21話 水の都ルシエ
ルシエが水の都と呼ばれている所以は、街の至るところに水路が張り巡らされているからだ。
綺麗に整備された水路は、太陽の光をキラキラと反射して、とても美しい。
観光目的に、毎年、たくさんの人々が訪れているほどだ。
そんなルシエに、クリスたちは足を踏み入れた。
「へぇー、ここがルシエなのね」
「綺麗な街だね。街全体がキラキラしていて、宝石みたい」
「ただ眩しいだけではないか? 目に悪そうだ」
素直な感想を述べると、シアとリアラにため息をつかれた。
「やれやれ。この景観美がわからないなんて、これだからお子さまは」
「というより、クリス君が達観しすぎっていうか……もうちょっと、こういうことに興味を持ってもいいと思うんだけどな」
「丁寧に整備されている、というのはわかる。また、機能美に優れていることもな」
「ふーん?」
「この水路は、無計画に張り巡らされているわけではない。このラインを見る限り、水路で魔法陣を描いているのだろう。上から見てみないと正確にはわからないが、おそらく、街を守るような魔法陣なのだろう。景観を兼ね備えた防護施設……なかなかおもしろいアイディアだ」
「見ただけでそこまでわかるの?」
「わかるだろう?」
「わからないよぉ」
リアラは優れた冒険者ではあるが、さすがに、前世が魔王であるクリスの観察眼には勝てないらしい。
「しかし……ふむ? 水路が魔法陣になっているというだけではなくて、他にも仕掛けがありそうだが……」
「ふふーん。ここはあたしの出番ね」
「なにか知っているのか?」
「教えて欲しい? 教えて欲しい? お願いシアさま、って言ってごらんなさい」
「リアラ、行くぞ」
「うん」
「ちょっとちょっと、無視しないでよ! そういうのダメなんだからねっ」
本気で置いていこうとすると、本気で引き止められた。
「わかっていることがあるならさっさと教えるがいい」
「まったく、冗談が通じないんだから……この水路は、クリスが言ったように魔法陣になっているの。ただ、それだけじゃなくて、流れている水も特別なのよ」
「水が? うーん、見た感じ、普通だよね?」
水路の水は透き通るほどに綺麗だけど、それ以外におかしな点はない。
リアラは小首を傾げた。
一方で、クリスはなにかイヤなものを感じた。
うまく言葉にできないが、触れたくないというか、思わずここから離れたくなってしまうというか……そんな拒否感を覚える。
「この水は、ミール湖から流れてきているのよ」
「ミール湖? なにそれ、お姉ちゃん」
「ルシエの北にある大きな湖よ。そこにウンディーネがいて、湖は聖なる力を帯びているの」
「あっ。その湖の水を取り込んでいるから、ルシエは水の精霊に祝福されている、っていうこと?」
「正解」
「納得したよ。勇者さま以外に精霊の加護は受けられないっていう話なのに、街が祝福を受けているってどういうことなのかな、って思っていたから」
「なるほど。ならばこの水は、聖水のようなものか?」
「そうね。試すようなバカはいないだろうけど、同等の効果はあるはずよ。この水路と、ウンディーネの祝福を受けたミール湖の水のおかげで、ルシエは天然の要塞になっているの。ルシエがいかなる国にも所属しないで、独立を保っていられるのはこのおかげと言われているわ」
道理でイヤな感じがするわけだ。
元魔王のクリスにとって、ミール湖の水なんて受け付けられるわけがない。
しかし、ミール湖の水でさえダメというのならば、精霊の祝福を授かることなんて、普通に考えて絶望的では? 本当に大丈夫なのだろうか?
懐疑的になるが、ここまで来て『やっぱりやめた』なんてことはできない。
試すだけ試してみよう。なにもしないうちからできないと決めつけることは、愚か者のすることだ。
クリスはそう判断して、できるできないについては考えないことにした。
「ルシエのことは大体わかった。それで、精霊の加護を受ける方法は?」
「さあ?」
リアラと一緒にコケそうになった。
「お、お姉ちゃん……そこまで語っておいて、肝心のことがわからないなんて、それはないよ」
「あたしは辞書じゃないの。なんでも期待されても困るわ」
「ならば、どうしたものか」
「安心なさい。こういう時は、その道の専門家に聞けばいいの」
「専門家、って?」
「神官よ」
――――――――――
基本的に、神官はこの世界を作ったと言われている女神『フィニー』を崇めている。
が、信仰の対象が一つということはないし、女神以外の対象を崇めることを禁じられているわけではない。
ウンディーネの恩恵を受けているルシエの神官たちは、水の精霊も崇拝しているのだ。
「というわけで、神官に話を聞くのが一番手っ取り早くて、確実な方法なんだけど……」
「まさか、今日の礼拝は終わりました、なんて展開が待っているなんてねぇ……」
ルシエに到着したのは昼過ぎ。
あちこち寄り道をしたり、あれこれ話をしていたせいか、神殿に着いたのは夕方。
「また明日お越しください」と言われ、引き取りを願われてしまった。
「どうする?」
「どうしようか?」
「どうしましょう?」
三人で揃って途方に暮れた。
わりと間抜けな姿だった。
「押し入るか?」
「悪くないわね」
「ダメダメ、却下だからね!? どうして勇者一行の私たちが、神殿とケンカをしないといけないの!?」
「明日まで待つのが面倒だ」
「そんな理由で!?」
「あいつら、なんとなく偉そうでムカついたわ」
「もっとどうしようもない理由だった!?」
「冗談だ」
「一日くらい、さすがに待てるわよ。一週間とか言われたら、考えたけど」
一週間って言われなくて本当によかった。
心底、安堵するリアラだった。
「観光でもする?」
「あ、それもいいね」
多くの人々が訪れるので、ルシエの行政は観光に力を入れている。
観光客向けのスポットや店など、それこそ山のようにある。
丸一日使ってもルシエの全部を見て回れない、と言われているほどだ。
「あたし、ルシエの水を使った美肌マッサージをしてみたいわ! 肌が5歳分若返るんだって」
「お姉ちゃんが若返っても、あまり意味ないような……でもでも、気持ちはわかるなー」
「あと、お店を見て回りたいわね。ここにしかない特産品があるみたいだし」
「おいしいものも食べてみたいな。ルシエ特製クレープ、があるんだっけ?」
「俺は観光をしに来たわけじゃないんだが?」
「いいじゃない、少しくらい。どうせ明日までやることないんだし、加護だってすぐにもらえるかわからないし。ある程度は滞在するでしょ?」
「だが、今日はもう日が暮れるぞ?」
「あ……」
暗くなり始めた空を見て、しまった、というような顔をする姉妹。
こういう時だけ、クリスはわりと常識人なのであった。
――――――――――
神殿を訪ねるのも観光も明日以降。
というわけで、宿を探すことにした。
「あたしとリアラ、クリスで二部屋ね。で、ベッドがあって清潔であることは譲れないわ。部屋も広ければ広いほどいいわ。お風呂も必須ね。あと、ごはんがおいしいところ。それで、安いところね!」
「お姉ちゃん、それ、贅沢すぎるよ……」
シアの出した宿の注文に、リアラがツッコミを入れた。
今の条件では、一泊一万はする高級宿くらいしか見つからないだろう。
「屋根があればそれでいい」
「お子さまのくせに、クリスは達観してるわねー。そんなんじゃ、人生つまらないわよ」
「まあ、お姉ちゃんの条件は難しいけど、ルシエなら宿はたくさんあると思うから……なるべく良いところを探そう」
街を歩いて宿を探す。
ひょっとしたら、人気のないところに隠れた良い宿があるかもしれない……という理由で、あちこちを歩いた。
「……ないね」
「……ないわね」
宿を探して1時間。
日がすっかり暮れてしまう。
しかし、まだ宿は見つからない。
いくつか良さそうなところは見つけたものの、その度に、シアのチェックが入り、ここはダメ! と却下されたのだ。
「お姉ちゃん、もうより好みしてる余裕はないと思うんだけど……下手したら、良いところはいっぱいになっちゃうよ?」
「うぐぐぐ……仕方ないわね。そこそこのところで我慢してあげる」
「なら、さっきの『青空屋』っていうところにしない? 部屋は普通だけど、ごはんはおいしそうだし、お値段もお手頃だったよ」
「そうね、そうしましょうか」
「じゃあ、行こうか。10分くらいでつくから、まだ間に合うと思うよ」
「クリス? なにしてるの?」
歩き出そうとして、クリスが水路を見たまま足を止めていることに気がついた。
なにか珍しいものでも見つけたのだろうか?
シアは隣に並んで水路を見てみるが、特になにもない。
「なに? どうかしたの?」
「いや……」
気のせいだろうか?
さきほどと比べて、水路の輝きがわずかに失われている気がする。
クリスはじっと水路を見つめるが、答えはわからない。
「ほら、行くわよ。リアラ、先に行っちゃったし」
「……ああ、今行く」
まあ、どうでもいいことだ。
クリスはすぐに思考を切り替えて、シアと一緒にリアラを追いかけた。
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