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4 劇場にて

 




 

 ダリオ様と二人で観劇に出かけた劇場で、ばったりマリウス様とリリアに出くわした。

 せっかく楽しく観劇を終えてダリオ様と感想を語り合っていたのに、よりによってこの二人に出会うとは。


 私の姿を見つけたマリウス様は動揺していた。

 婚約解消をするにあたって、一度も私と顔を合わさず手紙すら書かなかったものだから、急に出会ってさすがに気まずいのだろう。まぁ、まだ気まずいと感じる気持ちがあるだけマシかもしれない。


「ジェンマ、久しぶりだな」

 無視する度胸はないのか、マリウス様は私に声をかけてきた。


 私はマリウス様に、

「殿下、お久しぶりですわね。お元気そうで何よりですわ」

 と微笑んだ。

「コルトー侯爵と一緒に来たのか?」

「ええ」

「殿下。偶然でございますね。今日は私がジェンマ嬢をお誘いして来たのですよ」

 ダリオ様がそう言ってマリウス様に笑顔を向けると、マリウス様の隣にいるリリアが息を呑んで顔を赤らめた。あらあら簡単そうな女ですこと。


「二人はどういう関係なんだ?」

 マリウス様、そんなことが気になりますの?

 ダリオ様は意味ありげに笑いながら、

「殿下、野暮な質問はなしですよ。察してください」

 と言って私に向かって、

「ねっ?」

 と甘く微笑んだ。シュガースマイル投下!

「ねっ?」って何だ!「ねっ?」って! その甘ったるいスマイル反則技ですわ!

 私も負けませんわよ!

「もうダリオ様ったら。意味ありげに仰らないでくださいませ」

 ダリオ様を見上げる。くらえ! 必殺上目遣いビーム!

 あれ? なぜ、こんなところで私とダリオ様は戦っているんだっけ? 


 つまらなくなったのか、リリアが、

「マリウス様~、もう帰りましょう」

 と、マリウス様の腕に纏わりつく。

 さっさと帰れ! 


「ジェンマ」

 まだ何か御用ですか? マリウス様。


「その……実はリリアの王妃教育が全く進まないんだ。王妃教育を修める目途が立たないと婚約はさせられないと父上にも母上にも言われているのに。ジェンマは王妃教育が大変だとか難しいとか一度も言わなかっただろ? なのにリリアは『無理』『出来ない』と文句ばかり言ってさっぱり教育が進まない。ほとほと困っているんだ。どうしたらいいと思う?」

 それを私に聞きますか? 婚約を解消された私に聞いちゃうんですね?

 ダリオ様も呆れている。


 私はにこやかに言った。

「私が作った王妃教育のノートをリリアさんに差し上げますわ。王妃教育で受けた講義の内容をわかりやすくまとめて、手作りの資料なども加えたオリジナルノートです。数十冊ありますが、テーマ別に分けて整理してありますから読み易いはずですわ。きっとリリアさんの学習の助けになると思いますわよ」

「そ、そうか。やっぱりすごいな、ジェンマは」

「おほほ。それでは明日にでも王宮に届けさせますわ」

「ありがとう。ジェンマ」

 マリウス様がお礼を言っているのに、当のリリアは無言で不貞腐れた顔をしている。

 不貞腐れたゴリちゃんは食べたくなるほどキュートだけれど、不貞腐れたリリアは抹殺したくなりますわね。


「リリア。礼ぐらい言ったらどうだ」

 さすがにマリウス様が咎めると、リリアは

「ふんっ!」

 と言って私達に背を向け、一人でさっさと歩き始めた。

 マリウス様は、

「ジェンマ、すまない」

 と言い残してリリアを追って行った。




「あんな礼儀知らずな女が王太子妃になるなど、あり得ない!」

 ダリオ様が綺麗なお顔を歪めて仰る。かなりお怒りのようだ。

「確かにあれでは貴族達が認めないでしょうね」

「貴女は人が好過ぎる! 貴女が作ったノートを渡すなんて! あんな女を助けてやることなどないのに!」

「ダリオ様、『情けは人の為ならず』ですわ」

 そう、別にリリアの為ではない。


 それにしても、リリアがここまでレベルの低い女だったとは――噂でも相当酷いと聞いてはいたが、想像以上だ。


 けれども、あんな女に婚約者を奪われたのは私。

 マリウス様は、私を捨ててあの女を選んだ。

 彼女が素晴らしい淑女だったなら、まだ救いがあったのに……惨めだわ。

 どうしてあの女なのかしら? 私の何がいけなかったの? そんなに女性として魅力がない? あんな女に負けるほど? 私はどうすれば良かったの?

 本当に惨めで可哀想な私……

 マリウス様……ずっと好きだったのに……いつも「二人でいっしょに頑張ろう!」って励まし合ってきたじゃない! どうして私を裏切ったの?





 遠ざかるマリウス様の後ろ姿が次第に滲む。必死に堪えようとしているのに、涙が溢れ出る。どうしよう……こんな場所でみっともない……

 ダリオ様は何も言わずに私の肩を抱くと足早に劇場の停車場に向かい、私をコルトー侯爵家の馬車に乗せた。


 馬車に乗り込んでも、涙は一向に止まらない。

 そんな私を、ダリオ様は躊躇いがちに抱きしめた。

「……あんな男の為に泣くのは、これで最後にしてください」

 何故か苦しそうな声で、そう仰るダリオ様。

「はい……」

 結局、私が泣き止むまでずっと、停まっている馬車の中でダリオ様は私を抱きしめていてくれた。

 彼の温かい腕の中で、私の心の隅っこにあった氷が少しずつ溶けていくような気がした。







 マリウス様、さようなら。


 さようなら……大好きだった初恋の人……



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