04話 レベルを上げよう
クリスは、さっそく冒険に出た。
『冒険』であって『旅』ではない。
「まずは旅の準備をしないといけないな。新しい魔王とやらがどこにいるかわからないが、長い旅になることは間違いないだろう。軍資金が必要だ。適当に魔物を狩り、金を稼いで……あと、レベル上げをしないといけないな」
『レベル』は能力の強さを表す数字だ。
最低が1で、最大が99。
数値が高ければ高いほど、強い能力を持っている、ということになる。
どうやってレベルを上げるのか?
答えは、単純明快。
魔物を倒せばいい。
魔物を倒すことで、その魔物が持っている魔力を奪い取ることができるのだ。
手に入れた魔力は自然と体に宿り、力となる。
その力が一定以上になるとレベルが上がる……という仕組みなのだ。
「しかし、待てよ? 俺は今、どれくらいの力があるのだ?」
人間の勇者としてのクリス・ラインハルトは、レベル1だろう。
生まれてから一度も魔物を倒したことがないから、レベルアップをしていることはないはずだ。
しかし、『前世は魔王』だ。
こうして、記憶がハッキリと受け継がれている。
ならば、魂も……魔王としての力も受け継いでいるのではないか?
「試してみるか」
というわけで、クリスは魔物を倒すべく、城下町の外に出た。
前世は同じ魔物だったけれど、その辺りは気にしていない。
魔物たちも、元魔王の礎になれるなら本望だろう。
元魔王らしく、クリスはそんなことを考えていた。わりと本気だ。
「魔物、魔物、魔物……お、見つけたぞ」
木の影にスライムがいた。
まず倒せないものはいないと言われているほどの、最低最弱の魔物だ。
寝ているらしく、ぜんぜん動かない。
「うむ、実に都合がいいな」
クリスは、国王からもらった短剣を装備した。
そして、構える。
その姿は実に様になっていた。
前世では、毎日が戦いの日々だった。
なので、レベル1とはいえ、戦いには慣れている。
「せいっ!」
クリスはスライムに斬りかかった。
刃が軟体を裂く。
が、致命傷ではない。
眠りから覚めたスライムは、体ごと突っ込んできて反撃する。
「くっ!? スライム如き、一撃で倒せないとは……!」
クリスのイメージでは、スライムを両断しているはずだった。
しかし、実際は小さなダメージを与えただけ。
前世の戦闘経験は残っているものの、体がついていくことができない。
イメージ通りに体を動かすことができず、無様な結果になってしまった。
どうやら、身体能力はレベル1らしく貧弱なものらしい。
スライムがもう一度、突撃してきた。
至近距離でボールをぶつけられたような痛み。
クリスは痛みに耐えながら短剣を振る。
一度。
二度。
三度。
やがて、スライムは動かなくなった。
「ふう……倒したか」
汗を拭う。
身体能力は判明した。レベルも把握した。
ただ、あと二つ、確かめておきたいことがある。
「さて。他にスライムは……よし、見つけたぞ」
5分ほどで、再びスライムと遭遇した。
今度は二匹だ。
スライムが二匹同時に突撃してきた。
何度も何度も体当たりを受けて、クリスは痛みに顔をしかめた。
しかし、何もしない。ただただ、棒立ちで攻撃を受ける。
ちょうどいい案山子を見つけたというように、スライムは何度も攻撃を繰り返した。
しかし……クリスは倒れない。
勇者とはいえ、レベル1の人間とは思えない耐久力だ。
「ふむ。これだけ攻撃を受けても、倒れることはないか。となると、スキルが働いている可能性が高いな」
『自動再生』。
一定時間ごとに自動的に体力が回復するという、前世で身につけていた特殊スキルだ。
レベルは引き継がれることはなかったけれど、スキルならば……と考えて実験してみたのだ。
その推測は見事に的中した。
どうやら、魔王としての特殊スキルは引き継いでいるらしい。
とはいえ、全て引き継いでいるかどうか、それはわからない。
自動再生、状態異常無効、物理耐性、属性攻撃軽減、魔眼……などなど。
様々な特殊能力を有していたが、今ここで全てを確認するのは難しい。
ひとまず、自動再生を確認できただけでよしとしよう。
クリスはそう納得して、次の実験に移る。
「スキルを引き継いでいることは確認した。ならば、魔法はどうだ?」
クリスは手の平をスライムたちに向けて、意識を集中させた。
そして、力のある言葉を紡ぐ。
「闇の精霊よ。
汝は我。我は汝。
黒の意思をここに示せ。
ダークネスファング!」
影が盛り上がり、牙となってスライムたちに喰らいついた。
闇に飲まれるように、スライムたちは抵抗することもできずに倒れた。
クリスが使ったのは初級魔法だ。
初級魔法は、長くても1年練習すれば誰でも使えるという、初心者向けの簡単な魔法だ。
しかし、『ダークネスファング』は普通の人に使うことはできない。
魔法は、火・水・風・土・光・闇……などなど、様々な属性が存在する。
その中でも、『闇』の属性は特殊な部類に入る。
闇に属する者……すなわち、魔物しか習得することができないのだ。
その闇の魔法を、人間であるはずのクリスが使うことができた。
「どうやら、魔法も引き継いでいるようだな。どれだけ引き継いでいるのか確かめておきたいところだが……レベル1では、上級魔法などは唱えることはできないだろう。また今度にしておくか」
――――――――――
「……ふむ。今日はこれくらいにしておくか」
あれから、クリスは2時間ほど魔物を狩り続けた。おかげで、確認したいことは終えた。
「スライムしか現れなかったが……まあ、それなりの数を倒したし、レベルもそこそこ上がっただろう。ある程度魔石も得られたから、換金しておくとするか」
魔物を倒すと、その魔物の核となる『魔石』を手に入れることができる。
弱い魔物は小さい魔石、強い魔物は大きい魔石を落とす。
魔石は、武具、薬、アクセサリー……様々な用途に使用される。
貴重な資源で、それなりの値段で取引されているのだ。
クリスは城下町に戻り、ラインハルト武具店に向かう。
「戻ったぞ、父よ」
「おう」
父のアーデルが出迎えてくれた。
愛想の欠片もない挨拶だけど、それがアーデルという人間なので気にしたことはない。
「父よ、魔石の換金をしてくれないか?」
民を混乱させてしまうかもしれないし、目立つことでよからぬことを企む輩が現れるかもしれない……などなど。
様々な理由から、クリスが勇者であることは、まだ伏せられている。
ただ、さすがに両親にまで秘密にすることはできず、許可をもらい、当日に打ち明けた。
二人は驚きながらも、わりとすんなりと納得してくれた。
親の勘、というやつかもしれない。我が子の巣立ちが一般的なものよりも早く、また、普通のものにならないと、感じるものがあったのかもしれない。
もっとも、前世が魔王であることまでは、さすがに気づいていないようだが。
「見せてみな」
旅の準備は自分でする。
その言葉に両親は納得してくれた。
ただ、手伝いはさせてほしいと、こうして魔石を買い取るなどのサポートをしてくれることになったのだ。
「ふむ……これなら、全部で五千ユルドってところだな」
普通の宿で一泊すると、大体、三千ユルド。
食事は八百ユルド前後。
そのことを考えると、そこそこ稼いだ方だった。
「今日はもう外に出ないか?」
「うむ、そうだな。ただ、レベルを確認したいのだが、そこの測定器を使ってもかまわないか?」
自分はどれくらい強くなったのか?
それを知ることは、冒険者にとって大切なことだ。
己の力を正しく把握することで、旅のリスクを減らすことができる。
例えば、自分とモンスターのレベルを比べて、力の差を図ることができる。
例えば、ダンジョンを探索しようとした時に、推奨レベルを確認して、安全か危険か判断することができる。
レベルという数値は、冒険者にとって欠かせない情報なのだ。
故に、冒険者がよく訪れる武具店には、必ずといっていいほどレベルを数値化できるマジックアイテムが設置されている。
ラインハルト武具店も例外に漏れず、レベルを確認できるマジックアイテムが設置されていた。
「好きに使っていいぞ。お前も、もう立派な冒険者だからな」
許可が出たので、さっそく利用することにした。
石版の形をしたマジックアイテムに手を置くと、上部に数値が表示される。
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レベル:3
体力:57
魔法力:31
攻撃力:39
防御力:31
魔法攻撃力:18
魔法防御力:22
速度:24
知力:28
運:16
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一般的な基準としては、レベル3になっても、ステータスが一桁ということは珍しくない。
そのことを考えると、やたらステータスが高い。
なぜか?
クリスは、すぐに『勇者だから』という答えに行き着いた。
国王は、勇者の成長速度は桁外れと言っていたが、これがその結果なのだろう。
勇者の才能を得て、魔王としての特殊スキル持つ。
これならば、新しい魔王も敵ではない。
そのまま世界征服をすることも可能かもしれない。
くくく、と笑いながら、やる気を出すクリスだった。