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十三章 自称ライバルのヅラ師団長(5)

 剣に誓いを立てよ。

 出会えたのならば、この命が尽きるまで忠誠を捧げる覚悟である。


 騎士として、仕える人に自分を偽ってはいけない。だから正式な誓いの言葉を唱えるのは、この剣を捧げる唯一の人に出会えた時のみしか出来ないのだと告げた私に、陛下は「お前は器用なのか、不器用なのか分からんな」と苦笑したが、お心広くそれを認めて下さった。


 我が剣に迷いはない。


 私は迷いも、立ち止まりもしない。

 

 同じ人間も、誰もが納得するような理想を詰め込んだ完璧な人間も、ありはしないと私は知っている。誰かと比べるのは馬鹿げていると悟っている私だが、人生で一度だけ、どうしても無視出来ない――もしかしたら受け入れられないという、そんな感情に似た何かを感じさせる男がいた。


 私達は、全く正反対の人生を歩んで、同じ土俵に上がった。同じ歳だと聞いて、ますます競争意識が増したように思うが、受け入れられない決定的な要因については、私自身もよく分からないでいる。


 出会い頭の会話で、性格の不一致があると察した事が発端だったのか。はたまた、同じ歳で最強の名を手にしながら、相応しい振る舞いも立場も得ようとしない奴の考えが、この私に理解出来なかったせいなのか。



 誰もが、彼には敵わないのだと口にした。


 同世代の誰も、『競い合う剣』として()の男に並ぼうとはしなかった。



 良かろう、同じ歳で師団長の最強といわれた私と、荒くれ部隊の最強といわれた男だ。我々は全く正反対の人生を歩みながら、同時に同じスタート地点に立ったのだから、どちらが優秀であるかを、まずは我々で競い決めれば良い。


 私は、私の師団が奴の部隊よりも強く、優秀であると認めさるために在るとしよう。最強の名ではなく、部隊を率いる人間として、同年代でどちらが秀れているのかを示すのだ。


 ……その間に、いずれ奴の隣に競い並ぶ『剣』となるような誰かが、現われてくれるはずだろう。



 この剣は友ではなく、将来仕える主のために。


 私は、迷いはしない。振り返りもしない。


 

 なぜ競い続けたのかと訊かれても、よく分からぬ。もはや、そうする事が当然のようになってしまってからは、考えていた『辻褄』も『理由』も忘れた。私は奴のライバルで、奴はただ一人の我がライバル。それ以外に理由は必要ないだろう。


 人間だけが人間と競い合い、ぶつかりながら切磋琢磨する。そして時には心を砕き、人生を歩んで様々な事を乗り越えながら、同じように歳を取っていくのだ。そうでなければ、人生はつまらない。



 誰も競い並ぼうとしないならば、まずは、このポルペオ・ポルーが、先陣を切って声高々に宣言してくれよう。


 私は、オブライト・ニールディークのライバルである、と。


              ※※※


 レイモンドは次の用事のため、王宮の中央回廊を足早に歩いていた。朝から大忙しなのだが、気になるのは、やはり今朝から急きょ活動を開始したジーン達の事だろうか。その件が何度も脳裏を掠めて、集中力がかき乱されてしまうのだ。


「何も起こっていない、…………といいけどなぁ……」


 思わず口からこぼれた呟きは、自信がないせいで急速に萎んだ。大抵の者であれば、その日のうちに動く事はあまりないのだが、残念ながらジーン達は、慎重という文字がないのではと思う強烈な行動力を発揮する。


 あいつらは自由奔放で、半ば、いやほとんど無計画である。そして、迅速な仕事ぶりという反面、周りを巻き込み騒動を勃発させる天才集団だ。


 気になる。めちゃくちゃ、気になる。


 今や大臣であるジーンは、相変わらず思い付いたら即行動で仕事を抜け出し、日々部下を困らせて騒ぎを起こしている男だ。ヴァンレットは、近衛騎士隊と宰相ベルアーノの胃を痛めさせており、出張の多いニールは、出先から問題を持って帰ってくる問題児である。


 マリアに関しても、胸倉を掴み上げる所にしか遭遇した覚えがない。美少年サロンで彼女が切れた時は、本当に参った。ドMの変態と、天敵に怯えるお調子者と、空気を読まない問題児を、レイモンド一人でどうにかしろというのが無理難題というものだ。


「…………まぁ、さすがに別れて数時間も経っていないしな」


 レイモンドは、そう自分に言い聞かせた。グイードも、奴らも落ち着いた年齢の大人だろう、と乾いた笑みを浮かべて言っていたし、そうであると信じたい。


 その時、騒がしさが後方から近づいてきて、レイモンドは「なんだろうか」とゆっくり振り返った。そこには、こちらに向かって猛進して来る特別救護班の姿があった。


 白衣ではなく、騎士団の軍服を着て赤い『救護』の腕章を付けた彼らは、特別な場所への出入りが許されている人間だった。所属先と名称は『救護班』で軍医枠なのだが、扱いとしては部隊軍に属しており、彼らは医療技術だけでなく、日々軍人として戦うための訓練も受けている猛者達である。


「どけどけぇぇええええ!」

「ポルペオ様のヅラが飛んだぞ―――――――――!」


 目の前を通過した、荒々しい屈強な特別救護班の怒号を聞いて、レイモンドは「ぶほぉっ」と思い切り咽た。けれど咳込みながらも、担架を抱える集団の後ろ姿を、目で追わずにはいられなかった。


 マジか、嘘だろ、というのが正直なところだった。


 あの鬼畜でゲスのロイドが、ポルペオをジーン達のところへ向かわせる予定を立てていたのは、つい今朝の事だったはずだ。そもそもレイモンドは、ポルペオのヅラを狙って飛ばすという行動を起こす連中については、一部隊しか思いつかないでいる。


 昔からポルペオのヅラを急所としているのは、黒騎士部隊の面々だった。奴らは何故か、揃いも揃って隙あらば「ヅラを飛ばしてやんぜ!」と迷惑極まりない意気込みを見せた。いつだったか、目立ちまくっているヅラが似合わなすぎて気になるのだ、とは何度か聞いた事はあったが、明確な理由はハッキリしていない。


 グイードのように、他の部隊の中にも、そのノリに便乗して狙う男達はいた。唯一ヅラを重視していなかったのは、あの悪魔のような双子の少年司書員くらいだろうか。


 とはいえ、彼らはよくポルペオの眼鏡を叩き割っていたが。



 それはもう容赦なく、前触れもない突っ込みのように笑顔で破壊した。「行動と台詞が完全に噛み合ってないだろうッ」「今破壊する理由がどこにあった!?」と、レイモンドは何度叫んだか分からない。


 そのたび、説教を止めないまま懐から替えの眼鏡を取り出すポルペオを見て、「こいつ、何本の予備を持っているんだろうな」という疑問も覚えていた。度の入っていない眼鏡だからこそ出来る芸当なんだろうな、とも思った。



 そういえば、あいつらは王宮を出た時には、もう成人していたんだったか。


 少年という表現も今更のような気がして、レイモンドは、出会った頃はまだ十三歳だった二人を思い出した。あれだけ王宮を騒がせた大貴族の子息だったというのに、オブライトの葬儀のすぐ後、彼らはあっさりと司書の肩書を捨てて、ここから去っていったのだ。


 しかし、感傷するような数少ない姿を押し潰すように、彼らの通常モードの、ひどい迷惑ぶりが怒涛のように蘇ってきた。


 思い返せば、踏み込んだら何故か、地面が吹き飛んだ事もよくあった。悪魔を匂わせない美しい天使の笑みの、特に最悪だった双子の兄により『巻き込まれ被害』の数々を思い出し、レイモンドは、ふっと息を吐いて「思い出すまい」と小さく頭を振った。


 というか、ジーン達は早々に何やってんだ。

 

 つかポルペオ。お前、早速ちょっかいを出しにいったのか?


 ジーンを含むあの四人の騒がしさや、悪い方向での引きの強さを考えると、偶然にもポルペオと遭遇した可能性もあるだろう。しかし、それは結局のところ、ロイドの思惑通りに『久々にポルペオ師団長のヅラが飛んだ』わけで……


 そこまで考えたところで、精神的な余力が切れて思考が止まった。これ以上は考えたくなくて、思わず白髪が目立ち始めている柔かい髪を、後ろへと撫でつけて息を吐く。


「はぁ……まだ一日も経ってないのに、もう騒ぎを起こしているとか、相変わらずとんでもない連中だな」


 多分、これ、宰相が倒れそうな気がする。


 レイモンドは想像して、しばし中央回廊に立ち尽くしてしまった。


 そんな彼の目の前を、特別救護班を追うように、まるで喧嘩の騒動にでも巻き込まれたような疲弊っぷりを露わに、一人の若い騎士が、よれよれになった足を必死に動かせて通り過ぎていった。


              ※※※


 レイモンドを置き去りに、部隊軍に本籍を置く特別救護班は、自分達の任務を果たす熱意のまま「どきやがれぇ!」と雄叫びを上げて、さすがは軍人という荒々しさで全力疾走を続けた。


 彼らが次に通過した廊下に居合わせた軍人達が、その雄叫びからだいたいの内容を察し、複雑そうな苦い表情を見つめ合った。たびたびベテラン軍人の間で、迷惑極まりない騒ぎが勃発するのだが、畏れ多くも【突きの獅子】であるポルペオの場合は、そのヅラが飛ぶのである。


 一体誰がそんな事をしてしまえるのか、と言われるかもしれないが、それが容易に出来てしまう相手だから困るのだ。彼らにとっては逆らえない上官組であり、全員が十六年前まで続いていた激動の戦乱時代を生き抜いてきた剣豪たちなので、その破壊力も尋常ではなく、止められる人間がいない。


 ふと、廊下を駆け抜けた特別救護班の後を追うように、ポルペオの部隊に所属している若い男の走る姿が、彼らの目に止まった。


 何故か、ポルペオの部下はボロボロだった。


 ポルペオの持つ第六師団は規律も厳しく、そのうえ優秀な人材が多く揃っている事で有名だった。整髪剤で整えられていた髪も乱れ、普段は清潔に保たれている軍服も、今や土まみれになっている姿は稀にない光景だ。


 勿論その様子は、見ていた男達をギョッとさせた。かなり疲弊しているようだが、それでも「師団長のためにッ」と走る様子は懸命さが窺えて、良心や遠慮から声を掛けるのも憚れた。


「……おいおい、一体何があったんだろうな?」

「めちゃくちゃフラフラだぞ、あいつ」

「とはいえ、少し休んでいけとも言い辛い雰囲気だよなぁ」


 その時、ある執務室の扉が勢いよく開き、男達は、揃ってビクリとした。


 まさか、とは思いたかったが、騒ぎ立てたら殺される可能性を考え、彼らは保身のため咄嗟にピタリと口をつぐんで、ついでに息まで止めた。ふらふらになりながら走るポルペオの部下の後ろ襟首が、目にも止まらぬ速さで、無慈悲に捕獲されるのをバッチリ目撃して息を呑む。


 捕まってしまったその若い騎士が、自分を覗きこむ背の高い男に気付くなり「ひぃぇぇぇ」と、隠しきれない心の声をか細くこぼした。


 自身の執務室から出てきた銀色騎士団の総隊長、ロイドが、その美しすぎる顔を怯える彼に近づけ、黒に近い深い混沌のような紺色の瞳を、実に愉快そうに細めた。



「――ヅラの件、詳しく話せ」



 美麗を詰め込んだ完璧な造形にピタリとはまる、深い神秘の宝石にも見える紺色の瞳は、捕食する肉食獣のようにギラギラと輝いていた。そんな総隊長の見目麗しいゲス顔を見て、ポルペオの部下は断る余地もないと察し、神に祈るような泣き顔で「はいぃ」と答えた。


 周りの男達は、ポルペオの部下に心底同情した。ド鬼畜な総隊長の求める不幸話のターゲットにはなりたくないものだと思いつつ、「すまん、俺らには助けられない」「頑張れ」と心の中で合掌し、そそくさとその場を離れ始めた。


 上司に続くように執務室から出てきたモルツは、廊下が一瞬にして絶対零度の殺気と緊張感に満ちるさまを確認した。そこに君臨する魔王の光景を目に留めて、揃えた指先で、細い銀縁眼鏡を押し上げる。


「さすがです、総隊長。美しいゲス顔というのも、他にはないでしょう」


 表情筋がないのでは、と噂されている美貌の総隊長補佐は、そう冷静に述べて、熱い吐息交じりにひっそりと「素晴らしい」と一つ肯いた。

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