16話 反撃の時間・1
トマスは呆然としていた。
ケイトも呆然としていた。
「ふふーん、ナイスタイミング、ってやつね」
「ふぅ……間に合ってよかったぁ」
いつの間にか、クリス、シア、リアラの姿があった。
「立て」
「あ、はい……」
クリスはトマスに歩み寄り、手を差し出した。
その手を取り、トマスは体を起こした。
「あの、どうしてここに……? 助けてくれるんですか……?」
「バカを言うな。なぜ、俺が貴様たちのような愚か者に手を貸さないといけない。偶然、ここを通りかかったにすぎない。邪魔な魔物がいたから、追い払おうとしただけだ」
「とか言っているけど、クリス君、ずっとトマスさんたちの様子を見ていたんですよ」
「あたしは、本気で立ち去ろうとしたんだけどね。このお子さま、テコでも動かないんだもの。やれやれ、困ったツンデレだわ」
「おいこら。お前たちは、最近調子に乗ってないか?」
「気にしてくれていたんですか……?」
「……ふん。人間がどういうものか、確かめたかっただけだ」
その言葉にウソはない。
ギリギリまで追い詰められた時こそ、人間はその本性を表に出す。
前世でそのことを理解していたクリスは、あえて、手を出すことを控えたのだ。
愚かな存在なら、手を貸すことは絶対にしなかった。
しかし、トマスは自らの力で立ち上がろうとした。
それを見せてくれれば、もう十分だ。
「今のお前は、なかなか悪くない。褒めてやる」
「は、はあ……ありがとうございます?」
「人間は、思っていたほど愚かではないようだ。再確認することができた。その礼として……」
クリスは短剣を抜いて、凶悪な笑みをナーガに向ける。
「この魔物共は、俺たちが殲滅してやろう」
「やれやれ、人使いの荒い勇者さまだこと」
「がんばろうね、お姉ちゃん、クリス君!」
「勇者……?」
今、シアと呼ばれている少女はなんて言った?
トマスは問いかけようとするが、そんなことをしているヒマはない。
「この……下等生物共がぁアアアっ!!!」
ナーガが怒りに声を震わせて、戦闘が始まる。
――――――――――
「えいっ!」
最初に動いたのは、リアラだ。
剣を構えて、ナーガに向かって駆ける……と見せかけて、途中で進路を変更。ケイトを捕まえているゴブリンを一撃で切り捨てた。
「ケイトさん、下がっていてください!」
「は、はいっ」
人質に取られる心配はなくなった。
これで思う存分に戦うことができる。
「いくよっ。私、これでも怒っているんだからね!」
「ぐるぁあああああっ!!!」
ハンターウルフが、三匹まとめて突撃してきた。
逃げ場をなくすように前後から迫り、さらに、時間差で攻撃をしかけてきた。
魔物にしては、良い連携をしていた。並の冒険者なら、防御で精一杯だろう。
しかし、今のリアラは『並』ではない。
「はっ!」
地面に倒れ込むほどに、体を低く、伏せる。
その上を、ハンターウルフが飛び越えて……無防備になった腹部に剣を突き立てた。
そのまま剣を握る手に力を込めて、ハンターウルフの体を両断。その勢いのまま、続けて、二匹目の首を刎ねた。
「逃がさないからねっ!」
瞬時に仲間が倒されて、最後の一匹が逃げ腰になる。
その隙を見逃すほど、リアラは甘くもないし、未熟でもない。
頑丈なブーツで、おもいきり顔面を蹴りつけてやる。
ギャンッ、と悲鳴をあげるハンターウルフ。骨を砕かれたのだろう。激痛にフラフラとよろめいている。
「終わりだよっ!」
一足で距離を詰めて、リアラは剣を上から下に振り下ろした。
今度は悲鳴をあげることもできず、ハンターウルフは絶命した。
――――――――――
「炎の精霊よ。
汝は我。我は汝。運命共同体也。
故に、その力を行使する。
燃えろ、燃えろ、燃えろ。
赤の意思をここに示せ」
ゴブリンたちを相手に、シアは魔法の詠唱をする。
それが、どういう魔法なのか?
知識のある者ならば、すぐに逃げていただろう。
が、あいにく、ゴブリンにそんな知能はない。
叫びながら、棍棒を振り回すだけだ。
そんな愚か者に、シアは鉄槌を下す。
「イグニートジャベリン!」
炎の槍が、ゴブリンを五匹まとめて薙ぎ払う。
爆発。そして、炎上。
ゴブリンたちは骨まで焼かれて、消し炭になった。
「ふふーん。もう中級魔法を使えるなんて、やっぱり、あたしって天才ね。自分で自分の才能が恐ろしくなるわ」
上機嫌にシアは笑うのだった。
――――――――――
「どういうことダ……?」
あっという間に部下たちが倒されて、ナーガは困惑していた。ゴブリンもハンターウルフもレベルは低いが、それでも数はいた。
こんな子供たちにやられるなんて、普通に考えてありえない。
「ふん。シアとリアラは強いぞ? レベル15を超えているからな」
……アビスゲートからあふれた魔物を一掃した時、その場にいたシアとリアラもレベルアップした。大量の魔物を倒したので、一気にレベル15になっていたのだ。
レベル15になれば、いくら数がいても、ゴブリンやハンターウルフなど敵ではない。
「そして、俺はレベル12で、オマケに勇者だ。俺の相手ができることを光栄に思うがいい」
前世は魔王ということは、さすがに伏せつつ……クリスはナーガに攻撃を加える。
アストレアの国王からもらった短剣は、なかなかの業物だった。
魔力を帯びているらしく、ナーガの硬い鱗をやすやすと切り裂く。
「ぐウウウ……人間風情が、舐めるナ!」
唸るように吠えながら、ナーガは尾を槍のように突き出した。さらに、同時に、鉄も切り裂く鋭い爪で、クリスをバラバラにしようとする。
ヒュッ! ガガガッ!!!
速い。
フェイントも織り交ぜられていて、厄介な攻撃だ。
しかし、今のクリスの敵ではない。
体を捻り尾を避けて、腕を盾で受けることで爪をガードする。
一撃も食らうことも許さない。
「炎の精霊よ。
汝は我。我は汝。
赤の意思をここに示せ。
ファイアーボール!」
クリスの魔法が、ナーガの顔面に炸裂した。
「この程度の魔法、きかヌ!」
「だろうな」
声は後ろからした。
今のファイアーボールは、ただの目くらまし。爆発で視界が塞がっている間に、クリスは死角に回り込んでいた。
短剣を逆手に持ち替えて、ナーガの背中に突き刺した。悲鳴を上げて、暴れるナーガを抑え込むように、短剣を根本まで刺した。
「ばかナ……たかが、レベル12の人間などニ……」
クリスに圧倒されて、ナーガは動揺していた。
ナーガのレベルは14だ。
普通に考えれば、レベルの高いナーガの方が優位に立っているはずだ。クリスが戦闘経験に優れていたとしても、レベルの差というものは大きい。互角になることはあっても、ここまで圧倒されることはない。
しかし、ナーガは一つ、判断ミスを犯していた。
クリスを『普通の人間』と判断したことだ。
クリスは勇者なので、その成長速度は普通の人間の数倍、数十倍だ。レベル12でも、実質的な能力は、レベル30の冒険者に匹敵するのだ。
ナーガに勝ち目はない。
「ぐ……ぐううううウ!!! この俺が、人間などニ、人間などにいいいイ!!!」
「人間を侮ると痛い目に遭うぞ? 俺も、そうだったからな」
「殺してやルっ!!!」
「っ」
瞬間、悪寒を覚えたクリスは、おもいきり後ろに跳んで距離を空けた。
イヤな予感は的中するものだ。
ナーガの体がぼこぼこと膨れ上がり、変態していく。




