表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

小野寺麻里奈は全校男子の敵である 5 

「ところで、この申請書は小野寺が書いたのか」

「もちろん、部長の私が書きましたけど、それがなにか?」

「何年も、同好会の申請書類を見ているけど、これほど格調の高い文章は見たことがないよ。内容もすばらしいが、とにかくこの文章がすばらしい」

「それはありがとうございます」

「君はこういうものを書く機会が多いのかい。こんな文章をサラサラと書けるのは、それなりの経験を積まないとできないと思うのだが」

「いえ、特にないです」

「ということは、天才ということかな」

「たぶんそうでしょう。私もそう思います」

「……そうか」

 二日後、その内容が麻里奈のいかがわしい目的からは想像の及ぶかぎりかけ離れており、「これはいったいどこの福祉団体のものでしょうか」と書いた本人を含むそれを読んだ部員全員が大笑いしたという創作料理研究会の慈愛に満ちた壮大な活動目的が高尚な文章で書かれたエセ文学少女ヒロリンこと立花博子作成の申請書が提出され、創作料理研究会にようやく学校から同好会としての活動認可を下りた。


 もちろん、申請書の内容はあきらかな捏造ではあるのだが、「自分が食べたいものを他人の金で買った食材を使って誰かにつくらせて食べる」などという麻里奈の目的をそのまま書いてしまえば、たとえ同好会といえども活動許可が下りなかった可能性が高かったため、普段はこのようなことには真っ先に反対する創作料理研究会唯一の常識人松本まみも今回ばかりは強くそれを主張することはなかった。


 だが、そこにやってきたときに、「やはり嘘をつくのはいけないことですね。反省します」とまみはうなだれ、春香も「まったくだ。今回は許可が出ただけでよしとするしかないな」と苦笑いを浮かべた。


 学校から創作料理研究会の部室として割り当てられた「そこ」とは、学校敷地の端にポツンと建つ、現在は倉庫代わりに利用されている程度で、本来の目的では何年も使用されていない旧校舎にある「第二調理実習室」と札がかかる小さな調理実習室と付属する準備室だった。


「本当にここなの?」


「そうです」


「私たちをこんなところに閉じ込めるとは、校長たちはなにかよからぬ陰謀を巡らしているかも。いや、間違いなくそうだ。実は私たちを閉じ込めるために、この違法建築物を残していた可能性だってある」


 もちろん、それはあくまで麻里奈の被害妄想の産物であり、そのような事実はない。


 では、どうみても現在の安全基準をクリアしているとは思えないうえに、修繕費等存在しているだけで経費がかかるこの古びた木造二階建ての旧校舎がなぜ残されているのか?


 博子とともに担当事務職員から鍵を受け取りながら、この校舎の歴史についての説明を受けた麻里奈が、自分流の解釈を加えて春香たち残りの部員たちに語った説明によれば、その理由とは「さっさと壊してしまえばよかったものを、当時のケチで意気地のないバカ校長が壊しそびれてしまったために、引っかかってしまったなんとかという条例だかのおかげで、保存することが決まってしまったので、我慢して残してやっている」というものだった。


 さて、麻里奈によれば保存する価値などないそのオンボロ校舎だが、創作料理研究会が活動を開始すると同時に無断改装が始まり、数か月後には安全性はともかくみすぼらしい外見からは想像できないすばらしい内装と、もはや公立学校のものとは思えぬレベルにまで達した充実した設備を誇るものに変貌し、ついには、あまりの豪華さに感動したある人物が住み着くまでになる。


 さらに、この校舎は「今年あった県内のおもな出来事」のひとつに選ばれるほどの異様な盛り上がりをみせた文化祭後には、あの創作料理研究会が入る建物として高校見学で訪れた受験生たちが必ず立ち寄る人気スポットになり、年度が変わり、某クラブの部長に憧れて田舎の県立高校のものとは思えぬ驚くべき倍率となった入学試験を「愛の力」で突破し、北高入学を果たしたあの宗教団体に所属する新入生たちが、聖地であるこの旧校舎に部室を持つために、怪しげな名称と名前以上に怪しげな目的を持った同好会を次々に立ち上げることになるのだが、そのひとつが、のちにこの学校の代名詞となり最終的には全国規模の組織となる「まりん防衛隊」である。


 だが、これから起こるそのような面白すぎる出来事のことなど知る由もないこの校舎の最初の入居者であるその某クラブの部長の怒りはそう簡単には収まらない。


「まったく、私たちをバカにするにも程があるというものよ。これじゃ島流しじゃないの。私たちになにか恨みでもあるって言うの!」


 その根拠など彼女の頭の中以外には存在しないのだが、自分たちが学校側から最恵国待遇を受けられるものと本気で思い込んでいた某クラブの部長である麻里奈は、学校側の創作料理研究会に対する扱いに大いなる不満を抱き、そして実際に声に出してそう騒ぎ立てていた。


 もちろん、学校側は、わずか五人のできたばかりの弱小同好会ごときのために、多くの部員を抱え第一調理実習室を毎日使用している名門料理研究会の活動を制限するわけにはいかなかったのだが、さりとて設立条件も揃えて申請がされている以上同好会として認可しないわけにもいかず、対応に苦慮していたところにある教師より旧校舎に使用されていない第二調理実習室があるという情報がもたらされ、渡りに船とばかりに部室としてそこを貸し出すことを決定しただけであり、麻里奈や創作料理研究会に対して特別含むところがあったわけではなかった。


 だが、この日から数か月も経たないうちに校長ほか教職員一同、「あの時、活動する部室がないので認可できないと門前払いにすべきだった」と後悔をすることとなり、たまたま前日に旧校舎の見回りに行ったために、最初に第二調理実習室の存在を思い出しただけの森本という若い化学の教師は、「お前がすべて悪い」とほぼ百パーセント責任転嫁といえるバッシングを受けることになるのだが、こればかりはさすがに麻里奈が主原因とするにもやや無理があり、やはり「自業自得の連帯責任でしょう」とする、まもなく創作料理研究会関係者となるある女性教師の意見が妥当なものといわざるをえないだろう。



 さて、麻里奈よりはほんの少しだけ常識がありそうな黒縁メガネをかけた地味顔のおさげ髪少女である博子も、実は心の中では年季の入った建物には少々驚いていたものの、ここで自分も同調してしまっては収拾がつかなくなると、言いたいことをぐっとこらえて麻里奈を宥めにかかる。


「仕方がないです。こっちは出来たばかりですし、それに部員が五人しかいないのですから。ほら部屋は外見ほど古くないですし、それに、いまどき木造校舎なんて古風で趣があってたいへんいいです。まずは座ってお茶にしましょう」


「だけど、ヒロリン。向こうは顧問がいなくなったのだから廃部でしょう。廃部。そして第一調理実習室を明け渡すべきべきじゃないの」


 パーフェクトなエセ文学少女であるはずのヒロリンこと立花博子のこの瞬間限定の正統派文学少女っぽいセリフに応える麻里奈が過激な言葉で対抗意識を燃やしているのは、当然新校舎にある第一調理実習室を部室として使用する名門料理研究会である。


 ちなみに、その名門料理研究会であるが、一身上などというわけのわからない理由で顧問が突如辞任してしまい部活動をおこなうための必須要件を欠くという緊急かつ大問題が勃発して大混乱中である。


「それについては、本当に悪いとは思っているのよ。これでも」


 そうボソボソと言い訳をするのは、麻里奈たちより遅れて、こそこそと第二調理実習室にやってくると、申しわけなさそうに麻里奈の隣に座り、春香が持ち込みテーブルに広げられた大量のお菓子からそっとミニチョコパイをつまみあげている、童顔ではあるが、よく見れば麻里奈たちに比べて明らかに年長だとわかる女性である。


 もちろん、彼女が麻里奈に騙されて料理研究会の顧問をやめ創作料理研究会の顧問となった人物である上村恵理子であり、麻里奈と、それから入学式の翌々日に一度会っている博子を除く三人の部員とは、ここで初めて顔を合わせたことになる。


 初めてあった顧問にいいところを見せようとさっそく恭平が口を開いた。


「ハッキリ言って料理研の顧問は、やめる必要はなかったと思いますよ。どうせそこのバカ麻里奈がつくった正体不明のなんとか研究会などたいした活動なんかするわけがないし。だいたい、麻里奈が先生にした約束だっイダっ」


「さすがは恭平君です」


「やはり、コイツは相当のバカだな」


「橘さん、大丈夫ですか」


「……いや、大丈夫じゃない」


「あらら、すごいね」


 その人物の前では絶対に言ってはいけないことを堂々と口にしたうえに、それ以上に言ってはいけないことまで言おうとした愚かな男子高校生を口封じも兼ねて拳で黙らせると、麻里奈のクレームが再開される。


「とりあえず、今はここで我慢することにするけど。それにしてもここは本当に備品が少ないわよね」


 麻里奈に言われて一同が再度見渡すその部屋は、備品が少ないというよりも何もないと言ったほうがより正確な表現と言える。


 部屋に備えつけの調理台、テーブル、イス以外で現在この部屋にあるものといえば春香が持ち込んだ大量のお菓子類だけだったのだが、それは当然といえば当然である。


 この部屋にあった調理器具類はすべて調理実習の授業で使用するために新校舎の第一調理実習室へ運び出されており、だからといって突如出現したこの怪しげな団体が使用するためだけに、新たな調理器具を買い揃える金銭的余裕など貧乏なこの田舎公立高校にあるはずもなく、せっかく活動許可が下りて同好会として活動ができることになったのに、使用する調理器具がないために、あえなく活動永久休止になる創作料理研究会であった。


「完」


 と、なりそうなものだが、実際にはそうはならなかった。


 ここで登場するのが、麻里奈が資金提供役として入部させていた自称お嬢様の馬場春香である。


「なにもない。いいね。ということは、すべてこちらの自由ということだ。これはおもしろいことになってきた。必要なのをリストアップしてくれれば私が用意するよ」


 常識人であるまみは顔を顰めたものの、最初から彼女の通帳をあてにして創作料理研究会の活動していくつもりだった麻里奈と博子はもちろん、すでに春香の通帳を覗いて腰を抜かしていた恭平も、その言葉を妥当なものと受け取っていたのだが、例外がひとりだけいた。


「全部揃えるとすごくお金がかかるわよ。たぶん最低でも百万円くらいにはなると思うけど、それをあなたひとりで出すの?」


 それは、この場にいる唯一の大人である創作料理研究会の顧問からのものであったのだが、百万円とは一般の高校生にとっては簡単に支払えるような金額でなく、目の前にいる馬場春香という少女が現代の錬金術師であることを知らない現状であれば、彼女がその金額を春香ひとりで負担することに対して疑問を呈するのは極めて常識的かつ妥当であるといえるであろう。


 一方のその錬金術師であるが、「それが面白いかどうかが、すべてのことに優先する」という信条を行動指針としている彼女にとって、いつものようにどこがどうおもしろいのかは不明であるものの、とにかくこれはおもしろいことであるらしく、支出する気満々であり、当然答えもこうなる。


「そうだよ。でもその程度のお金なら全然心配いらない」


「本当に?」


「本当だよ。そんなに心配なら春香通帳を見せてもらうといいよ。きっとすぐに納得する」


 自分の疑問に対しての春香本人からの明快すぎる回答にも不安がまったく払しょくされない恵理子だったが、この後に麻里奈からのありがたい提案に従って春香の通帳を見て驚愕した彼女が思わず発した「創作料理研究会の歩く銀行」という言葉は、麻里奈や博子だけでなく春香自身も大いに気に入り自らの称号としても使用することになる。


「とにかく、そういうことだから、これくらいのお金なら春香の金庫はびくともしない」


「そういうこと。心配はいらない。ところでこの部屋にはエアコンがないからエアコンを付けた方がいいと思うけど、どう思う?」


「いいですね、エアコン」


「それがいい。まずはこの部屋のエアコンだよね。それにしても、私たちが使うと決まっている部屋に事前にエアコンをつけておかないとは、なんと気が利かない学校だ……」


 博子に続いて春香の意見に賛同する麻里奈だったが、再び学校への不満が爆発し、この後もしばらくの間、力のかぎりに学校を罵り続けることになる。


 ということで、創作料理研究会関係者で一番常識がないのは誰かが判明したところで先に進むとしよう。


 自称お嬢様馬場春香のその提案であるが、それはすみやかに実行に移され、数日後には春香の父親の知り合いである業者によって最新型の大型エアコンがこの第二調理実習室と隣の準備室に取りつけられることになる。


 だが、このような場合には絶対に必要なはずの各種申請手続きを麻里奈がおこなうはずもなく、学校の預かり知らぬところですべてのことがどんどん進んでいくのだが、なぜか、しばらく後にそれらはなにごともなかったかのように、あっさりと事後承認されることになる。


 創作料理研究会の活動が本格的に開始されると、このようなことは日常茶飯事になるのだが、三年間にわたる麻里奈たちがおこなった大小さまざまな悪事だけでいっぱいになる北高黒歴史大全集には、「今回がその最初の出来事である」と、校長の涙とともに書き込まれている。



「とりあえず購入備品リストだけは早く作ってよ」


「わかった。リスト作成だね」


「ところで何を買ってもらえばいいのでしょうか」


「とりあえず欲しいものを書けばいいよ」


 春香の催促の言葉に購入備品のリスト作成を開始する麻里奈とその子分である黒縁メガネをかけた地味顔の博子、だけではなかった。


「さあ私も頑張りますよ」


 白いブラウスの袖をまくり上げて二人の話に割り込んでテーブルにシールがベタベタと貼ってある真っ赤なノートパソコンを置いてインターネットで値段を調べながらリスト作成を始めるもう一人は、現在この高校の伝統ある料理研究会を廃部の危機に追い込んでいる元凶であり、先ほどそれについて少しだけ反省の意を示していた人物である。


「料理研の人たちに本当に申し訳がないので、先生はもう少し反省していてください」


 麻里奈を挟んでその人物の反対側に座るこのクラブ唯一の良識人であるまみがそう言うものの、春香の通帳を見て急に気が大きくなったらしいその人物は止まらない。


「いやいや私はこの創作料理研究会の顧問だから、絶対に私は頑張らくちゃいけないのよ。だいたい、あなたたちはどういうものが必要かわからないでしょう?それにしても本当に楽しいな。お金の心配をしないで出来る買物。さあ行くよ~どんどん買うぞ~。ところでポイントはどうするのかな?どうせなら私がポイントカードを持っているお店で買ってほしいなあ。そしてポイントは顧問である私につけて欲しいのですけど」


 この時点ですでに人格崩壊の兆しを見せているこの女性教師の性格は、麻里奈との出会いと、それに続く顧問先変更を境にまるで別人のごとく変化し、その評価も劇的に変わっていく。


 それまではお淑やかでまじめとされ、その外見のかわいらしさもあって将来のお嫁さん候補としてリストアップしていた同僚も多数存在していたのだが、この年の文化祭の頃には強欲守銭奴キャラはすっかり定着し、以前彼女をお嫁さん候補と考えていた多くの同僚教師たちも自分の女性を見る目がなかったことを深く反省しながらも、自分の願望が実現しなかったことを心の底から安堵することになる。




 木造校舎の一室でおこなわれた賑やかな密談の成果がやってきたのは、あの日からそれほど経たないある日の午後だった。


 春香を経由して麻里奈には連絡があったものの、肝心の学校には当たり前のように一切の連絡がないまま北高に突然やってきた大型トラックから降ろされた備品と食材は、広いとはいえない第二調理実習室と隣の準備室どころか隣の教室まで埋め尽くし、あっという間にその備品は質量ともにライバルである料理研究会が使用する第一調理実習室のものを凌駕することになった。


 当然新品の大型調理器具がトラックから次々と降ろされているのを見つけた名門料理研究会の部員たちは、創作料理研究会の根城である第二調理実習室に飛んでくる。


 もちろん入部したばかりの一年生も、上級生の後を追うようにとりあえずはやってきたのだが、彼女たちはこのふたつのクラブの関係がまだ飲み込めていなかったために、ぼんやりと搬入作業の様子を眺めているだけだった。


 だが、上級生たちはそうではない。


 自分たちの顧問を引き抜かれてからは、創作料理研究会をライバル視していただけに、欲しいと思いながらも高価だったので限られた予算では手が出ずカタログを眺めるだけの存在だった憧れの調理器具がピンポイントに並ぶ様子が、彼女たちに与えたダメージは計り知れないものであり、元顧問を従えて勝ち誇る諸悪の根源小野寺麻里奈の顔が目に入った瞬間に精神が崩れ落ち、悔しさのあまり泣き出す者まで現れた。


 もちろん、これには裏がある。


 しかも、料理研究会の部員たちが考えているものとは違うものが。


 あの日、購入する備品の選定を実際におこなっていたのは、麻里奈や博子ではなく元料理研究会の顧問である上村恵理子だった。


 当然彼女は料理研の部員たちが欲しがっていたものを把握しており、ある目的のためにそれらを意図的にセレクトしていた。


 すなわち料理研究会の上級生に深刻な精神的ダメージを与えていたのは、実は麻里奈ではなく自分たちの元顧問だったのであるが、恵理子はもちろん麻里奈も、この事実を料理研究会の部員たちに語ることはなかったので、料理研究会の憎悪の視線を一身に集める役はこの後も麻里奈が担うことになる。


 ところで、今回の備品購入を主導した恵理子は、学校の部活動では絶対に使用することのないある備品を、個人的に使用するためにこっそりと購入リストに忍ばせて手に入れることに成功していた。


 さて、実はここに彼女が知らない事実がある。


 部室に搬入されるそれを見つけたエセ文学少女ヒロリンこと立花博子は、麻里奈に耳打ちし、麻里奈は「わかった。そうしよう」と小さな声で返事すると、よからぬことがおこなうときにみせる黒い笑みを浮かべていたことを。


 なかなか面白いことになるこちらの顛末については、別の機会に述べることにして、話を先に進めることにしよう。


「勝ったわね。ザ・完勝」


「まりんさん、道具で勝ってもダメですよ。大事なのは活動の中身なのですから、立派な道具に負けないような活動をしましょうね」


 かつて自らが小姑みたいなのなどと呼んでいた上級生たちのうろたえる様子をはるか高みから見下し、両手を腰にあて大きく口を開けて高笑いをした後に堂々たる勝利宣言をおこなった麻里奈だったが、すぐにこのクラブ唯一の常識人であるまみに窘められた。


 さすがは創作料理研究会で常識からもっとも縁遠い、恭平によれば即ちこの世でもっとも常識からかけ離れた存在であるといえるのだが、その脇で麻里奈に負けないくらい常識とは縁がないらしいもうひとりの人物が、こちらは腰に左手をあてて右手の人差し指であらぬ方向を指し示しながら、備品の山を前にその大いなる野望を誇らしげに語り始めていた。


「これを料理研に貸し出しましょう。もちろん有料で。学校の調理実習の時も。まあこっちは少しだけなら割引してもいいけど。もちろん貸賃の三割は顧問である私が頂くのは世の理なのです」


 つい数週間前まで顧問をしていたクラブから、金をむしり取ろうなどという、教師どころか人間としてもあるまじき強欲な計画を誇らしげに語るこの人物こそ、元料理研究会顧問で、百パーセント個人の利益のためだけに創作料理研究会に電撃移籍し、名門料理研究会を廃部の危機に追い込んだ現創作料理研究会顧問で、この学校の現役教師でもある上村恵理子二十四歳である。


「とりあえず料理研全員が土下座して泣いて頼んだら備品を貸し出すのもやぶさかではありません。それよりも先生、今すぐにでもベニスの商人に出演できそうなキャラクラーになっていることをお気づきですか?」


「そう?もし出演したらギャラはどれくらいもらえるだろうね」


「ゼロです」


 メガネ副部長の鋭い指摘にも動じることのないどこまでもお金にこだわる強欲守銭奴へとキャラ転換をおこなった二十四歳の女性教師であった。


「そんなどうでもいいことよりも、ちょっと心配になってきたことがある。まさか、せっかく大枚叩いて買った備品が没収されるなんていうオチはないよね?」


 エセ文学少女と守銭奴教師のできの悪い掛け合い漫才に笑いもせずにそう呟いたのは、創作料理研究会関係者の列の左端に腕組みしながら立つどう安く見積もっても札束ひとつでは足りないその代金を躊躇することなく支払った自称お嬢様で、創作料理研究会の歩く銀行とも評される馬場春香だった。


 彼女の今さらながらの軽い不安に口を揃えて応えたのは、今しがた結成されたばかりの創作料理研究会が誇る非常識コンビである顧問の恵理子と部長の麻里奈ある。


「もちろん、まったく問題ないわよ」


「そう。のーぷろぶれむだよ」


 これぞ、まさしく異口同音である。 


「そうですか?怪しいです。本当に怪しいです。怪しい二人が言うから怪しさ三倍満みたいな」


 麻里奈と恵理子よりはほんの少しだけ常識があるかもしれない黒縁メガネをかけおさげ髪をした地味顔の副部長が、実は十分に怪しい自分の存在を木陰にそっと隠して疑問を呈したものの、見た目だけは学校一のモテモテ女子高校生であるまみにも劣らない美人であるものの、中味は悪徳弁護士か名うての詐欺師であるペテン師部長がキッパリとこう宣言した。


「創作料理研究会は同好会だから運営費は自分たちでなんとかしろと言っておきながら、こっちで買ったものを学校の備品だなんて都合のいいこと言えるわけじゃないの」


 麻里奈に続き、つい先ほど見事なばかりの拝金主義者宣言をおこなった守銭奴教師がこちらもキッパリと断言する。


「そうそう。それにこの校舎だって何年間も授業でも使用されていないし、掃除だってロクにしていなかったくらいだから、創作料理研が責任を持って管理するって言ったら校長も教頭も喜ぶわよ。たぶん」


 どうやら、こちらはキッパリではなかったようである。


 それはさておき、部屋に詰め込まれた備品の設置や各種設定を完了させ完璧な既成事実を作り上げてから、麻里奈たちは図々しく何事もなかったかのように事後承認を得るために校長室に乗り込むことになるのだが、「校長たちにたっぷりと絞られ、麻里奈と博子、ついでにこの悪の組織に軍資金を提供したもうひとりも三年間停学にでもなればよいのだ」という恭平の期待に反して、麻里奈たちはこれまで無断でことを進めたことについてのお咎めが一切なかったばかりか、学校側の認可がないまま勝手に工事をして取りつけてしまった例の大型エアコンを含む山のような備品群の第二調理実習室への無断持ち込みについても、「全く問題なし、そのままその備品を使用してクラブ活動に大いに励むべし」という驚くべき戦果を手にして戻ってくる。


 だが、麻里奈が関わる交渉ごとには常に怪しげな後日談がつきまとう。


 むろん今回も例外ではない。


 戦果のあかしである許可書を手に笑顔で校長室を後にする麻里奈、博子そして恵理子に対して、校長、教頭、事務長は麻里奈たちとの打ち合わせからしばらくの間は、怪しげな薬を飲まされたかのように虚ろな目をしていたという多くの学校関係者の証言が存在することから、そこでは一方にだけ都合のよい別名「ねごしえーしょん」と呼ばれるよからぬ話し合いがおこなわれたであろうことは十分に想像できるところである。


「まったくかわいそうなことだ。校長たちも」


 すぐに学校中に広まったその話を聞き、他人事のように校長たちを憐れむ恭平だったが、それはあくまで麻里奈がおこなう悪魔の宴の準備でしかなく、真の被害者はいつも通り自分だったことに気づかされるのは、そう遠くない未来のことである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ