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14話 ボルフの村

 アストレアを出て一週間が経過した。

 旅の行程は、ちょうど半分を過ぎたところだ。順調に進めば、予定通り、あと一週間でルシエに到着するだろう。


「あ。クリス、ストップ」

「どうした?」

「ここからちょっと離れたところに村があるわ。まだ余裕はあるけど、念のために食料と水を補給していきましょう」

「うん、それがいいと思うな。余分にあって困るものじゃないしね」

「……わかった。そうしよう」


 たまにはまともなことを言うんだな、と本人が聞いたら怒りそうなことを考えながら、クリスは小さく頷いた。




――――――――――




 街道を外れて1時間ほど歩いたところで、小さな村に着いた。


「地図によると、『ボルフ』っていう名前の村らしいわ。地味な名前で。ってか、ボルフってなによ、ボルフって。名付けた人、どうかしてたのかしら?」

「お姉ちゃん……お願いだから、それ村の人の前で言わないでね? 絶対に怒られるから」

「うむ、珍しく同感だな。おかしな名前の村だ」

「クリス君が同意しちゃった!?」


 わいわいと話をしながら村に入るものの……誰もいない。

 普通は、旅人がやってきたら、誰かしら話しかけてくるものだ。宿に案内したり、食料品を売ったり……辺境に住む村人は、稼ぎ時は逃さないように、わりとたくましく生きている。

 それなのに、誰も姿を見せないとはどういうことか?


「廃村……ってわけじゃないわよね?」

「そんなことはないと思うよ。生活の跡があるし、人の気配もするし……」

「どうも、家に閉じこもっているみたいだな。俺はよく知らないのだが、これは村でよく見かける光景なのか?」

「そんなわけないじゃない。村人ってけっこうたくましいから、旅人を見かけたら、ここぞとばかりにあれこれ売りつけようとしてくるわ。犬みたいにしつこいの」

「お姉ちゃん……だから、問題発言はやめようね?」

「ふむ。その割に、誰も出てこないな。まるで、なにかに怯えているかのようだ」


 視線を感じて振り返ると、家の窓からこちらの様子を見ていた村人と目が合う。

 村人は慌てて家の奥に逃げた。


 まるで、猛獣でもやってきたような扱いだ。

 ……クリスは前世が魔王なのだから、ある意味、間違ってはいないが。


「どうする? こんな調子では、食料や水を仕入れることはできないぞ」

「まいったわね。他のところに行く?」

「でも、この近くに他の村なんてあったっけ?」

「……東に3日ほど歩けば、別の村があるみたいね」

「ダメだ。いくらなんでも遠回りすぎる」

「でしょうね。特に急ぎで食料や水が欲しいってわけじゃないし、他の村に行く必要はないか」


 話をしながらも、村を見て回る。

 人の気配はするが、やはり、誰も姿を見せない。

 いったい、なにがあったのだろうか?


 クリスは、怪訝そうに眉をひそめて……


「……まあいい。無理なら無理で仕方ない。幸い、足りないというわけではないのだ。このままルシエに向かおう」

「えぇっ!? 放っておくの!?」


 クリスのドライな判断に、たまらずにリアラが声を上げた。


「よくわからないけど、絶対になにかあるよ、この村! 困ってるかもしれないんだよ? それなのに、放っておくの? 無視しちゃうの?」

「この村の問題だ。俺は知らん」

「困ってるなら助けてあげてもいいけど、話も聞けそうにないじゃない? あたしイヤよ、こんなところで時間をとられるの」

「お姉ちゃんまで……うぅ、二人とも薄情だよ」

「しかし、シアの言うとおりだぞ? 話が聞けない以上、どうしようもない。まさか、強引に家に押し入るわけにもいくまい」

「うっ、そ、それはそうだけど……」

「あ、あの……」


 あれこれと話していると、さすがに気になったらしく、村人らしき人がようやく姿を見せた。

 若い男性と女性の二人組だ。

 疲れ果てて、今にも倒れそうな顔をしている。


「あんたたち、旅人かい……?」

「ああ。お前たちは、この村の者か?」

「はい……私は、ケイト。彼は、婚約者のトマスと言います」

「ふーん、よろしくね。ケイト、トマス」

「お二人以外に人を見かけないんだけど、どうかしたんですか?」

「……悪いことは言わない。すぐにここを立ち去った方がいい」


 悪夢を見ているような顔をしながら、トマスが力のない声で言う。

 事情はわからないが、深刻な問題を抱えていることは明らかだ。


「そうか、ならばそうしよう」

「さ、行きましょ」

「クリス君もお姉ちゃんも鬼なの!?」


 たまらずに、リアラが全力でツッコミを入れた。


「冗談だ。気にするな」

「いちいちそんなツッコミをいれてたら、疲れちゃうわよ?」

「あ、あのね……」

「一応、俺も気にはなるからな。話くらいは聞いてやる。で、トマスとケイトと言ったな? この村になにが起きた?」

「……魔物が現れたんです」


 トマスとケイトは、怯えを瞳に宿しながら、ぽつぽつと語りはじめた。


 このボルフ村は、林業を生業にしていた。それと、たまにやってくる旅人を相手に商売をして、贅沢はできないものの、特にこれといった問題はなく、つつましい生活を送っていた。


 ある日、その平和が壊される……魔物だ。

 どこからともなく現れた魔物は、月に一度、生贄を差し出すように要求した。従わない場合は、皆殺しにする……と。


 村人たちは、焦り、怯え、すぐに村を管理する領主に魔物の討伐を陳情した。しかし、運の悪いことに、領主は臆病なことで有名な男だった。

 討伐に失敗した場合、魔物の矛先がこちらに向きかねない。守らなければいけない村人を『生贄』にすることで、領主は自分の安全を優先することにしたのだ。


 結果……村は魔物に支配されて、今のような状況に陥ってしまった。


(ほう、なかなか頭の良い魔物だな)


 村を壊滅させたり、もっと短い頻度で生贄を要求したりすれば、その被害はさすがに無視できない。臆病な領主とやらも、次は自分の番だということに気づいて、すぐに兵を差し向けることだろう。


 そのことを理解しているから、魔物は月に一度にしたのだろう。その程度の被害なら、臆病な領主は動かないと考えたのだろう。現に、魔物の思惑通りに領主は逃げた。


「今日は、生贄を捧げる日……そして、次の生贄は……ケイトなのです。夜になれば、ケイトは……」

「そんなに悲しまないで……村を守ることができるなら、私は本望だから……だから……気にしないで」


 悲嘆に暮れる二人に、クリスは、至極当然の質問をぶつける。


「質問をいいか? なぜ戦わない?」

「え……?」

「相手は魔物だ。人間の敵だ。現に、生活を脅かされている。このままでは、遅かれ早かれ村は滅びるだろう。それよりも先に、婚約者が危機に晒されている。ならば、その元凶を叩こうと思わないのか?」

「む、無茶を言わないでくれ……! 相手は魔物なんだ。ただの村人の俺が、どうにかできる相手じゃないっ」

「道理だな。見たところ、お前はレベル1だ。勝つ可能性は万が一くらいか? が、それがどうした? 戦わない理由になるのか? ああ、そうだな。理由にはなるな。婚約者は死んでも、自分は生き残ることができるのだから」

「なっ……! あ、あんたになにがわかる! 関係ないから、そんなことが言えるんだ」

「確かに関係ないな。しかし、意見を述べることは自由だろう?」

「ちょ、ちょっとクリス君……?」


 リアラが止めようとするが、クリスは構わずに続ける。


「婚約者が殺されようとしているのに、なぜ戦わない? 人間というものは、大切な者のためならば、時に命を賭けることができるのではないか? 俺の勘違いか?」


 呆れて、呆れて、呆れて……

 呆れ果てた先に、クリスは不甲斐ない村人に怒りを覚えていた。


 自分を倒した勇者は、自らの命と引き換えに世界の平和を手に入れた。


 命を賭けることができる。

 クリスは前世を思い出して、人間の評価を多少、上方修正していたのだけど……


(これが人間か。なんて、つまらない連中だ)


 心底呆れて、ため息をこぼした。


「不幸を嘆いていれば状況が改善されるとでも? 誰かが助けてくれるとでも? 言っておくが、そんな可能性に期待するのは愚か者の所業だ。そんなこともわからないのか? いや、わかっているのだろうな。その上で、目を逸らしているのだろうな」

「好き勝手言ってくれて……!」

「どうせこの村は滅びる。ならば、一矢報いてやろうと思わないのか? 1%以下だろうが、わずかな可能性に賭けてみようと思わないのか? それとも、ただ死を待つか? はいどうぞ、と魔物に命を差し出してやるのか? ふん、くだらない」

「こ、子供になにがわかる!」

「そうよっ、私たちは……もう、どうすることもできないんだから! あなたみたいな余所者に、私たちの絶望はわからないわ!」

「そんなものわからんな。理解したいとも思わないが」

「少なくとも」


 今まで黙っていたシアが、そっと口を開いた。

 手に持っている杖の先端を、ビシッとトマスに向ける。


「婚約者を見捨てるような男が、あれこれ言わないでくれる? なんだかんだ言って、あんた、大事な人のために命を賭けられない臆病者じゃない。あんたたちが非難してた領主と一緒よ」


 これ以上ないくらいにストレートな言葉に、トマスは言葉を失った。


 結局のところ……シアの言葉が全てだ。

 ただの村人が魔物を倒すことはできない。

 しかし、だからといって、全てを受け入れて、自分の命も大切な人の命も諦めてしまうなんて、おかしい。

 それは、絶対に間違っているのだ。


 そのことに気づかず……

 気づいているのに、目を逸らしているこの村人たちは、救いようがないのだ。


「くそっ……そんなことは、俺だって……でも、どうすることもできないじゃないか!」

「私たちは、ただの村人なのよ……魔物なんて倒せるわけがない……」

「力があれば……」

「力があろうと、お前たちにはどうすることもできないと思うが……必要なのは、決断することだ。俺はそう思うが……まあいい」


 くるりと、クリスは踵を返した。

 やり場のない感情に打ちのめされるトマスとケイトに背を向ける。


 もう興味はない、どうでもいい。


 クリスの背中は、そう語っていた。


「さ、行きましょうか。あたしたち、お呼びじゃないみたいだし」

「え? え? ほ、本当に行っちゃうの? 放っておくの?」

「関係ない、って言われたじゃない。それなのに、どうするつもり? リアラ、あんたがどうにかしてあげるの?」


 シアの言葉に、トマスとケイトはすがるようにリアラを見た。


 その様子を見て、クリスはさらに苛立つ。

 この期に及んで、まだ自分で立ち上がろうとしないのか。

 黙っていれば、泣いていれば、誰かが助けてくれると思っているのか。


(やはり、人間は愚かな存在だ)


「リアラ、行くぞ」


 迷うリアラに、クリスは強い口調でそう言った。


「で、でも……」

「聞こえなかったのか? 俺は行くぞ、と言ったんだ」

「……う、うん」


 有無を言わせない口調に、リアラは戸惑いながらも、小さく頷いた。

 クリスとシアの後を追いかける。


「ちくしょう……ちくしょう……!」

「どうして、私たちがこんな目に……どうしてよ……」


 トマスとケイトの声が、寂れた村に響いていた。

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