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小野寺麻里奈は全校男子の敵である 1 (縦書き版)

 千葉県の田舎にある千葉県立北総高等学校、十年前までは北総高校と呼ばれていたものの、ある事情により最近は北高という略称で呼ばれることが多くなったこの高校の入学式が終わった翌々日の放課後、職員室の扉が開いた。

 そこから現れた二人組のひとりは、かわいいというよりもきれいという表現のほうがより正しく、この学校の制服さえ着ていなければ知的な女子大生と紹介されても十分に納得してしまいそうな大人びた表情をみせる少女だった。

「失礼いたします」

「失礼いたします」

 一方、彼女とともに見事な挨拶を披露したもうひとりは、この年代の少女に不可欠な要素であるお洒落やかわいらしさというものを微塵も感じさせない、まるでこの千葉の田舎高校の制服であるあか抜けないセーラー服を着るためだけに生まれてきたような黒縁のメガネをかけおさげ髪をした地味顔少女だった。

 笑顔に満ちた見本のような挨拶とともに、扉が閉じられた瞬間、それがこの世とあの世を隔てる儀式だったかのように美人女子高校生の顔から笑顔は消え去り、それとは対照的なはっきりとわかる不機嫌な顔で黒髪を靡かせて教室に戻りながら、彼女は何かに対して猛烈な抗議を始めた。

「まったく!この私を門前払いとは、なんと無礼な教師どもだ」

「そうは言いますけど、規則ですから仕方がないです。まりんさん」

 きれいな顔に似合わぬ毒を含んだ言葉をまき散らす彼女を宥めるようにそう返したのは、後から一生懸命追いかけてくるお洒落にもかわいらしさにも縁がなさそうな黒縁メガネをかけたおさげ髪の地味顔女子高校生である。

「それなら、その規則を今すぐ変えればいいと思わない?そうでしょう、ヒロリン」

「まりんさん、声が大きいです。みんなが見ています」

 地味顔のメガネ女子高校生はそう注意するものの、すれ違う生徒たちが次々と振り返る理由の大部分は、 多くの男子生徒より高いその身長と、それ以上に目を引く美しい顔立ちという彼女の外見であることに間違いない。

 もちろん、その声に振り返った者もいる。

 だが、それはメガネ女子高校生が指摘する声の大きさでも、先ほどから延々と続いている美しい顔に似合わぬ上品とは程遠い内容でもなく、すでに二日前にその場にいたすべての者を魅了した美しい声に引き寄せられたものである。

 よく目立つ美しい外見だけでなく、その声も非常に魅力的な女子高校生の名前は小野寺麻里奈、その麻里奈をまりんさんと呼び、麻里奈にヒロリンと呼ばれたやや後ろをせっせと歩く地味顔のメガネ女子高校生の名前は立花博子で、二人ともこの学校に入学したばかりの高校一年生である。

 ちなみに、ふたりが並んで歩くことにならないのは、麻里奈がかなりの長身であるのに対して、博子のほうは平均より背が低く、当然歩幅がかなり違うにもかかわらず、麻里奈が相手に合わせることをしないことが原因なのだが、周りの人間の目には、それがどうしても高貴なお嬢様と、彼女につき従う貧相な従者に見えてしまうのは、諸々の事情により仕方がないところであろう。

「とりあえず最低五人だそうですから、ここから始めましょう」

「そういえば、さっきの生意気な教師が五人とか言っていたよね。まあ三人くらいなら簡単に集められるけど」

「そうですか。では、私は忙しいですから、そっちはまりんさんひとりでやってください。それから、まだ先生の悪口を言うつもりなら、もう少し小さい声でお願いします」

「なんでよ。悪口は大きな声で言うのが基本でしょう」

 噛みあっているのか、それとも噛みあっていないのか、どうにもわからない微妙な会話を続けるふたりの女子高校生が、現在何をしているのかといえば、新しいクラブをつくる申請に行き、そしていきなり躓いているところである。

 麻里奈たちが通う北高では、クラブは各種大会に参加するような名門がずらりと名前を連ねる「部」と、その大部分が同好の士が細々と活動する「同好会」とに分けられる。

 以前は多くの学業優秀者を輩出し名門校として名を馳せていたのだが、十年前に北高の一キロ北という嫌がらせのような場所に突如現れた「南沢学園高等学校」通称南高が、その豊富な資金にものを言わせて、周辺市町村どころか県内中から学業優秀者や有能なスポーツ選手を特待生待遇でかき集めて、あっという間に県内有数の文武両道校にのし上がってからは、すべての点において南校の足元にも及ばず、「ウチに入れない落ちこぼれと、取り柄のない凡庸な生徒が入る田舎臭い貧乏学校」などと南校関係者に嘲笑され、唯一南校に自慢できるその長い歴史ですら、「青カビが生えた」などという無礼極まる形容辞をつけられるまでに落ちぶれた北高が、特別な理由があるわけでもなく、それどころかまだ誕生してもいないクラブを、学校側から多くの優遇措置が受けられる部に簡単に認定するはずもなく、麻里奈たちがつくろうとしているそのクラブは、同好会から始めることになるわけなのだが、それでも届け出をする際には最低限の決まりはある。

 そのひとつが、最低人数であり、博子が口にしていた五人がそれである。

 そして、現在のその部員候補であるが、麻里奈と博子の二人だけであり、その要件は満たしていない。

 さらに言えば、今年度の同好会の新規届け出の期限は今月末であり、それまでに不足している三人の部員を集めなければならないのだが、問題はまだある。

 より重大な問題が。

「まさかもうあるとは思わなかった。私の許可も得ずに、私がつくろうとしていたクラブを先につくるなんて、なんと礼儀を知らない人たちなのだろうね」

「むこうはもう何十年も前からあるわけですから、生まれてもいないまりんさんの許可はいらないと思います」

 彼女たちが立ちあげようとして、実はすでに存在していたクラブとは料理研究会、略して料理研。

 こちらは麻里奈が生まれるよりはるか昔につくられて、当然部として認められた由緒正しきクラブである。

 自分が生まれる前にできたクラブに対して、自分にあいさつがなかったと麻里奈が本気で怒っていることには、驚きを通り越して呆れる以外にないのだが、とりあえず立ち上げようとしていたそのクラブが、すでに存在しているということであれば、二人はもう部員集めに奔走する必要はなく、ただ自分たちがそこに入部しさえすれば、すぐにでもやりたかったクラブ活動が始められるわけで、料理研究会の顧問をしている童顔の女性教師からも、そのように優しくアドバイスされたものの、麻里奈にはそれでは不都合な事情があった。

 それがこれである。

「そんな小姑みたいなのがゾロゾロいるところに入ったら、食べる料理を私が決められなくなるじゃないの」

「そこは、せめて作るにしてください。まりんさん」

「私は食べる専門で料理をするつもりはないから、これでいいの」

 小野寺麻里奈というこの女子高校生は、すでにそうするつもりだったという過去形になってしまっているのだが、自分がつくるはずだったその料理研究会で料理の腕を磨きたいわけではなかった。

 では、目的はなにかということになるのだが、麻里奈本人が「自分の好きなものを誰かに作らせて食べるためだけに新しいクラブをつくるのだ」と大声で主張しているので、当然このとんでもない理由に沿って、これから話は進んでいくわけだが、ここでは語られていないものの、実は麻里奈が主張するこの非常識でとんでもない理由が、些細な事を思えるくらいの別の理由も存在していた。

 いずれ時期が来れば、それは麻里奈の口から語られることになるのだろうが、その時に理由の一番の当事者となる予定の人物が、麻里奈の話を部分的に肯定する。

「まあ、確かにそこに入れば私たち一年生は料理をつくるよりも、まずは雑用だと思います。掃除とか食器洗いとか片付けとか。試食は……ないですね。きっと」

「そういう地味な仕事は、ヒロリンにはピッタリだけど、私は絶対に嫌だよ」

「私にだってそういう地味な仕事は似合いません。とにかく私はアイデア満載のおいしい料理を早く作りたいです」

 この世のありとあらゆることが、自分の思い通りに動くべきだと思っている麻里奈よりは多少は常識がありそうな、黒縁メガネをかけおさげ髪をした地味顔女子高校生ヒロリンこと立花博子は料理をすることが好きらしく、それが叶えば入部するクラブはどこでもいいようである。

「まあクラブ名は料理研究会がダメなら創作料理研究会にするからいいや。ヒロリンが料理をするのならそのほうがピッタリだし」

 一方、自分の不埒な望みを実現させるためには、なんとしてでも新しいクラブをつくらなければならない麻里奈は、名を捨てて実を取ることにしたようなのだが、最後に怪しげな一言をつけ加えると、意味ありげに地味顔の相棒の顔を見た。

「ん?それはどういう意味ですか?」

「特に意味はないけど。とにかく名前は創作料理研究会に決めたから」

 こうして、麻里奈たちがつくる新しいクラブの名は、創作料理研究会と決まった。

 実にめでたいと祝辞のひとつも述べたいところだが、不足している部員は見つかっていないため、実はスタートラインから一歩も動いていないうえに、職員室から無断拝借してきた校則集を眺めていた博子が、スタートラインを大幅に下げるような新たな問題を発見した。

「それから、まだあります。問題は」

「まだなにかあったの?」

「部費です。まりんさんがいくら頑張っても、同好会は学校からお金は貰えません。活動費は自腹です。それも全部。ちなみに、財布にはレシートとポイントカード以外は小銭しか入っていない貧乏なこの私には、そういうお金を出す余裕は一切ありません」

 麻里奈に部費についての説明をしたついでに、自分の貧乏を自慢した博子は、そう言うとポケットからキャンディーを取り出して口に放り込んだ。

 ここで立花家の名誉のために、ひと言つけ加えておけば、博子はこの後もことあるごとに自分の貧乏を自慢するのだが、貧乏なのは一日三百円のお小遣いに昼食代が含まれている博子個人だけであり、立花家が貧乏ということでは決してない。

 さて、すべての経費を学校に支払わせるつもりだった麻里奈にとっては、博子が見つけ出したあらたな問題、すなわち同好会には学校から活動資金の援助がないなどまったくの予定外のことである。 

 当然怒りが大爆発する。

「ゴキブリ並みの脳しかない悪逆非道なチンピラ教師どもが考えた浅知恵規則などでは、私の崇高な計画は潰せないことを頭も悪ければ顔も悪いヘボ教師どもに、きちんと教えてやる必要はあるわね。でも、そうなるとスポンサーが必要になるわけか。……それから、ちゃんとした料理が作れる人も入れないといけなかった」

 よからぬ目的を実現するためだけにクラブを立ち上げようとしている自分のことは棚に上げ、たしかに非常識な麻里奈の基準からは大幅に外れているのだろうが、世間の常識からはまったく外れてはいない学校の規則や、この学校で真面目に働く教師たちをこれでもかと言うほど罵った麻里奈が続けて呟いた言葉に対して、博子が地味な顔とは対照的によく目立つ大きな胸を張って元気にこう答えた。

「何を言っているのですか。料理のほうは、この私がいるから大丈夫ですよ。のーぷろぶれむです。料理にはちょっと、いいえ、かなり自信があります。私」

 だが、なぜか博子の元気な言葉とは対照的に、それまで威勢がよかった麻里奈が、その言葉を聞いたとたん急激に減速し始める。

「……そうだね。でも、やっぱり私はまだ死にたくないし……」

「なんですか?それは料理上手である私に対して大変失礼な発言です。それではまるで私が毒薬でも製造しているように聞こえます。言っておきますけど、私のおいしい料理を食べて喜んだ人はいても、死んだ人はひとりもいません。それなのに、まりんさんが先生たちに余計なことを言ったから、中学校での三年間は授業で一度も料理を作らせてもらえなかったのです。中学のみんなにも食べてもらいたかったです。私がつくったアイデア満載のおいしい料理」

 どうやら麻里奈の言葉が気に入らなかったらしく、黒縁メガネのかけた地味顔女子高校生は中学生時代の暗い過去を持ち出して、呪詛のような言葉を並べ始めると、麻里奈は思い出してはいけないものを思い出したかのように、よく整った美しい顔に似合わぬ困った表情を作り、さらに元気がなくなりボソボソとこう返事をするのであった。

「……わかっているよ。約束は忘れていないから。でも私は食べないよ。絶対に」


少々遅くなりましたが、予告していた縦書き版になります。

「縦書き」機能を利用してお読みください。

個人的には、やはりこれが一番読みやすいです。

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