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11話 はじめての冒険・5

 カチリと、スイッチが切り替わるように、クリスは目を覚ました。


「クリスっ!」

「クリス君っ!」

「うぐっ」


 倒れているクリスの顔をじーっと覗き込んでいた二人が、勢いよくその胸に飛び込んだ。

 よほど心配していたのだろう。ぎゅうっと、クリスの顔を胸に抱えるように、全力で抱きしめている。


 苦しい。

 でも、柔らかい……


 具体的に言うと、二つの膨らみが……

 あと、女の子特有の甘い匂いがして……


「いや、待て」


 クリスは我に返り、二人を押しのけて起き上がる。


 人間の色香に惑わされそうになるなんて……

 これも、人間に転生した影響なのだろうか?


「……ん?」


 クリスはキョロキョロと周囲を見回した。

 疑問符を頭の上に浮かべながら、小首を傾げる。


「魔物はどうした? それに、アビスゲートは?」

「あんた、覚えてないの?」

「何をですか?」

「呆れた……あんなとんでもないことしておいて、何も覚えてないなんて……健忘症? 神殿に行く?」

「どういうことだ? もしかして、シアがなんとかしたのか? それともリアラか?」


 状況が把握できなくて、さすがのクリスも動揺してしまう。


 そんなクリスを見て、シアがニヤリと笑う。


「本当に覚えてないわけ?」

「ああ……どうも、記憶が曖昧で……」

「……ひどいわ。あたしに、あんなことをしておいて……何もなかったことにしようなんて」

「な、なんだとっ!?」


 涙目になるシアに、クリスの混乱は最大値に達した。


「クリスは覚えてないのね……あたしを押し倒して、有り余る欲望をぶつけて……何度もやめてと言ったのに、でも、止めてくれなくて……あたしは、次第にクリスに飲み込まれていって……悔しい、こんなことで、びくんびくんっ」

「ば、ばかなっ!?」


 本当に人間の……しかも、こんな子供に惑わされてしまうなんて!

 クリスは本気で死にたくなった。


「あたしは、さながらかよわいうさぎ……クリスという狼に、とことん食べられてしまったわ……きっと、このお腹にも新しい命が……責任、とってくれひゃんっ!?」

「はい、そこまでだよ」


 リアラのげんこつが落ちた。

 ゴンッ、と良い音がしたところ、それなりに本気を出したらしい。


「ちょっと、いきなりなにするのよっ!?」

「それは私の台詞だよ。こんな時に、クリス君をからかったりしないのっ」

「……なんだと? からかう?」

「お姉ちゃんの言ったことは全部ウソだからね? 信じちゃダメだよ?」

「そ、そうなのか……質の悪い冗談はやめてくれ、さすがに驚いた。この歳で責任を取るハメになるかと思ったぞ」

「ん? 何よあんた、責任取るつもりだったの?」

「不本意だがな。自分のやったことに対する責任は受け止めるつもりだ。それすらできないクズと一緒にするな。本当にしたというのならば、シアの面倒は一生見てやる」

「そ、そう……クリスって、そんな顔して、意外と男らしいところがあるのね……」


 自分でからかっておいて照れたらしく、シアはちょっと赤くなっていた。


「それで、何が起きた? 魔物は? アビスゲートは?」

「えっと……お姉ちゃんみたいにからかうつもりはないんだけど、本当に覚えてないの?」

「なにを?」

「魔物もアビスゲートも、クリス君がなんとかしちゃったんだよ?」

「……なんだと?」

「クリスってば、中級魔法を唱えて魔物を蹴散らして……さらに上級魔法まで使って、アビスゲートを大量の魔物ごと消し飛ばしちゃったのよ? あんなの、この天才のあたしでもさすがにできないわ」


 シアの決意を見て、クリスは本気を出そうとした。

 どうなるかわからないけれど、人間になにもかも任せて安寧を貪るなど、魔王としてこれ以上ないほどの屈辱だ。


 他に、もう一つ、心を突き動かされる衝動があったような気がした。

 シアとリアラに関することだ。二人を死なせないという、強い意思。

 ただ、なぜ死なせないと思ったのか、詳細は覚えていないが……


 とにかくも。

 魔力が足りなくても、上級魔法を使い、全てを一掃しようとした。


 ……するつもりだった。


 しかし、その後の記憶がない。

 いつの間にか意識が飛んでいて……気がついたら、この状況だ。

 シアとリアラに説明をされたものの、実感なんてまるでない。


 クリスは、疑惑の視線を二人に向けるが……

 シアとリアラは、至って真面目な顔をしていた。とてもからかっているようには見えない。


 ということは、二人の言っていることは本当に……?


(俺が上級魔法を使い、アビスゲートを消し飛ばした……ふむ? 追い詰められたことで、無我夢中になって上級魔法を使い、その後、魔力切れで倒れた。そう考えれば説明がつくが……)


 一つだけ納得できないことがある。

 『光属性』の魔法を使った、ということだ。


 闇の者……魔物や魔族は、光属性の魔法を使うことができない。

 魔法は、精霊と呼ばれる超常的な存在の力を借りる行為を指す。

 光属性の魔法は、当然、光の精霊の力を借りるのだけど……

 闇の者とは、とことん相性が悪い。

 善が悪を許さないように……光の精霊は、闇に属する者を敵視している。そのため、光の精霊が力を貸してくれることはまずない。


 クリスは人間で勇者ではあるが、前世の魔王の力を引き継いでいる。その証拠に、闇属性の魔法を使うことができた。

 全部、とは言い切れないが、少なくとも一部は、闇に属しているはずだ。


 そんな相手に、光の精霊が力を貸すだろうか?

 意味がわからない。訳がわからない。

 全員揃って白昼夢を見ていた、と言われた方がまだ納得できるというものだ。


 ただ……一つだけ、説明をつけることができた。


「あのね。ただの直感というか、根拠のない話になるんだけど……さっきのアレ、『勇者の特別な力』っていうヤツじゃないかな?」

「あれが勇者の力……?」

「あの時、クリス君の右手の紋章が輝いたの。そうしたら、クリス君がいきなりとんでもない力を放って……普通の人はそんなこと無理だから、勇者だけに宿る特別な力なのかな、って思ったんだけど……どうかな?」

「それ、当たりかもしれないわ」


 断言するようにシアが頷いて、言葉を継ぐ。


「今思い出したんだけど、勇者が持つ『翼の紋章』には強い力が秘められているそうよ。古い文献で見たから、詳細は知らないんだけど……なんでも、人間を超える力を手に入れることができる……とか」

「だから、二人の言うようなことができた……か」


 一応、説明はついた。

 ただ、かなり強引な解釈だ。

 光も闇も、両方の属性の魔法を使うことができる『勇者の力』は、いったいどういうもの?

 詳細を考えると、やはり、行き詰まってしまう。


「紋章のことが書かれていたのはボロボロの文献だったから、話を盛ってるんじゃないかって思ってたけど、どうやら真実だったみたいね」

「詳細はわからないか? なぜこのような紋章があるのかとか勇者の力とか……」

「残念。今言った以上のことは書いてなかったわ。あと、他の文献で見かけたこともないわね」

「そうか……」

「クリス君、気になるの?」

「そうだな、気になるな」


 光と闇の魔法を併用することができるということは、勇者と魔王の力、二つとも手に入れられるということだ。

 気にならないわけがない。

 両方の力を手に入れることができたら、それはとても強力な武器になるだろう。


「うーん、力になってあげたいけど、お姉ちゃんが知らないとなると私じゃあ厳しいし……」

「まあ、そのうちわかるでしょ。これから世界中を旅して回るんだもの。勇者についての文献も、千や万くらい見つかるわ」

「お姉ちゃん、それ、多すぎだからね」

「とにかく、今は気にしないの。アビスゲートなんてもんに出くわしながら、なんとか切り抜けられたことを喜びましょう」

「……そうだな」


 勇者の使命。

 翼の紋章。

 途切れる記憶。


 新しい問題がどんどん出てきてしまい、てんてこまいだ。

 元魔王のクリスが勇者を『務める』ことは、一筋縄ではいきそうにない。


(勇者になるということが、これほど大変なことだとは……少々、甘く見ていたかもしれないな。力の解明は急いだ方がよさそうだ。現状、何もわからないだけに、うかつに使っていいものか迷う……そもそも、自由に使えるかわからないが)


「なーにしけた顔してるの!」

「うぐっ!?」


 バシバシとシアに背中を叩かれた。

 わりと痛い。


「クリス君、ふぁいと、ですよ!」


 妹の方は、拳をぎゅっと握り、応援してくれた。

 ほっこりとした。


「よくわかんない力に戸惑うの気持ちはわかるわ。でも、怯える必要なんてないわ。この天才のシアさまが力になってあげる」

「私たちがついているからね。辛い時は我慢したり無理したりしないで、遠慮なく言って。一緒にいることはできるから。絶対にクリス君を一人にしないから」

「頼りにさせてもらおう」

「あら、やけに素直ね。もしかして、感動して泣きそうになっちゃった? シアおねーさんの包容力に癒やされちゃった?」

「シアは妹のポジションだろう。見た目的に」

「なんですって!?」

「シアちゃん、いい子いい子」

「こらっ、リアラまで!」


 いつもと変わらない二人のやりとりに、クリスは苦笑した。


(騒々しいが……悪くはないな)


「そろそろ外に出るぞ。いい加減、暗いところは飽きた」

「待ちなさいっ、まだ大事なことが残ってるわ!」

「大事なこと? なんだそれは?」

「決まってるでしょ」


 にんまりとシアが笑う。


「これだけたくさんのお宝を残していけるわけないでしょ? ほら、全部、一つ残らず、小さな欠片に至るまで回収するわよ!」


 あちこちに転がる魔石を見て、シアの目はキラキラと輝いていた。

 思わず、クリスとリアラは苦笑してしまうのだった。




――――――――――




 その後……

 魔石を全部回収して、一行は東の洞窟を後にした。


 アビスゲートと。

 勇者の力と。

 あと、三人の結束と。


 色々な出来事を残して、初めての冒険は終わりを告げた。

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