07話 はじめての冒険・1
シアとリアラとパーティーを組んで、数日が経った。
そんなある日のこと。
「ところで、これからの予定は立てているの?」
いつものように魔物を退治して、休憩も兼ねた食事中。
ふと思い出したように、リアラが尋ねてきた。
魔王討伐の旅のことを聞いているのだろう。
二人が加入したことで、魔物退治のペースは格段に上がった。
レベルが5に上がり、たくさんの魔石を交換して、三万ユルドを稼いだ。
これだけあれば、しばらくは宿に困らない。旅の資金としては十分だろう。
(さて、どうしたものか。いつまでもアストレア周辺で雑魚を狩っていても仕方ない。レベル上げも金稼ぎも、そろそろ十分だろう。しかし……その前に、勇者の力とやらを試しておきたいな)
レベルが5になったことで、クリスはいくつか魔法を習得した。シアがよく使用している『ファイアーボール』などを覚えた。
それらを使用して、自分の魔法の素質を確かめておきたい。勇者というからには、それなりのものだと期待したいが……実戦で使用しないで、ああだこうだと決めつけるわけにはいかない。
それに、魔法を使うのは久しぶりだ。特に、闇属性でない普通の魔法を使うなんて、前世を含めたら千年ぶりと言っても過言ではない。今のうちに、ある程度、使い慣れておきたい。
そのために、スライムやホーンラビッドという雑魚ではなくて、ワンランク上の魔物を相手にしたい。レベル5になると瞬殺してしまうため、試すことができないのだ。
とはいえ、どうしたものか?
具体的な方法が思い浮かばないクリスは、二人に相談した。
「それなら、東の洞窟に行ってみない?」
「洞窟?」
「元は鉱山だったんだけど、鉱石がとれなくなって、10年以上も前に閉鎖されたのよ。ただ、管理がちゃんとなってなかったらしくて、今では魔物の巣になってるらしいわ。推奨レベルは4で、そんなに強い魔物は出ないって話だけど、変わったヤツもいるらしいから、魔法を試すのにうってつけの場所じゃないかしら?」
「ふむ、そんな場所が。シアは物を知っているな」
「まあね! あたしに知らないことなんてないわっ、もっと褒めていいのよ?」
「調子に乗るな。この俺にリップサービスを期待するな」
「かわいい顔してつれないんだから」
「顔は関係ない」
「あら、拗ねちゃった? ごめんね、女の子としか思えなくてとてもプリティ、なんて言っちゃって」
「ほう……俺にケンカを売っているのか? 良い度胸だ」
「子供相手にそんなことしないわ。子供相手なんかに、ね」
バチバチっと、二人の間で火花が散る。
「はいはい、そこまでだよ。ケンカはやめようね」
「ケンカではない。己の尊厳と意地を賭けた戦いだ」
「おとなしくしてなさい、リアラ。このちびっこ勇者に、あたしの偉大さを叩き込まないと」
「むっ」
「なによっ」
バチバチッと、再び火花が散る。
前世が魔王だから人間とソリが合わない……というわけではなくて。
クリスとシアの場合、ただ単に、性格の問題だった。
方や、前世が魔王で、現世は世界に一人しかいない勇者。
方や、自称千年に一人の天才魔法使い。
プライドの高い者同士、色々と譲れないものがあるのだった。
「もう。戦闘中はすっごい連携がいいのに、プライベートはいつもこうなっちゃうんだから。もうちょっと仲良くした方がいいよ? これから、一緒に旅をする仲間なんだから」
「俺としては仲良くしてやらんこともないがな。しかし、この魔法使いは、背丈と同じように心も小さいらしい。なんともならんな」
「あーら。自分の方が小さいくせに、なにを言ってるのかしら。女の子みたいな顔して、おまけにちびで、勇者じゃなくて幼女さまを名乗ったら?」
「むっ」
「なによっ」
「もう好きにして……」
三度、睨み合うクリスとシアに、リアラはどうでもいいや、とばかりにため息をこぼした。
――――――――――
シアとリアラと別れて……二人は宿をとっているらしい……クリスは自宅に帰った。
家事を手伝い、両親と一緒にごはんを食べて、風呂に入り……
自室のベッドに横になる。
しかし、眠気は訪れなくて、ぼーっと天井を見つめた。
「明日は東の洞窟か」
勇者の力、そして、新しく覚えた魔法。それらを早く試してみたい。
それと、時間があれば、魔王の特殊スキルも実験してみよう。
自動再生の他に、どんなスキルを引き継いでいるか把握しておかないといけない。
問題があるとするならば……
「シア……あの小生意気な魔法使いめ」
昼のことを思い返して、クリスは苦い顔をした。
シアとリアラはとても優秀だ。
信を預けることもできる。
しかし、どうにもこうにも、性格に難がないだろうか?
シアは、やたらと自分を過剰評価していて、生意気な口を叩かない日がない。今日もケンカになった。よく八つ裂きにしなかったものだと、自分で自分を褒めてやりたい。
リアラは、姉と違い性格は良いものの、自分を子供扱いする傾向にある。さらに、気のせいか、女の子として見ている感じもある。素直にやめてほしい。
「……まあ、まるで使えないとは言えないからな。そこそこ使える連中だ。この程度で、いちいち腹を立てるなどくだらない。寛大な心で接してやるか。何しろ、俺は魔王なのだからな!」
クリスは自覚していない。
魔王であった時ならば、間違いなく、二人を処分していた。
それなのに、今は『処分』という可能性をまるで考えていない。
人間に転生して10年。
その年月がクリスの心に変化をもたらしたのか?
あるいは、別の要因か?
あるいは、シアとリアラ本人たちの影響によるものか?
今は、なにもわからない。
――――――――――
「シア、リアラ。いい朝だな」
翌朝、シアとリアラと合流した。
「おはよう、クリス君。ホント、良い朝だね」
「おはよ。よく眠れた? 寝不足は美容の天敵よ」
「俺は男だ。美容なんて気にしないぞ」
「かわいい顔してるのに。っていうか、初めての本格的な冒険なのに、緊張していないの? 眠れなかったりしないの?」
「この俺の辞書に『緊張』という二文字はない。強いていうならば、楽しみにしているな」
冒険。
未知の洞窟を踏破して、魔物を倒して、財宝を手に入れる。
前世は城にこもり、やってくる冒険者たちを返り討ちにするだけだったので、純粋に冒険は楽しみだった。
ついでにいうなら、冒険程度で緊張するようなら、魔王なんて務めていなかった。
「へえ、楽しみにしてるんだ」
「でも、油断したらいけないよ? 東の洞窟は、ずっと前に冒険者たちが調査をしてるけど、何も起きないとは言い切れないからね。ワンランク上の魔物も生息しるはずだから、気をつけないと」
「ワンランク上といっても、レッドスライムやハンターウルフといった程度だろう? そんな雑魚に遅れをとる俺ではない。推奨レベルも4だ、なにも問題はない」
「あたしも余裕ねっ」
いつも通り、たっぷりの自信で言い放つクリスに、なぜかシアが便乗した。
リアラは、軽い頭痛を覚えて、やれやれとため息をこぼした。
「お姉ちゃん、ポーションと食料は買った?」
「ええ。水も二日分用意したわ、バッチリよ。この天才に抜かりはないわ!」
「二日分も? それは必要なのか?」
「半日もあれば探索は終わるだろうけどね。でも、リアラも言ったけど、何が起きるかわからない、ってのが冒険の基本よ。それに、クリスにとっては初めての冒険だし、念には念を入れておいた方がいいでしょ? 落石なんかで閉じ込められるとか、色々な可能性を考えておかないと」
冒険については初心者なクリスは、素直に感心した。
(人間は、よく考えているものだな。すぐに死ぬから、色々な対策をねっているのだろうか? それにしても、二人はやけに詳しいな? 冒険に慣れているのだろうか? 見たところ、そこまで冒険に慣れているようには見えないが……子供だしな)
疑問に思うが、今は冒険の方が大事だ。口には出さない。
「クリス君、準備はいい?」
「ああ、問題ない」
「お姉ちゃんは?」
「大丈夫よ。天才のあたしに準備なんていらないし」
「それじゃあ……レッツゴー!」
意気込み、城下町を後にする。
たまに出るスライムやホーンラビットを蹴散らしながら、東へ進む。
空は晴れていて、空気は温かい。
ともすれば、鼻歌を歌ってしまいそうだ。
ちょっとしたピクニック気分で、クリスは東の洞窟へ移動した。
「到着、っと」
「ふむ、ここが東の洞窟か」
山の斜面にさしかかり、少し登ったところに入り口があった。
斜面を魔法で削り取ったように、大きな穴が空いている。
中は暗くて見えない。
ただ、微かに冷気のようなものを感じた。
洞窟内で冷やされた空気が漏れてきているのだろう。
「いい感じの雰囲気だな。なかなかおもしろそうだ」
「これ見ておもしろいなんて、クリス君って、やっぱり変わっているね」
「下手にビビるヤツよりマシよ。さっ、行きましょう」
「行くぞ。俺についてこい」
先陣を切り、クリスは洞窟の中に足を踏み入れた。