12話 これからのこと
「「かんぱーいっ!」」
「かんぱい」
シアとリアラが泊まる宿で、初めての冒険の成功を祝う食事会が開かれた。
カツン、とグラスとグラスが合わさる、小気味のいい音が響く。
全員未成年なので、もちろん、ノンアルコールだ。
もっとも、クリスはこっそり酒を頼もうとして、リアラに見つかり怒られたが。
シアは一気にジュースを飲み干して、「ぷはーっ!」と吐息をこぼした。
普通にごはんを食べるのではなくて、ナッツとチーズをつまみにしている辺り、完全におっさんである。
ちなみに、クリスとリアラは普通に食事をしている。
「いやー、儲かった儲かった。こんなに儲かったのって、冒険者になって初めてかもしれないわ」
シアはひたすらに上機嫌だった。
回収した魔石を換金したところ、全部で20万ユルドになった。
これだけあれば、旅に出ても当分は宿に困らない。多少、グレードの高い宿に泊まり続けることもできる。
それだけではなく、良い武具を買うこともできるだろう。
良質な武具を揃えれば、パーティーの戦闘力が上がる。戦闘力が上がれば、よりランクの高い魔物を倒すことができる。ランクの高い魔物を倒したら、さらに大きな魔石を手に入れることができる。
良いこと尽くしだ。
「まさか、こんな大金を手に入れられるなんてねー。どうしようかしら? やっぱり、最高級ランクの宿に変更して……あと、新しい杖が欲しいのよね。あとあと、どうせなら、コレを元手にカジノでもっと増やすっていう手もあるわよね。あー、夢が膨らむわぁ」
「お姉ちゃん……一応、言っておくけど、お姉ちゃんのものじゃないんだからね? このお金は、私たちパーティーみんなのものだからね? 勝手に使ったりしたらダメだよ」
「わ、わかってるわよ。冗談よ、冗談」
どう見ても本気だったけれど、あえてツッコミは入れないことにした。
「今後の話をしたいのだが、いいか?」
シアとリアラは真剣な顔になり、口を閉じた。
「トラブルはあったが、初めての冒険は成功と言ってもいいだろう。十分な軍資金も手に入れることができた。だから、そろそろ旅に出ようと思う」
「クリス君。それは、魔王討伐の?」
「ああ、その通りだ」
「おーっ、ついに出発するのね。腕が鳴るわ」
「私、一生懸命がんばるからね!」
魔王を退治する旅に出るというのに、恐れるどころか、この勢いである。
なかなかに頼もしい。世界を征服した暁には、四天王にしてもいいかもしれないな。
クリスは、わりと本気でそんなことを考えた。
「旅の目的は、魔王を討伐することにある。が、俺たちはまだレベルが低い。旅をしながらレベルを上げていかないといけないだろう」
「うん、そうだね」
「えー、めんどくさ。さっさと魔王城に乗り込んで決着をつけない? ささっと済ませて、英雄になってチヤホヤされたいわ」
「お姉ちゃん、あのね……アビスゲートに遭遇しただけで死にそうになった私たちが、魔王を討伐できると思うの?」
「そこは、クリスに任せた!」
「無責任極まりない丸投げだな、おい」
「冗談よ。いくらなんでも、自分の力量くらい理解してるわ」
「絶対に本気だったよね……」
「……それで、まずは力をつけることを優先にしようと思う。そこで、二人に聞こう。どこを目指したらいいと思う?」
考えるような間を挟んでから、シアが口を開いた。
「それなら、ルシエがいいんじゃないかしら?」
「ルシエ?」
「水の都ルシエ。ここから北にある国で、水の精霊ウンディーネがいるわ」
「ふむ、精霊か」
「お姉ちゃん、精霊って?」
「ちょっとリアラ。あたしの妹のくせに精霊を知らないの?」
「だ、だって、私、剣士だし……」
リアラは魔力が少なくて、攻撃力と防御力が高い、物理特化型だ。
魔法に関する知識が少ないのも仕方ないといえるだろう。
「いい? 精霊っていうのは、火や水、風や土……などなど、自然に宿っていると言われている天使のことよ。あたしたちが普段使う魔法は、精霊の力を借りて発動しているの。でもって、数多いる精霊の中でも高位のものが、四大精霊って呼ばれている。火のイフリート。風のシルフ。土のノーム。そして、水のウンディーネよ」
「なるほど、なるほど。勉強になるよ」
「で、ルシエにはウンディーネがいるの。強くなりたいなら、ウンディーネの加護を得るのが一番ね」
「加護?」
聞いたことのない単語が出てきて、クリスは小首を傾げた。
やれやれ、ここにも出来の悪い生徒が一人。。
わざとらしく肩をすくめてみせて、シアは説明を続ける。
「あたしたちが魔法を使う時、精霊の力を借りる代わりに、代償として魔力を差し出す……それが一般的なルールよ。詠唱が魔力を精霊に捧げる儀式のようなもので、それがうまくいけば、精霊が応えてくれる、っていうわけ」
「せんせー。それじゃあ、加護っていうのは?」
「先生はやめなさい」
バシバシとテーブルを叩くシア。
どうやら、話を邪魔されるのは嫌いらしい。
「いい? 魔法は、魔力を差し出す代わりに精霊の力を借りるもの。言わば、一時的な現象に過ぎないの。でも、加護は違う。契約を交わすことで、精霊の力を永続的に得ることができるの。精霊の力を自由自在に使うことができて、なおかつ、効果は無制限。それが、『加護を得る』っていうことなのよ」
「すごいお得だね。毎日宅配してくれる八百屋さんのサービスみたい」
「そんなものと加護を同列に扱われても……精霊が聞いたら怒るわよ? まあとにかく、加護を得ることができたら、レベルは上がらないけど、ステータスは軒並み上昇するわ。契約しておいて決して損はないわね」
「なるほどな。そういうことなら、契約しておきたいところだ」
「とはいえ、精霊ってかなり気難しい存在なのよね。高位のウンディーネなんかになると、機嫌を損ねたら、文字通り水の底に沈められるだろうけど」
「精霊というか、ただのチンピラではないか、それは?」
「あと、普通の精霊はともかく、四大精霊クラスになると、勇者以外の相手とは契約しないらしいわ。っていうか、勇者しか契約できないの。普通の人間じゃあ、四大精霊の力を受け止めることができなくて、爆散するらしいから」
「えー、私は契約できないんだ」
「爆散してもいいなら契約できるわよ」
「いいわけないよ」
「それは、勇者である俺も、失敗する可能性があるということか?」
「ええ、そうね。うまくいくかどうかは、クリス次第ってところかしら。クリスなら、たぶん、大丈夫だと思うけど……どうする? 精霊の加護はとんでもないって聞くから、オススメしとくけど、強制はしないわ」
リスクとリターンを測りに乗せて考える。
力を選ぶか、安全を取るか。
(力だな)
東の洞窟でアビスゲートと遭遇した時。
理由はわからないけれど、『勇者の力』とやらが発動してくれたおかげで、窮地を切り抜けることができた。
しかし、毎回、どうすれば発動するかわからない『勇者の力』をアテにするわけにはいかない。
同じようなことが起きた場合、自分の力で乗り越えないといけない。
力がないからといって、諦めるわけにはいかない。
故に、クリスは力を求める。
「ルシエに行くぞ。そして、ウンディーネの加護を得る」
「うんうん。それでこそ、男の子」
「お姉ちゃんが言うと、年上らしくないよね」
「だまらっしゃい!」
「あいた!?」
ぽかん、と妹の頭を叩いて黙らせた。
「じゃあ、当面の目標は、四大精霊の加護を得る、っていうことにしましょうか」
「ん? ウンディーネだけじゃないのか?」
「魔王を相手にするんだから、ウンディーネだけじゃ足りないかもしれないでしょ? 力はあって困るもんでもないし、全部手に入れちゃいましょう。昔の勇者も、四大精霊の加護を全部得た、って話だし」
「そんな、お買い物に行くような感覚で簡単に言われても……」
「俺は賛成だ」
「え? クリス君、いいの?」
「シアも言ったが、力はあって困るものじゃないからな」
「でも、危ないよ?」
「俺なら問題ない。精霊の加護くらい、すぐに手に入れてみせよう。心配するな」
「うん……クリス君を信じるからね? 気をつけてね」
「安心しろ、期待は裏切らない方だ」
何も、クリスは適当に考えて決断したわけではない。
それなりに考えて、成功すると確信しての答えだ。
シアは、精霊は気難しい性格をしていると言っていたけれど……
そういう相手なら、前世でイヤというくらい出会ってきた。
妄信的に『正義』を掲げて、戦いを挑んでくる冒険者たち。
それに、服従しながらも腹の底では隙あればとってかわろうと企んでいる、野心家の魔物、魔族たち。
そんな連中を相手にしてきたから、それなりに交渉術は得ているつもりだ。
ウンディーネが気難しいといっても、前世で遭遇した難儀な相手と比べたら、はるかにマシというものだ。
「じゃあ、決まりね! あたしたちの最初の目的は、クリスが四大精霊と契約すること」
「そのために、まずはルシエを目指すこと……だね!」
「ルシエまでどれくらいなんだ?」
「そうね……歩きで二週間、ってところかしら」
「馬車は? それくらいの金はあるだろう?」
「使えないこともないけど、探すのが面倒ね」
「馬車でも数日はかかるから、道中、魔物や盗賊の心配をしないといけないの。だから、長距離を走ってくれる馬車を見つけるのは大変なんだ。私たちがアストレアに移動する時も、馬車はほとんど使えなかったんだよね」
「おかげで、筋肉痛になるわ足の指に豆ができるわ、散々だったわ」
「途中で、お姉ちゃんがダダをこねて『おんぶしなさい!』って言わなければ、もっと早く着いたんだけどね……」
「姉の世話を見るのは妹の役目よ」
真顔で言い切られて、リアラは頭を抱えた。
二人の話を聞いて、クリスはなるほどと納得した。
馬車で世界各地を回る、なんて旅を想像していたけれど……実際は、もっと過酷なものらしい。
前世では魔王城に引きこもりがちだったため、人間社会のことは疎いクリスだった。
「明日出発……は、さすがに早いか」
「当たり前でしょ。二週間の長旅になるんだから、食料とか回復アイテムとか、色々準備しないと」
「あと、予想外にたくさんのお金が入ったから、装備も整えておきたいよね。私、予備の剣なくなっちゃったから、用意しておかないと」
「ならば、明日、明後日は旅の準備に費やすことにしよう。で、三日後に出発……という感じでどうだ?」
「ええ、それでいいわ」
「うん、大丈夫だよ」
「決まりだな」
三人は、示し合わせたようにジュースの入ったグラスを持つ。
「じゃあ、あたしたちの出会いを記念して……」
「そして、これから始まる旅が安全なものになることを祈って……」
「俺たちの未来が栄光に満ちたものであることを願い……」
「「かんぱーいっ!!!」」
「かんぱい」
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食料と水を買い込んで、武具を整えて、旅に必要な道具を揃えて……
二日を旅の準備に費やした。
そして、三日後……旅立ちの朝が訪れる。




