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1 婚約解消 

 




 マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。

 あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。



 私はジェンマ・アマート。17歳。

 アマート公爵家の長女である。

 同い年のマリウス王太子殿下とは、8歳の時から婚約をしていた。


 婚約解消の理由はマリウス様に想い人ができたこと。男爵家令嬢のリリアという女性だ。マリウス様の友人の貴族令息の屋敷で開かれた小さなパーティーで出会ったとか。

 彼女は平民として育ったが、男爵の子供であることが判明して半年前に男爵家に引き取られたという。はっきり言って、王太子妃になるには相応しくない出自である。

 しかし、恋は盲目。マリウス様はどうしてもリリアを正妃にすると言い張った。周囲は「愛妾にすれば良い」と説得したが、マリウス様は聞く耳をもたず、結局、国王陛下も王妃様も諦めて「リリアがきちんと王妃教育を修めること」を条件にお認めになった。


 私の父、アマート公爵はこの国の宰相であり、国王陛下の幼馴染でもある。マリウス様と私の婚約は、陛下と私の父が決めたものだ。当然のことながら私の父は、王家に猛抗議をした。陛下と旧知の仲でなければ不敬罪に問われるのではないか、というくらい苛烈な抗議をしたようだ。しかし、陛下は父に平謝りだったらしい。陛下は、私に必ず良い嫁ぎ先を用意すると仰ったそうだ。


「とは言ってもお父様。上位貴族のご令息は皆、婚約者がいらっしゃるではありませんか」

「陛下は王命で婚約解消させてでも、お前に相応しい男を用意すると仰っている」

 はー? ナンですと?

「お父様、それはダメですわ! 絶対にダメです! そんなことをしたら、私と同じ悲しい思いをする女性が出てくるではありませんか? 自分がされて辛かったことを他の女性に強いてまで結婚したいとは思いませんわ! それなら婚姻歴のある男性に嫁ぐか、いっそ修道院に行く方がマシでございます!」

 そう。そんなことをすれば、リリアとかいう女と同じになってしまう。他の令嬢の婚約者を奪うなんて、私は絶対にしない!


「ジェンマなら、そう言うと思ったよ。もちろん私も断った。我がアマート公爵家は、そのような倫に外れた恥ずべき事はしない、とな」

 ふむふむ、王家に対する強烈な嫌味にもなっていますわね。さすがお父様!







 自室で一人になると、身体中の力が抜けた。

 ここ1ヵ月くらい、明らかにマリウス様は様子がおかしかった。リリアとの噂もちらほら耳に入ってきた。でも、まさかマリウス様が私との婚約を解消するなんて思ってもいなかった。リリアのことは結婚前の軽いお遊びだと、大して気にしていなかった私が甘かったとしか言いようがない。

 私はマリウス様を愛していた。そしてマリウス様に愛されている自信もあった。だからリリアとの噂を軽く考えていた。私にヤキモチを焼かせたいのかしら? マリウス様も困った方ね、なんて思っていた私……ホントにバカだわ!


 8歳の頃から婚約者だった私とマリウス様。小さい頃は仲の良い遊び相手だった。そして思春期になりお互いを異性として意識するようになってから、私達は恋をした。確かに恋をしていた。私達は本当に仲睦まじい婚約者だったのだ。リリアが現れるまでは……

 

 私はマリウス様と結婚するのだと、8歳の頃からそう思っていたのに……ずっと好きだったのに……こんなにも、あっけなく終わるのね。


 婚約の解消は、陛下から私の父に告げられた。

 私はマリウス様本人から何も聞いていない。手紙すら貰っていない。

 こんな不誠実な別れ方がある? かりにも9年間も婚約関係にあった私に対して、マリウス様本人が一言も語らず一文字も書くこともせずに終わり!?


 100年の恋も冷める仕打ちよね。


 涙も流れない――何だかもう、どうでも良くなった。





 ****************






 2ヵ月後、父から言われた。


「ジェンマ、お前と歳の釣り合う上位貴族の令息は皆、婚約者がいる。初婚の男との結婚は、はっきり言って難しい。だが、少々歳が離れていて婚姻歴のある男でよいなら、私の近くに素晴らしい男がいるんだよ。私から話を持ちかけたら先方も乗り気でな。会ってみないか?」

「はぁ?」

 間抜けな返事をする私。


「マリウス殿下と婚約解消になったからといって、屋敷に閉じこもっていることはない。お前は何も悪くないんだ。さっさと次の婚約者を決めて前を向けばいい。お前は若くて美しい。マリウス殿下のことなんか忘れて新しい人生を歩めばいいんだよ」


 うーん、確かにそれもそうですわね。


 婚約解消以来、私は屋敷で鬱々と過ごしているというのに、マリウス様はリリアを連れて、あっちの夜会こっちのパーティーと出歩き、あろうことかリリアを「最愛の婚約者」と皆に紹介しているそうだ。リリアとはまだ正式に婚約が調っていないにもかかわらず。

 周囲は呆れ返って、マリウス様は社交界で「色ボケ王太子」と言われ嗤われているとのこと。そもそも平民育ちの男爵家令嬢が王太子妃になるなんて、プライドの高い貴族達が感情的に受け入れるはずがない。それなのに嬉々としてリリアを紹介するなんて、本当に周りが見えていないのですわね。愚かなマリウス様!

 まして本来の婚約者だった私は、自分で言うのもナンだけど条件的には非の打ちどころのない公爵令嬢。しかも社交界では上手く立ち回り、味方が多いのだ。マリウス様とリリアは、貴族達を敵に回している。


 マリウス様が、ここまで愚かな男だとは思わなかった。


 そうね……あんな男に婚約解消されたからと、いつまでも屋敷で無気力にダラダラ過ごしていては、私の人生がもったいないわ!



「お父様。私、その方とお会いしてみますわ。どういうお方ですの?」

「我が国の財務大臣コルトー侯爵だ。フルネームはダリオ・コルトー。30歳だ。お前も名前と顔くらいは知っているだろう?」

「我が国の財務大臣ですもの。もちろん存じておりますわ」

「そうか。彼は若くして財務大臣になった実に有能な男だ。ついでに見目も麗しいときている。優良物件だぞ」

 

 遠目に拝見したことがあるけれど、確かにイケメンだったわね。

 ただ、社交の場でお会いしたことはないわ。だからお話ししたことは一度もない。


「夜会などではお見掛けしたことがないように思いますが……」

「彼は奥方を亡くして以来、社交の場からは遠ざかっているんだよ」

「奥様はお亡くなりに?」

「8年前に亡くなっている。痛ましいことに出産の際に亡くなってしまったんだ。子供は助かって現在8歳になっている。グレゴリオという名の男の子だ」

 

 うわっ、いきなりヘビーな事情だわ。

 8歳の息子? 私はまだ17歳なのに、もしも結婚したらその子の母親になるってこと?

 それに、離婚じゃなくて死別なら、コルトー侯爵は亡くなった奥様のことを今も想っていらっしゃるかも……

 初婚ならあるはずのない問題が山積みだわ。これが婚約を解消された女の現実ね。けれど、修道院に行くよりはずっといいわ。私はまだ17歳なのですもの。こんなに早く、女を捨てたくはありませんわ。たとえ後妻であろうとも、私は女性として生きたい! 


 私は財務大臣ダリオ・コルトー侯爵とお会いすることにした。



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