08話 はじめての冒険・2
洞窟の中は暗闇に包まれていた。
昔に設置されたランプが見えたけれど、油が残っているわけがない。
クリスはたいまつを取り出して、火を点けた。
「中は意外と広いな」
「そうね。昔は、ここでたくさんの人が働いてたから。地道に働くなんて、何が楽しいのかしら?」
「お姉ちゃん、働いたら負けみたいな台詞はやめようね……えっと、採取した鉱石を運ばないといけないから、これくらいのスペースは必須なんだよ」
「なるほど。先人は色々と考えていたのだな」
さらに奥に進む。
ところどころに、壊れたツルやスコップが放置されていた。
「ところで、地図はあるか?」
「どうぞ、クリス君」
リアラから地図を受け取り、現在地と、この先の通路を確認する。
「地下三階まであるのか」
「そういえば、具体的な目的を決めてなかったわね。どうする? ここの魔物、全部狩り尽くす?」
「面倒だ。この俺に、そんなチマチマした作業は似合わん。そうだな……洞窟の踏破を目的に、地下三階まで行くとしよう。それでどうだ?」
「うん、了解。前衛は任せてね。防御だけじゃなくて、敵感知スキルも持っているから」
「いいだろう、任せた」
人間の、しかも女に守られるなんて……と、プライドが邪魔をしたものの、結局、戦闘を譲ることにした。
リアラの方がレベルが高いし、職は防御に優れている剣士だ。
なによりも、冒険者としての経験は比べ物にならない。
つまらない意地を張るよりも、素直に任せた方がいいだろう。
「地図の通りなら、そろそろ地下に下りる階段が……見つけたぞ。二人とも、準備はいいか?」
「うん」
「大丈夫よ」
「行くぞ」
一行は、さらに深部を目指していく。
――――――――――
洞窟の探索を始めて、2時間くらい経っただろうか?
現在は、地下二階。
スライムやホーンラビットが出現するものの、それ以外の新しい魔物は姿を現さない。おそらく、先に探索をした冒険者が倒してしまったのだろう。
新しい魔物と戦うことができず、クリスは残念に思う。
(これでは、新しい魔法を試すことができないではないか。ワンランク上の魔物はどうした? 雑魚の場合は、群れで来てもいいぞ? まあ、この独特の雰囲気は、適度に緊張感があって楽しいが)
クリスはそんなことばかり考えていた。
二人に知られたら、緊張感が足りないと怒られるかもしれない。
「なんか楽しそうね?」
「気のせいだ」
さっそく見抜かれて、クリスは真顔で否定した。
「おもちゃを前にした子供みたいよ。って、クリスはまだ子供だったわね。早くあたしみたいなお姉さんになりなさい」
「どちらかといと、シアよりもリアラの方が姉に見えるぞ」
「むかっ。そういうクリスは、かわいい女の子に見えるわね」
「ほう。この俺を愚弄するか。ちんちくりん魔法使いごときが」
「なんですって!」
「だーかーらー、ケンカしないの! 今は冒険中なんだから、気を引き締めてっ」
怒られてしまった。
が、リアラの言っていることは正論なので、言い返すことはできない。
とはいえ、無言で探索というのも味気ない。
思いついたまま、クリスは適当に話題を振る。
「そういえば、二人はどうして冒険者になったんだ?」
「えっと、そうだね、話しておいた方がいいかな? ……私たちの故郷は海を越えた先にあるんだけど、すぐ近くに魔族の領土があるの。その影響で、魔物がたくさんあふれていたんだ」
魔族というのは、知性を持った魔物のこと……いわゆる『悪魔』というヤツだ。人間のように共同体を作り、仲間を作っていることが多い。
その力は魔物の数十倍と言われていて、人間だけではなくて、ドワーフやエルフといった他種族からも危険視されている。
「幸いというか、強い国だったから滅ぼされるなんてことはなかったけど……でも、毎日、魔物や魔族による被害が絶えなかったわ」
シアが後に続く。
二人は故郷を思い出すように、遠い目をしていた。
「そんな日々を過ごすうちに、私、なんとかしたいって思うようになったんだ。このままじゃ国は発展しないし、生活は苦しいまま。なによりも、常に魔物の脅威に晒される……平和が欲しいな、って」
「それから、あたしたちは冒険者になるために特訓したの。私は魔法使い、リアラは剣士としてね」
「特訓の成果もあって、私たちはちょっとは強くなった。力を手に入れた。でも、それで平和になるわけじゃないんだよね。魔物を倒しても、次から次に湧いてくる……根本的な問題を断ち切らないといけない」
「そこで、勇者について調べることにしたのよ」
「俺なら世界を救える……と?」
「ビンゴ」
「勇者さまは、唯一、魔王を倒すことができる人だから。なら、私たちはそのお手伝いをしたい……そう思って、勇者さまが現れるっていうアストレアに渡ってきた、というわけなんだ」
「で、後はクリスも知っての通りよ。あたしたちは運良く出会うことができて、仲間になった……いいえ、運が良い、なんて言葉じゃ済まされないかもね。だって、あの広い城下町であたしたちが出会える確率なんて、いくらだと思う? カジノで億万長者になる方が簡単よ」
「だから、これは運命なのかもしれないね」
「そう。あたしたちは、出会うべくして出会った……って、ちょっと話が逸れちゃったわね。しかも、この天才とあろうあたしが、恥ずかしいこと言っちゃった……うー、忘れてちょうだい」
「……なるほどな。そんな経緯が」
二人の故郷とやらに心当たりがあった。
魔族の領土が近くにある人間の国なんて、そうそうない。
消去法で、あの国だろう、と大体のあたりをつけた。
(あの時は、力を示すために人間の国に侵攻をしていたが……ふむ、それは失敗だったのかもしれないな)
魔物の脅威にさらされたことで、シアとリアラは冒険者になった。旅立つ決意をした。
極論かもしれないが、間接的に、魔物が二人の成長を促したようなものだ。
探せば、シアとリアラのようなケースはたくさん出てくるだろう。
そうなると、前世でクリスがしていたことは、とんでもない空回りと言える。
(幸いというか、こんな体ではあるが、二度目の命を手に入れることができた。今度は、失敗しないように気をつけないといけないな。よりより世界征服を目指さなければ)
「ねえ。今度は、あたしが聞いてもいい?」
「なんだ?」
「クリスは、なんで勇者なんて引き受けたの?」
質問の意味がわからなくて、クリスは小首を傾げた。
「どういう意味だ? もう少し詳しく頼む」
「んー……勇者って、魔王を退治することが使命じゃない?」
「他にも、困っている人を救うことが含まれているらしいな」
「それ、かなり危険なことじゃん? 基本的に、魔物の相手をするわけだしさ。なのに、なんで勇者になったの?」
「なりたくてなったわけではない。気がついたらなっていたのだ。どうしようもないだろう」
「でも、拒否することはできるでしょ? クリスを無理矢理戦わせることはできないんだしさ。だけど、クリスは引き受けた。なんで?」
「それ、私も気になるな。よかったら、教えてくれないかな?」
「なぜ、と言われてもな」
前世は魔王で、もう一度世界征服に挑むつもりだから、邪魔な新しい魔王を討伐したいだけだ。
……なんてこと、正直に言えるはずがない。
(ふむ……改めて問いかけられると、不思議ではあるな)
新しい魔王が邪魔なのは確かだ。
しかし、だ。
新しい魔王の敵は味方、ということにはならない。人間を助ける理由なんてない。
国王の言葉は無視して、勝手に行動してもよかったはずだ。
あるいは、元魔王ということで、新しい魔王と協定を結ぶこともできたかもしれない。
それなのに、クリスは『勇者になる』ことを選んだ。
改めて考えると謎だ。
「難しい問題だな。さて、どう答えたものか」
「思ったままを聞かせてくれればいいのよ?」
「思ったまま……か」
考える。
考える。
考える。
そして、言葉を紡ぐ。
「そうだな……勇者という存在、力は都合が良い。非常に便利だ。例えば、アストレアの国王は、旅の資金として宝箱いっぱいの金貨を用意した」
「え? 宝箱いっぱいの金貨? なにそれ? 聞いてないんだけど?」
「あまりに阿呆なことをするものだから、金貨は突き返した」
「クリスが阿呆じゃないの!?」
「話の途中だ。邪魔をするな。そう……それで、勇者は都合が良い存在だ、という話をしたな? 勇者というだけで、国王が大量の金貨を用意するほどだ。他の人間も、なにかしら利になることをしてくれるだろう。そのことを考慮すると、勇者であることを引き受けた方が良いと思わないか?」
「つまり……みんなを利用したいから、っていうことかな?」
「そうだな。その通りだ」
「ただ」と挟んで、クリスはさらに言葉を続ける。
「どうも、それだけではないようだ」
「どういうことよ?」
「これは、俺にもよくわからないから、うまく言葉にできん。しなければならないというか、放置しておくことはできないというか……」
なぜか、クリスの脳裏に父と母の顔が思い浮かんだ。
「俺は、10年、人間として生きてきた。今はともかく、生まれたばかりの頃は父と母に助けられてきた。その父と母が住む場所が危機に瀕しているというのならば、動かないわけにはいかないだろう。俺は、恩は返す主義だ」
「それがもう一つの理由?」
「強いて挙げるなら、そういうことになるな」
(まったく、面倒な話だ。この俺が人間に恩を受けるなど……孤児ならば、このようなことにならなかったのだが)
そう思いながらも、孤児だったならば? という想像は一度もしたことがない。
父と母がいて当たり前のように思っていた。
そのことは、クリスは自覚していないのだった。
「ふーん、そっかそっか。両親のため、っていうわけね」
「うんうん、素敵だね。私、感動しちゃった」
「なぜそんな反応をする?」
「べっつにー?」
「なんでもないよねー?」
姉妹は顔を合わせてニヤニヤした。
弱点を探られたような気分で、妙に落ち着かない。
「まあ、そういう理由の方が信用できるわ。これで、世のため人のため、なんて言われたら、うさんくさくてパーティー解散してたかも」
「お姉ちゃん、ぶっちゃけすぎだから……」
「いいのよ。こういうことは隠さずに、ストレートに言った方がいいんだから」
「そんなことはないような……? でもでも、隠し事をするよりは……うーん」
「つまり、どういうことだ?」
シアとリアラは笑い、揃って言う。
「「これからもよろしく、っていうこと」」