十三章 自称ライバルのヅラ師団長(2)上
ポルペオ・ポルー。
オブライトとは同年齢であり、ロイドが入隊する前の当時、師団長としては最年少の若さで就任した実力派の天才だった。しかも最年少の隊長格となったのは同日で、二十歳の誕生日をまだ迎えていなかった二人は、異例のルーキーだと騒がれた。
年齢の他にも、二人の生い立ちが真逆だった事が余計に注目を浴びたようだ。立場や性格の違いも目を引いて『異例の新人隊長組み』と呼ばれた――らしいと、マリアは、当時の部下や友人達に話を聞かされた内容を思い返した。
ポルペオは生粋の貴族で、今でも語り継がれる『建国を支えた白の騎士』という歴史を持った、名高いポルー伯爵家の嫡男だった。彼の実力は本物で、騎士学校や訓練生時代から多くの支持を集め、師団長に就任した際はその師団への入隊希望が殺到したと聞く。
対するオブライトは、家名もない傭兵である。就任式で二人が並んだ際、一見して生粋の貴族と分かるポルペオと揃うと、その毛色の違いが際立ち、まるで白と黒の組み合わせだという印象を見ていた者に与えたらしい。
十六年前は二十七歳であったので、現在は四十三歳か。
ジーン達と共に隠し通路から中央訓練場に出たマリアは、若手の精鋭部隊員を後ろに控えさせたポルペオに目を留めた。
縁の太い黒い眼鏡を掛けたポルペオは、顰め面をした目尻に薄い皺は覗くものの、普段から身体を鍛えてあるせいか、実年齢よりも若く見えた。度の入っていない眼鏡の奥から覗くのは愛想のない鋭い切れ長の、ポルー伯爵家特有の黄金色の瞳である。
ポルペオは少々肉付きは悪いものの、骨格が太く貫禄を覚える体格をしており、ジーン達に劣らぬ高い背丈をしていた。男性にしては身綺麗で肌は白く、腕を組む指も、剣を握るとは想像がつかないほど形が良くて細長い。指の先に覗く爪も、武人というよりは女性のように磨かれている。
規律に厳しいポルペオは、一つの皺もない軍服をピシリと着こなしていた。モルツ以上に細かい事に煩い彼は、非常に頭が固く柔軟性に欠けており、相変わらずその髪型も、邪魔にならないように個性的過ぎるぐらいに徹底に固められていて――
むしろ、頭にしか目がいきそうにない。
十六年経っても進化のないそこに、マリアは口が引き攣りそうだった。
ポルペオは几帳面な性格をしている。彼の教育を受けている部下達も、それに習うように見事に軍服を着こなし、軍人の模範のように胸を張ってピシリと並び立っていた。相変わらず呼吸のし辛そうな堅苦しい師団ではあるが、そこは別に構わない。
問題は当のポルペオである。規律厳守で几帳面。常識についても煩く説く堅物であるのに、何故か、眼鏡ですら隠しきれない目立つ黄金色の瞳を、度のない特注の黒縁眼鏡でどうにかなると信じ切っている男だった。
そして、そんな彼の頭には、この国では珍しくない茶色の髪が乗っている。多量の整髪剤を異常なレベルで投入して練り込んだかのように、ぺったりと過剰なほど、額を見せる高い位置で七三に止められているが、カッチリと固められたその茶色の前髪の下にある眉毛は、瞳や睫毛と同じ黄金色である。
だから、配色がおかしいと何度も言っただろうが。
もしくは眉毛を隠すぐらいの前髪は許せと、グイードも何度も助言していたというのに、十六年経った今でも改善が見られないのが信じられない。というより、あの頃より髪の質感がなくなるぐらいにヘルメット化してないか?
露骨なヅラ感がより悪化して、もはやどんなに頑張っても違和感丸出しのかぶり物にしか見えない。清潔感漂う短髪風のヅラの下に、どのようにあの見事な黄金色の髪を収納しているのか気になるところだ。
思わずポルペオの頭に釘付になったマリアを見て、ジーンが心情を察し「……まぁ、十六年振りだから強烈かもなぁ」と、彼女にだけ聞こえるように口の中で同情をこぼした。
ポルペオ・ポルーは賢く実力もあり、固く揺るぎない正義感と忠誠心を持った騎士である。愛想はないが硬派な紳士でもあり、精悍な顔立ちもあって、二十歳早々に婚約者を妻として迎えた後も人気があった。
彼は若手の軍人が尊敬を集めるぐらいに真面目なのだが、マリア達からいわせれば、斜め上、もしくは数歩ずれているようなおかしな所があった。ポルペオは妙な信念を貫いているところがあり、ポルー家独特の淡く輝く黄金色を、特注のヅラで隠している事のもそのうちの一つである。
君主より目立つなど言語道断、というのが、ポルペオの言い分だった。彼の黄金色の色素は、王族の金髪よりも目立つのだ。
しかし、ポルペオの名言は後に、「主人より目立つなど」に変わった。彼の言う『主人』とは国王陛下ではない。ポルペオは生まれたばかりの第二王子を目にした際、その赤子にひれ伏して騎士の忠誠を誓い、見ていた者達の度肝を抜いた。
第二王子ジークフリートは、王妃に似た濃い栗色の髪に、父親そっくりの金緑の瞳をしていた。あの日からポルペオの特注のヅラは、栗色よりも色合いが暗い茶色になったのだ。
とはいえ、奴のヅラの色の変化についてはどうでもいい。
余計な事まで鮮明に思い出してしまったマリアは、なんだか頭が痛くなってきて、ひとまず現在四十三歳になったポルペオの頭から視線をそらした。
あまりにも露骨に似合わないので、ヅラに関しては、吹き飛ばしたい気持ちに駆られる事はある。ポルペオは几帳面で細かくて、熱い信念を持っているから話すのも面倒になる事もあるが、幸いどこかの魔王のような破壊魔ではないので、忠誠心やヅラが悪い訳ではない。
最大の問題は、ポルペオが常人には理解し難い信念のもと、黒騎士部隊を率いるオブライトに張り合ってくるところにあった。常にライバル視し、どちらの部隊が優秀であるか競いたがったのだ。
絡んで来る理由について、ポルペオは「私がお前のライバルだからだ」としていた。いつどのような理由でライバルになったのか、今でも全く分からないでいる。
王宮に頻繁に出入りしていた訳ではないオブライトは、優劣を付ける事に意識を向けた事もなかったし、二回目に顔を会わせた時のライバル宣言には困惑した。ジーンや部下達も「親友よ、あいつと交友とかあったっけ?」「隊長、いつ怨みを買ったんですか?」と首を傾げていたほどだ。
同じ年齢で、同じ日に隊長と師団長になった。つまり、スタートラインが同じだったせいでは、と周りの人間は推測していたが、勝負の対象は個人的な戦力でもないらしい。それについて競い合う機会があって勝ち負けが判定しても、ポルペオは引き続き「次も我が師団が優秀であると認めさせてくれよう」と宣戦布告してきた。
悪い男ではないので、自称ライバル宣言については、もしかしたら嫌いだという示しなのかもしれない、と考えた事はある。
オブライトは穏やかな空気を好んでいたし、争いごとを好む性格ではなかった。気に入らないところがあれば善処するので、部隊同士の喧嘩のように騒がしくするのはやめないか、と提案した際、ポルペオは、心底馬鹿にするように目を細めてこう言い切った。
――貴様は何も分かっていないな。人間一人ひとり違うのだから、才能や能力に数字を付けて優劣を比べるなど、それこそ貴様のいう『阿呆』である。だからこそ、ライバルとして自分達が持つ部隊で勝負を付けようというのだ、馬鹿者め。
正直、訳が分からない。
というか、ポルペオが何をしたいのか理解出来ない。
ポルペオは、他の部隊の軍人も多く集まる公共の場で、唐突に「お前が私のライバルで、私はお前のライバルだ」と宣言してきてからというもの張り合い続けていた。つまり、王宮で一番オブライトや黒騎士部隊の名に一番反応する、面倒臭い男なのである。
四十三歳になったポルペオが、揃った面々を顰め面でじっくりと観察し、納得いかんとばかりに腕を組んだ。
「相変わらず緊張感の欠片もない奴らめ。話は聞いたぞ、この優秀な我が師団に雑魚だけを器用に回すとは、なんと下劣なッ」
どうやら、闇オークションの残りの四ヶ所については、銀色騎士団第六師団が抑える事になったらしい。
そう察したマリア達は、首を傾げるヴァンレットの横で、面倒になったなと内心同じ事を考えていた。こんなにも早く決定したという事は、恐らく総隊長であるロイドが動いたとは予想されるが、なぜ、よりにもよってポルペオの師団なのだろうか。
向かい合うポルペオから、全く見当違いの怨みを被せられているのは明らかだ。ひとまず面倒な誤解については、早々に解消しておこうと考え、ジーンが「あのな?」と控えめに声を発した。
「多分それ、あのクソガキ――あ、いや違くてロイド、じゃなくて『総隊長』辺りの独断だと俺は思うんだ。うん。確かに本拠点の仕事を進んで受けたのは俺だけどさ、他を第六師団に回すとか、全然思ってもなかったし? だから、今お前に俺らが絡まれてるのも、完全なとばっちりなわけで」
「貴様の考えは見抜いているぞ!」
説明しようとするジーンの台詞を遮り、ポルペオが、至近距離から彼の顔へ指を突き付けた。無駄に力の入った動きだったが、現存しているヘルメットの性能を超越したように、ポルペオの頭に乗った茶髪がズレる事はなかった。
「我がジークフリート様に良い所を見せて、一番のお気に入りの立ち場を私から奪取するつもりなのだろう!? そうはいかんぞッ、この第六師団こそが殿下の直属である!」
ポルペオは、確信があるとばかりにそう言い切った。
現在、銀色騎士団第二師団の師団長を務める、二十歳の第二王子ジークフリートの名前が出て、マリア達は沈黙した。ヴァンレットだけが、きょとんとした顔をゆっくりと左へ傾けた。
しばし逡巡していたジーンが、悩ましげに頭をかいた。
「……お前ってさ、こう、目が腐って前が見えなくなるタイプでもあったよなぁ」
「失礼な! 我が眼に曇りはない!」
「頼むから至近距離で叫ぶのやめない? 俺、耳がいっちゃいそうなんだけど」
ポルペオの分からない信念と、無駄な熱意と姿勢の中には『追っかけ』という副産物もあった。奴は第二王子の一番の信者であり、真っ先に騎士の忠誠を誓った猛烈なファンでもある。
目も開いていない赤子を一目見て「我が主」とした根拠については、永遠の謎である。マリアとしては、一目見て「親友!」と宣言したジーンの件もあるので、自分の勘をどこまでも信じているような不思議な男という部分については、この二人は似通っているのかもしれないとも考えてはいる。
つまり、その辺に関しては勘繰ることをしない方がいい。
多分、常人には理解し難いと思うのだ。優秀な癖に、常々ポルペオが説く信念が斜め方向で、こちらがそれを理解出来ない事と同様である。
マリアは自分がオブライトであった頃、ポルペオとの数回の話し合いで「あ、これ多分、無理なやつだわ」と察した過去を遠い目で思い返した。その注意が外れたタイミングで、出遅れたニールが彼の口を塞ぐ暇もなくヴァンレットが口を開いた。
「ポルペオさん、また便秘ですか?」
「違うわ馬鹿者! 普段から私が腹事情に悩まされていると誤解されるような事を言うなと、何度言ったら貴様は理解するのだ!?」
昔上司であった奴らの、お前への教育の緩さが目に見えるようだわッ、とポルペオが我慢ならない様子で地団太を踏んだ。
手を抜いたつもりはないし、いちおう努力はしたんだけどなぁ。
努力の結果がこれなのだと、マリアは心の中で呟いた。ヴァンレットの思考回路については、若きレイモンドが常々「頭がおかしくなりそうだッ」と助けを求めてきたように、底のない謎で満ちているのだ。
頭の固いポルペオは、ヴァンレットに関して青筋ばかり浮かべていた。続けて遭遇した日には、ヴァンレットの思考構造について本気で考え込み、やめた方がいいと止めたオブライトに「学がないお前に代わって、このポルペオ・ポルーが策を考えてやる」と教育方法について頭を悩ませた結果、寝込んでしまった事もある。
その際には、ヴァンレットを除く黒騎士部隊の全員が同情した。オブライトとジーンは、黒騎士部隊を代表して見舞いに行った――がそのタイミングで、何故かグイードもやって来た。
あの時、騎馬隊の将軍だったグイードは、「話は聞いたぜ、後輩よ。面白そうだから俺も『見舞いの品』を持って来た!」と、ポルペオではなくオブライトへ会いにきたと隠しもせずに言った。悪魔の少年司書員までやって来て、一見すると愛らしい微笑みで「ヅラ爆発すればいいのに」「眼鏡叩き割っていいかな」とポルペオを狙った。
……そういえば、先輩部隊員の話も聞かずにニールとヴァンレットもやってきて、結局は、ポルペオの寝込み日数が伸びたのだった。彼の知恵熱は本物だったようで、オブライト達は初めて、ポルペオが説教の途中で意識を失うのを見た。
騒がしい部下や友人もいて、気遣いが裏目に出る事も多かった気がする。思い返せば、そのせいでポルペオとの溝が、ちっとも縮まらなかったのではないだろうか。
隊長や副隊長としての努力の日々を思い返してしまったマリアとジーンの横で、ニールが、同情するようにポルペオを見やった。
「元気出して下さい、ヴァンレットも悪気があったわけじゃないんすよ……代わりに俺が謝りますから。ね、ヅラ師団長?」
部隊では唯一の後輩でもあったヴァンレットを擁護するような発言は、珍しく場の空気に沿った台詞だったのだが、――思い付くまま口にしたニールの、後半の呼び名は完全にアウトだった。
ポルペオが余計に頭を抱えて「誰がヅラだ!」と怒鳴り、なんで貴様らの部隊は我が名をきちんと口に出来るものがごく僅かなのだ、気配りや学習を知らんのか、と口の中で苦悶の呟きを上げた。




