表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

08話 はじめての冒険・2

 洞窟の中は暗闇に包まれていた。

 昔に設置されたランプが見えたけれど、油が残っているわけがない。

 クリスはたいまつを取り出して、火を点けた。


「中は意外と広いな」

「そうね。昔は、ここでたくさんの人が働いてたから。地道に働くなんて、何が楽しいのかしら?」

「お姉ちゃん、働いたら負けみたいな台詞はやめようね……えっと、採取した鉱石を運ばないといけないから、これくらいのスペースは必須なんだよ」

「なるほど。先人は色々と考えていたのだな」


 さらに奥に進む。

 ところどころに、壊れたツルやスコップが放置されていた。


「ところで、地図はあるか?」

「どうぞ、クリス君」


 リアラから地図を受け取り、現在地と、この先の通路を確認する。


「地下三階まであるのか」

「そういえば、具体的な目的を決めてなかったわね。どうする? ここの魔物、全部狩り尽くす?」

「面倒だ。この俺に、そんなチマチマした作業は似合わん。そうだな……洞窟の踏破を目的に、地下三階まで行くとしよう。それでどうだ?」

「うん、了解。前衛は任せてね。防御だけじゃなくて、敵感知スキルも持っているから」

「いいだろう、任せた」


 人間の、しかも女に守られるなんて……と、プライドが邪魔をしたものの、結局、戦闘を譲ることにした。


 リアラの方がレベルが高いし、職は防御に優れている剣士だ。

 なによりも、冒険者としての経験は比べ物にならない。

 つまらない意地を張るよりも、素直に任せた方がいいだろう。


「地図の通りなら、そろそろ地下に下りる階段が……見つけたぞ。二人とも、準備はいいか?」

「うん」

「大丈夫よ」

「行くぞ」


 一行は、さらに深部を目指していく。




――――――――――




 洞窟の探索を始めて、2時間くらい経っただろうか?


 現在は、地下二階。

 スライムやホーンラビットが出現するものの、それ以外の新しい魔物は姿を現さない。おそらく、先に探索をした冒険者が倒してしまったのだろう。


 新しい魔物と戦うことができず、クリスは残念に思う。


(これでは、新しい魔法を試すことができないではないか。ワンランク上の魔物はどうした? 雑魚の場合は、群れで来てもいいぞ? まあ、この独特の雰囲気は、適度に緊張感があって楽しいが)


 クリスはそんなことばかり考えていた。

 二人に知られたら、緊張感が足りないと怒られるかもしれない。


「なんか楽しそうね?」

「気のせいだ」


 さっそく見抜かれて、クリスは真顔で否定した。


「おもちゃを前にした子供みたいよ。って、クリスはまだ子供だったわね。早くあたしみたいなお姉さんになりなさい」

「どちらかといと、シアよりもリアラの方が姉に見えるぞ」

「むかっ。そういうクリスは、かわいい女の子に見えるわね」

「ほう。この俺を愚弄するか。ちんちくりん魔法使いごときが」

「なんですって!」

「だーかーらー、ケンカしないの! 今は冒険中なんだから、気を引き締めてっ」


 怒られてしまった。

 が、リアラの言っていることは正論なので、言い返すことはできない。


 とはいえ、無言で探索というのも味気ない。

 思いついたまま、クリスは適当に話題を振る。


「そういえば、二人はどうして冒険者になったんだ?」

「えっと、そうだね、話しておいた方がいいかな? ……私たちの故郷は海を越えた先にあるんだけど、すぐ近くに魔族の領土があるの。その影響で、魔物がたくさんあふれていたんだ」


 魔族というのは、知性を持った魔物のこと……いわゆる『悪魔』というヤツだ。人間のように共同体を作り、仲間を作っていることが多い。

 その力は魔物の数十倍と言われていて、人間だけではなくて、ドワーフやエルフといった他種族からも危険視されている。


「幸いというか、強い国だったから滅ぼされるなんてことはなかったけど……でも、毎日、魔物や魔族による被害が絶えなかったわ」


 シアが後に続く。

 二人は故郷を思い出すように、遠い目をしていた。


「そんな日々を過ごすうちに、私、なんとかしたいって思うようになったんだ。このままじゃ国は発展しないし、生活は苦しいまま。なによりも、常に魔物の脅威に晒される……平和が欲しいな、って」

「それから、あたしたちは冒険者になるために特訓したの。私は魔法使い、リアラは剣士としてね」

「特訓の成果もあって、私たちはちょっとは強くなった。力を手に入れた。でも、それで平和になるわけじゃないんだよね。魔物を倒しても、次から次に湧いてくる……根本的な問題を断ち切らないといけない」

「そこで、勇者について調べることにしたのよ」

「俺なら世界を救える……と?」

「ビンゴ」

「勇者さまは、唯一、魔王を倒すことができる人だから。なら、私たちはそのお手伝いをしたい……そう思って、勇者さまが現れるっていうアストレアに渡ってきた、というわけなんだ」

「で、後はクリスも知っての通りよ。あたしたちは運良く出会うことができて、仲間になった……いいえ、運が良い、なんて言葉じゃ済まされないかもね。だって、あの広い城下町であたしたちが出会える確率なんて、いくらだと思う? カジノで億万長者になる方が簡単よ」

「だから、これは運命なのかもしれないね」

「そう。あたしたちは、出会うべくして出会った……って、ちょっと話が逸れちゃったわね。しかも、この天才とあろうあたしが、恥ずかしいこと言っちゃった……うー、忘れてちょうだい」

「……なるほどな。そんな経緯が」


 二人の故郷とやらに心当たりがあった。

 魔族の領土が近くにある人間の国なんて、そうそうない。

 消去法で、あの国だろう、と大体のあたりをつけた。


(あの時は、力を示すために人間の国に侵攻をしていたが……ふむ、それは失敗だったのかもしれないな)


 魔物の脅威にさらされたことで、シアとリアラは冒険者になった。旅立つ決意をした。

 極論かもしれないが、間接的に、魔物が二人の成長を促したようなものだ。


 探せば、シアとリアラのようなケースはたくさん出てくるだろう。

 そうなると、前世でクリスがしていたことは、とんでもない空回りと言える。


(幸いというか、こんな体ではあるが、二度目の命を手に入れることができた。今度は、失敗しないように気をつけないといけないな。よりより世界征服を目指さなければ)


「ねえ。今度は、あたしが聞いてもいい?」

「なんだ?」

「クリスは、なんで勇者なんて引き受けたの?」


 質問の意味がわからなくて、クリスは小首を傾げた。


「どういう意味だ? もう少し詳しく頼む」

「んー……勇者って、魔王を退治することが使命じゃない?」

「他にも、困っている人を救うことが含まれているらしいな」

「それ、かなり危険なことじゃん? 基本的に、魔物の相手をするわけだしさ。なのに、なんで勇者になったの?」

「なりたくてなったわけではない。気がついたらなっていたのだ。どうしようもないだろう」

「でも、拒否することはできるでしょ? クリスを無理矢理戦わせることはできないんだしさ。だけど、クリスは引き受けた。なんで?」

「それ、私も気になるな。よかったら、教えてくれないかな?」

「なぜ、と言われてもな」


 前世は魔王で、もう一度世界征服に挑むつもりだから、邪魔な新しい魔王を討伐したいだけだ。

 ……なんてこと、正直に言えるはずがない。


(ふむ……改めて問いかけられると、不思議ではあるな)


 新しい魔王が邪魔なのは確かだ。

 しかし、だ。

 新しい魔王の敵は味方、ということにはならない。人間を助ける理由なんてない。

 国王の言葉は無視して、勝手に行動してもよかったはずだ。

 あるいは、元魔王ということで、新しい魔王と協定を結ぶこともできたかもしれない。


 それなのに、クリスは『勇者になる』ことを選んだ。

 改めて考えると謎だ。


「難しい問題だな。さて、どう答えたものか」

「思ったままを聞かせてくれればいいのよ?」

「思ったまま……か」


 考える。

 考える。

 考える。


 そして、言葉を紡ぐ。


「そうだな……勇者という存在、力は都合が良い。非常に便利だ。例えば、アストレアの国王は、旅の資金として宝箱いっぱいの金貨を用意した」

「え? 宝箱いっぱいの金貨? なにそれ? 聞いてないんだけど?」

「あまりに阿呆なことをするものだから、金貨は突き返した」

「クリスが阿呆じゃないの!?」

「話の途中だ。邪魔をするな。そう……それで、勇者は都合が良い存在だ、という話をしたな? 勇者というだけで、国王が大量の金貨を用意するほどだ。他の人間も、なにかしら利になることをしてくれるだろう。そのことを考慮すると、勇者であることを引き受けた方が良いと思わないか?」

「つまり……みんなを利用したいから、っていうことかな?」

「そうだな。その通りだ」


 「ただ」と挟んで、クリスはさらに言葉を続ける。


「どうも、それだけではないようだ」

「どういうことよ?」

「これは、俺にもよくわからないから、うまく言葉にできん。しなければならないというか、放置しておくことはできないというか……」


 なぜか、クリスの脳裏に父と母の顔が思い浮かんだ。


「俺は、10年、人間として生きてきた。今はともかく、生まれたばかりの頃は父と母に助けられてきた。その父と母が住む場所が危機に瀕しているというのならば、動かないわけにはいかないだろう。俺は、恩は返す主義だ」

「それがもう一つの理由?」

「強いて挙げるなら、そういうことになるな」


(まったく、面倒な話だ。この俺が人間に恩を受けるなど……孤児ならば、このようなことにならなかったのだが)


 そう思いながらも、孤児だったならば? という想像は一度もしたことがない。

 父と母がいて当たり前のように思っていた。

 そのことは、クリスは自覚していないのだった。


「ふーん、そっかそっか。両親のため、っていうわけね」

「うんうん、素敵だね。私、感動しちゃった」

「なぜそんな反応をする?」

「べっつにー?」

「なんでもないよねー?」


 姉妹は顔を合わせてニヤニヤした。

 弱点を探られたような気分で、妙に落ち着かない。


「まあ、そういう理由の方が信用できるわ。これで、世のため人のため、なんて言われたら、うさんくさくてパーティー解散してたかも」

「お姉ちゃん、ぶっちゃけすぎだから……」

「いいのよ。こういうことは隠さずに、ストレートに言った方がいいんだから」

「そんなことはないような……? でもでも、隠し事をするよりは……うーん」

「つまり、どういうことだ?」


 シアとリアラは笑い、揃って言う。


「「これからもよろしく、っていうこと」」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ