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8 結婚に向けて

 




 プロポーズから3日後。

 ダリオ様は、私の父に結婚の承諾を得るためにアマート公爵家を訪れた。

 父はもちろん承諾し、母も大喜びだ。結婚式を半年後に行うことに決め、それまでのスケジュールなども話し合った。母の心は既にウェディングドレスのデザイン選びに飛んでいる。


 父は、マリウス様とリリアの関係悪化の件を、ダリオ様には話していないようだった。敢えて話さなかったのだと思う。

 しかし王宮では、マリウス様とリリアの様子がおかしいことに周囲が気付き始め、二人の破局が近いのではと噂になっているようだ。ダリオ様も噂を耳にしたらしく、その話になった。

 ダリオ様が父に問う。

「マリウス殿下とリリアがもしも別れることになれば、王家はどう対処すると思われますか?」

「まぁ、ジェンマに復縁を求めて来る可能性が高いだろうな」

「やはり、そうですよね……」

 不安そうに顔を曇らせるダリオ様。

 

 父はそんなダリオ様に穏やかな口調で語りかける。

「しかし、心配することはない。ジェンマはもうコルトー侯爵、いやダリオ殿と結婚すると決まったのだ。王家もさすがに有能な財務大臣の婚約者を横取りするような横暴は出来ないよ」

「そう思いたいのですが……」

「王家が何を言ってきても、アマート公爵家は全面的にコルトー侯爵家につく。何せ私の大切なジェンマがダリオ殿を選んだのだからね」

「はい。ありがとうございます。心強いです」

 ダリオ様の表情が少し和らいだ。







 それから暫くして、ダリオ様とゴリちゃんと三人でコルトー侯爵家の領地に赴き、ダリオ様のご両親にもご挨拶をした。

 爵位をダリオ様に譲られた後、領地で悠々自適の生活をしていらっしゃるご両親は、私を歓迎してくださった。

 ゴリちゃんが私に懐いているのを見て、ホッとされているのがわかる。妻を亡くした息子と母親を知らない孫のことを、きっとずっと心配していらしたのだろう――私達の結婚を大層喜んでくださった。






 結婚に向けての準備は着々と進んだ。



 ダリオ様がなかなか言い出されないので、勇気を出して私から言ってみる。

「あのダリオ様。私、亡くなった奥様のお墓参りに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「えっ?」

 ダリオ様はとても驚いたようだ。

 そんなに驚きますの? 結婚前に、亡くなった奥様にご挨拶するのは当然のマナーよね?


「えっと……ではグレゴリオと三人で来週にでも行こうか」






 奥様のお墓は王都郊外にあった。馬車で小一時間かけて行く。

 ゴリちゃんはあまり喋らず、しきりに私の様子を気にしている。私が気を遣わせているのかしら? 私はゴリちゃんに申し訳なくなった。まだ8歳の子供が、実の母親のお墓参りをするのに私に気兼ねして顔色を窺っているのだ。私はもしかしてゴリちゃんに酷いことをしているのかしら? 胸がズキズキ痛む。



 広々として静かな墓地に着いた。そこは小高い丘の上だった。周囲には木々が生い茂り緑が深い。奥様はここに眠っていらっしゃるのね……


 三人で奥様のお墓に花を手向ける。

 私は心の中で奥様にご挨拶をした。





 帰りの馬車の中でゴリちゃんは眠ってしまった。

「ダリオ様。今日は私、ゴリちゃんに悪いことをしてしまいましたわ」

「えっ?」

「ゴリちゃんは終始、私の様子を気にしているようでした。実のお母様のお墓参りをするのに私に気兼ねをして……本当に可哀想なことをしてしまいました」


 そう言って視線を落とした私に、ダリオ様は言葉を探しているようだった。


「……ジェンマが気に病むことはない。グレゴリオはジェンマに嫌われるのが怖いんだよ。嫌われたくなくて必死なんだ。その気持ちを分かってやってくれればそれでいい」


「嫌われるのが怖い? 私はゴリちゃんのことが大好きですのに」

「グレゴリオはジェンマに愛される自信がないんだよ。あの子には、産まれた時から今までずっと母親という存在がいなかったんだ。ジェンマが母親になってくれることになって、すごくはしゃいでいるけれど、その実、自分が本当にジェンマに愛してもらえるのか不安でいっぱいなんだと思う」

 

 そんな……本来ならまだまだ母親に甘えるのが当たり前の年齢なのに、私という新しい母親に愛されるかどうか不安に思っているの? 

 両親に深く愛されて、それを当然だと思って育ってきた私には、ゴリちゃんの気持ちは真には理解できない。けれど、私はゴリちゃんのことを心から可愛いと思っているし、一緒に幸せになりたいと願っているのだ。


「ゴリちゃんに、どうしてあげればいいのでしょう?」

「ジェンマがずっと、私とグレゴリオの側に居てくれればそれでいい」

「えっ?」

「ジェンマが側に居続けてくれれば、そのうちきっとグレゴリオも自分は愛されているんだと自信が持てるようになるはずだ。そうすれば今日みたいにジェンマに余計な気を遣って逆に心配させるようなことはなくなっていくよ」


「……わかりました。私はダリオ様と結婚するのですから、これからずっと一緒ですわ」

「ああ、そうだね。でも……不安なのはグレゴリオだけじゃない。私も同じだ」

「ダリオ様?」

「もしもマリウス殿下が再びジェンマを求めてきたら、ジェンマは殿下の元に戻ってしまうのではないかと……私よりも殿下を選ぶのではないかと不安で仕方ない」

 ダリオ様のお顔が苦しそうに歪む。

「みっともないだろう? 私は殿下やジェンマよりもずっと年上なのに……ジェンマを失ったらどうしよう、と怖くて堪らないんだ」

 ダリオ様、そんなことを考えていらしたの?


 私は馬車の中で向かい合っているダリオ様を真っ直ぐ見つめた。

「ダリオ様。私はダリオ様を愛しています。ずっとダリオ様のお側におります」

「……ジェンマ、愛してる」

 そう言うと、ダリオ様は座席を降り、馬車の床に両膝をついた体勢で私を抱きしめた。

 あらら。ダリオ様ったら馬車の中で急に動いたら危ないですわ! 今、すごく揺れましたわよ! ゴリちゃんが眠っていますのに!


「ジェンマ、どこにも行かないでくれ。たとえ王家に望まれても行かないでくれ」

 ダリオ様は私を抱きしめたまま、懇願するような口調になった。

「私はダリオ様の妻になるのですよ。一生お側にいますわ。安心なさって」

「ジェンマ……」




 そう。私はダリオ様とゴリちゃんと一緒に生きていくと決めたのだ。

 マリウス様の元に戻ることはない。王太子妃になることもない。

 マリウス様の孤独を想っても、手を差し伸べることはしない。


 私はもう戻れない――ダリオ様とゴリちゃんを傷つけることは絶対に出来ない。「三人で幸せになろう」って約束したのだもの。






 

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