表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/399

十三章 自称ライバルのヅラ師団長(4)下

 大将であるポルペオを後ろに置いた若い騎士達を前に、マリアは、木刀を下へ向けたまま、きゅっと握り締めた。


 ポルペオを相手にするならば、よそを見てはいられない。彼は騎士の中で、もっとも防御がし難い攻撃の型を持ったタイプで、剣でありながら槍のような独特の剣術を駆使してくる。防御よりも怒涛の攻撃を得意とし、少年だった頃のロイドを一年ほど手こずらせたその動きには、一切の無駄がない。


 こちらとしても、一気に畳みかけるつもりだ。そう考えながら、マリアはふと、初めてポルペオの剣の型を目にした時「生粋の騎士なんだなぁ」と、際立つ洗練された動きが新鮮に映った事を思い出した。


 ポルペオの剣は、生真面目な性格が窺えるほど、型を崩す事も感情的にブレる事も一切ないものだった。重い剣でありながら、それを一気に突き出し、引き戻し、あっという間に敵を粉砕してしまえる威力は日々の鍛練の賜物で、ヴァンレットの怪力に相当するものがある。


 良く分からないけれど、出会った当初は、妙な男だと思っていた。


 隊長就任の際に、オブライトは初めてポルペオの顔を見たのだが、その時は関わる事もないだろうと考えていた。



 あの日、公式の場で、礼儀を守るように一時だけヅラを取ったポルペオは、その場にいた全員の目を引くほど貴族然としていたし、一目見て貴族だと分かるような人種に常に囲まれていた。実感の湧かない煌びやかで窮屈な世界の人間なんだろうなぁ、という感想を抱いたのは覚えている。


 不慣れな場所でジーンとはぐれ、何故かソファが飛んできてレイモンドと出会い、「よろしく、後輩」とグイードが言って隣に腰掛けて来て――そうして、何故か次に登城した際に、ポルペオがオブライトの前に立ち「私がお前のライバルだ」と、開口一番に告げてきたのだ。



 十六年の歳を取ったポルペオが、考えの読めない眼差しでこちらを見据えていた。恐らく、自分の部下達がいけると察した時点で、号令を出すつもりなのかもしれない。


 大将であるポルペオを背後に置き、両手で木刀を構える若い騎士達に対して、マリア達は、それぞれ姿勢を楽に開始の合図を待っていた。いつでも動き出せるよう、木刀を持つ手には力が入っている。


「何度か、部隊同士の取っ組み合いにもなったよなぁ」


 目も向けずにジーンがこっそり囁いてきて、マリアは、ニールやヴァンレットに聞こえないよう小さな声で「そうだな」と返した。


 部隊同士で勝負しようと喧嘩を吹っかけられて、木刀戦になる事も少なくはなかった。ポルペオ個人や、彼の部隊に恨みはないが、黒騎士部隊は常々、強烈な違和感のせいで目に留まる『ポルペオの似合わないヅラ』が気になってもいたので、売られた喧嘩を買うついでに、よく彼のヅラを狙ったものだ。


 頭部に上手い具合に打撃を与えつつ、ガッチリ収まっているヅラを吹き飛ばすというのも、案外器用さが必要だった。


 成功しても失敗しても、ポルペオは当然のように怒った。本当に時間がないタイミングで「先日はよくもッ」と来られた時には、オブライトとジーンは、部下達と共にぎゃあぎゃあ言いながら王宮内から脱出した。笑うんじゃないと憤慨するポルペオが、なんだか面白くて、鬱陶しさよりも彼を撒いた後は清々しさがあった。



 マリアは、己の小さな手を見降ろした。それから、――十六年前の日々を脳裏から追い出して、目先の勝負へと思考を切り替えるように木刀を振った。



 タイミングを計っていたポルペオが、すぅっと息を吸い込む音が聞きこえた。


 彼の若い部下とマリア達は、馴染んだ緊張感と共に地面を踏みしめた。五感を研ぎ澄ませる中、固く結ばれていたポルペオの唇が開き――


「始め」


 そう告げられた瞬間、マリア達は瞬発力を爆発させ、一気に踏み込んで前方に飛び出していた。


 ポルペオの部下達が、弾丸のように眼前に迫る四人を見て「速いッ」と目を剥いた。列の中央にいた若い騎士達が、上司の前を守るべく、慌てて足を固定して木刀を構えたが、マリア達より二歩分前に出たヴァンレットが、砲弾のような威力で木刀を打ち付けて彼らを吹き飛ばした。


 ヴァンレットと入れ替わるべく、続いて、突破口にジーンが身を躍らせた。


 ジーンは、実に楽しそうな笑みを浮かべて、横から振り降ろされた木刀を軽く払い退けた。すぐ反撃には出ず、向けられた邪魔な木刀を弾き飛ばすと、ぐっと背を屈めて「行って来い親友!」と後ろに声を投げた。


 一瞬で突破口を作られ、陣営を崩された若い騎士達の数秒の混乱に乗じて、マリアは、迷わずジーンの背中を駆け上がった。


「上出来だジーン!」


 宙に飛び出した少女を見て、若い騎士達は、揃って呆気に取られた。彼らの顔の横を通り過ぎる少女は、可愛らしい顔に不似合いな、勝気さが隠せない不敵な笑みを刻んでいた。


 それは、まるで戦いを微塵にも恐れない溌剌とした笑顔だった。スカートが広がる事も気にとめず、空中で木刀を回して握り直すさまも、随分戦いに慣れているように察せる。だからなのだろうか、逆手に構えられた木刀にも違和感がない。


 え、ちょっと待て。なんだその構え。


 僅かに遅れて、若い彼らは目を瞠った。空中を進むマリアを目で追っていたポルペオの部下の一人が、目を丸くした時――


「よそ見してる暇はねぇぞ~」

「ッ」


 マリアから一番近い距離にいた騎士は、風を切る音に気付いて、咄嗟に木刀で防衛した。軍人の恰好をした大臣の口調は軽く、表情にも楽しさしか滲んでいなかったが、その斬撃が見えなかった事に、若い彼は戦慄を覚えた。


 若い騎士達の脅威は、大臣のジーンだけではなかった。後方の両サイドでは、ニールとヴァンレットが暴れていた。



 ヴァンレットの剣筋は、見事に型のとれた見慣れた王宮剣術にも関わらず、若い騎士達は止める事も出来ずにいた。軽い一振りを受け止めた木刀ごと腕がビリビリと痺れ、両手で構えていないと、弾き飛ばされそうなくらい凶暴な威力である。


 打ち合う際に近くで顔が会うと、普段は見る事がない【猛進の最強近衛騎士隊長】の、紳士然とした笑みをにっこりと返された。


 そこに悪意は感じられないのに、一目見て「あ、堪忍袋が切れてる」という本能的な冷気を感じ取って、彼らは血の気が引いた。瞳だけ子供のような印象を与えるその大男は、キレイに笑うと、頬の古傷や巨体の威圧感も微塵に感じさせない、見事な貴族紳士そのものに見えた。



 右側をヴァンレットに任せ、ニールは、左側の騎士達を相手にしていた。自己流の荒々しい喧嘩剣術で、木刀を右へ左へと打ち払いつつ、素早く器用に動いて若者達を翻弄する。


 一対一となった時、くるりと身体を回したところで、ニールは思い付いたように前触れもなくしゃがみ込んだ。


 ニールと対峙していた騎士が、「今度は下から来るのか!?」と、普段の対戦相手にはない行動に慌てて構えを取り直した。しかし、しゃがんだニールとピタリと視線が合った時、彼がニヤァっと嫌な笑みを浮かべて木刀を持った手を降ろすのが見えて、次の一手が読めず硬直した。


「ざ~んねん、『嘘』でした!」

「は……、ッ!?」


 一瞬、その辺で遊んでいる子供かと思わせるような、場違いな笑顔と台詞を掛けられて呆気に取られた――のも束の間だった。唐突に、ニールが器用に足を回してきて、警戒が緩んでいた足元をすくわれた若い騎士は「うわっ」と情けない声を上げて転倒した。


 先程から全ての攻撃を、ひらりひらりと悠長に避けられていた二人の騎士が「この野郎ッ」とニールに飛びかかった。


 ニールは片手で後方に宙返りして避けると、木刀を振り降ろした方の騎士の脇をするりと抜けて、肩越しに「よいしょっ」と男の頭を木刀で打った。残りの騎士の攻撃を木刀で受け止めると、「打つなら胸か腹か、どっちがいいかなぁ」と唇を舐める。


 

 後ろを全て任せたマリアは、そんな部下達を振り返る事もなく、一直線にポルペオへ向かって飛んでいた。



 マリアは逆手で構えた木刀を、飛び込みながら彼の頭上へ振り降ろした。すかさずポルペオが木刀で妨いできたが、少女の身とはいえ、全体重分も加わった斬撃だ。近い距離にある彼の顔が顰められるのを見て、予想通り少しは堪えてくれたらしいと知った。


 とはいえ、これぐらいじゃあ無理な相手だとは、分かっているんだけどな。


 現場の下見を終えて早々に、一筋縄ではいかないポルペオと木刀戦というのも骨が折れる。しかし、そう思う反面、ポルペオの黄金色の瞳に映ったマリアの顔は、そうでなくては面白くない、と男性然とした様子で笑ってもいた。


 ポルペオが、すぐさま木刀を弾き返してきた。マリアも、木刀を振って威力を相殺し、地面に降り立った。


「――実に不思議なメイドだ。そこで笑うのか」

「あら、使用人根性ですわよ、師団長様」


 マリアは、肩にかかった長いダークブラウンの髪を背中に払った。その仕草で後頭部にある大きなリボンが揺れる中、彼女は顰め面のポルペオを見つめ返し、あざとい角度に小首を傾げて自前の愛想笑いを浮かべて見せた。


 すると、ポルペオが不可解だと言わんばかりに、鼻頭に皺を刻んだ。


「『そちらの使用人』は、(みな)そうなのか」

「好戦的というのであれば、そうですわね」

「なるほど。戦闘のプロ同士、もとより遠慮するつもりはない」

「私もですわ、師団長様」


 うふふ、とマリアは少女の表情を意識して微笑した。そのヅラ、遠慮なく吹き飛ばさせてもらう、と笑顔の下で思いながら一気に踏み込んだ。


 ポルペオも同時に踏み込み、木刀を槍のように構えて一気に突き出してきた。それに対して、マリアは躊躇することなく前進し、瞬きもせずその切っ先を僅かな動作でかわすと、片手で木刀を握り直してそれを打ち返した。


 その間、どちらも互いの目から視線をそらさなかった。


 衝撃でポルペオの黒縁眼鏡が僅かに浮き、マリアのダークブラウンの髪も、スカートと共にふわりと舞った。それはコンマ二秒ほどの事だったが、既にマリアの手は次の攻撃の軌道に入っており、ポルペオの木刀も向きを変えていた。


 息を付く間もなく、至近距離から連続で木刀が交じえられた。見えないほど速い斬撃が、次々に空気を裂く音を上げたが、両者どちらも掠り傷一つ負わないまま手を止める事なく木刀を打ち合った。


 マリアは、威力と衝撃で木刀が折れてしまわないよう、器用に攻防を切り替えた。素早く木刀の向きを変え、受け流してすぐに攻撃の一手を繰り出す。


 ポルペオの突きの威力は知りつくしているので、受け取める際には、木刀の先を器用に滑らせて半ば軌道をそらした。対するポルペオもまた、同じように器用に調整を行って、木刀で出せる最大限の威力で打ち返して来る。


 なんだか面白くなって来たな。


 マリアは、ポルペオの突き技を妨害して至近距離で木刀を交え、思わずニッと好戦的な笑みを浮かべた。互いの木刀がギシギシと軋む音を上げたが、何度打ち合ったかも分からないのに、小さな割れ一つ出来てはいない。

 

 思い返せば、ポルペオとは一番多く、正面から対等に剣を打ち合ってきた。絡まれるのは面倒だなと感じていたが、競い合うように本気で向かってくる彼と、そうやって剣を交える時間は楽しくもあった。



 ポルペオはいつも本気で、そして、常に真面目だった。潰すのではなく、負かしてやるという剣には迷いもなくて、まるで競うように真っ向から堂々と挑んでこられたのは、彼が初めてで……


 認めてしまうのであれば、若かった頃のオブライトも、友人達に劣らない好戦的なところがあったのかもしれない。



 ポルペオの剣術は、剣豪と言われるに相応しいくらい本物だ。四十を過ぎたとはいえ腕力も劣っておらず、少女の身だと、体格による力差は否定できない。木刀越しに受けた衝撃は全て殺す事も出来なくて、マリアの腕に、ピリピリとした痺れを伝えてくるのも事実だった。


 体格差分のスタミナの容量にも開きがあり、長期戦は圧倒的に不利だ。とはいえ、オブライトであった頃のように、力任せの瞬殺で、ポルペオの剣を捩じ伏せるのも難しいだろう。


 しかし、それがどうした、とマリアは不敵に口角を引き上げた。


 オブライトであった時も、マリアとして生まれ変わった今も、どちらの幼少期時代だって、自分は身体の大きさなど関係なく戦ってきたのだ。だから、それが不利になるだとか、負けてしまうかもしれないとは考えない。


 これまでずっと、剣一本で生きてきた。


 今も後ろには、ついて来てくれている部下達がいる。


 それだけで十分だ。彼らが背中の向こうにいるというのに、負けるかもしれないと考える方がおかしいだろう。勝って、勝ち抜いて、そうやって守ってきた。部下全員を、生きて戦場地から帰還させるのが、隊長であった自分(オブライト)の使命の一つだった。


 もとより、こちらの狙いは一点。それこそが、ポルペオの急所だ。


 再びポルペオが突きの体制に入ったが、マリアは、先程よりも速く木刀を突き出して妨害した。こちらの攻撃を受け止めた彼の木刀を絡め取るべく、そのまま、木刀の先をぐるりと回しにかかる。


 突き技を頻繁に邪魔されていたポルペオが、実にやりづらいし、忌々しいとばかりに眉間の皺を深くした。木刀の主導権を奪われるものかと、一旦体制を整え直すべく、身を引いて後退しようとする。


「逃がすか!」


 テンションが上がっていたマリアは、口許に笑みを浮かべて彼の木刀を追い駆けた。追い払うべくポルペオが木刀を振るったが、マリアは木刀の軌道を読んですぐ、瞬時に後ろへ背をそらせて攻撃を避けた。


 マリアの眼前スレスレを、ポルペオの木刀が過ぎった。


 柔軟な身体と、それを両足で支えるほどに鍛えられている身体能力を活かし、距離を取るという普通の方法を選ばなかったのを見て、ポルペオが目を見開いた。彼と目が合ったマリアは、その体制のまま、思わず意地悪くニヤリとした。


 久々にポルペオの驚く顔が見られて、また少し楽しさが増した。そもそも、折角ここまで追い詰めたのだ。逃がす訳がないだろう。


 マリアは地面に木刀を刺すと、そこに重心を掛けて素早く身を起こした。身構えたポルペオにすかさず打ち込み、振り切った木刀を引き戻してすぐ、次の攻撃の構えを取り、前に踏み込んで木刀を突き出す。


 突きの攻撃が専門であるポルペオは、同じように突き型を応用した防御で、難なくそれを受け止めた。それを当初から見越していたマリアは、続いて器用に少しだけ力を抜き、木刀の先を彼の持ち手へ向けて滑らせた。


 顎目掛けて向かって来る木刀の切っ先に気付き、ポルペオが「身長差かッ」と苦い顔で呟いた。予想外の事に判断が鈍った彼が、咄嗟に木刀を完全な防御型に構え直したところで、マリアは、あっさりと攻撃の軌道を変えた。そのまま彼の木刀を弾くべく、木刀の先でくるりと絡め上げる。



 その時、不意にポルペオが、黄金色の瞳を見開いた。


 その唇が小さく、何か言葉らしきものを刻んだような気がしたが、マリアは聞き取ることが出来なかった。彼は過去を振り返らないと自身に言い聞かせるように、すぐ元の表情に戻ってしまう。



 さすがに、少女の身で木刀を弾き飛ばすまでには至らなかったが、ポルペオの構えを崩れさせた手応えはあった。マリアは、ここへ来てようやく、ポルペオの頭部が完全にノーガードになったのを見て、少女に不似合いな「よっしゃ!」という、ここ一番の意気込みを上げた。


 マリアは、すかさず木刀を下から構え直した。至近距離で目が合ったポルペオに、素の口調でそのまま宣言する。


「それでは、こちらも遠慮なくいかせて頂く!」


 まるで騎士みたいな言い方だと、ポルペオは、一瞬訝しげに眉を寄せた。


 しかし、ポルペオは遅れて、マリアがロックオンした視線の先に気付いた。まさかと顔を強張らせ、相手がジーンでなかったせいで狙われないだろうと思っていた自身のヅラへ、ハッと目を走らせた。


「待てッ。もしや貴様、私の『髪』を……!?」


 だいじょーぶだって、ヅラじゃないと言い張るのなら吹き飛ばない。


 うん、これ鉄則。


 マリアは、黒騎士部隊内での名台詞を思い出しながら、「問答無用!」とオブライトの頃の良い笑顔で躊躇なく、むしろ待ってましたとばかりに意気揚々と、木刀を上へ突き出した。


 絶妙な軌道と力加減で攻撃が放たれた瞬間、木刀一本とは思えない爆風が起こり、ポルペオのヘルメットのようなヅラが、派手に吹き飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ