十三章 自称ライバルのヅラ師団長(4)上
堅苦しく真面目なポルペオらしく、木刀は、きっちり人数分用意されていた。
チーム戦であれば話し合いは必要で、几帳面なポルペオは一度、部下達を自分のもとへと集めた。しかし、マリア達が一旦木刀をそばに置き、邪魔になるローブや腰の剣を外していると、こちらを見た彼が再び大声を上げた。
「なんだその格好はッ、貴様らに誇りはないのか!?」
信じられん、私なら絶対に他部隊の軍服は着ないぞ、とポルペオが肩を怒らせた。
マリアは、メイド服の上からこのジャケットは悪目立ちするだろうな、と今更のように思い出して自身の恰好を見降ろした。ジーンとニール、それからヴァンレットが、自分達に着間違えがない事を確認し、実に不思議そうな目をポルペオへ戻した。
「ボタンの掛け間違えとかねぇけど?」
「ヅラ師団長、安心して下さい。サイズもぴったりだし、着崩してもないっす!」
「うむ」
「ボタンではないしサイズの問題でも『うむ』でもないわ! 軍服だ馬鹿者! それからニールッ、何度も言っているが、私は『ヅラ』ではなくポルペオ・ポルー師団長である!」
ポルペオは青筋を立て、再び「貴様らの教育の緩さには、ほとほと呆れさせられるわッ」と地面を数回踏みつけた。
そういえば、昔から妙に軍服にこだわっていた男だったな、とマリアは思い出して首を傾げた。バラバラの所属で臨時部隊班を組まされた際、軍服を揃えたら楽しそうじゃないかと、グイードが騎馬隊の恰好を提案したのだが、ポルペオが一人だけで怒っていたのだ。
マリアと同じように、ポルペオのよく分からない怒りポイントを思い返したジーンが、「よく分からん奴だなぁ」と首を捻った。
「正規の所属先って話なら、俺は大臣の衣装でやれって事か? それは酷だって。あの衣装、無駄にかしこまって結構動きにくいんだぜ。改善の必要があるよ」
「馬鹿か貴様はッ、相変わらずの馬鹿者め! 『結構』どころか、あれは動くための衣装ですらないわ!」
そもそもあの格好で王宮内を駆け回る大臣など貴様くらいなもので、よくもまぁ飛び降りたり木に登ったりと好き勝手やってくれおって。だいたい貴様、『逃亡癖の大臣』なぞ言われて恥ずかしくないのか。この前も、ふらりと逃亡して他国の護衛兵とやりあっただろう。そのせいで『私のジークフリート様』にどれだけ迷惑が――……
ポルペオの怒涛のような説教が始まり、マリア達は、堪らず揃って耳を塞いだ。木刀戦に意識を集中しようとしていた若い騎士達も、稀にない上司の剣幕と大声を聞いて飛び上がり、ポルペオの後ろで耳を押さえた。
そういや、今の大臣は逃亡癖がある、って司書員も口にしていたっけなぁ。
マリアは耳を塞ぎながら、ジーンと再会する少し前の事を思い出した。確か、アーシュの友人で救護班のキッシュという青年も、木にいたジーンと目が合った際には反応に困るのだ、と口にしていた覚えがある。
もう随分前のような気もするが、実際は、あれから数えられるほどの日数しか経っていないのだ。それを改めて思い返し、マリアは複雑な心境を覚えた。ポルペオの話を聞いていると、ジーンが大臣らしくない問題児だとも共感出来て困る。
王宮が騒がし過ぎる。ひどい時には一日に何度も騒ぎに巻き込まれるとか、勘弁して欲しい。
というか護衛兵とやりあうって何だ。相変わらず自由だな、ジーン。
思わずジーンを見やったマリアを見て、珍しく疑問の内容を察したニールが、片手を耳に残したまま彼女の肩を指先でつついた。
「なんですか、ニールさん?」
「多分最近のやつだと、皇女様と護衛一行の件だと思う」
「皇女様?」
最近って事は、他にもやりあっているのが結構あるって事でいいのか。
マリアは、物言いたげな表情を浮かべた。とんでもない大臣だなという眼差しに気付かず、ニールは、ジーンへの説教に夢中になっているポルペオを完全に無視して話を続けた。
「皇女様は、陛下をアイドル並みに崇拝していてさ。これまでにない特別な贈り物を計画しているらしいとか、最近そんな話も出てたけど、あれって結局どうなったんかな?」
一部の『お偉いさん方』が頭を抱えていたらしいのを見て、とんでもない国宝級が来るんじゃないかという噂もあったのだが、ピタリと聞かなくなったな、とニールは首を捻った。
「ま、いいや。とりあえずさ、その皇女様の護衛ってのがすげぇ若くて、俺が戻って来た時にはジーンさんが訓練場で暴れてたんだよな。あ、大丈夫。俺もちゃんと加勢に入ったし、最後は平和的な交渉でもって全員ボコボコにして、ジーンさんが護衛君達を黙らせてたから!」
「…………」
「その目、信じてないね、お嬢ちゃん? 俺って大臣の一番の『手駒』だし、剣の腕も優秀でバッチリサポートしたんだぜ!」
何言ってんだ阿呆。被害が増すから、加勢するんじゃなくて上司を説得して止めてやれ。
そもそも相手を叩きのめした時点で、平和的ではないだろう。マリアは、心底呆れてニールを見つめ返した。不思議なのは、ジーンが相手をした連中が沈黙をたもち、大きな騒ぎや問題に発展しない事だろうか。
一体ジーンが、どのような交渉術を発揮しているのかは知らない。いつも「ははは、俺に任せとけ!」と実に良い笑顔で、やけに自信たっぷりに告げて意気揚々と出掛け、帰って来た時には全てが解決してしまっている。中には、臨時で協力を引き受けてくれる人間もいるほどだ。
その点で言えば、彼が大臣である事も肯けるような気もした。ジーンは、幼馴染兼友人である国王陛下アヴェインの相談にもよく乗っていたし、「ちょっと寄り道しようぜ!」とオブライトを引き連れて非公式にちょくちょく交渉人もやっていたので、少々規格外ではあるが、その実力は本物だろう。
すると、先輩であるニールの真似をするように、ヴァンレットがどこか楽しそうに少し背を屈め、太い指先でマリアの肩をつついた。
「ジーンさんは、この前、新人部隊員と楽しそうに遊んでいた」
「……ヴァンレット、それって大きな勘違いだと思う。ニールさん、通訳して下さい」
「え、俺に振る? 俺あんま王宮にいないから、見逃しているのも結構あるんだけど……でもお嬢ちゃんに頼られたとあっちゃ、ここは見せどころだよな! ちょっと待ってな。えぇと魔王が乱入したやつかな、それとも一人ずつ素手で放り投げたやつか?」
どれも物騒過ぎるし、偉そうに椅子に座っている一般的な大臣のイメージ像が崩れそうだ。確かに彼も、ヴァンレットに次いで馬鹿力ではあったので、成人男性一人ぐらいは、簡単に持ち上げて放り投げるくらい容易だった。しかし、軍人枠でなくなった今も変わらないというのも、どうなのだろうか。
マリアは、「なんだかなぁ」と悩ましげに眉を寄せた。逃亡癖のある大臣というよりは、サボリ癖を持った暴れん坊大臣、という例えの方が正しい気がする。
説教を受けるジーンの傍らで自由に雑談しつつも、マリア達は、既に木刀戦の進め方について考えを終えていた。黒騎士部隊であった頃と変わらず、それぞれが自身の役割を思考し、既に目途は立てていたのだ。
説教に熱が入るポルペオに、後ろに控えていた若い部下達が「師団長、お時間が……」と声を掛けた。彼が説教を終わらせて話し合いに戻っていったタイミングで、ジーンが、ようやく耳から手を離して一息吐いた。
ジーンは「さて、いつも通りの戦法で行くか」と呟いて、マリア達を振り返った。自然と円陣を組むように向かい合った面々を見渡し、既に分かり切っている事だが、役割分担を確認すべく、十六年前と同じようにまずは親友へと目を向けた。
「この木刀戦、マリアはどう行く?」
「狙うは一点」
「だな。んで、ニールは……」
そこで、ジーンは問うように視線を移した。目を向けられたニールが、「へへっ」と嬉しそうに指先で鼻を擦り、胸を張った。
「俺はいつも通り後方っす! 『狙うは一点型』って、なんか懐かしい感じがするしワクワクしますね――……ってあれ、そういや、お嬢ちゃんはそれでいいの? この流れからすると、お嬢ちゃんが大将戦担当になるけど?」
「使用人根性を舐めないで欲しいですわ、ニールさん。ヅラごと幼少宣言を撤回させますし、つまり――」
マリアは胸の前で腕を組むと、改めて決意を固めるように、眼差しに力を込めてこう断言した。
「――ここは、勝った方が正義」
「もうそれ、武人思考じゃね? 白と黒を手っ取り早くつけちゃうっていう、物騒な感じのアレじゃね? でも嫌いじゃないぜ、お嬢ちゃん!」
ニールが「やべぇ、なんだかかっけぇ。超頼れる感じ」と瞳を輝かせるのを見て、ジーンが「そこも昔と同じだなぁ」と笑う吐息をこぼした。ニールから反対もない事を確認してから、続いてヴァンレットへと目を向ける。
「で、ヴァンレット、お前の考えは?」
「突破口を作った後、ニールに続きます」
「オーケー、そこもいつも通りだな。俺は『大将』を前に出して、その周りの雑魚を片付ける」
木刀をまとめて拾い上げ、ジーンは、それぞれマリア達に投げ渡した。
マリアは慣れたように木刀を受け取ると、振り応えを確認するよう下に払いながら、ポルペオ達の方へ顔を向けた。ヴァンレットが「うむ」と握り心地を確認し、ニールが口笛を吹きながら、木刀を片手で回して右手に握り直す。
ジーンが「さて」と木刀を肩に置き、こちらの準備はいいぜと伝えるように、ポルペオに首を傾けて見せた。
こちらを見つめ返したポルペオが、気難しい眉間の皺を深めた。四人を全体的に眺めて、考えの読めない鋭い黄金色の瞳をすぅっと細めると、挑発するように木刀の切っ先を下へ振り払う。
「もう話し合いは終わったのか」
「おぅ。バッチリだぜ」
「貴様と木刀を交えるのは久しいな」
俺が大将と打ち合うなんて口にはしてないぜ、ポルペオ――と、ジーンは言葉にしないままニヤリとした。
※※※
微塵の抵抗もなく木刀を握る、むしろ年季を感じるほどに握り慣れた四人の様子を目に留めて、ポルペオの若い部下達は、強い緊張感に知らず身を強張らせていた。
気のせいか、にこりともしないメイドの少女は、上着だけ軍服という妙な格好が気にならないほどの貫禄的な重圧感を覚えた。その後ろに並び立つ、三十代と四十代の三人は笑顔ではあるが、先程上司をおちょくっていた不真面目な人物と重ならないぐらい、隙のない威圧感を背負っているようにも思える。
まるで、本物の地獄のような戦場を勝ち抜いてきた猛者か、現役の精鋭部隊班と対峙しているような緊張感を覚えた。
本気で守りに入らないと、すぐ師団長の懐に入られるかもしれない。
若い部下達は、揃って唾を飲み込んだ。鉄壁の守りと高い評価には自信があるのだが、まさかと思いつつも、どうしてか足止めも出来ないまま大将試合が始まりそうな予感に、木刀を強く握りしめた。




