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十四章 長かった四人の初動日の締め(2)

 先程まで愉快な気持ちでいたロイドは、扉の隙間からするりと放り込まれた報告書をモルツから受け取ってすぐ、その機嫌を急降下させた。


 今回、予想以上の早い時間に成果が出た事には満足していた。早々にポルペオがジーン達を困らせ、あの似合わなさすぎるヅラを飛ばされたあげく、無様に失神してくれたのは大満足だった。何しろロイドは、常々、先輩ぶって説教してくるあの男は気にくわないでいたからだ。


 オブライトの、唯一のライバル――


 それが、あの当時の誰もが知る、ポルペオ・ポルーを言い表す常套句だった。


 こちらの剣技には及ばないものの、確かにポルペオも剣豪の一人ではある。ロイドもその実力は認めているし、珍しく剣で突き技専門という攻撃には、まだ少年師団長だった頃に苦戦させられ、防衛と対策を身に付けさせてもらった。



 とはいえ、初めて顔を合わせた時、ポルペオは、その黄金色の瞳をぐっと細めてこちらを見下ろし、開口一番にこう言ったのだ。


「ふむ、オブライトと騒ぎを起こしたとは聞いたが……これは予想外だ。どうしたものか。あまりに小さ過ぎる」



 ロイドは出会い頭、先輩師団長である彼が嫌いになった。


 後でポルペオについて話を聞いて、余計に馬が合わないと感じた。オブライトのライバルというのなら、お前も最強なのかと問うと、ポルペオは馬鹿にするように目を細めて「何についての最強なのだ。皆、自身の技を極めているという点においては最強であろう」と言った。


 ポルペオは、まるで何かの面接でもするかのように、煩わしいほど多く、少年だったロイドを質問攻めにした。そして、その後は先輩風を吹かせるように説き出したのだ。


 剣の動きに荒があり過ぎる、力押しで隙をカバー出来ない相手が出てきたらどうする、柔軟さを身につけろ、手首が固い、肉類と乳製品を多く摂れ、等々……


 特に、体格についてはしつこく言ってきた。わざわざ手を伸ばし、吟味するようにじっと確認して「うむ。まだまだ足らんな」と、いちいちロイドの逆鱗に容赦なく触れた。


 奴は無意識なのか、声がデカいだけでなく、思案する時の独白も無駄に多い。「一年経ってもほぼ変わらんとは病気か」「うむ、生活習慣か」「並ぶにはもう少し欲しいところだな。現時点では体格差による『力量差』に開きがあり過ぎる」とよく分からない事を口にし、そんな偉そうな口ぶりが、ロイドは実に気に入らなかった。


 最年少の最強師団長という立ち場を、ロイドに更新されてしまったせいで絡むのでは、という噂もあったが、ポルペオ自身がそれを気にしている様子は微塵にもなかった。


 ポルペオは相変わらずの第二王子バカで、迷いもなく自身の騎士道をゆく男だ。



 だから今回、黒騎士部隊に対抗心を持っているらしいポルペオが、あの頃と同じようにジーン達を困らせたうえ、返り討ちにあって、ヅラを飛ばされてくれ事には満足していた。まさか本日中に、その知らせを聞けるとは思ってもいなかったから、余計に愉快だったのだ。



 そういった理由もあり、ロイドはポルペオの部下から現状を聞いて、ほんの数十分前までは気分が良かった。遣いをやらせて、特別救護班に詳細報告を至急寄越せと脅――依頼し、すっきりとした気分で執務室での仕事にあたれたおかげもあって、アーバンド侯爵への『交渉案件』についても仕上げる事が出来た。


 面倒なのは、モルツが【国王陛下の剣】については知らされていないので、そちらの件で彼を足に出来ない事だろうか。


 いや、そんな事はどうでもいいのだ。


 ロイドは、モルツから手渡された『報告書』を前に、表情筋をピクリとも動かさず、研ぎ澄まされた美貌に絶対零度の不機嫌さを滲ませていた。たった二人しかいない広い執務室には、彼から発せられた冷気が満ちている。


 その報告書には、少女のような拙い字が一面にびっしりと並んでいた。



   ――――…――――…――――…――――…――――

 …――お嬢ちゃんは凶暴だし、飴玉を噛むし、容赦なくぶん殴ってくる。


 あと、すげぇ食う。ジーンさんと並ぶと半端ない。どこに食べ物が消えているのか、超気になるところ。本人は胃だって主張してるけど、絶対異次元に繋がるような、何か他の別器官が備わっているんだと思う!


 活動の開始早々、ヴァンレットを呼び捨てで、タメ口になってた。


 そういえば、お嬢ちゃんは、ジーンさんとも凄ぇ仲が良い。


 というかさ、ジーンさんは、お嬢ちゃんに対してポジティブすぎるんだと思う。後ろから絞め技かけられてたけど笑ってたし、巻き込まれたヴァンレットも楽しそうにしてた。その時に俺だけ頭突きって、ひどくない?


 その後、しっかり絞め技かけられたけどね! 


 ピンポイントで首が絞まって、マジで昇天するかと思った。だってお嬢ちゃん、女の子の癖に超容赦ないんだもん。馬車探してる時、背中にあたってた肉付きが薄いって事を思い出して口にしたら、ガッチガチに縛り上げられた。


 その台詞がなくてもそうされたと思うってジーンさん言ってたけど、よく分かんない。うん、何か思い出されるような痛い記憶があった気もするんだけど、今は思い出せません!


 あ、縛られたのはこれが二回目ね! ほら、さっき書いたやつ。


 そうそう、さっきも書いたけどさ。ほんと、チンピラの『ピーチ・ピンク』もひでぇ目に遭ったんだぜ。お嬢ちゃんに地面に沈められて、揃って説教されたうえ、最後は手刀落とされるとか酷くない? 


 しかも威力が半端ないの! ガツンっていったからね! 


 あれ、なんか同じ事繰り返し書いてる感じがするけど、ま、気のせい。俺は気にしないから、読んでる人も気にしないように!


 それからさ、やっぱり凶暴だよ、あのお嬢ちゃん。俺ら三人、『ピーチ・ピンク』と一緒くたに殴り飛ばされたからね! 拳骨がマジ痛かった。この歳で涙がちょちょり出た……


 そういえば俺、ジーンさんに『ピーチ・ピンク』のこと書けって言われた事、書いたっけ? 文章って読み直すのめんどいので、もう一度書くけど、長文になったのは、ジーンさんに言われただけだから、怒らないでね!


 四人での活動ですが、やっぱりお嬢ちゃんは凶暴だなぁと分かった初日でした。

 

                    おしまい!   ニールより

   ――――…――――…――――…――――…――――



 ロイドは、再度『報告書モドキ』を末尾まで読み返したところで、それをぐしゃりと握り潰した。


 横から器用に覗きこんでいたモルツが、「実に羨ましい」といった呟きについては、しっかり聞き流した。恐らくこのドMは、説教・殴られ・縛られた・という単語だけを都合良く拾い上げているに違いない。


「……おい。ニールにだけは、絶対に書かせるなと言っただろう」


 地を這う声を聞き、モルツは、揃えた指で眼鏡の位置を整えながら背を起こした。昔から敬語も飛ばした文章を書く、同年齢の赤毛の童顔男を思い浮かべながら、「そうですね」と淡々と答える。


「そもそも彼は、話が右へ左へ飛びますからね」

「最後のはなんだ、感想文か?」


 ロイドは握り潰した紙を、忌々しげに見下ろした。


 昔から思うが、三つ年上とは思えないあの赤毛男は、報告書を『友人や後輩への手紙』だと思っている節がある。お喋りと同様に、思い付いたまま文字を書くド級のバカだった。


 ヴァンレットの後輩だから、自分にとっても後輩。

 後から入隊したんだから、やっぱりロイドは後輩。


 ニールの認識は実に単純で、それはヴァンレットに近い物があった。ヴァンレットは思考構造が迷宮入りしているが、ニールは話をまとめる事を知らないので、あまりにも余計な情報が多すぎるのだ。



 そう、普通ならば報告しないような内容まで余分に書く。自分が一番印象に残った事の他にも、まるで感想のように文字を連ねる。



 今回、あの四人が勝手に視察に出た事については、班として動いてもらっているので構わない。むしろ、早々に情報という収穫を得たのは悪くない。しかし、ロイドにとって問題はそこではなかった。彼は握り潰した紙をチラリと開き、眉間にビキリと皺を刻んだ。


 なんで一日で仲良くなってんだよ、呼び捨てにタメ口ってなんだッ。


 何故かは知らないが、そう叫び出したい衝動に駆られた。とはいえ、モルツがいる手前それを口にするわけにもいかず、ロイドは、忌々しげに視線をそらして片手で頭を抱えた。


 つい最近見たのは、ヴァンレットがマリアに手を握られ、まるで子供のように手を引かれていた事だろうか。


 とはいえ、どこでどうなって、彼女に呼び捨てとタメ口の許可に繋がったのか分からない。そもそも、こちらはずっと『総隊長様』と呼ばれているのに、奴らは、いつの間に名前で呼び合うようになっているのか。


 考えてみれば、出会った当初この執務室で、マリアはモルツの事を『モルツさん』と呼んでいた。『総隊長補佐様』という堅苦しい感じでは呼んでいないし、グイードの事も『さん付け』だった気がする。


 なんだか、無性にむかむかした。


 ニールは思った事をそのまま言葉にする奴なので、つまり書かれている事は、全て脚色が一切されていない事実なのだ。


 彼らはマリアに殴り飛ばされたあげく、絞め技まで掛けられたらしいが、ロイドの脳裏には、彼女の胸の柔らかさまで分かるほどの距離感と密着具合で、楽しくじゃれあう姿が想像されてもいた。


 マリアに対して、自分が人生で二度目となる一目惚れをしたかもしれない――という件については、初めて押し倒してしまった日から苦悩中である。オブライトと同じ報告書を彼女が仕上げた事についても、謎が多いが……



 しかし、今はそんな事に構っていられないぐらいに、ロイドは、その現場に飛び込んでしまいたい衝動にも襲われていた。


 くそッ、『ジーンと超仲が良い』とか、気になるだろうが!



 今はやるべき事が立てこんでおり、だからこそ『たった四人で』といったジーンの提案を呑んだ。


 それなのに、ルクシアの件で文官アーシュと組ませた時以上に、マリアとジーン達の動向が気になって仕方がない。ニールの報告を読む限り、彼らは和気藹々と上手くやれていて、ニール自身も楽しんでいる印象も受けた。


 ロイドが組んだ手に口許を押し当て、今にも人を殺しそうな双眼を正面扉に向ける様子を、モルツは、しばし観賞していた。


 モルツは肌に突き刺さる心地良い殺気に、「ふぅ」とひっそりと熱い吐息をこぼした後、ようやくチラリと、先程から異変を訴えている上司の足元に目を向ける。


「総隊長、足元がガタガタと言っておりますが」

「気のせいだ。――次に指摘したら殺す」

「足が止まった途端に、肘をあてている執務机にヒビが」

「そろそろ寿命だったんだろう」


 書斎机の脆さに、ロイドは思わず「ちッ」と舌打ちした。もっと頑丈なものを作れる職人はいないのかと、場違いな苛立ちすら覚える。


 とはいえ、ニールの報告書は、全て無駄というわけでもないのも事実だった。これには急ぎの用件と、ジーンをよく知る人間なら分かる思惑やメッセージも隠されてもおり、ロイドは不機嫌そうに顔を顰めたまま、報告書の皺を簡単に伸ばして執務机の上に広げた。


 本来であれば、今回ジーンを中心とした四人の初活動については、現場の下見だけを簡単に口頭報告するだけで済む内容だった。だというのに、ジーンはわざわざ起こった出来事の詳細の他、『ピーチ・ピンク』とかいう若いチンピラ集団についても、ニールに書かせている。



 つまりジーンは、この『ピーチ・ピンク』を、各地に置いている協力者と同じように、こちら側に引きこみたい考えがあるのだろう。それを、珍しく総隊長(こちら)側にも推しているのである。



 活動地が随分近い連中ではあるので、もしかしたら非公式な外部部隊のように、もしもの時のための手足として打診をしているのかもしれない。非公式の部下として、お前にも使えそうな手下になりうるのではないかと、ジーンは『総隊長であるロイド個人』に提案もしている――とも受け取れる。


 内容を見る限り、確かに面白そうな連中ではある。体力はあるし、マリアに殴られても短い時間で意識が復活しているくらいだから、それなりに頑丈で耐久性も持ち合せているのだろう。


 マリアの攻撃力の高さは、ロイドも先日、ソファで頭突きをされた一件で身に沁みて分かっていた。三十四年生きてきたが、目がチカチカするという経験は初めてで、あの威力はどうも忘れられそうにもない。


「…………」


 いや、強烈な頭突きだからというよりは、押し倒した際の柔らかさが、しつこく思い出されるというか……


 例の行き詰っている方の思考に意識が向いてしまい、ロイドは、僅かの間ピクリともせず沈黙してしまった。実に自分らしくない落ち着きのなさを覚えるのは、正直困惑でしかない。


 そもそも俺は、一体何が出来ないから、こんなに苛々しているのだろうか?


 ロイドは、執務机の報告書へと目を向けた。モルツの何気ない視線を横顔に感じ、ひとまずは思考を無理やり目の前の事に戻し、文面にたびたび登場する『ピーチ・ピンク』というキーワードを目に留めた。


 味方の駒は多いに越した事はない。バカで裏をかく事が出来ないタイプならば、ちょっとした『おつかい』を頼めるには適した人材だ。――そういった人間は、信頼があれば絶対に『仲間』や『友』を裏切る事はない。


 一人一人が傭兵とも深い繋がりを作り、協力者や強力な情報提供者といった味方も持っていた黒騎士部隊が解散し、警備部隊が衰退した今となっては、動ける味方というのも貴重だった。



 黒騎士部隊の人間は、ジーンとニール、ヴァンレットを残し「もう二度とここに来る事はないでしょう」と言い残して、全員が同日に辞表を出して去っていった。


――副隊長達とも話して、自分達で決めました。

――他の軍旗を背負うつもりはありません。

――俺らが守るものは、今だって変わっちゃいないんです。


 決意の固い彼らは、それでも、『自分達の隊長』に最後の花を供えた際には、ひどい顔でボロボロと泣いていた。


――隊長、どうして一人だけ死んじゃったんですか…………

――戦争の時代が終わった空を、俺らは、あなたと一緒に見たかったんですよ……


 もう一度、あなたと共に戦わせて下さいと、若い男達が泣き崩れる姿が目に焼き付いた。あなたが俺達の目標だったんだと誰かが言って、その場にロイド達を残し、ポルペオが「先に失礼する」と踵を返して現場を後にした。


 国王陛下アヴェインから、特別に軍旗の一つをもらう事を許可された彼らは、ロイド達が見送る中、それを大事そうに抱えて、一度も振り返らず城門を出て行ったのだ。



「…………つまらない事を思い出したな」


 思わず、口の中でそう呟いてしまった。あれから十六年、ロイドは彼らの今を知らないでいる。恐らく、相変わらず外に『味方』を作り続けているジーンは、把握しているのかもしれない。


 どちらにせよ、と、ロイドは今回のチンピラ集団へと思考を戻した。素質があろうと、『黒』であればこちら側では使えないのは確かだ。


 銀色騎士団総隊長(ロイド)が個人的に指名し、駒として手元に置いて使える人員は、『国王陛下アヴェインの絶対の味方となってくれる人間』と限られていた。それは【国王陛下の剣】と初めて接触した際に、アヴェインのそばに少しの不安要素も置かない事を、アーバンド侯爵に直接『お願い』されたせいだ。


 徹底的過ぎるようにも思えたが、過去にアヴェインが一命を取り留めた、前国王陛下達が毒殺された一件のせいだろうとは推測してもいた。ロイドとしても、言われるまでもなく総隊長という立場を理解したうえで、引き入れる人間については慎重に考えて行動している。


 ニールのクソふざけた報告書にある『ピーチ・ピンク』については、現時点では、人間性や実力といった正確な所が分からない。


 つまり、ハーパー一味の一斉摘発を行う前までには、それを判断できるまでの精密な情報を集める必要があった。時間も惜しいので、『裏』の諜報員に急ぎ調べさせる方が手っ取り早いだろう。


 そう思案しながら、ロイドは、皺だらけの報告書を指先で叩いた。


 大きな事ではないので、総隊長の権限で扱える規定範囲内で、彼らを使えるだろう。彼らは問題ない内容であれば、上司であるアーバンド侯爵に報告しつつ、総隊長の協力にあたってくれる優秀な暗殺部隊の情報収集班だ。


 ジーンが今回、早急に報告書を寄越させたという事は、『ピーチ・ピンク』の他にも、ハーパーの屋敷に潜伏している『灰猫団』『ストロベリー・ダイナマイト』の詳細情報に加え、建物内の正確な見取り図も欲しい、という事だろう。


 手間ではあるが、大臣の仕事と同時にというのも難しいので、そちらについても調査の手配を振ってやってもいい。やらなければならない用事は山積みであり、どれだけスピーディーに処理出来るかは、こちらの指揮にもかかっているのだ。



 だが、その前にやる事がある。


 ロイドは、報告書を叩いていた指を止めた。今後の動きや手配先について、早々に思考し終えた視線を持ち上げると、待機する部下を見もせずに呼んだ。



「モルツ」

「は。なんでしょうか」

「まず一つ目の仕事だ。今から十分間、ニールにぴったり付いて追い駆け回してこい」

「追い駆け回すだけでよろしいのですか?」

「出来るだけ距離をあけなければ、それでいい」


 モルツを人生最大の天敵と公言しているニールにとっては、それが一番効く報復だ。奴は昔から、モルツに対して過剰反応を見せるぐらいに苦手としている。


 ぴったり付いて離れないだけで最大の嫌がらせになるという、経費も時間も最小限で済む最高の方法を、有意義に使わない手はない。人材と時間は、常に上手く使うべきである。


 モルツを向かわせている間に、アーバンド侯爵側の人間に交渉案件をまとめた手紙を預け、諜報員に調査の依頼案件を投げる事も出来るだろう。そして、その間ニールは、この『クソ報告書』の仕返しに嫌がらせを受けるのだ。


 改めて考えてみても、悪くない時間の使い方だ。


 ロイドは、実にいいじゃないか、と形の良い唇を引き上げた。


「ニールがどういう状況だったのか、後で詳しく報告しろ」

「総隊長、素晴らしくゲスい顔です」


 モルツは、無表情の美貌で冷静に告げ、揃えた指で細い銀縁眼鏡を整え直した。ニールの本日のスケジュールが終了している事を思い返し、普段の行動パターンから、彼が辿るだろうルートを推測する。


 自身の報告書に問題があるとは露にも思っておらず、全く警戒もしていないニールは、恐らくメイドが多い廊下を選んでのんびりと歩くはずだ。報告書を滑り込ませてから、そんなに時間も経っていないので、距離も離れていないに違いない。



「――それでは、行ってまいります」



 モルツは礼儀正しく頭を下げ、退出の言葉を掛けて執務室を出て行った。ロイドは、それに対して目も向けないまま、次の手配に取り掛かった。


 そのしばらく後、総隊長の執務室に届くほどの声量で、「変態が出たぁぁぁあああああ!」という情けない悲鳴が王宮中に轟いた。

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