小野寺麻里奈は全校男子の敵である 2 (縦書き版)
少々遅くなりましたが、予告していた縦書き版になります。
「縦書き」機能を利用してお読みください。
個人的には、やはりこれが一番読みやすいです。
申請さえすれば即活動が開始できると思っていた麻里奈にとっては、大誤算のスタートとなったわけなのだが、麻里奈も高校生になって少しは大人になったということなのか、中学生時代のように周囲を巻き込んだ大騒動を起こすことなく、おとなしく翌日から残り三人の部員探しを始めた。
だが、ここでまたトラブルが発生する。
小学生の時からあからさまに男子を見下す言動と、その他諸々のモテ要素とは真逆な諸事情により、麻里奈は見かけが非常によいにもかかわらず、男子にはまったく人気がなかった。
だが、それとは逆に、自分勝手なうえに超がつくわがままというその最悪な性格だけでなく、時間にルーズ、だらしないうえに飽きっぽくて大雑把等々、挙げだしたらキリがない数々欠点までが、どういうわけかまったく反映されず、その頃から高校一年になった現在まで同性からは常にモテモテである麻里奈にとっては、不足している部員集めなどたいした労力を要するものではなかったはずなのだが、実際には二日経っても三日経っても新しい部員は決まらず、それどころか、なにかをしている様子もなく、ただ時間を浪費していくばかりであった。
「では、まりんさん。現在どうなっているかを説明してください」
しびれを切らした博子に進捗状況を訊ねられた麻里奈は、左頬を軽く掻きながら博子と目を合わせることなくこう答えた。
「候補者の人選が終わり、声をかける順番も決まっている。現在は私の厳しい最終審査をおこなっている最中だから問題ないよ。のーぷろぶれむ」
部員候補者選びは順調に進んでいると麻里奈は声高に主張したものの、そこに顔を出した、彼女が自分にとって都合の悪いことを話す時に出る小さな癖を博子は見逃さなかった。
「なるほど、現在部員選びがどうなっているかはよくわかりました」
すべてを察した博子は、「これは間違いなく何もしていません。厳しい審査なんていうのもすべて嘘で、まりんさんのことだから、どうせ探すのが面倒になったのでしょう。ということで今回はこのまま終了です。まあ困るのはまりんさんだけですから、それでも私は一向に構いません」とバッサリと切り捨てたものの、実はそれでは自分も少しだけ困る博子が、麻里奈になにやら耳打ちし、それからしばらくしてようやく決まった、その麻里奈の厳しい審査なるものを突破した三人目の部員が馬場春香であった。
この馬場春香が三人目の部員となった経緯については、麻里奈の厳しい審査とやらの内容が不明なため、やはり少々の追加的説明は必要だろう。
地元では有名な資産家を父に持つ春香の通帳には、その大部分を当時はまだ中学生だった彼女自身が資産運用をして築きあげた八桁からなる驚くべき数字が並んでいるという情報をある人物から入手した麻里奈が探していた資金提供役として春香に目をつけたのだが、当然それだけでは勧誘する理由でしかなく、春香が麻里奈に対して強いシンパシーを感じたことも、彼女が三人目の部員となった大きな理由と言えるだろう。
これについて、ある男子高校生が涙ながらに語ったものとされる、それを最も的確に表現している次の言葉が残されている。
「まさしく二人は同類。そして、これこそが『類は友を呼ぶ』の完璧な見本だ」
部員となった春香に、麻里奈と博子はさっそく活動費の支援要請をするわけだが、こちらは驚くほど短時間に交渉終了となった。
「いいよ。面白そうだから」
それが「私はお嬢様だから料理はつくらない」ことを唯一の条件に、ろくに説明を聞かないまま、創作料理研究会の活動費のすべてを援助してもらいたいという麻里奈たちの実に厚かましい要請をあっさりと快諾した、かわいい男の子と表現した方がよさそうな、ショートカットの見た目からも快活そうな三人目の部員馬場春香の言葉だった。
この自称お嬢様馬場春香は、ことあるごとに「それが面白いかどうかが、すべてのことに優先する」という非常に変わった信条を行動指針としていると広言していたのだが、まだ活動を開始していないこの時点で、彼女が創作料理研究会のいったいどこに大金を投じるだけの面白さを見出したのかは定かではない。
しかし、これから始まる創作料理研究会での三年間は、おそらく春香にとっても十分面白いものであったはずであり、ある意味ではこの投資は大成功だったといえるだろう。
ところで、春香による創作料理研究会に対する支援は、当人たちがまったく予想をしていなかったところにも影響を与えていくことになる。
「あの小野寺麻里奈といえども馬場春香という存在なくしては、創作料理研究会を短期間にあれだけ大きな成功と影響力を手にする組織には育てられなかったはずである。それを考えれば、我々があの時に本当に力を入れて獲得を目指すべきだったのは、やはり馬場春香、そしてもちろん小野寺麻里奈だったのだ。もし、それが実現して馬場春香と小野寺麻里奈、そのどちらかひとりだけでも我々の側にいれば、現在の状況を回避できていたのではないか……」
これは、これから数年後に崩壊の危機に直面していたある組織の対策会議中の発言である。
その組織の崩壊の兆しが、目に見える形で現れた最初の出来事とされているのが、今年の九月におこなわれる北高の文化祭なのだが、その約五か月前となるこの時や、彼女たちが北高に入学した時こそが、本当のターニングポイントだったとする意見も多い。
ただし、そう指摘できるのは、あくまですべてが終わってから多くの時間をかけて検証したからだという反論も当然存在し、実際にその指摘を聞いた当時の関係者たちは一様に「そのようなものは、今だから言えることだ」と口にしていた。
もっとも、これから十年後、この騒動についての記録を偶然目にした麻里奈は、彼ら全員の発言を一笑に付している。
「彼らにとっての災いとやらが、本当は誰に主導されたものかが、まったくわかっていないよね。これでは何度やり直しても彼らの運命は変わらない」
皮肉たっぷりにそのような感想を口にした麻里奈の視線の先には、現在の地味顔の彼女とは別人と見紛う博子が立っていた。
さて、四人目の候補者となったのは、麻里奈や博子とは常にクラスは違ったものの三年間ずっと交流があった同じ中学校出身の松本まみである。
中学生時代、自分の誕生日である十月二十六日とクリスマス、そしてバレンタインデーには、いつもまみ本人から届けられた手作りお菓子を食べており、そのおいしさを忘れていなかった麻里奈が、「ちゃんとした料理を作る人」として、まみを部員候補者としてリストアップしたわけなのだが、まみには、これとは別に麻里奈が目をつけそうな非常に有名かつ大きな付加価値がついていた。
それを簡単に言ってしまえば、圧倒的なまでのモテ度である。
まみはすでに小学生時代から、そのかわいらしさは学校内だけでなく、周辺でもよく話題に上るくらいによく知られた存在であり、そこから派生した逸話も数多く残されている。
その中でも特に有名なのは、中学三年間のバレンタインデーのチョコに関するもので、生徒だけでなく教師までが加わって激しく繰り広げられた三次にわたる壮大な「松本まみ手作りチョコ大争奪戦」と、そこから生まれた数々の悲喜劇は、彼女が通っていた市立稲花野中学校の輝かしい伝説として、これからも語り継がれることになるだろう。
この「松本まみ手作りチョコ大争奪戦」、別名「松本まみの義理チョコ大争奪戦」に関しては、今年稲花野中学校を卒業して、まみと一緒に北高に入学したメガネをかけた地味顔のある組織の関係者らしき女子生徒が、楽しそうに騒動を振り返り、「まみたんの中学最後の年となった今年は、先生たちが絡んだ傑作が揃った」と語っている。
彼女によれば、その中でも特に秀逸なのはこのふたつである。
ひとつは、年が明けてから毎日欠かさずご機嫌伺いを続けた涙ぐましい努力が実り、バレンタインデーに彼女の手作りチョコを手に入れた若い体育教師勝又が、同僚教師たちにそれを自慢しただけでは足りなかったらしく、「このチョコを家宝として一生大事にする」などという実に恥ずかしい宣言を堂々とおこない、それを聞いた女子生徒たちから大量の嘲笑と最大級の軽蔑をありがたく頂戴した話である。
ふたつ目は、その恥ずかしい体育教師勝又から聞かされた、まみからチョコをもらったというその自慢話にショックを受けた、まみとの接点がなく遂にチョコをもらえなかった生徒指導のベテラン教師大塚が、翌二月十五日に「私の今年は終了しました」という謎の一言を残し五日間にわたって家に引き籠った後に、何かに目覚めたかのようにメイドカフェに通い始めた悲しい出来事である。
彼女が同級生たちに自分のお気に入りであるこのふたつの英雄譚を、面白おかしく脚色して語り聞かせているところを多くの人が目撃している。
伝説にもなっている数々の逸話を持つ周辺ではかわいいことで有名だったまみが、破格ともいえる数々の特典を用意して猛烈な入学勧誘活動をおこなっていた南校ではなく、落日して久しい北高に入学するというニュースが、南校関係者の落胆する様子とともに伝えられると、久々に南校に勝ったと、在校生たちだけでなく、教職員はてはOBまでが狂喜した。
当然入学式直後から、ほぼすべてのクラブがまみを入部させようと激しい勧誘合戦を繰り広げていたのだが、まみが創作料理研究会なる正式にはまだ誕生もしていない無名のクラブに入部することを決めてしまったことで、この入部勧誘合戦は参加全クラブが不完全燃焼のままで休戦状態となり、そのまま一応の決着をみることとなった。
なお、まみが創作料理研究会に入部することを決めたことにより、今度は麻里奈周辺で別の騒動が持ち上がったのだが、それはいずれ機会が訪れたときに述べることにしよう。
まみの入部が決まった日の放課後、麻里奈はチョコ味の、博子は小豆味のアイスキャンディーを咥えてノロノロと歩きながら、このような会話をしていた。
「……あの悪徳教師が始業式直前にクビになったそうだよ」
麻里奈の言う悪徳教師とは、彼女たちの中学最終学年時の担任のことで、新年度に入る直前に突然退職したのだが、半月ほど遅れてようやく麻里奈の耳にもそのニュースが届いたようである。
麻里奈はこの教師を嫌っており、必然的に事実とはやや異なる過激な表現が使用されたのだが、麻里奈と同じく、この教師を好きになる理由などまったく持ち合わせていない博子の言葉も負けてはいない。
「横山先生の場合は自業自得といえるでしょう。それに、賭けに負けたのだから、払わなければならないものは、払ってもらわなければならないのが、世の理というものです」
「なるほどね。さすがヒロリン」
「お褒めの言葉、いたみいります」
この話題についてふたりが話をするのは、この短い会話が最初ではあるが、最後でもあり、創作料理研究会の活動が始まると、彼女たちは自分たちの元担任でもあるこの教師にかかわるほぼすべての記憶を驚くべきスピードで風化させていくことになる。
もっとも、教師にとっては残念なことではあろうが、教師に特別な感情を持っていない大部分の生徒にとっては、担任教師の記憶などその程度のものであり、麻里奈たちが特別に冷淡というわけではない。
だが、麻里奈たちが忘れたからといって、相手もそうであるとは限らない。
この横山という教師の場合、事実上の解雇に等しい突然の退職勧告の話を聞いた時に、真っ先に思い浮かべたのが忌々しい麻里奈の顔だった。
彼は、「これは小野寺麻里奈による陰謀である」と、この日から人生最後の日まで信じ続け、ついには「お前たちも小野寺麻里奈には気をつけろ」という言葉を、自らの口から発する最後のものとして選び、本来は涙するはずだった家族たちが思わず「誰だ。そいつは」と失笑してしまうという喜劇が起きたことが、その場にいた親族から漏れ伝わってきている。
もちろん、麻里奈がそれを知ることはなかったのだが、もし彼女がこの事実を知った場合、黒い笑みを浮かべてこう言ったことだろう。
「惜しい。だがニアピンだ」
ところで、この稲花野中学校にはまみ以外にもうひとりバレンタインデーの伝説を持つ人物がいた。
麻里奈である。
もっとも、彼女の場合はまみと違いチョコを受け取る側として有名であり、麻里奈が受け取ったバレンタインデーギフトの数は中学生三年間ずっとこの学校でトップだった。
だが、これについては当然のように大きな疑問が浮かぶ。
この日は女性から男性へチョコレートなどが渡されるのが一般的で、様々な問題はあるものの生物学上でいえば女性に分類される麻里奈も、とりあえずはチョコレートを受け取る側ではなく渡す側に属するはずである。
その麻里奈がそれほどの数のバレンタインデーギフトをなぜ受け取っていたのか。
そこで思い出されるのは、麻里奈の残念すぎる言動と周囲の状況である。
……小学生の時からあからさまに男子を見下す言動と、その他諸々のモテ要素とは真逆な諸事情により、麻里奈は見かけが非常によいにもかかわらず男子にはまったく人気がなかった。
だが、それとは逆に、自分勝手なうえに超がつくわがままというその最悪な性格だけでなく、時間にルーズ、だらしないうえに飽きっぽくて大雑把等々、挙げだしたらキリがない数々欠点までが、どういうわけかまったく反映されず、その頃から高校一年になった現在まで同性からは常にモテモテである麻里奈にとっては……
つまり、麻里奈は見た目が非常によいにも関わらず、その性格や言動が災いして男子にはまったくモテなかったのだが、上級生を除くと限定条件はつくものの、女子からは異常と思われるくらいに愛されていたのである。
当然そのような状況下で迎える毎年バレンタインデー当日は、麻里奈のもとには、男子たちに「麻里奈教徒」と呼ばれていた熱狂的に麻里奈を愛する多くの女子生徒が、本命チョコや、女性から女性へ、まして中学生が渡すものとしては少々気合いの入りすぎているといえるようなグッズを持って押し寄せ、結果として彼女にバレンタインデーギフトが集中していたのである。
だが、そこは親からもらうお小遣いしか収入源を持たない中学生である。
軍資金の大部分を麻里奈へのプレゼントに投入してしまえば、必然的にどこかにしわ寄せがくる。
そこでトコロテン式にかわいそうな生け贄役に選ばれて、本命チョコどころか義理チョコさえも受け取ることができなくなるのが、序列下位の男子たちということになるのだが、これが大いなるトラブルの始まりとなる。
たしかに麻里奈のおかしな教義に影響されて男子を小ばかにする女子生徒が大幅に増えたことについては、麻里奈にも多少の非はあるものの、バレンタンデーに憧れの女子からチョコが届かなかったのは、やはり自分の魅力が足りなかったことが一番の問題と言わざるをえないだろう。
だが、どこの世界にも自分の非は一切認めず、他人にすべての責任を擦りつける輩は存在するのだが、むろんこの中学校も例外ではなく、自分の魅力が不足していたことを棚上げにして、バレンタインデーでの敗戦はすべて麻里奈の責任であるかのように、「女子を惑わす小野寺麻里奈は全校男子の敵である」と声高に主張する者が現れる。
その中で、入学早々仲間たち三人とともにまみにいたずらしようとしたところを偶然通りかかった麻里奈と博子に見つかり、腕力による口封じを試みたものの見事なばかりの返り討ちにあった医者の息子で麻里奈たちの同級生でもある片山恭が、女子の熱い視線を独占する麻里奈に対して不満を持つバレンタインデーの敗残兵たちをまとめ上げ、彼を代表者とする反麻里奈の急先鋒「麻里奈教被害者の会」がつくられる。
当初は、恭以外は各クラスの序列下位に位置している男子だけで構成されていた「麻里奈教被害者の会」だったが、増え続ける自称被害者を受け入れ、瞬く間に一大巨大組織に成長していき、やがてこの組織が掲げる「邪教をまき散らす小野寺麻里奈は全校男子の敵である。暗黒邪神小野寺麻里奈を打ち滅ぼして、松本まみ、そして囚われているすべての女子の魂を魔の手から救い出し、清く正しい光に満ちた世界を取り戻そう」というスローガンは、この学校の男子生徒の多くに受け入れられるようになる。
輝かしい未来を想像し胸をときめかせ喜々として自慢のスローガンを合言葉のように口にする「麻里奈教被害者の会」の面々だったが、彼らが知らない悲しい現実が存在する。
彼らが解放を目指す女子たちとっては、「麻里奈教被害者の会」などジョークのネタでしかなく、彼ら御自慢のあのスローガンも「あれは本当に恥ずかしいよね。絶対にあの病気に感染しているよ。それにしてもあんなどうしようもないものをよくも堂々と口にできるよね。それも毎日だよ。まったく信じられない。やっぱり男子ってアホだね」となり、嘲笑の対象になり果てていたのだ。
まさに知らぬが仏である。
それはさておき、稲花野中学校の多くの男子生徒から邪悪な存在と名指しされ麻里奈だが、愚かな生き物である男子たちに好きになってもらいたいなどとは、これっぽっちも思っていなかったものの、そのような趣味などまったくない自分が、同年代の女子たちの恋愛対象になっている状況も決して喜んでいたわけではなく、毎年起こる大騒動やそれに伴うお門違いの非難にうんざりしていたのも事実である。
というわけで、大部分の男子と、実は麻里奈本人も望んでいたその熱病の終息は、今年三月の麻里奈の卒業によって達成されたかにみえたのだが、結局はその危険な病原菌がこの中学校の外に持ち出され、県内各地に拡散しただけだったことは、この年の九月に開催されるある高校の文化祭会場での異様な光景であきらかとなる。