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9 突然の訪問

 






 その日、マリウス様は先触れもなく、突然お忍びで我がアマート公爵家を訪れた。


 困惑した表情の我が家の執事が私に告げる。

「王太子殿下を追い返すわけにも行きませんので客間にお通ししましたが、旦那様も奥様もお留守ですし、いかがいたしましょう?」


 宰相である父はこの時間、王宮で仕事をしている。当然、マリウス様はご存知のはずだ。私と3歳違いの弟はまだ学生で寄宿舎生活をしている。母が留守なのは偶然だが――父の居ない時間にわざわざお忍びでいらしたということは、つまり私に話があるのだろう。


「私がお会いするわ」

「しかし、お嬢様……」

「大丈夫よ。私にお話があるのでしょう。お父様には後できちんと報告するわ」

 私に婚約解消を申し入れたマリウス様が、当主の留守を狙ったかのようにやって来たのだ。執事が警戒するのも無理はない。


 私はマリウス様の待つ客間に向かった。侍女だけでは心配だと執事も一緒に付いて来た。客間の扉の前には我が家の男性使用人達が集結していて、何故か腕まくりをしている。いやいや皆、一旦落ち着こう! マリウス様は一応我が国の王太子殿下なのよ? 何、その「怪しい野郎が来た!」みたいな不審者対応モードは!?

 マリウス様はつい半年前まで私の婚約者だったというのに、我が屋敷での信用も地に落ちているようだ。


 客間の扉を開けて中に入る。


「ジェンマ、突然すまない」

 見ればマリウス様に付いているのは従者と護衛一人? そんな手薄な警護でここまでいらしたの?

「殿下、劇場でお会いして以来ですわね。それにしても少々軽率な行動ではございませんこと?」

 私の視線の意味に気付いたのか、

「影もついてるから大丈夫だよ」

 と、マリウス様は首を竦めた。


 マリウス様の正面に座り、向かい合う。

「急にどうなさったのですか? 父なら王宮ですわよ」

「わかってる。ジェンマに聞きたいことがあって来たんだ」

「一体何でございましょう?」

「財務大臣のコルトー侯爵と婚約したと聞いた」

「はい。事実ですわよ」

「ジェンマは本当にいいの?」

 何が仰りたいのかしら?


「どういう意味でございましょう?」 

「コルトー侯爵は13歳も年上で、婚姻歴もあるし子供までいるじゃないか。ジェンマは本当にあの男に嫁ぐ気なの? ジェンマのような令嬢が子持ちの男の後妻になるなんて、あり得ないよ。家格だって下がるじゃないか」


 う~ん、そもそも私は誰かさんに婚約を解消されて、ダリオ様とお見合いすることになったのですけれど――突っ込み始めるとキリがなさそうなので、ここは分かり易く簡潔に言っておきましょう。


「私、ダリオ様を愛しておりますの。ダリオ様の妻として一生添い遂げるつもりですわ」

 マリウス様は目を瞠って私を見つめた。

 負けずに私もマリウス様を見つめる。

「私はダリオ様と婚約して、今とても幸せですの。殿下が何を心配されているのかよくわかりませんけれど、ダリオ様は誠実で頼もしいお方です。8歳のゴリちゃんのことも、私は可愛くて堪りませんのよ」


「そんな……」

「私のことより殿下こそリリアさんとどうなっているのです?」

 私が問うと、マリウス様は顔をしかめた。


「あの女にはもう愛情はない」

「別れるおつもりですの?」

「いずれはそうする。2ヵ月前に決定的な事があって、本当はその時すぐにでも別れたかったんだが、何せあんなにも身勝手なことを言ってジェンマとの婚約を解消して『リリアと一緒にさせてほしい』と父上に懇願した手前、簡単には『別れる』と言い出せない。私にも意地があるんだ。『それ見たことか』と父上や周囲に言われるのが悔しいから、結局、今もはっきりとは別れていない。けれど実際にはリリアとの関係は終わっている」

 2ヵ月前の決定的な事というのは、例の私の王妃教育のノートをめぐる一件ですわよね?


「ジェンマ、もう一度聞く。コルトー侯爵とこのまま結婚していいの? 本当に後悔しない? 今ならまだ間に合う」

 一体、何に間に合うと?

「殿下、私はダリオ様と結婚いたします」

「私がリリアと別れてジェンマと結婚すると言っても?」

「は?」

 マリウス様、私とやり直すおつもりなの?

 陛下がそれを望んでいらっしゃるのは知っているけど……マリウス様自身も私と復縁する気がおありなの?


「リリアみたいな女に現を抜かしてジェンマを傷つけて、本当にすまなかったと思っている。私が愚かだった。でも目が醒めたんだ。ジェンマとやり直したい!」


「お断りいたします」

 出来るだけ冷たい声を出したつもりだ。


「どうして? ジェンマを裏切った私をやっぱり許せない?」

「いいえ。ダリオ様を愛しているからですわ。私は今、愛する男性と婚約して幸せなのです。だから殿下とは復縁しない。シンプルな話でございましょう?」


 マリウス様は、探るような目で私をじっと見る。

「ジェンマ。私が『リリアとは別れた。やっぱりジェンマとやり直したい』と言えば、父上はすぐに動くだろう。かなり強引なことをしてでもコルトー侯爵とジェンマの結婚を妨害して、私とジェンマを復縁させようとすると思う。父上は私がリリアと別れるのを今か今かと待ち望んでいるんだ」


 ダリオ様と私の結婚を妨害?! 王家~! 横暴が過ぎますわ! それはアウトでしょう?!

「はぁ~……そんなことをして無理やり私と結婚しても、殿下も私もちっとも幸せではないと思いますわよ。私はダリオ様を愛しているのですから。お互い辛いだけの結婚生活になりますわ」


「……ジェンマはそんなにコルトー侯爵が好きなのか?」

「はい。ダリオ様をお慕いしています」

「そうか……」


 マリウス様は、何かを思案しているように見えた。


「ジェンマ。ジェンマは本当にコルトー侯爵と結婚したいんだな? それがジェンマにとっての〖幸せ〗なんだな?」

「はい。そうでございます(さっきから何度も言ってるでしょーが!)」

「そうか、わかった……勝手なことばかり言ってすまなかった」




 マリウス様は帰り際に私に問うた。

「ねぇ……ジェンマは私のことが好きだった?」

「大好きでしたわ。マリウス様は私の大切な初恋の人です」

 私はそう言って微笑んだ。


「そうか……。私にとってもジェンマは大事な初恋の人だよ。だから……ジェンマの〖幸せ〗を守るよ」

「えっ?」

 私の幸せを守る?



 マリウス様は少し寂しそうに笑ってお帰りになった。


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