小野寺麻里奈は全校男子の敵である 3
「まりんさんは、まみたんを最初から入部させるつもりだったでしょう」
「まあね。これからアホな男どもをたぶらかす機会も増えるだろうし」
「ということは、次も決まっているということでしょうか」
「……いや」
「へえ。そうですか」
「決まっていないと言っているでしょう」
まみが創作料理研究会に入ることが決まった後に起こった小さな騒ぎが一段落してしばらく経ったある日。
「いよいよ最後のひとりだ」
「あとひとりなどと言わずに、十人でも二十人でも入部させればよかったのではないですか。入部したいという人が大勢いたのに、すべて断ってしまうとは勿体ないことです」
まだ昼食前だというのに購買部で買ってきたばかりの大好きなクリームパンの半分以上を素早くお腹の中に入れた黒縁のメガネをかけおさげ髪をした地味顔の女子高校生が、麻里奈の言葉に対しての当然すぎる感想を、これまた当然のように口にすると、相手は相手でそれが当たりまえであるかのように、このようにそれを否定した。
「そんなことをしたら私が食べる分が減るでしょう。この創作料理研究会は五人限定なの。これを少数精鋭主義という」
おそらくそうは言わないと思うのだが、麻里奈は心の底からそう思っているので、ここは無用な波風を立てないように話をそっと進めることにする。
さて、その麻里奈であるが、創作料理研究会が活動を開始したときに、その障害物として自分たちの行く手に立ち塞がるに違いない大きな問題があることに早くから気がついていた。
だが、諸般の事情により、こればかりは博子と相談するわけにはいかなかった麻里奈は、手っ取り早く問題を解決し、被害を最小限に抑えるために、ある人物を入部させることに決めていた。
その三日後、その人物を五人目として誘い入れる準備が整ってから少しだけ時間が過ぎたこの日、昼食を素早く済ませた麻里奈は、入口に一番近い席に座り廊下を睨みつけていた。
もちろんここは自分の席ではないのだが、本来の所有者である気の弱そうな男子をひと睨みで追い払って彼の席を不当占拠していた。
被害に遭った内気な彼にとってはいい迷惑だろうが、そこまでしてでも麻里奈がここに座らなければならない理由は、言うまでもなく待ち人を見つけ次第すばやく確保するためである。
だが、自分が人を待たせることには痛痒などまったく感じないが、たとえ相手にどのような理由があろうとも、自分を待たせることなど絶対に許さない麻里奈が、このような状況で機嫌がいいはずもなく、三日間にわたり自分を待たせ続けている待ち人に対してブツブツと怨嗟の言葉を口にしていた。
麻里奈に言わせれば、いつまで待っても待ち人が現れない自分こそがこの世で一番かわいそうな人となるのだろうが、言うまでもなく本当に一番かわいそうなのは、麻里奈の不機嫌オーラのとばっちりを受けて、せっかくの休み時間にもかかわらず憧れの麻里奈に近寄れない多くの女子生徒であろう。
まさか麻里奈が来るかどうかさえわからない相手をイライラしながら何日も待っているなどとは思わなかった彼女たちは、自分たちが麻里奈の機嫌を損ねるなにかをしたのではないかと怯えながら、こっそりと反省会を開催していたのだが、数日間にわたる彼女たちの不安の原因だった麻里奈の不機嫌がようやく終わるときがやってきた。
「やっと来たな」
そう呟いた麻里奈の表情は、先ほどまでの不機嫌真っ只中なものとは対極にあるといえるものだった。
ついに彼女の希望にぴたりとあてはまるその人物が現れたのである。
もちろん三日間この時を待ち続けていた麻里奈が、それを見逃すはずもなく、計画は実行に移される。
「恭平、ちょっと来なさいよ」
ほとんど命令のような麻里奈のその言葉に渋々従い、不機嫌な顔で麻里奈のもとにやってきた「上の中」くらいには入りそうな、まあまあいい男と言えそうなその人物の名前は橘恭平といい、彼によれば「不本意ながら」という言葉がつくそうなのだが、とりあえずは麻里奈の幼なじみでもある一年F組の生徒である。
「ちょっと、あんたに話があるのだけど」
「断る」
だが、麻里奈が肝心の話を切り出す前に不機嫌な顔のままで恭平は即答した。
「話を聞かずに断るとは、あんたはバカなの」
「中身が何かはわからないが、俺にとってはいい話ではないことだけはわかっているぞ。なにしろお前が話すことだからな」
「随分失礼なことを言う恭平だね」
わざとらしく頬を膨らませた麻里奈は、このあと、あることないこと、いや主人公である橘恭平という名前以外はすべてがないことだけで構成された恭平がこれまでおこなってきた悪逆非道で実にいかがわしいセクハラ行為の数々と、その被害者である辱めを受けた純粋無垢な美少女たちの悲しい物語を、クラス全員に大きな声で語り聞かせた。
その結果として、当然のように恭平に対するここ一年A組の女子生徒たちからの評価は一瞬にして大暴落したのだが、それでも、これまで恭平は目の前にいる見た目だけが取り柄のようなこの幼なじみの相談や頼みごとに乗って、なぜか自分ひとりだけがひどい目に遭ったり辱めを受けたりした悲しい思い出は山ほどあるものの、それとは逆になにかいい思いをしたことは一度たりとも経験していなかったのだから、麻里奈の話を聞く必要などこれっぽっちもないというこの時の彼の判断は正しかったといえるだろう。
そして、これから彼のもとを訪れる数々の災難のことを考えれば、今回も前例から一ミリたりとも外れてはいなかったのだが、ここで恭平が麻里奈絡みの多くの災難に巻き込まれてきた元凶とも言える麻里奈の必殺技で、麻里奈本人がそう命名している「ねごしえーしょん」が発動される。
「せっかくのいい話だから、幼なじみのあんたに最初に声をかけてやったのに、話を聞きもせずに断るとは、本当にあんたは愚かだよね」
「なんだよ」
「とりあえずは私の話を聞きなさない。絶対にあんたにとっては、今までの負債が吹っ飛んで、さらにお釣りが来るくらいのいい話だから」
「嘘をつくな。というか、今まで悪行を重ねてきたことは認めるのか」
このツッコミにはさすがに一瞬だけ顔を顰めたものの、すぐに満面の笑みを作り直した麻里奈は、この日のために用意していた対恭平用秘密兵器を登場させて、自分の幼なじみを美しく飾り立てた恐ろしい蟻地獄の巣に引き込む。
「じゃあ、いいわよ。あとで土下座して泣いて頼んでも遅いからね。本当にいい話だったのに。ところで恭平、これがなんだかわかる?」
そう言いながら、麻里奈がわざとらしく胸ポケットからチラリと見せたのは、この学校の男子生徒なら絶対に見間違えることのないこの周辺で一番かわいいという評判である学校一のモテモテ女子高校生松本まみが、この学校の制服であるセーラー服を着た写真であった。
しかし、その写真に写るまみのスカート丈は、どう見ても校則を大幅に違反していた。
……男子にとっては望ましい方向で。
もちろん、普段のまみのスカート丈も、もはや死文化していると言っても過言ではない「スカート丈は膝を隠れる」という北高の校則からは少しだけ逸脱しているのだが、現在の北高女子の標準ど真ん中といえるものである。
では、いかがわしさ満載のこの写真はなにかということであるが、写真の撮影者であり写真撮影を趣味としている春香が、麻里奈の依頼により写真を少々弄り、「パンツを見せながら階段を上る」と博子に揶揄われる自分仕様から、さらにもう一段階特別サービスを施したものに修正したものであった。
ついでなので、ここで少し横道に逸れて、ここで創作料理研究会の残り二人についても説明しておくことにしよう。
驚くべきことに、なんとふたりのスカート丈は化石化した北高の校則に則ったものであった。
今では逆に目立つくらいのそのスカート丈がよく似合う地味顔であり、クラス内では真面目な人で通っている博子はともかく、順法精神などまるでない麻里奈が形骸化している校則を守るなど驚きの極みのようであるが、むろん彼女がそうするだけの明確な理由は存在する。
彼女の言葉をそのまま引用すれば、「愚かで下品な生き物である男子どもが少しでも喜ぶようなことを、この私がなぜしなければならない。そのようなことをするくらいなら、ゴミのようなくだらない規則を守った方が百億倍マシというものだ」というものがそれである。
もっとも、それはあくまで対象が自分である時のみであり、それが自分以外ということになれば、老若問わず、すぐに鼻の下を伸ばす愚かで下品な生き物である男どもを釣り上げるために、女性の魅力を存分に利用することに、いささかの躊躇もためらいもない「自分にたいへん優しく、他人に非常に厳しい」麻里奈であった。
さて、話を戻そう。
一見すると魅了的に見えるものの、種明かしを聞いた後には、実に残念なものになってしまうその写真を、「すぐに鼻の下を伸ばす愚かで下品な生き物」の代表でもある何も知らない恭平が見た結果であるが、改めて語る必要がないくらいの当然の結果となる。
「……とりあえず話は聞く。その、聞くだけからな」
ということで、その写真がいったい何を意味するかもわからぬまま、恭平があっさりと前言を撤回するところをみると、麻里奈が用意したその写真の効果は、やはり絶大だったようである。
もちろん恭平は過去の貴重な経験から完璧な予防線を張ったつもりだったのだが、残念ながら、一方の麻里奈は彼を交渉のテーブルまで連れてきてしまえば、望み通りの結果を得ることなど造作もないことだと思っており、それが事実であることはこれまでの輝かしい実績が証明していた。
もちろん麻里奈はそのようなことを、口どころか顔のどこにも出すことなくニッコリ笑って恭平の要求に応じた。
「もちろん。では私からのありがたいお話を謹んで拝聴しなさい」
それから二分後。
「その話は本当だろうな」
「本当に決まっているでしょうが。まみたん……は、いないか。じゃあヒロリン、ちょっと来て恭平に説明してやって」
第一候補だったまみがいなかったために、代わりの証人として麻里奈に呼ばれ、談笑していた友人たちの輪から抜け出し、二人のもとにやって来たのは麻里奈、春香、まみと同じ一年A組の生徒であり、お洒落でもなければかわいくもない黒縁メガネをかけておさげ髪をした真面目さだけが取り柄のような地味顔の、これで文庫本でも持っていれば完璧な文学少女と言ってもよさそうな外見を持つ平均より小柄な少女だった。
もっとも、やって来た彼女が持っていたのは、残念ながら文庫本ではなく、齧りかけのクリームパンだったので、膨れ上がったそのイメージは一瞬にして崩壊することになる。
ついでに説明しておけば、現在クリームパンを貪っているこのエセ文学少女は、「栄養補給」と称して休み時間になると必ずと言っていいくらい購買部に現れ、そこで購入されたものは、すぐに彼女のお腹に入っていったのだが、「その補給された栄養とやらは、あの大きな胸にすべて溜めこまれているに違いない」とは、博子の栄養補給の話を聞いた同級生男子たちの一致した意見である。
もちろん現在彼女が手にしているクリームパンも、昼食が終わった直後に栄養補給のため購買部で新たに購入されたものである。
「ヒロリンよ、麻里奈だけでなくお前までがいるという時点で、そのなんとか研究会の胡散臭さは五割増しにはなったぞ」
やってきたエセ文学少女ヒロリンこと立花博子に恭平はさっそく毒づいた。
恭平としては、これで主導権を取ったつもりだったのだが、はるかに格上の彼女にこの程度の嫌味が通じるはずもなく、どちらかと言えば、それは余計な一言、いわゆる藪蛇と言ったほうがいいようなものだった
案の定、恭平のもとには、すぐさま麻里奈と同様彼とは幼い頃からのつきあいであるこのエセ文学少女からのたいへんありがたい倍返しが届く。
「恭平君は相変わらず失礼な人ですね。なるほど、まりんさんが恭平君を自分の下僕にも思っていないというのも納得です。そこで心優しい私から愚かな恭平君にたいへんためになる忠告です。少しはご主人様の友人に対する礼儀というものを学習したらどうですか。そうすれば、まりんさんも最下級の下僕見習い程度には思ってくれるかもしれません」
「ふ、ふざけるな。なにが麻里奈の下僕だ。言っておくが俺は麻里奈の下僕になどなりたいと思ったことはないぞ」
「違います。どんなにがんばっても恭平君がなれるのはまりんさんの下僕見習いです。だから、恭平君は、まりんさんの下僕にならないのではなく、なれないが正しいです」
「くそっ」
もちろん博子に言われなくても、麻里奈の自分に対するひどい扱いについては、恭平にも輝かしい実績にもとづいた十分過ぎるくらいの自覚はある。
それにいくら別のクラスとはいえ、先ほどの麻里奈の捏造話で評価が大暴落した直後である。
いまだ冷たい視線が痛いこの状況で、自分の評価をさらに下げかねない博子のこの発言を放置するなどという選択肢を恭平が持ち合わせているはずもなく、すぐさま反転攻勢に出た恭平は貧困な語彙を総動員し言葉の限りを尽くして必死に反論したものの、エセ文学少女はクリームパンを貪りながら「フフッ」という嘲笑ひとつでそれを軽く退けるという格の違いをみせつけると、話はそのまま恭平にとっての最重要案件へ突入する。
「……それで、下僕見習い候補の恭平君が私にどのような用事があるのですか?私は今すごく忙しいのですから要件は手短にお願いします」
「嘘をつけ。お前が忙しいのは飯を食う時だけだろうが。まあ今も食っているが。それよりもお前とこのペテン師女がつくるクラブとやらに松本が入るというのは本当か?」
「松本?松本ってまみたんのことですか?そうですね、まみたんがどうしても入部させてくださいって土下座して泣いて頼んできたから我慢して入部を許しましたけど、私は今でもまみたんを入部させることに賛成したわけではありません。それがどうかしたのですか」
「……なるほど、ということは松本が入部するという麻里奈の話は本当ということか」
もちろんまみは土下座をしていなければ、入部させてくれと泣いて頼んでもいないのだが、恭平を信用させる方向に作用した博子がまみの入部に反対しているように聞こえるこの言葉は、単純であるが小心者で疑い深いという爽やかな好男子にしか見えない外見からは想像できない小物感満載の恭平を信用させるために、彼女が披露したちょっとしたテクニックである。
むろん、恭平がそれに気がつくはずはない。
一方の、それを十分理解しているこの人物は、その様子に満足した表情を浮かべると、エセ文学少女ヒロリンこと立花博子の大きな功績によりほぼ完了した愚かな男子高校生との交渉の仕上げに取り掛かる。
「わかった?言っておくけど、うちの部は限定五人で四人までは確定しているのよ。それで最後の一人はあんたにしてやろうと親切で優しい幼なじみ思いのこの私は考えたのだけど、入りたくないならしかたがないよね。……それじゃあ、あんたを除く北校の男ども全員を対象に募集することにするけど、申込者は殺到するだろうな。なにしろあのまみたんの作ったお菓子食べ放題なうえに、毎日放課後にまみたんとお話でき、うまくいけば、そのまままみたんとおつきあいできるかもという素晴らしい特典付きなのだからね。それにしても、あんたには二度と訪れない千載一隅のこのチャンスを棒に振るとは、さすがはイモムシ並みの脳しかないバカ恭平というところかしら」
麻里奈は有名なモテモテ女子高校生の名前を連呼して、せっせと甘い罠を振りまくと、どうやら自らが思っているほどは学習能力というものを持ち合わせてはいないらしい彼女の幼なじみは、過去の悲惨な出来事がどのようにして起こったのかをすでに忘れてしまったのか、フラフラと幼なじみが咲かせたその毒花に吸い寄せられ、ついにその言葉を口にする。
「ちょっと待て。まだ入らないとは言っていない。というか、幼なじみのお前の頼みだから最初から入ってやるつもりだったぞ。入るに決まっているだろう。まあ、なんというか、しかたなく、そう、しかたなく入る。入ってやる。感謝しろよ」
それは、いつのまにか立場が逆転して進む大きな流れの中で、憧れのまみと放課後を過ごすために、なんとしてでも麻里奈がつくった創作料理研究会なる組織に入りたい恭平が最低限のメンツを保つために発したものだったのだが、実はその言葉を待っていた麻里奈が狙いすましたように決定的な一打を放つ。
「入ってやる?しかたなく?感謝?それなら無理に入らなくてもいいわよ。すぐに違う人を探すから」
それは見事なばかりのチェックメイトであった。
もうこうなると止まらない。
「ちょっと待て。麻里奈、勘違いするなよ。入れろ……もちろん入るぞ。いや、入れてくれ。……わかった、入れてください。お願いします」
麻里奈の言葉に慌てふためき、いつものように蛇に睨まれた蛙のごとく自分の表情を見ながら数度にわたって訂正をおこなう幼なじみの卑屈極まる様子を満足そうに見下ろしながら麻里奈は両手を腰にあてて勝ち誇ったようにこう宣言した。
「なるほど、恭平は私がつくった創作料理研究会に入りたいのね。じゃあ、入れてあげてもいいよ。とりあえず、さっきまでの無礼な態度を許してあげるから、親切な私にお礼の言葉を言ってもらえるかしら」
「……あ、ありがとう」
「ございますがない。言い方に気をつけないと入れてあげないよ。やり直し」
「……ありがとうございます」
「声が小さい。姿勢も悪い。もういちどやり直し」
「ありがとうございます」
「感謝の気持ちが籠っていない。やり直し」
「ありがとうございます」
「まあいいことにしようかな。とりあえず合格」
麻里奈の隣で自分を指さして大爆笑する地味顔のメガネ女子高校生を睨みつけながら、「これはこの大いなる屈辱を甘んじて受けるだけの価値のあるものなのだ」と心の中でにもかかわらず、自分自身に対しての非常に恥ずかしい言い訳をする恭平であった。
「……とにかく、さっきの話は本当だろうな。松本とデートできるというのは」
「あんたがきちんと部活動をしたらちゃんとまみたんとのデートさせてあげるわよ」
「自慢じゃないが、俺は料理なんかできないぞ」
「大丈夫よ。あんたがやるのは試食だけだから。あとは買い出しとか片付けとか雑用くらい。それくらいならあんたでもできるでしょう」
「まあ、それくらいはできる」
「それでまみたんと部活動中ずっとデートできるのよ。何か問題があるの?」
「いや、ない」
「じゃあ私の恩情でやっと入れてもらったことを忘れずに、親切で優しい幼なじみ思いのこの私をこれまで以上に崇め奉ってよね。入れてあげることにしてあげる。では、もう一度お礼を言ってちょうだい。感謝の気持ちを込めて」
「……ありがとうございます」
このようにして結局は麻里奈が思い描いたシナリオ通りにことは進み、五人目の部員は橘恭平という麻里奈の幼なじみと決まった。
だが、この話には悲しい後日談がある。
麻里奈たちとの交渉ですべての能力を使い果たしていた恭平には、周囲の様子に気をかける余裕などまったくなかったのだが、あまりにも恥ずかしすぎる恭平のこの姿を見た一年A組の女子たちの恭平に対する評価は、「最低」から「超最低」へとすみやかに再降下し、恭平の下僕臭漂う見苦しい様子は、尾ひれその他諸々の負の装飾がたっぷりと施され、女子だけでなく、ただひとりの男子として創作料理研究会に入部を許され、まみと放課後の楽しいひと時を過ごす権利を与えられた恭平を制裁対象者に登録した男子たちも加わって流布され、学校中に伝播していくことになる。
こうして高校入学で中学生時代の女子生徒からの悪評をリセットできたと喜んでいたものの、そのわずか数週間後には麻里奈と幼なじみだったばかりに無実の罪で罰せられ続けたような不本意な中学三年間の悪夢が完全復活し、その評価は下がることはあっても上がることはない通称「重力の法則」に支配された恭平の高校三年間が始まる。