20話 再び、北へ
太陽が登り、朝が訪れる。
森の鳥たちが鈴のように鳴いた。
まだ早い時間だ。ニワトリも起きて間もない。
そんな時間に、大勢の人々が集まっていた。
村人全員だ。
村の入り口で、クリスたちの旅立ちを見送る。
「こんな早くに出かけるのか? もっと、ゆっくりしてもいいんじゃないか?」
「トマス、困らせるようなことを言ってはいけないわ。クリスさんたちには、クリスさんたちの事情があるのだから。あまり引き止めては失礼よ」
トマスの問いかけに、ケイトがたしなめる。
将来は、トマスは尻に敷かれそうだ。誰もがそう思った。
「わざわざ、みなさんで見送りをしてもらってありがとうございます」
「大義である」
「く、クリス君っ」
「偉いわ、褒めてあげる」
「お姉ちゃんまでっ」
やたら偉そうにするクリスとシアだけど、村人たちは慣れたらしく、笑っていた。
……村の恩人に対して妙な真似はできない、という点もあるかもしれないが。
「こちらをどうぞ」
村長から旅人がよく使う荷物袋を渡された。
中を見てみると、食料や水が詰め込まれていた。
「ふむ。そういえば、食料などの補給でこの村に立ち寄ったんだったな」
「忘れていたの……?」
「あんなゴタゴタに巻き込まれたせいだ。で、村長よ。いくらだ?」
「いえ、村の恩人方からお金を受け取るわけにはいきません。どうぞ、持っていってください」
「愚か者が。魔物の脅威はなくなったとはいえ、村がいきなり裕福になるわけではないだろうが。これだけの品を用意するのならば、その代価をきっちりと取っておけ。でないと、村が厳しくなるぞ。村を束ねる者ならば、それくらい考えろ」
「そ、それは……ですが、しかし」
「ええい、まどろっこしい。シア、これだといくらぐらいになる?」
「そうね……たくさんあるし、3万ユルドってところかしら?」
「よし。3万ユルドだ。受け取るがいい」
「本当によろしいのですか……?」
「くどい。そもそも、これは正当な取引だ。気後れする必要などないと知れ」
「……わかりました。ありがたくちょうだいいたします」
金を受け取り、頭を下げて……村長は、さらにもう一度、頭を下げた。
「クリスさんたちのおかげで、私たちは救われました。魔物の脅威だけではなくて、心の在り方も思い出しました。これからは、村長して、この村のために尽くそうと思います」
「いい心がけだ。上に立つ者ならば、それが正しい行動というものだ」
「今回の件で、領主さまを頼りにするのではなくて、自分たちのことは自分たちで守らないということがわかりましたし……なんとか、がんばりたいと思います」
「ふむ。守るという件ならば、領主が……」
「はい?」
「……いや、なんでもない。そろそろ俺たちは行く。ではな」
「はい、旅のご無事を祈っております」
村人たちに見送られて、三人はボルフの村を後にした。
――――――――――
「ねぇ、言ってあげなかったの?」
村を出て少し歩いたところで、シアがクリスにそう尋ねた。
「うん? なんのことだ?」
「だから、あのダメダメぼんくら領主を締めたことよ。念押ししておいたし、領主はちゃんとあの村を守るでしょ?」
「そのことを言ってあげたら、村の人たちは安心できるかもね」
「バカを言うな。そんな余計なことを教えたら、連中は、また他人を頼るかもしれないではないか。自分でなんとかする力を身につけた方がいい」
「へぇー、そのために教えなかったんだ。クリスって、意外とものを考えてるのね。えらいえらい」
「ええいっ、頭を撫でるな」
「いや、ちょうどいい位置にあったもんだから」
「クリス君、よしよし」
「お前もか、リアラ!」
――――――――――
妹が自分の真似をして、クリスをからかう。
クリスは不機嫌そうにしているが、不快に思っている様子はない。
うぬぼれ……かもしれないが、自分たちには心をある程度許しているような気がした。
自然と、シアは笑みを浮かべた。
(クリスって、ホント、不思議なヤツよね)
子供なのに、やたらと態度がでかくて、常に上から目線で……
博識で大人びたところがあると思えば、どこか抜けているところもあり……
ついでに、小さくて女の子みたいにかわいらしくて……
今まで出会ったことのないタイプの人だ。
さすが、勇者というべきか?
(勇者だから、っていう理由でとりあえず仲間になったけど……当たりを引いたかもね。クリスと一緒なら、すごく楽しい旅になりそうだわ)
一緒に魔物と戦い……
一緒にごはんを食べて……
時に、先日のように水浴びなどをして体と心を休めて……
夜は一緒に寝て……
(って、な、なにを考えいるのよ、あたしは。一緒に寝るなんて……いくら子供でも、ありえないっていうの!)
なぜか、クリスと一緒に寝るところが自然と思い浮かんだ。
思い浮かんだというよりは、願望だろうか?
そうなりたい、一緒に寝てみたい、という想いが……
(……まあ、機会があれば、悪くないかもね)
シアは、ほんのりと頬を染めた。
「クリスーっ! ちょっと喉が乾いたわ。水をちょうだい」
――――――――――
割り込むような感じで、姉がクリスの隣を占拠してしまった。
持ち前のわがままを十分に発揮して、クリスに水を出させたり、お菓子を出させたりしている。
クリスは不機嫌そうにしながらも、なんだかんだでシアの言うことを聞いていた。
シアの押しが強いという理由もあるだろうが……根は優しいのだろう。と、リアラは勝手に思い込んでいた。
(クリス君、あんなことを言いながら、結局、村を救っちゃったもんね)
めんどくさそうにしていて、村人たちを見下していたというのに……でも、最後はきちんと魔物を退治した。村を救った。
それだけではなくて、領主のところにいって話をつけてきた。その方法は……まあ、褒められたものではないが、今後の村の安全まで確保した。
ここまでする人は、普通はいない。
冒険者になってから、リアラは様々な人間と接してきたら、クリスほど周囲をよく見ている人はいなかった。
(優しいな、クリス君。まあ、本人にそう言ったら、あーでもないこーでもないって、あれこれ言いながら否定しちゃうんだろうけど)
そこまで考えて、ふと、思う。
クリスが優しいのは、相手を限定しないのだろうか?
困っている人を救うだけではなくて……例えば、一緒に旅をする仲間に、その優しさを向けることはないのだろうか?
(……こう言ったらなんだけど、クリス君が私たちに優しくしているところって、想像できないなぁ。ぶっきらぼうな顔しか思い浮かんでこないや)
でも……と、リアラは思う。
(ちょっとでいいから、クリス君の優しさに触れてみたいな……優しくしてほしいな)
その時を想像して、ちょっとだけ顔を赤くするリアラだった。
――――――――――
「クリスっ!」
「クリス君♪」
「なんだ、お前ら。うっとうしい、少し離れろ」
シアとリアラのコンビが、揃って手を繋いできた。
クリスは眉をしかめて、手を離そうとするが、離してくれない。
「なになに? 美人のおねーさんにドキドキしちゃう?」
「どこに美人がいる? ガキしか見えないが」
「たまにはいいよね、親睦を深めよう」
「そんなものはいらん。金とレベルをよこせ」
なぜかわからないが、二人がじゃれついてくる。
うっとうしくてたまらないが、今は我慢した。
(幸いなことに、俺の特殊スキル、『無詠唱』のことに気づいていないみたいだからな……このまま、あの時の話題が持ち上がらないように注意して、完全に忘れてもらうとしよう)
ナーガとの戦いの話が出ないのなら、多少、うっとうしくても我慢しよう。
そう決めたクリスだった。
(しかし……あの時の俺は、今度は意識があったな。力も、アビスゲートの時ほどではないし……『勇者の力』というのは、気まぐれなのか? どこかで一度、本格的に調べた方がいいのかもしれないな)
「ちょっとクリス。絶世の美少女二人が構ってあげてるんだから、もっとうれしそうな顔しなさい」
「お姉ちゃん、それ、自分で言っちゃう?」
「……やはり、これはこれで面倒だな」
なぜかテンションの高いシアとリアラとは反対に、クリスは疲れた感じでため息をこぼした。
元魔王で、現勇者の旅はまだまだ続く……




