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蜃気楼

地獄のような入学式が終わり、教室で改めて6組の自己紹介が行われた。


それが一通り終わった昼休み、井川陸人という男が話しかけてきた。どうやら腕相撲大会を開いて、誰が最強か決めたいらしい。


まるで群れた瞬間、ボスの座を巡って争いを始める猿山を彷彿とさせる光景である。


他にもそのような連想をした者がいたようで、井川にはいつの間にか「麻薬ザル」という渾名がついていた。


さて腕相撲大会だが、こういうのはひょろいチビが負けてゴツいノッポが勝つと相場が決まっている。


おれは残念ながらゴツくもないし、背もそれほど高くはないため、クラスの男子生徒のなかでいうと上の下くらいの順位であろうか。


まあ及第点、というところに落ち着いた。ここが猿山なら中間管理職くらいは任ぜられるようなポジションだろう。


おれの雇用主のボス猿は誰になるかな、というようなことを考えながら決勝戦の結果を見届ける。


最強の男は言い出しっぺのゴリラ井川、ではなく180cmを優に越える大男であった。


大男の名は水亀大和といい、決勝戦で井川を楽々と破った。

子猿の手を捻るように、といったところか。


そして注目は最弱の男決定戦に移る。各々が最弱そうな奴を目で追い、予測を立てる。


最もオッズが低そうなのは、痩せぎすで気弱そうな五木三平という男だった。


そして五木は期待を裏切らない男だった。

いよいよ試合開始となったとき、


「僕は腕相撲で骨を折ったことがあるので棄権します。」


という申告があったのだ。


これにより不戦敗、問答無用で最弱の称号を授けられ、瞬く間に「骨」という渾名がついた。


この日の放課後、帰ろうとするおれの背中に話しかけてくる者があった。


「一緒に帰らない?」


今日だけは時の人である水亀大和である。断る理由もないので二人で帰ることにした。


とめとめもない世間話をしながらの帰路。

もはや日は完全に暮れ、しがない地方都市である川北市の郊外だが、行政サービスは行き届いているらしく結構な頻度で煌々と街灯が光っている。


だが、話に夢中になっていて気づかなかったのか、ふとした拍子に辺りが薄い闇に包まれていた。


回りを見渡すと、ここは「リベルタリアかねむら」という名前の建築会社、あるいはリフォーム業者の前らしい。


歩道に面したガレージや庭の屋外展示場は広い私有地で、それゆえかなり広い範囲に街灯のない区域が広がっている。

これが闇の原因らしかった。


暗闇というのはあまり気分のよいものではない、はやく抜けてしまおう、と足早に立ち去ろうとすると、水亀が左を見て固まっている。


「おい何見てるんだ?さっさと先を急いで…」


「し…」


水亀が錯乱したように叫ぶ。


「心霊写真みたいになったよこれ!!」


何を言っているんだ、と怪訝に思いながら水亀の視線を追うと、おれも思わず息が凍るのを感じた。



暗闇に微かに見える、はげしくゆらめく巨大な人影



全貌は判別しかねるものの、その巨大さは察しはつく。


いくら水亀が大男といえども、この影の2分の1にも満たないであろう。


こういう不慮の事態に遭遇した時こそ、その人の個性は分かりやすく出る。


そのときのおれは絶句し、対照的に水亀は錯乱して訳のわからぬことを叫んでいた。


「カッカッヒッヒッ


こぉれ怖いぞおこれ!


なんだよってオイ!!」


水亀の笑いにも似た息が漏れ、言葉にならない狼狽が伝わってくる。


巨大で、しかも暖色の、これは赤、いやオレンジ色に見える影。


それが狂ったようにもがく、何らかの苦痛から逃れるかのようにうねる、無作為に暴れる。


そのように見える巨体の激しい動きは、しかし音もなく行われているため異物感と嫌悪感を喚起する。


「やめろ!」


やめろ、と言ったつもりなのだろうが、

発音としてはCameronとしか聞き取れないほど、水亀の舌は回っていなかった。


と、そこで何かが光った。それもすごい規模の光だ。たとえば野球場のナイターのような。


水亀は闇から突然強い光へと晒され悲鳴をあげる。


「眩しい!眩しい…」


おれと水亀の意識はそれを最後に途絶えた。


薄い闇から深い闇へと魂が移っていく生々しい感覚だけを残して。


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