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小野寺麻里奈は全校男子の敵である 6 

 さて、翌日の放課後に創作料理研究会の部員と顧問が現れたのは、このクラブの第二の部室ともいえるハンバーガーショップ「ネフェルネフェル」であった。


 一年も経たぬうちに、それまで客の大部分を占めていた時間調整や打ち合わせに便利な場所としてこの店を利用していたビジネスマンや大学生は、女子中高生たちによって駆逐され、全国展開しているチェーン店とは思えぬ数々のローカル・ルールに支配された異次元世界に変貌することになるこの店も、この頃はまだ普通のハンバーガーショップであった。


 もっとも、この店が入る建物のオーナーが自称お嬢様で創作料理研究会の歩く銀行こと馬場春香の父親ということもあり、のちに「ホーリー・オブ・ホーリーズ」と呼ばれる創作料理研究会関係者のお気に入りの席を、事前に予約さえ入れておけば確実に確保できるという特権が、すでにこの時期から麻里奈たちに与えられてはいたのだが。


「せっかく部室をもらったのに、今日もこっちなの?せっかく買った道具をこっちが使わないうちに、料理研が勝手に持っていったりしたらどうするの?」


 齧りかけのフライドポテトを振り回しながら自称お嬢様馬場春香がそう尋ねると、交渉におこなってきた三人が誇らしげにこう返答した。


「大丈夫だよ。なにしろあの部屋の鍵は、私と先生しか持っていないから」


「そういうこと。すなわち、あの部屋は私のもの」


「いやいや、それは違いますから。ちなみに、まりんさんのものでもありません」


 創作料理研究会が誇る非常識コンビである麻里奈と恵理子よりはほんの少しだけ常識があるらしい黒縁メガネ、おさげ髪、地味顔という文学少女三点セットを揃えてはいるもの、それ以外のすべての要素は彼女がエセ文学少女であることを示す女子高校生が、こちらはいつもの小さな百円バーガーを握りしめながら、守銭奴教師の発言を否定したついでに、これからおこなわれる予定の発言も先回りしてそう否定した。


「まったく~ヒロリンは気が利かない」


 当然、この後に「もちろん、あの部屋は私のもの」と力強く宣言するつもりでいた麻里奈は、頬を膨らませてわざとらしくつくった不機嫌そうな顔で、今回の悪事についての解説を始めた。


「校長たちが部屋どころか旧校舎の管理まで、私たちに土下座して泣いて頼むから、仕方なくお願いされることにしたのよ。だから、私たちがここにいても部外者が中に入ることは絶対にないよ」


 ここでいつものように麻里奈が自らの悪事をカモフラージュする時に常套句として使用する「土下座して泣いて頼まれた」の登場である。


 今回もそのような事実などまったくないのだが、麻里奈に続いて登場する残り二人も悪事を働いてきた創作料理研究会関係者も好んで使用するこのセリフを口にして、自らが麻里奈の同類であることを晴れ晴れとした表情で自慢した。


「まあ、校長先生たちに土下座して泣いて頼まれてしまっては仕方ないです。ここはやってあげるしかありません」


「そうそう。土下座して泣いて頼まれてしまってはやらないわけにはいかないよね。仕方がないからやってあげましょう。もちろん無料とはいかないけど、かわいそうだから少しは割引しましょう」


 とりあえずは、この悪党三人の話である。


 頼まれたという最終結果はどうにか及第点であっても、それ以外はかすりもしないことは誰にでも想像はできることである。


 春香に「自分の首を切り落とされて一分後にようやくそのことに気がつく」と嘲笑される鈍いこの男でもわかるほどに。


「麻里奈よ、そこのふたりとどのような悪事を働いてきた?」


「悪事とは失礼な。でも話は聞きたいということね?では、交渉の極意をお教えしよう。それは……」


「ストップ!」


 誕生してからというもの、他人に迷惑をかけることだけをやってきたこの悪の組織の頭目である麻里奈が、今回の悪事の全容を誇らしげに語り始めようとしたところで、春香が再び声を上げた。


「せっかくだから、まりんや先生がどうやって第二調理実習室の強奪を校長たちに認めさせたかを予想してみない?どう、まみたん」


「面白そうですね。やりましょう、ねえ橘さん」


「……そうだな」


 いつもは麻里奈の隣に座るだけで満足し、悪人たちの会話にはほとんど加わらず、にこにこしながら聞き役に徹している常識人のまみが、珍しく春香のどうでもいい話に乗ってきたので、たいして考えなくても、麻里奈たちが校長たち相手にろくでもないことだけをやってきたことは想像でき、最近強欲守銭奴教師を加えて「悪のツートップ」から改悪して出来上がった創作料理研究会の「悪のスリートップ」の犯罪自慢などまったく聞きたくもなかった恭平も渋々それに同意することにした。


 それではいってみよう。


 まずは、創作料理研究会の唯一の常識人である松本まみ説。


「きっと、まりんさんたち三人がすてきな笑顔で一生懸命お願いをしたから、校長先生たちが皆さんを信用されたのですよ。よかったですね」


 ……そんなことは間違ってもあり得ない。だいたい北風と太陽の話でいけば、間違いなく北風役であるこの三人が見せる笑顔には、全世界の人間を不幸にする成分なら必要とする一億倍の量が各種猛毒とともに濃縮され詰まっているだろうが、人々に安らぎを与える天使の微笑みのような要素など、まみ本人ならともかく、この三人のそれには一ミリグラムだって含まれているはずがない。


 さすがにその後の報復が恐ろしくて口に出しては言えないので、心の声になってはいるが、これがまみ説を聞いた恭平の率直な感想である。




 ところで、これまではまみを苗字である「松本」または「松本さん」と呼んでいた恭平が、幼なじみで昔からの習慣でそう呼んでいた麻里奈や、苗字の読みが自分と同じ「タチバナ」なので、渋々ヒロリンと呼んでいるだけの博子と同じように名前である「まみ」と呼んでいることに気がついただろうか。


 これは、恭平に対する好意など一ミリグラムも含まれず、あくまでただひとり麻里奈とファーストネームで呼び合っている恭平に対しての強烈な対抗心のような屈折した気持ちからだという悲しい理由ではあるものの、そのようなまみの複雑な心情など読み取れるはずもない鈍感な恭平にとっては、ありがたすぎるまみからの提案によるものであった。


 さらに、こちらは恭平もまったく望んでおらず、一旦は謹んでお断りをしたものの、「無礼者」という声とともにすぐさま開始された厳しいお仕置きがおこなわれた後に、なんども復唱させられ、無理やり押し付けられたものではあるが、春香からも同条件の待遇が与えられることになった。


 むろん、こちらも当然愛情や好意などという成分は一切存在せず、ただ自分だけが苗字で呼ばれるのが気に入らないからという、まったくもってどうでもいい理由であった。


 さて、その涙が出るくらいありがたい特典だが、これまで何十回もあったそう呼ぶ機会も意気地のなさからすべてやり過ごし、そのデビューが今回の心の中でとなったのは、自称「名門北高にふさわしい清く正しく爽やかでまじめで立派な男子高校生」だが、実際には小心者で疑い深く人間としての器が非常に小さく、戦う相手がいないときの戦闘だけが得意な意気地もなければ勇気もないという見栄えがいいところが唯一の取り柄である恭平にしかできないすばらしい快挙といえるだろう。


 また、恭平にとっては、創作料理研究会入部後最大の戦果ともいえるこれも、そう呼びたくても呼べないでいる多くのライバルたちの嫉妬心を煽り、彼らからの厳しい制裁が待っているという負の要素も存在したのだが、鈍感なうえに浮かれている恭平がそのようなことまで気がまわるはずもなく、ようやくそれに気がついたのは厳しい制裁が発動されてからとなる。


 さらにいえば、恭平に対してライバル心はあっても、好意的な感情をまったく持ち合わせていないまみ本人は、この後も恭平を「橘さん」としか呼ばず、その先にあるはずの恭平が思い描くようなことも、当然訪れることはないのである。




 さて、先ほどの続きに戻ることにする。


 まみ説に続いて恭平曰く、「このろくでもない企画の発案者」である自称お嬢様で創作料理研究会の歩く銀行と称される馬場春香説である。


「金を積んだ。どうせ私のお金をあてにして金を掴ませてきたに違いないよ。でも、それってワイロじゃないの?捕まるよ。両方」


 ……金を掴ませるなど高校一年生の少なくてもお嬢様と自称する女の子が言うセリフではないが、金持ちで、しかも性格の悪いコイツが言うと、どうもリアルだな。だがこの際だ、この資金提供者も含め全員捕まって牢屋送りになってたっぷりとお仕置きをされればいいのだ。ついでに、そのまま全員さらし首にでもなれば、治安維持や公序良俗その他すべての面で社会が今よりよくなるわけで、そうであれば巻き添えを食ったことになる校長たちの犠牲も決して無駄ではないぞ。


 この大いなる期待を込めたような心の声は、再び恭平のものである。


 さて、最後にあくまで自称ではあるが、まみとともに創作料理研究会の数少ない良識派で、自分は名門北高の男子高校生にふさわしい、男らしく、そして清く正しい立派な人物であると胸を張る橘恭平の説である。


「交渉におこなったのは麻里奈だぞ。考えなくても校長の弱みを掴んで脅したに決まっているだろうが。だいたっ○%×$☆♭♯▲!※……」


「見事な一撃」


「実にいい音でした。でも痛そうです」


「橘さん、大丈夫ですか」


「……いや、あまり大丈夫じゃない」


 話の途中だったのだが、恭平説は麻里奈から脳天を直撃する拳とともに強烈な不合格判定が下され、その見事な一撃には春香と博子から大きな拍手が送られた。


「失礼だね。恭平の話はハズレだし、なによりつまらないから却下。正解は私たちの色香で落としてきたに決まっているじゃない。主に私だけど。私の色香」


「いやいや、ここはやっぱり私の大人の色香でしょう」


「先生の体のどこを探しても、そのようなものは存在しません」


「ヒロリンにだけは言われたくないわよ」


 お洒落やかわいらしさを徹底的に排除したらしい黒縁メガネをかけた地味顔の女子高校生と、それと同じくらいに体のある部分が非常に地味な二十四歳の女性教師の恥ずかしい言い争いはひとまず脇に置くことにして、とりあえず麻里奈の話す内容は、とってもとってもまずい話である。


 それはまず三人のうち二人は未成年者であり、「男など愚かで下等な生き物」などと言って男子をあからさまに見下し、当然のように、その下等生物である男子がわずかでも喜ぶようなことは絶対しないと広言する彼女のこれまでの言動からは想像できず、突如宗旨換えをおこなったのでなければ、二百パーセントありえないことなのだが、自分の色香で学校幹部を篭絡したと主張する十五歳の麻里奈の話が本当であれば、その時点で校長たち学校幹部三人は、聖職者から、「性犯罪者予備軍」または「異常性癖を持つ変態ロリコン教師」と分類される変態に、ジョブチェンジしたことになる。


 さらに、これはあくまで恭平が主張する説ではあるのだが、少なくても年少の二人には食い気はあっても色気などというものは存在せず、そのような二人のいったいどこにあるかもわからないような色香、百歩、いや千歩くらい譲ってその魅力と言い換えても、そのようなものに惑わされたということになれば、それはよほど変わった趣味の持ち主か、どうしようもないほど女性を見る目がないか、その両方を兼ね備えた稀有な人物ということになる。


 もっとも麻里奈は、その残念な性格はともかく、中学生時代には「外見だけなら松本まみと並ぶ我が校のツートップ」、「立っているだけなら学校一の美人」などと称されていたほどだから、見た目だけなら学校一のモテモテ女子高校生松本まみにも負けていない美人であるうえに、彼女に魅了された者の言葉によれば、「すべてを浄化する天使の声」、逆に恭平をはじめてとするその声で泥沼に引きずり込まれて、ひどい目に遭った者からは「悪魔のささやき」と呼ばれる人を引きつける特別な声の持ち主としても知られており、地味顔の博子も胸の大きさだけなら顧問である恵理子を含めても創作料理研究会の女性陣随一の魅力度を有しているので、恭平が主張するこちらの説は、この二人に対する長年にわたる個人的な深い恨みに基づいた非常に偏ったものであると言えなくもない。


「本当はコレを使ったのよ」


「……あっ、それ」


 自分の色香などと言ってはみたものの、自分でも相当恥ずかしかったらしく、わざとらしい咳払いで完璧な仕切り直しをおこない、それからいつもの黒い笑いを浮かべ直した麻里奈が胸のポケットから見せるコレには恭平は見覚えがあった。


「……それは私の写真ですよね」


 コレを見たまみがボソリと呟いたとおり、麻里奈が持つコレとは、まみの写真であり、すなわち少し前に恭平をこの悪の組織に誘い込んだ麻里奈の切り札であるアレのお仲間でもある。


「なるほど、そういうことか」


 恭平はここでようやく理解した。


 主語は間違いなく違うものの、校長たち三人の大人相手に今回の大戦果を挙げてきていた、麻里奈のいう色香の正体を。


「三人にまみたんの激レア写真をあげて、バレンタインデーの時にはまみたんの手作りチョコを必ず渡すからと言ったら二つ返事だった。軽いものだよね」


「私の激レア写真ですか?」


「まみの激レア写真だと……」


 万人の予想を裏切ることなく、今回も肖像権を持つ関係各所の了解も得ぬ、いわゆる無断使用でまみの写真をペテンの道具に利用してきた犯罪集団の頭目が、自慢げに自分の犯罪行為を語り、その子分もこの場にいない被害者たちを嘲笑するように同調する。


「そうそう、それまで頑として拒否していたというのに驚いてしまいます。まったく手のひら返しとは、あのような恥ずかしい行為のことをいうのでしょうね。ちなみに先生の写真とチョコには校長先生たちはまったく反応しませんでした」


 共犯であるエセ文学少女が、最後に小さな裏話を披露すると、実はその写真の関係者のひとりである春香は大爆笑し、先ほどの麻里奈の言葉にあった「まみたんの激レア写真」なるものがいったいどのようなものかをあっち方面で妄想するのに忙しかった恭平や、多くの人間が関わっているものの本人だけがそれがおこなわれていることすら知らないセクハラの被害者であるまみも思わず苦笑してしまったのだが、どうやらエセ文学少女のその一言は、悪のスリートップに構成するもう一人のプライドをいたく傷つけたらしく、すぐさまささやかな訂正要求がおこなわれた。


「ヒロリンは失礼なことを言うわね。少しはしたわよ。したはずよ」


「いやいや、『微動だにしない』とはあのようなことを言うのだと思います。私は校長先生たち三人がお地蔵さんになったのかと思いました」


「たしかに三人は石化していたな。私はあのとき、先生が実はメドゥーサではないかと本気で疑ったよ」


「違うわよ」


 学校一のモテモテ女子高校生まみに絶対に勝ち目のないモテ度で戦いを挑んだものの、麻里奈と博子の「悪のツートップ」の挟撃にあっという間に撃沈されてしまった二十四歳の顧問の悲しい現実はさておき、恭平曰く食い気は人一倍あっても色気はゼロである二人の証言者によって同年代だけではなく、かなりの年長者にも効果絶大であることが証明されたまみの圧倒的破壊力は、この後も各地で華々しい戦果を挙げ続け、「ねごしえーしょん」と自称する麻里奈のペテンとともに「創作料理研究会の双璧」と呼ばれる武器となっていく。


「……とにかく、模擬店で販売したら売れそうだね。まみたんの手作りチョコ。文化祭でうちの部の売り物にしたらいいと思うよ」


「なるほど。それはいいアイデアだね。本当によく売れそうだ」


 中学時代のまみのバレンタインデーチョコ伝説を知らなかった恵理子が、まみとのモテ度対決に惨敗した悔し紛れにそう口にすると、麻里奈もすぐに同調した。


「まみたんのバレンタインデーチョコは毎年高額プレミアがついていたよ。なにしろアホな男子どもは小遣い全部叩いて買い取っていたりしていたから」


「それはすごいね。そんなに儲かるなら個人的に商売しようかな。え~と一枚五十円でまみたんから仕入れて、それを消費税込み二千五十円で売れば……」


「では、企画持ち込み料として、売り上げの三割はもらおうかな」


「じゃあ、消費税込み五千五十円にしよう」


「随分高いね。それでも買うのがアホな男子。きっと行列ができるよ」


「それは楽しみ」


 すぐさま捕らぬ狸の皮算用を始める恵理子を相手に、調子よく中学時代のまみのチョコレートネタを語っていた麻里奈だったが、ここでまみから思わぬカウンターパンチをもらう。


「もうやめましょう。その話は。それより、まりんさんは毎年バレンタインデーに学校中の女子から二百個くらいチョコレートをもらっていたのですよ。そっちの方がすごいと思いませんか?」


「うぎゃ~」


 まみが放った一撃は、無敵に見えた麻里奈の唯一の弱点をピンポイントに直撃した。


「……まみたん、それは日の当たる場所ではしてはいけない話だよ。思い出したくないものまで思い出して、変な汗が出てきた」


 男は愚かで下等な生き物などと、同級生どころか男性教師の前でも堂々と言い放つ麻里奈にとっては、軽蔑している男子にまったくモテないことなど恥どころか、むしろ名誉なくらいなのだが、自身はまったくそのような趣味はないため、女子の恋愛対象になるというのはどうも居心地が悪く、特にバレンタインデーに積み上げられた彼女たちの熱烈な愛がこもったチョコレートの山と、下級生からまで本気で迫られた過去は、麻里奈にとっては触れてもらいたくない中学生時代の黒歴史だったのだ。


 しかし、恵理子はもちろん、違う中学校出身である春香にとってそれは初めて聞くおもしろそうな話なうえに、麻里奈のこのリアクションである。


 放置などありえるはずもなく……当然こうなる。


「なんじゃ、それは」


 オーバーアクションとともに大声を上げるあまりにもわざとらしい恵理子の驚きに春香も続く。


「確かにすごい数だけどさ。だけど、それが全部女の子からというのはどうなのかな。前から薄々感じていたけど、まりんってあれなのかな。ねえ先生、まりんは絶対あれだよね」


「なにがあれじゃ。私はあれでもそれでもない」


「いや~困りました。これから毎日私はまりんにそのような目で見られるということでしょうか?それに夜道でまりんに迫られたらどうしましょう。本当に困ってしまします。これは心の準備が必要です」


「先生、ちっとも困った顔をしていないじゃないですか」


「むしろうれしそうです」


「私は夜道どころか昼間だって先生になど絶対迫らん。よって心の準備も必要ない。この話はこれでおわりだ」


「そうはいかない」


「そのとおり。終わらない」


「永遠に続きます」


 ということで、麻里奈が珍しく鎮火に大失敗し、延焼どころか誘爆と表現した方がよさそうな状況になり、彼女が女子生徒たちから、いったいいくつのチョコレートをもらい、そのもらった大量のチョコはどこに消えたかという話題で、実はこの話題のすぐそばに火薬庫を抱えていた恭平を除く全員が大いに盛り上がった。


 一方、まみは盛り上がっていた自分のチョコネタを、話をすり替えることで見事に終了させ、この話はここで終わったかに見えたのだが、実は火種は残っていたことがのちに判明する。


 そして、麻里奈が形を変えて九月の文化祭に登場させたそれは、男性限定で多くの被害者を生み出すことになるのだが、文化祭で心に深い傷を負った多くの男性たちとっては、麻里奈に入れ知恵を授けたようなこの時の恵理子の一言は、本当に余計なものだったと言えるだろう。



 ちなみに、麻里奈のもとに届いた大量のチョコがどうなったのかという肝心の話だが、相手へのお礼の手紙を必死に書く麻里奈の脇で、小野寺家に毎日やってきた博子が、その大部分を口に放りこんでいたという衝撃の事実が明らかになる。


 そして、ついに恭平がもっとも恐れていた事態、すなわち腹に隠し持っていた火薬庫に引火する瞬間がやってきた。


「実はですね。恭平君は……」


 博子の証言により、バレンタインデー本番では麻里奈由来の諸事情により、たった一個の義理チョコにさえ無縁となっていた恭平が、家族に見栄を張るために麻里奈に泣きついてバレンタインデーチョコを分けてもらっていたという男としてはもちろん人間としても実に恥ずかしい事実だけでなく、その際にまみの本命チョコも裏口からゲットしようと麻里奈に必死にお願いしていたなどという同級生たちがそれを聞いたら、間違いなくその場で即公開処刑になる重要案件までが発覚した。


「実に恥ずかしい。恥と言う言葉では言い表せないくらいこの変態の行為は恥ずかしすぎる……で、結局まみたんの本命チョコは橘のアホが食べたの?」


「まさか。まみたんのチョコレートケーキは私とヒロリンと兄貴で食べたよ」


「そうです。三人でおいしく食べました。ちなみに、恭平君が持ち帰ったチョコはすべてお兄さん宛のものです」


「さすがに私がもらったチョコを恭平にやるのは気が引けたからね。兄貴宛てに送られてきたチョコから適当に見繕った」


「ちなみに恭平君が見栄を張りたい相手というのは、小学校六年生の妹由佳ちゃんです。由佳ちゃんは、恭平君に本当に厳しくて、私とまりんさんがあげたチョコはもらったうちに認めないって言っていました」


「……まりんさんのチョコ。羨ましいです」


「小学生の妹にあれだけ罵倒されている恭平を見ると、少々哀れになって、さすがの私でも恭平を助けたくなってしまった」


「……まりんさんのチョコ。欲しいです」


「まあ、恭平君は由佳ちゃんのパンツを見ようと玄関で転がっていたという恥ずかしい過去がありますから、軽蔑されても仕方がないです」


「……まりんさんのチョコ。食べたいです。ん?妹さんのパンツ?」


「橘、お前」


「橘君」


「たしかにあれはひどいな。もうすぐ高校生になるという男が小学五年生のパンツを見て、なにがおもしろいのか私にはさっぱりわからない。……ん。そういえば、いるな。似たような変態が」 


 まみの微妙な独り言が繰り返されてはいるのはさておき、恭平をこき下ろしているうちに、ある人物に行き当たった麻里奈はそう言ってチラッと博子を見た。


「ん?なんですか」


「そういえば小学生に興味を持つ変態高校生が私の近くにもうひとりいたなと思って」


「そうですか。でも私はそんな恥ずかしい人などはしり……あ~なるほど。たしかにいましたけど、その人は恭平君のように小学生のパンツには興味なかったと思います」


「それはそうだ。恭平は小学生の妹のパンツを見たかったのだからな」


「おい、麻里奈。ちょっと待て」 


 これまでの内容はすべて事実であり、反論もできないために、お白州での咎人のごとく頭を下げ、早く次の話題に移るようにだいたいのことはやり過ごそうとじっと我慢をしていた恭平だったが、憧れのまみの前ということもあり、さすがにこれ以上は放置するわけにはいかず、小学生の妹のスカートの中を覗いたなどという、あまりにも恥ずかしすぎる疑いを晴らすために猛烈な自己弁護を始める。


「それは違うぞ。あれは玄関が涼しかったので転がって昼寝していた俺の上をアイツが跨いで、いや、アイツが俺の顔を踏みつけた時に偶然見えただけだ。それをアイツが見られただの、覗いただのと騒いでいるだけであって、あきらかな不可抗力というか、俺こそが見たくもないものを見せられた被害者だろう」


 実はこれに関しては恭平の言葉は正しかった。


 だが、その正しい事実も、真実よりもおもしろさを優先する恐ろしい相手の登場に恐れをなしたらしく蜘蛛の子を散らすように逃げていき、その場に残ったのは、「恭平が小学生の妹のパンツを見た」という一点だけだった。


「恭平君、小学生のパンツ覗き魔の見苦しい言いわけなど聞きたくありません」


「まったくだ。橘、お前がロリコンの変態であることは明々白々であろう。しかも、妹に顔を踏まれて喜んでいたというのは、お前はどこまで変態なのだ。顔を踏みつけられながら見る小学生のパンツは最高だと思っているお前のような変質者がまみたんに近づこうとは一億年早い。死刑になって出直せ」


「まったくそのとおりです」


 こうして憧れのまみの目前という最悪の場所で、実は冤罪なうえに恥ずかしいすぎるロリコン疑惑により見事公開処刑となり、断頭台の露と消えた哀れな恭平であった。


「恭平君のおもしろい話はまだあります」


「山ほどな」


「聞きたいな。今後のために」


 その後も博子と麻里奈によって次々に恭平の恥ずかしい過去は披露され、それまでも決して高くなかったまみの恭平に対する評価はどこまでも下がっていくことになるのだが、のちに創作料理研究会の伝説となるこの「橘恭平 第一回 針の筵タイム」は、恭平にとって地球の裏側で起こった火事の火の粉が突如空間転移して出現し我が家を丸焼きにしたような想定外の災難であった。


「こんなひどい目に遭うのは二度とゴメンだ」


 これは厳しい「針の筵タイム」解放後の恭平による心からの叫びであったのだが、残念ながらそれは叶わぬ願いである。


 なぜなら、あなたはそのために選ばれたのだから。


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