22話 ミリー・ベルグロウ
『青空屋』は観光客向けの宿だ。
一階が食事をとるスペースになっていて、二階に宿泊客の部屋がある。
チェックインを済ませた一同は、先に食事をしようと、テーブルの一角に着いた。
「ふむふむ……子羊のローストにホーンラビットのグリルにビーフステーキ……けっこうおいしそうなものがあるわね」
「見て見て、お姉ちゃん。サラダもたくさん種類があるよ」
「あたし、虫じゃないの」
「野菜も食べないと体に悪いよ? だから小さいんだよ?」
「誰がドちびで貧乳でガキくさいですって!?」
「そこまで言ってないよ!? すごい被害妄想!」
「お前ら、うるさいぞ。飯くらい落ち着いて食えないのか?」
「「ごめんなさい……」」
至極当然の指摘に、姉妹は揃って頭を下げた。
子供のクリスに叱られているという構図は、なかなかシュールなものがある。
「それで、注文は決まったか? 店員を呼ぶぞ?」
「待って! えっと、えっと……いいわっ、あたし、このスペシャルミックスセットにするわ!」
「お姉ちゃん、後で体重が増えても知らないよ……あっ、私もいいよ」
「おい、注文を頼む」
――――――――――
「うわっ、なにこれ!? すっごいおいしいんですけどっ」
「このサラダのドレッシングも最高だよぉ。今までに食べたことない味がするよ」
「ふむ。なかなかだな、この料理を作ったのは……」
「はいはい、余計なことはしないで、ちゃんと料理を味わいなさい」
三人は知らないことだが、『青空屋』の料理は本に載るくらい、料理の評判が良い。
宿なのに専門店に負けないくらいの料理を出すことで有名なのだ。
そんな『青空屋』の料理にすっかり夢中になった三人は、次々と料理を食べる。
ついつい食べすぎてしまうが、手が止められない。
金は減ってしまうが、幸せなので、まあよしとしよう。
……と、至福の時間を味わっている時だった。
ガシャンッ!
けたたましい音が響いて、店内が静まり返った。
人々の視線が、店の中央に向けられる。
「てめぇ、今、なんて言った?」
「聞こえなかったのか? 冒険者なんて、なんの役にも立たないからゴミ同然だな、って言ったんだよ」
冒険者らしき男と観光客らしき男が、それぞれ睨み合っていた。
共に酒を飲んでいるらしく、顔が赤い。
些細なことがきっかけになり、口論に発展して……そして、ケンカに。
酒を扱うところでは、よく見かける光景だ。
「なによ、人がせっかく良い気分で料理を味わっていたのに……これじゃあ、台無しじゃない。魔法で吹き飛ばしてやろうかしら?」
「お願いだからやめてね、お姉ちゃん。憲兵隊のお世話になっちゃうから」
「ほう、これは香草を使って香り付けをしているのか。なるほど、良いアイディアだ。肉のくさみが消えて、香りが引き立つ……うむ、うまい」
「クリス君は、とことんマイペースだね……」
冒険者と観光客のケンカはエスカレートする。
胸ぐらを掴み、今にも殴り合いに発展しそうだ。
「お客さま、このようなことは困ります。席にお戻りください。それができないのならば……」
「うるせえっ、関係ないヤツはひっこんでろ!」
こういう時だけは息を合わせて、冒険者と観光客は、揃って仲裁に入った店員を突き飛ばした。
店員はそのまま床に倒れ……ない。
「大丈夫ですか?」
「え? あ、はい」
倒れそうになったところを、とある女の子に受け止められた。
歳はシアの二つか三つ上といったところだろうか?
優しい瞳と、落ち着いた雰囲気が特徴的だ。
東方の国で見られる『着物』に似た服を着ている。
何よりも目を引くのが、頭に生える角と背中の翼。そして、服の隙間から伸びた尻尾。
「ん? あの子、なにかしら? 人間じゃないの?」
「人間ではないが、似たようなものだ。あいつは『竜人族』だ」
世界最強の生物と言われているのは、鋭い牙と翼を持つ『竜族』だ。
強大な力を持ちながらも、魔物と違い、知性がある。
基本的に竜族は他種族と関わりを持たないが、中には変わり者もいる。
自分たちと同じレベルの知性を持つ『人間』に興味を持つ者が、それなりにいるのだ。
一部の竜族は人間と交流を行い、知識を交換する。
その過程で、愛を抱くことがある。
竜族と人が結ばれて……それぞれの特徴を受け継いた子供、それが『竜人族』だ。
「へえ、よく知っているね」
「……本で得た知識だ」
前世の知識とは言えず、そうごまかしておいた。
「そこのあなたたち」
竜人族の女の子は、腰に手を当てて、酔っぱらい二人をビシッと指差した。
「ケンカをするだけならまだしも、お店の人に暴力を振るうなんて、いったいどういうおつもりなのですか?」
「うるせえって言ってるだろうが! 関係ないヤツは黙れっ」
「関係ありますわ。あなたたちが騒いでいたら、せっかくのおいしいごはんが台無しになってしまうでしょう」
「よく言った! いいわよっ、その通り!」
シアが満面の笑みで拍手した。
他の客も、それに追随して女の子に同調する。
「ぐっ……」
「な、なんだよこいつ……!」
冒険者と観光客の顔が、酔いとは別の意味で赤くなる。
ケンカしていたことも忘れて、仲良く竜人族の女の子を睨む。
「お店に迷惑なので出て行ってくれませんか? 私、あなたたちみたいに迷惑をかける人、嫌いですわ」
「このガキがっ!」
最初に沸点に達したのは、観光客だった。
冷静ならば、とある理由から、絶対に手を上げるようなことはしないのだが……
酔っていた観光客は、怒りに任せて殴りかかってしまう。
店員が悲鳴をあげる。
しかし……それは、すぐに驚きの声に変わった。
「いきなり殴ろうとするなんて乱暴ですね」
観光客の拳は、簡単に竜人族の女の子に受け止められていた。
酔っていて、めちゃくちゃな体勢とはいえ、成人した男の拳だ。未成年の女の子が受け止められるはずはないのだけど……
例外はある。
女の子は、『竜人族』なのだ。
半分、竜族の血を引いているため、竜人族の身体能力や魔力はとんでもなく高い。レベル1でレベル10くらいの能力があると言われているほどだ。
「えいっ」
かわいらしいかけ声と共に、竜人族の女の子がデコピンをした。
その一発で、観光客は巨人の拳を食らったように吹き飛んで、そのまま気絶した。
「情けないですね……私みたいな女の子にケンカ売って、返り討ちにされて……もう少しマシな大人にならないといけませんよ? まったく……で、そちらの方はおとなしくしてくれるのですか? してくれないならば、おしおきをいたしますが」
「てめえ、調子に乗るな!」
冒険者は酔っていたが、竜人族の力を判断するだけの思考力は残っていた。
しかし、竜人族とはいえ、子供……しかも、女の子にこれだけ言われてたら、黙ってはいられない。
プライドを傷つけられた冒険者は、怒りに任せて剣を抜いた。
周囲の客が悲鳴を上げる。
その反応に気をよくしながら、冒険者は笑う。
「へへっ……土下座して靴を舐めるっていうなら、許してやらないこともねえぞ? ほら、これが見えるだろう?」
「むぅ」
冒険者が剣で威嚇する。
さすがの竜神族の女の子も、迂闊な行動は取れないらしい。
かといって、ここで引き下がることもできない。
にらみ合い、膠着状態が生まれる。
……が、それはあっさりと崩れた。
「貴様、少しうるさいぞ。黙れ」
「がっ!?」
いつの間にか背後に回り込んだクリスが、冒険者の首を一撃した。
的確に急所を攻撃されて、冒険者は昏倒した。
「酒は飲んで楽しむものだ。逆に飲まれるなど論外だ」
クリスは倒れた冒険者と……それから、吹き飛んだ観光客を店の外に蹴り飛ばした。
それから、店内の客と従業員に向かって言う。
「無粋な連中は消えた。引き続き、楽しむがいい」
わっ、と客と従業員が湧いた。
「いいぞー、嬢ちゃん、かっこいいぜ!」「かわいい顔したガキのくせにガッツがあるじゃねえか!」「かわいいくせに、腕っ節は相当なもんだな!」……などなど。皆、クリスを称える。
全員、クリスを女の子扱いしていたことについては、不満はあるが……
なにはともあれ、店は落ち着きを取り戻した。
これで、楽しく食事ができる。
クリスは席に戻り……
「おまちください」
さきほどの竜人族の女の子が追いかけてきた。
「さきほどは、ありがとうございます。あなた様のおかげで、助かりました」
「別に、貴様を助けたつもりはない。あの連中がうっとうしかっただけだ」
「お姉ちゃん、クリス君、こんなこと言ってるよ?」
「この子がピンチになったら、真っ先に席を立ったのにね」
「やかましい。二人とも黙れ」
「わざわざ、私を心配してくれたんですか?」
二人の会話が聞こえたらしく、竜人族の女の子がきょとんとして……それから、ちょっとうれしそうな顔になった。
「ありがとうございます、とてもうれしいですわ」
「むがっ!?」
ぎゅう、と抱きつかれた。
思った以上にふくよかな竜人族の女の子の胸が、クリスの顔に押しつけられる。
「うわ、ラッキースケベよ」
「クリス君のえっち」
「見てないで助けろ……むぐっ」
本気で窒息しそうだったので、シアとリアラが竜人族の女の子を止めた。
「えっと、す、すいません。私、うれしくなったり感情が高ぶると、勝手に体が動いてしまうところがありまして……」
「それじゃあ、お店の人を助けたのも?」
「はい。黙ってみていられなくて、つい」
「ふーん、偉いわね。褒めてあげる」
「なんで、お姉ちゃんが上に立っているのかな……?」
「助けてくれたお礼がしたいのですが……えっと……そうですね、ここのとっておきのメニューをごちそうする、というのはいかがでしょう?」
「ふむ。まあ、断る理由もない。素直に受け取っておこう」
「私は、ミリー。ミリー・ベルグロウと申します。よろしくお願いいたしますわ」
そう自己紹介をして、ミリーは太陽のように明るく、優しい笑顔を浮かべた。
すみません。一時、更新停止します。再開は未定です。




