並びで腰を下ろした。
早川はラーメン屋の主人に話しかけた。
「大将、緊急事態宣言から2週間ほどたったけど、大将のお店はどんな感じ?」
日本では2021年1月7日に、新型コロナウィルスに対策として、主に飲食店への自粛を求める緊急事態宣言の発表が行われた。そして約2週間が経過し、緊急事態宣言の真っ只中でもあった。
「いや、ウチなんてまだマシな方です。居酒屋とか夜メインのお店は大変みたいですねぇ。俺の知り合いの居酒屋も、とうとう店閉じる決断をしたって聞いたところだし」
ラーメン屋の主人の低い声に加え、マスクとコロナ対策で設けられたつい立てのため多少聞き取りにくはあったが、内容は理解できた。
「そっか。。。大将の店は、たたんでもらっちゃ俺らも困るから、緊急事態宣言だろうとなんだろうと来させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
聞いているだけでも、心地の良い会話が交わされた。
しかしこの後、平松にとって心地の良くない会話が早川から平松に投げかけられた。
「それにしてもアメリカの大統領、無事にバイデンになって良かったなぁ」
早川の笑顔と裏腹に、平松の顔はすぐに曇り始めた。
「就任早々、WHOの脱退も撤回するしメキシコとの壁の建設も中止にするし、仕事が早い。トランプのように、国際強調も人権も環境も全く考えないヤツが辞めて、やっと明るい未来が見えてきたな。このつい立てやマスクが取れる日も近づくかもなぁ」
早川は、平松の中では『情弱の者たち』に分類される人物であった。
そして平松は心の中でつぶやいた。
(違う!逆だ。トランプがメキシコの国境に壁を築いたのは、『不法移民』を入れないためだ。国境を遮ったわけではない。またWHOのペドロス事務局長は、早川もあれだけ批判していたじゃないか。その組織からの脱退は当然の事だ。むしろ日本にも脱退して欲しいくらいだ)
しかし平松は心の声とは裏腹に
「はぁ、そうですね」
と、多少引っ掛かりを感じさせる返答をするのが、精一杯であった。
というのも、過去にこの『情弱な者たち』に対して、自分の考えを話す機会は何度かあった。
しかし『トランプ=ならず者』という強力なレッテルと『NHKをはじめとした大手日本メディアもそう報じているじゃないか』という反論から、平松の意見をまともに聞き入れてくれる人は誰もいなかったからだ。
特に今日はまだ平松自身が、トランプが大統領に就任できなかったショックから立ち直れていない。
『アメリカ大統領がバイデンになった、これはアメリカの民意だ』という反論が加わると思うと、自分の考えを話す気力さえも削がれていた。
おそらく平松と同じ経験を持つ者も沢山いるはずだ。
情弱な者達と根気よく議論を交わす事をして来なかった事が、今の日本の危機感の無い状態を招いているのではないかという自分自身へのイライラもあった。
そんな事をあれこれ考えていると、背後にあったテレビからお昼のニュースが聞こえてきた。
「政府の発表によりますと、緊急事態宣言から2週間経過しましたが、依然コロナの感染者の数は減っておらず、昨日も5652人の感染者が確認され、医療関係者の方々は悲鳴をあげています。」
早川がしみじみと呟いた。
「全然減らねぇなぁ」
そして次のニュースでは、C国が海警に武器使用を認める法案が可決されたニュースを報じていた。
続く