03話 新しい魔王を退治することになりました
大きな国旗が飾られた謁見の間に、アストレア国王の姿があった。
国王だけではない。
国王を補佐する大臣や、軍部の頂点に立つ将軍。
そして、彼らを守る騎士がずらりと並ぶ。
勇者ということが判明したクリスは、そんな場所に呼ばれた。
(ふむ、なかなか壮観な眺めだな。これが、この国のトップの連中か……どいつもこいつも平凡な顔をしていて、つまらないな。もっとこう、面白いヤツがいるものかと期待していたのだが)
こんな時でも、クリスの不遜な態度は変わらない。
ある意味、それも当たり前だ。
前世が魔王なのだから、一国の主と面会するくらいで緊張することはない。
むしろ、『どれ、見定めてやるか』と、ものすごい上から目線だった。
「俺が、クリス・ラインハルトだ。楽にさせてもらうぞ」
「予は堅苦しい挨拶を好ま……すでに好きにしているようだな」
「うむ。緊張する理由がないからな」
「ふむ、肝が座っておるな。おもしろい」
本来ならば、クリスの尊大な態度は厳罰ものなのだけど、所詮は子供のやること、と見逃されてしまう。
「クリス・ラインハルトよ。紋章を見せてはくれまいか?」
「こんなものでいいのなら、いくらでも見てかまわないぞ」
隠すつもりはないし、すでに大勢に知られた後だ。
言われるまま、クリスは素直に右手の甲を国王に向けた。
「ふむ……確かに、間違いないようだな。我が国に伝わえる文献に載っているものと同じだ。紛れもなく、そなたは勇者のようだ」
「そうなのか? それは、間違いないのか?」
その点は、すぐに信じることができない。
どうして、元魔王が勇者に?
考えれば考えるほど訳がわからなくなって、知恵熱が出てしまいそうだ。
なにかの間違いと言われた方が納得できるのだけど……
「勇者に関することは、余はそれなりに詳しい。事と場合によっては、国を左右することになるからな。学者以上に、勇者について調べてきたつもりだ。その余が言うのだから、間違いない。その翼の紋章は本物であり、そなたは……クリス・ラインハルトは勇者だ」
「しかし、俺はまだ10歳の子供だぞ?」
「年齢は関係ない。記録によると、80を超えて勇者になった者もいるぞ?」
「そんな勇者もいたのか? まともに戦えるのか、そいつ?」
「ちなみに、10歳というのは最年少記録だ。新記録を達成したな」
喜んでいいのかわからない記録だ。
あと、たぶん、前世が魔王というのも初めてだろう。
それはともかく……
クリス・ラインハルトは勇者として認められた。
国王公認だ。
(やれやれ、だ。こうなると、さすがの俺も認めざるをえないな。いつまでも現実から目を逸らしているわけにはいかない)
まさか、魔王が勇者に生まれ変わるなんて。
クリスは、神なんて信じていないし、むしろ敵だと思っている。
そのせいだろうか?
新しい生に、こんな運命のいたずらをしかけてくるなんて……
神さまは、何を考えてこんなことをしたのか?
一度で言いから、話をして問いただしてみたい。
「さて、クリスよ。そなたを呼んだのは他でもない。勇者として覚醒した以上、その使命を果たしてもらいたい」
「使命?」
勇者の使命といえば、魔物を退治して、世の平和を守ることだ。
しかし、クリスはまだ10歳。
まさかとは思うが、こんな子供に大役を任せるなんていうことはないだろう。
「勇者が覚醒したということは、対となる存在の魔王も覚醒したはずだ。クリス・ラインハルトよ。旅に出るがいい。そして、魔王を討伐してくるのだ!」
そのまさかだった。
(この国王、頭は大丈夫か?)
知らないとはいえ、元魔王に新しい魔王を倒せなんて……どんな冗談だろうか?
いや、それよりもだ。
まだ10歳の子供に魔王を退治しろなんて、とんでもない無茶ぶりだ。
まだ、犬に言葉を教える方が簡単ではないだろうか?
クリスは国王の正気を疑うけれど……
しかし、国王は至って正気らしい。前言を撤回しようとしない。
周囲の人間も同じ考えらしく、国王を止めようとしない。
(国王だけではなくて、皆、頭のネジが吹き飛んでいるのか? この国の将来は大丈夫か?)
クリスは、基本、人間なんてどうなろうが知ったことではない、というスタンスだけど……
そんなクリスでも、ついつい、国の行く末を心配してしまう。
「旅をするにあたり、これを授けよう」
国王の合図で宝箱が運ばれた。
とりあえず、開けてみる。
宝石……おそらく魔力が込められた特殊なものだろう……が埋め込まれた短剣。
それと、山のような金貨。
普通の人間ならば、歓喜するか、あまりの額に卒倒していただろう。
しかし、クリスは元魔王だ。人間の貨幣などに興味はない。
ふーん、と眺めただけだ。
「これを旅に役立てるといい。本来ならば、国庫から全ての金貨を取り出したいところなのだが……さすがに、それでは国が立ち行かなくなる。半分で許せ」
「半分? そんなに出して国は大丈夫なのか?」
「苦しくはなるだろうな。しかし、旅は過酷なものになるだろう。予は、最大限の援助を惜しまない。勇者の旅のためなのだ。国が苦しくなるくらい……」
「……別に、金なんていらん。というか、俺一人のために国を傾けるようなことをする愚か者がどこにいる? 一国の主ならば、時に非情にならねばいけないことを知れ」
あまりに国王が無茶苦茶なので、ついつい、国の主としての心構えを説いてしまった。
「ふむ、さすが勇者というべきか。その年で、そのようなことを語るとは……しかし、旅をするには軍資金が必要であろう?」
「くどい。いらんと、何度言わせる気だ? 軍資金が必要ならば、そのようなもの自分でなんとかしてみせる」
「ふむ……良い心構えだ。ならば、支度金は保留にしておこう。もしも困った時があれば、遠慮なく申すがよい。その時は、最大限の援助をすると約束しよう」
「うむ。困った時は頼りにさせてもらうぞ」
とりあえず、短剣はもらうことにした。
短剣を受け取り……はたと気づく。
魔王討伐の旅に出ることが確定しているけれど、了承した覚えがない……
とはいえ、『やはり断る』とは言えない雰囲気だ。
人間として10年生きてきたこともあり、クリスは『空気を読む』ということを覚えていた。
どうにかして、決定を取り消すことができないか?
あるいは、延期できないか?
「質問をいいか?」
「ふむ、なんだ?」
「どうして俺なのだ? 見ての通り、まだ子供だ。こんな子供に頼るよりも、軍を動かした方がいいのではないか?」
「そなたの言うことは最もだ。が、軍はそう簡単に動かせないのだよ」
「なぜ?」
「魔物の侵入を阻止するために、軍は国を守らなくてはいけない。また、国の治安維持も同時に行わなければならない。そなたが魔王と戦う時……最後の決戦が訪れたのならば、軍を動かすこともやぶさかではないが、そうでない場合は出動させることはできないのだよ」
軍の一番の目的は、国と民を守ることだ。
守るべきものを危険にさらすような真似はできない、ということらしい。
(それなら、俺も守るべき民にカウントされるのではないか? こいつ、いちいち言うことが矛盾しているな……この国、本当に大丈夫か?)
「もう一つの、なぜそなたではいけないか、という質問だが……それは、勇者だからだ」
答えになっていない。
頭が痛くなるのを感じながら、クリスは視線で話の続きを促した。
「さきほども言ったが、勇者の使命は世界の平和を守ることだ」
「それはわかる。が、俺はまだ子供だ。普通に考えて無理と思わないか?」
「確かに、今は無理だろう。しかし、いずれは可能だ」
「どういうことだ?」
「勇者は常人の何倍、何十倍の勢いで成長する。それは常識外のもので……いずれ、世界最強の存在になるだろう。我が軍を全て束ねても、叶わないほどの力を手に入れることができるのだ」
「それが勇者……?」
「うむ。今は力はないだろうが、いずれ、人類最強となるだろう。故に、まずは旅に出て力をつけてほしい。そして、いずれ、魔王を討伐してほしい。魔法を討伐できるほどに成長する者は、勇者以外にいないのだ」
「少し話は戻るが、軍では魔王には勝てないのか?」
「無理だな。万の兵士で挑んだとしても、全滅させられるだろう。できることといえば、支援くらいだろうな」
「ふむ。万の兵士で全滅するような相手を、勇者なら倒すことができる……か」
勇者がいずれ最強の存在になるという情報は初めて聞いた。
これは貴重な情報だ。
元魔王で、そして、現在は勇者。
よくよく考えてみたら、最強ではないか?
「もう一つ。なぜ、今なのだ? 繰り返すが、俺は子供だ。今行動を起こすよりも、成長してからの方がいいと思うのだが」
「うむ……それについては申し訳なく思う。子供であるそなたを旅に出さなければいけないなんて、力のない我が身を恨む。しかし、そうせざるをえない理由があるのだ……時間がないのだよ」
「時間?」
「勇者が覚醒したら、魔王も覚醒する……これは、過去の文献を見る限り間違いないことなのだ。おそらく、どこかで魔王も覚醒していることだろう。そして……魔王も、『成長』するのだ。魔物の中で、魔王は唯一『成長』する存在……放置しておいたら、勇者でも手をつけられないほどの力を手に入れるだろう。故に、のんびりと構えているわけにはいかないのだ」
なるほど、と理解した。
一応、筋は通っている。
話の矛盾もない。
(新しい魔王を討伐する旅か……はて、どうしたものか)
10年、人間として生きてきた。
刺激が足りないのは多少不満ではあるが、それ以外は、わりと悪くない日々だった。
(しかし、俺は元魔王だ)
前世が心を刺激する。
世界を征服しろ、人間を支配しろ、全てを手に入れろ。
そんな欲望が湧いてくるのを感じていた。
ならば、どうするか?
(やはり、世界征服に乗り出すか……と、言いたいところではあるが、新しい魔王とやらが邪魔だな)
魔王は二人もいらない。世界の王は一人で十分だ。
幸か不幸か、勇者に生まれ変わってしまった。
ならば、それを最大限に利用して、まずは邪魔者の新しい魔王を始末した方がいいかもしれない。
「クリス・ラインハルトよ。魔王討伐の任、やってくれるな?」
「うむ、いいだろう! 俺に任せるがいいっ」
こうして、元魔王が新しい魔王を退治することになった。