十三章 自称ライバルのヅラ師団長(3)
正々堂々と勝負しようと告げたポルペオは、現在、十二人の部下を連れている。
元々黒騎士部隊は、下町の喧嘩にも慣れているので、十三人対四人については問題視していない。礼儀正しい王宮の騎士の一人であるポルペオ自身が、この人数差をどう思っているのかは気になるところだが、彼なりに考えて、そのためのルールもきちんと用意してきているだろうとも思うのだ。
しかし、マリア達は、その喧嘩を買う気になれないでいた。ザベラの町まで現場の下見に行った帰りであるし、その矢先のポルペオというのも面倒臭い事このうえないのだ。
昔からポルペオは、教育した部下を連れて、部隊の優秀さを主張してくるところもあった。自由気ままな黒騎士部隊とは違い、熱意をもって真面目に師団をまとめ上げ、自身が正義とする騎士道を、迷いなく貫く彼に憧れる貴族騎士も多かった。
奴の騎士道は、同僚が苦々しい顔をするぐらい堅苦しくて真っすぐだ。
そう思い返したところで、マリアは、ふと先程のポルペオの台詞を思い出した。極秘任務もこなすと言っていたので、もしかしたら今のジーンと同じように、『裏』の仕事にも関わっているのかもしれない。
アーバンド侯爵家の事情を知っており、マリアを戦闘メイドであると理解したうえだとしたら、ポルペオがこのように勝負を要求しているのも、ぶっ飛んだ発想ではないのだろう。
誰よりも騎士道に沿うポルペオは、戦力外のメンバーがいた場合は、速やかに退場を願ってから本題を切り出すような男だった。軍人の中でも、そういった配慮や常識行動が取れる所を、オブライトも「根っからの『騎士様』なんだなぁ」と評価していた。
残念ながら、その点においては、ポルペオだけが唯一の常識人だった。
他の連中は周りを見て行動する、という思考構造は微塵も持ち合わせていないため、多くの部外者が巻き込まれた。
マリアは口の中で「こいつがまともな位置付けというのも、なんだかなぁ」と複雑な胸中をこぼした。他のメンバーに比べると常識的な思考を持ってはいるが、こうして悩まされている事実は変えようがない。
グイードのように、対戦相手が女だからといった躊躇が一切発生しないところでも、ポルペオは軍人として優秀である。現場の指揮や判断力、個人が持つ戦力値も申し分ないほどに高い。
暴走したロイド少年の剣を、堂々と正面から受け止め、先輩師団長として冷静に説教も出来た男だった。個人の打ち合いは、剣ごと吹き飛ばされて終了していたが、ポルペオの逃げない姿勢には誰もが感心した。
とはいえ、ロイド少年の機嫌をより悪化させる事も多かった。
恐らく、彼らが互いに意見を曲げず、主張するタイプの人間であったせいだろう。ロイド少年が「俺より目線の高い奴から切り刻んでくれる」と、オブライトや友人達だけでなく、居合わせた全員が制裁対象となるのも少なくはなかった。
そこまで激怒させたポルペオの説教内容については、今でも詳細不明である。最初の頃、ジーンが腹を抱えて笑い転げ「牛乳論とか超ウケる!」と口にしていたが、あまりにも酷い笑いようだったので、周りの者はドン引きして聞きそびれていた。
ポルペオの十二人の部下の様子を、マリアは何気なく確認した。
こちらにチラチラと向けられる視線は、戦闘使用人という珍しい所属人を観察しているというよりは、武術を嗜んでいるだけの少女を、気遣っているようにも思える。
もしかしたら、彼の部下達は、アーバンド侯爵家の事は知らされていないのかもしれない。そう考えてマリアが目配せすると、察したジーンが「ふむ」と顎の無精髭をなぞり、ポルペオへと目を戻した。
「ポルペオ。その力比べってのは、女の子も含まれてんのか?」
あ、この子はマリアってんだ、とジーンが簡単に紹介した。
すると、ポルペオが顔を顰めて「話は聞いている」と、珍しく言葉を濁すような口振りで言った。
「『侯爵令嬢の護衛も兼ねている、護身術に長けたメイド』なのだろう? ルクシア様の一件でも信頼があり、今回の任務についても実力に問題はないと、総隊長と宰相も認めている――……つまり剣においては素人ではない事は、部下達に伝えてある」
やはりポルペオの部下に関しては、アーバンド侯爵家の事情までは打ち明けられていないらしい。
マリアとジーンが「なるほど」と理解する横で、ニールが「それでお嬢ちゃんは凶暴なのか」と納得するように肯いた。彼は赤毛頭を傾けて「最近の護身術は本格仕様なんだなぁ」と、やたら痛いマリアの拳と蹴りと締め技を思い返す。
嘘が付けない騎士道真っすぐのポルペオは、罰が悪そうに説明した後に、気を取り直すように言葉を続けた。
「だからこそ、私は納得もいかんのだ。そのメイドの件がなくとも、下が三十六で、貴様に関しては私より年齢が上だ」
そう言って腕を組んだポルペオを見て、ジーンが「ははぁん、なるほど?」と意地悪くニヤリとした。
「つまり若手向きの仕事だと、お前はそう考えているわけだ?」
「貴様は今や『大臣』で、ニールも現場を離れている身だろう。そこに若手の兵士を連れるならまだしも、三十代が二人に四十後半が一人、それに幼少のメイドの、たった四人でやれるという考え自体が軽率なのだ。緊張感が無さ過ぎる、無謀だ」
「そうか? 昔も四人とかでやってただろ。少ない時は俺とお前と、俺の親友の三人でもやったじゃん?」
「時代と年齢を考えろッ、馬鹿者め!」
途端にポルペオが怒鳴り、ジーンが耳を塞いで「え~」と納得いかない様子で眉を顰めた。
考えろと言われても、納得し難い内容である事に変わりはない。『元黒騎士部隊』という経歴が気に食わないだけなのではと思いつつも、マリア達は、いちおうポルペオの部下の様子を窺ってみた。彼らも年齢的な考えは上司と同じらしく、賛同するように数回小さく頷いている。
というか幼少じゃねぇよ。十六歳だ、阿呆。
若造共に言われた先程の一件を思い出し、マリアは苛立ちが再発し、愛想笑いの下で拳を握り締めた。
ジーンが面倒そうに頭をかいて、「なぁポルペオ」と言った。ゆっくりと首を右に倒したヴァンレットが、きょとんとしたまま口を開きかけたのを見て、ニールが素早く手を動かして彼の口を塞いだ。
「俺も仕事の時間が押してるし、手っ取り早く訊くけどさ。お前が提案する木刀戦ってのは、つまり『優秀な若い奴ら』と一線交えて、白か黒かを付けようって事か?」
「その通りだ」
ポルペオの返答を聞いて、ジーンが「やっぱりそうなるか……」と悩ましげに腕を組んだ。マリアも、うんざりしたように苦々しく視線を泳がせた。
わざわざ若い部下達を揃え、こうして待ち構えていたポルペオを見た時から、何となく予想していた事ではある。実にシンプルで分かりやすい方法だが、やはり乗り気にはなれない。
現場の下見を楽しんだジーンとしては、もう一暴れするよりは、食欲に意識が傾いていた。マリアは疲労感もあって、騒動はもう勘弁して欲しいと考えており、縛りを嫌うニールも待機状態に飽きを覚え始めている。ヴァンレットも、そろそろじっとしていられない頃合いだ。
ヴァンレットを除いた三人の表情を何と取ったのか、ポルペオが太い黒縁眼鏡を指で挟んで、きゅっと持ち上げた。
「私が揃えた部下は、共に『極秘任務』もこなす二十代の優秀な者達ばかりだ。幼少の子供と、現役でもない中年を含む貴様らの体力が続くかは分からんが、試合形式は一体一で行う――」
その時、ブチリ、と何かが切れる音が上がった。
異変に気付いたポルペオが、言葉を切って訝しげに目を細めた。彼の後ろに控えていた若い騎士達も、場の空気が張りつめた物に変わったのを察し、知らず緊張に身を強張らせた。
数回目の幼少発言に我慢ならず、マリアは「幼少の子供……」と低く呟いていた。ジーンとニールが「中年……」と地を這う声で言い、ヴァンレットが珍しく、目から笑みを消してにっこりとする。
体力がない理由付けに、他人の口から根拠もないまま、特に年齢についてレッテルを張るように言われる事ほど癪なものはない。
黒騎士部隊は完全実力主義だ。十代だろうが実力があれば隊長補佐にもなれるし、二十歳直前に隊長になる者もいる。他の全員が十代、二十代の若手だろうと、部隊内で二番目に強いとされる副隊長の地位に居続けた三十代もいる。
自分がまだやれると思うのであれば、現役そのものだという考えが、黒騎士部隊に浸透していた『あたりまえの常識』だった。王宮の騎士とは考え方が根本から違っており、何より負けず嫌いの人間がほぼ全体を占める。
マリアはポルペオに、にっこりと少女然とした笑みを浮かべてみせた。
「見掛けだけで判断して頂くのは困りますわ。――ちなみに、私は十六歳ですので、お間違えなく」
おほほほほ、とマリアは口許に手をあてて微笑んだ。それを見据えるポルペオの後ろで、若い騎士達が「……あの子、目が全然笑っていないような気がする」と囁き合う。
ジーンがマリアの肩をポンと叩き、一歩を踏み出して「その通り」と言った。
「こう見えても、おじさん達は現役だぜ? あんまりナメないで欲しいねぇ」
「優秀とかランク付けなんて知らねえっすけど、ウチの部隊が最高だし、俺としては生涯現役で『隊長』と『副隊長』の部下っす」
「うむ。教育がてら訓練に付き合ってやろう」
叩きのめせば納得もするだろう。
つまり、今すぐ奴らを潰す必要があるわけだと、マリア達の中で、意見は完全に一致していた。
ポルペオが片方の眉を器用に上げ、ジーン、マリア、ニール、ヴァンレットへ順に目を向けて「既視感を覚えるのは気のせいか?」と首を捻った。
「相変わらず、急にやる気を出すところも、実に分からん連中だな」
そんなポルペオを目に留めたまま、マリアは、後ろ手でジーンの背中を軽く叩いて合図した。
ジーンは、絶対零度の殺気を強めているマリアを見下ろし、ニヤリとして「分かってるって」と答えた。ニールがやる気を滾らせた顔で拳を掌に打ちつけ、ヴァンレットが珍しく、爽やかな笑顔を浮かべて指を鳴らすさまに目を留める。
「まぁいい。木刀は既に用意してある。まずは誰から――」
ポルペオが言いかけた時、一同がやる気である事を確認したジーンが、その台詞を遮るように「ポルペオ」と呼んだ。
「一対一なんて面倒臭ぇのは、無しでいこうや。うちの大将の許可も出たしな」
「なんだと……? そもそも、お前が大将ではないのか?」
てっきりジーンが大将とばかり思っていたポルペオは、実に不可解だと言わんばかりに、ニールとヴァンレットへ目を向けた。
それを見て、ジーンは「ははは」と笑った。しかし、すぐに好戦的な眼差しに戻すと、ヅラと眼鏡がここまで似合わない男も他にいない、被り物がなければ英雄神の像にも似ている、屈強なポルペオの精悍な顔を見据え直した。
「この木刀戦、うちの大将はマリアだ。んで、そっちの大将はポルペオって事で」
ジーンは、にこりともしなくなったマリアの頭に手を置き、言葉を続けた。
「一言でいっちまうとな? ――全員でかかって来たとしても、お前らなんて俺ら四人で十分だって話だ」
胡散臭いほど爽やかに微笑み、ジーンはマリアが言いたい台詞と、部下達の意思をそのまま口にした。無精髭の存在が希薄になるほど、邪気も感じさせない様子で、にっこりとポルペオ達を挑発する。
ポルペオが目尻をピクリとさせ、殺気立つ黄金色の瞳を細めた。
「……良かろう。ならば、ハンデ無しでぶつかり合おうではないか」
低い声でジーンの提案を受け入れたポルペオの後ろで、優秀であると自覚する彼の部下達の瞳に、メイド少女に対する躊躇を打ち払うように「こちらも手を抜かず返り討ちにする」という闘志が灯った。




