17話 反撃の時間・2
「シャアアアアアアアァッ!!!!!」
見上げるほどに巨大な蛇が降臨した。
これが、ナーガの真の姿だ。
「ちっ。こいつ、変異種か!」
極々稀に、『変異種』と呼ばれる魔物が誕生する。
見た目は普通の魔物と変わらないが、魔力を振り絞ることで、文字通り『変身』をすることができる、特殊な魔物のことだ。
変身後はレベルも能力も数段に跳ね上がるため、変異種の魔物は大きな脅威として認識されている。
「わっ、わわわ!? 変異種なんて初めて見たよ!?」
「ちょっとちょっと! こんなの聞いてないわよっ。こんなヤツ、タダで相手にしろっていうの!?」
「泣き言は後にしろっ、来るぞ!」
自らの体を槍にするように、ナーガが突撃してきた。
木々をなぎ倒して、地面をえぐりながら、三人に迫る。
「見た目以上に速いな!」
クリスは横に跳んで避けながら、同時に短剣を振る。
ギィンッ!!!
先程は安々と貫いた刃が、硬い鱗に弾かれた。見た目だけではなくて、防御力も相当に上がっているらしい。
見ると、リアラの剣も弾かれていた。
「シアっ!」
「わかってるっつーの!」
距離を取り、シアが詠唱を始める。
「炎の精霊よ。
汝は我。我は汝。運命共同体也。
故に、その力を行使する。
燃えろ、燃えろ、燃えろ。
赤の意思をここに示せ。
イグニートジャベリン!」
ゴブリンたちをまとめて倒した必殺の炎槍が放たれた。
獲物に食らいつく獣のように、ナーガの巨体に突き刺さり……そして、爆発。
爆炎は頑丈な鱗に阻まれる。
しかし、さすがに衝撃までは完全に押し殺せなかったらしく、ナーガが痛みに巨体を震わせた。
「お姉ちゃん、効いているよ!」
「俺とリアラで注意を引きつける! シアは、たくさんおみまいしてやれっ」
「これ、けっこう疲れるんだからね!」
クリスとリアラがナーガに突撃する。
「リアラっ、鱗の隙間を狙え!」
「うん!」
ナーガはその巨体を揺らして、自身の体を鎚として、二人の上から襲いかかる。
暴れる巨体から繰り出される攻撃を、ギリギリのところで避けた。
鱗と鱗の間に短剣を滑らせる。
肉を断つ感触と、ナーガの体液があふれた。
シャアアアアアッ!!!
しかし、ナーガの勢いは衰えない。
瞳に怒りを宿して、体を鞭のように、勢いよくしならせた。
「ぐっ!」
クリスは後ろに跳ぶが、間に合わない。
丸太を叩きつけられたような激しい衝撃に襲われる。
何メートルも吹き飛ばされて、地面を転がる。
「クリス君! このっ」
追撃をしかけようとしていたナーガに、リアラが斬りかかる。
剣を逆手に持ち替えて、鱗の隙間に突き刺した。
が、角度が悪い。
うまく隙間に入らずに、弾かれ、折れてしまう。
「しまっ……」
慌てて予備の剣を装備しようとするが、先にナーガの攻撃が襲う。
ナーガは大きく口を開いて、禍々しい色をした毒液を放つ。
リアラは盾で防ぐが、あっという間に溶解してしまう。
毒液が盾をボロボロにして、その下のリアラの腕に侵食した。
ジュウッ、と肉が灼ける感触。悲鳴を上げないのは、ただの意地だ。
「イグニートジャベリン!」
本日、三度目のシアの中級魔法が炸裂した。
が、浅い。
ナーガは咄嗟に体を丸くして、シアの魔法の威力を殺していた。
「この爬虫類! あたしの魔法を防ぐなんて、100年早いわっ」
「お姉ちゃん、わけのわからない八つ当たりは後にしてね」
「次を唱えろ! 隙は俺たちで作るっ」
ナーガの咆哮に、三人が立ち向かう。
――――――――――
「イグニートジャベリンっ!!!」
これで、何発目だろうか?
爆炎がナーガを包み込むが……致命傷は遠い。
「ちっ、とことん頑丈なヤツだな。ただの脇役のくせにしぶとい。お前みたいな脇役は、とっとと倒されるってのが常識ってことを知らないのか」
「すごいよ、お姉ちゃん。クリス君、無茶苦茶言ってるよ」
「平常運転じゃない」
何も、クリスも好き好んで暴言を吐いているわけではない。
挑発しているのだ。
さきほどから一進一退の攻防が続き、戦況は膠着していた。
シアの魔法で確実にダメージを与えているものの、ナーガが力尽きる様子はない。
クリスたちも、まだ余裕はあるが、ナーガの攻撃でダメージがそれなりに蓄積していた。
クリスの経験上、このナーガは自己保身の強い魔物だ。
そういう魔物は、自身の命が少しでも危険に晒されると、プライドを捨てて逃走することを選ぶ。
戦況が膠着している以上、いつ逃げられてもおかしくない。
それを防ぐために、あえて挑発しているのだ。
(とはいえ、どうしたものか……決め手に欠けるな。このまま長引くようなら、いっそのこと、逃がしても……いや、それは面倒だな。後でつきまとわれても困る。ここで確実にしとめておきたい……仕方ない、やるか)
クリスは面倒なことになると自覚しながらも、とあることを実行する決意を固めた。
短剣を手に、ナーガに向かい、まっすぐに駆ける。
「クリス君!?」
「ちょっ、なにしてるのよ!?」
無謀な突撃に、リアラとシアが悲鳴をあげた。
勝負を捨てたのか……と、ナーガが笑う。
向かってくるクリスを、その巨体で押しつぶす!
……はずだった。
「……なニ?」
手応えがない。
ナーガが怪訝そうな声をあげると同時に、目の前に人影が現れた。
「いいぞ。思い通りに動いてくれたな、褒めてやる」
初級魔法『シャドウドール』。
影で自らの分身を作り出して、身代わりにする魔法だ。
クリスは魔王の特殊スキル……初級魔法を詠唱なしに使うことができる『無詠唱』を使用して、シャドウドールを発動させたのだ。
後でシアとリアラに何をしたのかと、問い詰められるかもしれないが……今は、ナーガを倒すことを優先させた。
勝利を確信して、無防備になっているナーガの瞳に短剣を突き刺す。
「がっ……あああああアアアァ!!!?」
決定的な一撃だ。
片目を失った以上、ナーガはもうまともに戦うことはできない。
「終わりだ」
「人間などニ……人間などにィイイイッ!!!」
怒りと痛みでナーガが暴れる。
まだこれほどの力が残っていたのかと、感心してしまうほどだ。
……この時、クリスは油断していた。
もう勝負は決まったものだと、ナーガを甘く見ていた。
それが、失敗を招く。
「この我ガ一人で逝くものか……せめて、そいつらヲ!」
ナーガは、クリスでもシアでもリアラでもなく……
後ろの方で戦いを見守っていた、トマスとケイトを狙う。
「お姉ちゃんっ!?」
「ダメ、今からじゃ……!」
ナーガは、暴走する馬車のようにケイトとトマスを、その巨体で飲み込もうとした。
最後の力を振り絞っているからなのか、今までにない速度だ。三人の位置からでは間に合わない。
覚悟をしたトマスは、ケイトを抱きしめた。
ケイトも、トマスを抱きしめた。
それは、互いに互いを守っているような、とても尊い姿だった。
「っ!!!」
瞬間、クリスの中でカチリと、なにかのスイッチが切り替わる。




