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十五章 序&それぞれの思惑と迷惑な1日(2)下

 ニールが一体どのように誇張して語ったのかは知らないが、ルクシアの話から、おおよその内容は把握した。


 マリアは悩ましげな吐息をこぼし、少女らしく片方の頬に手を当てた。困ったように眉尻を下げて「どうしたものかしらね」と溜息交じりに呟く横顔は、外見十四歳という幼さを感じさせない、男の庇護欲をくすぐる可愛らしさがある。


「そもそも凶暴だなんて嫌ですわ、ニールさん。誤解を招くような発言をしないで頂けるかしら」

「ええぇぇぇぇ!? いやお嬢ちゃんは絶対に凶暴だって! 首ッ、首の的確なところが締まってるから!」


 表情そのままに腕一本で軽々と自分を椅子から引きずり落とし、少女とは思えない力で背後から絞め技をかけてくるマリアに、ニールは驚愕の声で「これが凶暴じゃないなんて言う人いないよ!?」と主張した。


 止める暇もなく瞬きする間に起こった騒ぎを前に、アーシュとルクシアは、しばし唖然として動けずにいた。


「お嬢ちゃん目がマジだねッ、――げほっ、見えないけどそんな気がする!」

「私は今、とても穏やかに微笑んでいますわ。今日こそ、トドメをさせられそうな予感がしますもの」

「冷静な感じで何言っちゃってんの!? 怖すぎるよッ、俺に対して容赦がなさすぎない!?」


 マリアは、彼の後ろから首をギリギリと締め上げながら、乾いた微笑みで「ニールさん」と落ち着いた口調で呼んだ。


「――私、美少年サロンの一件を許していません」

「――あ~、そんな事もあったね。マジでごめんね!」


 ニールは、とりあえず条件反射のように謝っておいた。


「だって普通の女の子ってさ、ああいう性別不詳な少年とか好きなんじゃないの? そこがツボにはまらないとか、お嬢ちゃんがおかしい気がするんだ。というかさ、それって貧乳の幼少枠にぴったりって事じゃね? ほら、恋よりもお菓子っていうアレ――あっ、分かった!」


 絞め技をかけられる中、思い付くままに話していたニールが、閃いたとばかりに指をパチーンッと鳴らした。


 この状況下でも口が止まらないニールを見て、ルクシアとアーシュは次の行動に移せないでいた。『美少年サロン』というのはよく分からないが、言葉を紡ぐたび無遠慮な発言が彼女の何かをぶち抜いている気がする。


「お嬢ちゃんって異次元の胃袋持ってるし、頭の中は食い気でいっぱいなんじゃね? つか、そんなに食っても胸が育たないとか、超ウケる――」


 ブチリ、と何かが切れる大きな音が上がり、ニールは「ん?」と言葉を切った。



 マリアの地雷が貧乳であったとも思い出したアーシュは、何度か聞いた事がある堪忍袋の緒が切れる音と共に、肌に突き刺さる強烈な殺気に気付いて顔を強張らせた。訝しげに辺りを窺い「幻聴ですかね?」と呟いていたルクシアも、遅れて視線を戻したところで硬直する。


 二人の視線の先で、ニールの首に片腕を回したマリアが、残りの手を持ち上げてニコリともせず指をゴキリと鳴らした。



「あれ、なぁんな嫌な音が聞こえたような? ねぇ、お嬢ちゃん、すっげぇ背中がすぅすぅするんだけど、これってお嬢ちゃんの肉付きがなさすぎるせい?」


 思った事をそのまま口にし、ニールがコテリと小首を傾げた。


 事情をよく知らない人間から見ても、それは完全な台詞の選択ミスだった。続けて悪化を辿っている状況にも拘わらず、口が減らない童顔の赤毛男を前に、アーシュは、こいつは心底バカなんじゃないだろうかと「このバッ」と言い掛けた。


「なんで背後の異変に気付かねぇんだよ!?」

「え? アーシュ君、一人で慌ててどうしたの」

「私が言うのもなんですが、今すぐ逃げた方が――」


 珍しくルクシアが緊張したように立ち上がった時、ニールは背後から「おい、ニール」というドスの利いた低い少女の声を聞いて、そちらに意識を戻した。


「沈められる覚悟は出来ているんだろうな」

「え」


 なんかそれ、聞き覚えがある台詞のような――


 そう考えたところで、ニールの視界は回っていた。絞め技からコンマ二秒半で投げ技へと転じ、抵抗する間もなく身体が宙を舞った次の瞬間には、容赦なく床に叩きつけられていた。


 積み上げられていた本の山が、床を伝った衝撃で小さく振動した。足払いを掛けたうえで、的確に彼を背負い投げたマリアのスカートが、ふわりと大きく広がる。


 そこから覗いた少女の形の良い細く白い太腿が、次の体勢を整えるように動いて、軍仕様のブーツがきゅっと床を踏みしめた。長いダーク・ブラウンの髪と大きなリボンを揺らせて、マリアが床に転がったニールを絶対零度の空色の瞳で見下ろし、次の攻撃に移るべく右手を構える。


 アーシュは、それが軍の訓練で見た高ダメージの体術技の一つだったと思い出し、咄嗟に彼女を後ろから羽交い締めにして止めた。


「ちょっと待った! それ、マジでやばいやつだから!」

「アーシュ、離してちょうだい。さくっと抹殺するだけだから平気よ」

「いやいやいや、抹殺とか物騒過ぎるだろッ。つか、なんでお前がそんな物騒な技知ってんだよ!?」

「女の子なら誰もが嗜んでいる護身術なの」

「んな怖い事実があってたまるか、適当な事言ってトドメを刺しに入ろうとするんじゃない! 頼むから落ち着けって!」


 続けて説得しようとしたアーシュは、思った以上に細く柔らかいマリアの腕の感触に気付いて、次の瞬間ピキリと硬直した。

 

 女性恐怖症からくる悪寒が、じわじわと込み上げて「うっ」と細い声が口からもれた。手を繋いだ時は平気だったというのに、ここまで密着するというのも経験になくて、強烈な苦手意識から本能がぶるぶると委縮し、ぷつりぷつりと肌に蕁麻疹が出始める。


 マリアは、触れている身体から異変を察して我に返った。思わず肩越しに振り返ると、そこには唇をぎゅぅっと噛み締めて、一見すると非常に面白い表情にもなっているアーシュの顔があった。


「…………アーシュ、大丈夫?」


 そういえば極度の女性恐怖症であったと思い出し、マリアはそう声を掛けた。


 笑ってはいけない状況だと、脳裏に浮かんだ感想は口にせずに見守っていると、呼吸まで止めてしまっているアーシュが、目線をそらしたまま首を左右にぎこちなく振ってきた。どうやら、普段の強がりも出てこないぐらい、素直に白状するレベルでまずい状況らしい。


 マリアは、彼の身体に刺激を与えないよう、ゆっくりと身体の体勢を変えてそっと離れた。すると、ピクリとも動かず床に伏せていたニールが、ハッとしたように顔を上げた。


「俺、一瞬意識が飛んでたけど何があった!? ………あれ、アーシュ君? なんかすげぇ面白い顔してるけど、お嬢ちゃんを笑わせてくれようっていう一発芸かなんかなの――」


 全部言わせてたまるか。


 アーシュを心配そうに窺いつつ、マリアは器用に足を動かせて、自分も咄嗟に思ってしまった感想を口にする、空気の読めない部下の背中を思い切り踏み付けた。ピンポインで痛点を踏まれたニールが、「ぐぇっ」と呼気を吐き出して再び床に突っ伏す。


 ルクシアが複雑そうに見つめる中、彼は踏まれ続けている痛みにもめげず、どうにか震える右手を持ち上げた。


「お、お嬢ちゃん。ジーンさん、今日は大臣の仕事が詰まってるから、多分四人の活動出来ないって言ってた……それから……ぐぉぉおピンポイントでぐりぐりすんの反則ぅううううッ」

「…………必要な伝言ですから、聞いてあげてください」

「すみません、つい」


 ルクシアにそっと指摘され、マリアは条件反射のように答えた。今は足元で踏みつけて黙らせている部下よりも、目の前で、もしかしたら女性恐怖症による酷い症状が出るかもしれないアーシュの方が心配である。


 蕁麻疹は数えられる程度でとまってくれているが、失神してしまったら、また例の気付け薬を飲まされてしまうだろう。アーシュのためにも、それだけは避けさせてあげたいところだ。


「……ジ、ジーンさん、情報収集班が動くって言ってた…………」

「そう。つまりは待機なのね」


 数日内には突入する事になるので、ハーパーの屋敷の見取り図と、滞在している三チームの用心棒の詳細情報は必要である。任務の決行日まで日数がないので、そちらに関しては専門班に任せた方がいいだろう。


 マリアは口許に手をあて、アーシュの身体の震えが小さくなるのを見守りながら、オブライトであった頃の軍人思考でそう思った。口から出た台詞はニール向けだが、その口調は、若い二十歳のアーシュを心配する物のままである。


「…………お嬢ちゃん、身体の上と下の行動が一致しないって、器用すぎない? 浮かべてる表情の方の一割くらいの優しさでもいいから、こっちに欲しいんだけど」


 ニールは、アーシュばかり見ているマリアの様子に「なんだかなぁ」と呟いた。慣れ親しんだ扱いと体勢に疑問も覚えないまま、『アーシュの様子を見守る』という彼女の用件が終わるのを、しばし床の上で待つ事に決めて頬杖を付いた。




 そんな三人の様子を見ていたルクシアは、下に転がるニールへ視線を移し「軍人の身体の強さには驚かされますが……」と口の中で呟いた。


「私としては、よく口が回るのに、彼女に対して『早く足をどけてくれ』という言葉が出て来ないのが不思議でなりません」


 素直に踏まれているニールもそうだが、マリアが慣れたように足を退けないでいる様子も、違和感なく馴染んでいるように見える。聞いた話を思い返す限り、彼らは本日が三回目の顔合わせのはずだが、どこか随分付き合いの長い間柄と感じてしまうのは、自分の気のせいなのだろうか。


 その時、アーシュが白目を剥いて倒れ、マリアとニールが「「あ」」と揃って声を上げた。ルクシアは思案を中断して深い溜息をこぼし、重さのある大きな丸い眼鏡を手で押し上げて、外の衛兵を呼ぶべく動き出した。

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[一言] マリアとニールの絡みが好きで何回も読み返しています! ルクシア様好きです(笑)
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