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十二章 黒騎士部隊の四人(5)上

 最後だけを上手くまとめてきたニールの報告を聞いて、マリアは「なるほど」と一つ肯いた。


「って結局はお前のせいだろうが! この阿呆!」

「あいたッ、なんでそこで脇腹殴んの!? 俺、真面目に仕事したのに……ッ」

「緊張感なさすぎだって、ニール。おじさんもさぁ、さすがにフォロー出来ないっていうか」

「いててててッ。副隊長ッ、マジで首が絞まってます!」


 ヴァンレットをマリアに任せたジーンは、自分よりも背丈の低いニールの首に腕をかけると、器用に首を絞め上げつつ悩ましげに「どうしたもんかなぁ」と吐息交じりに呟いた。


「初っ端の下見で一暴れするってのも、慎重さに欠けるしなぁ。相手の集団は、下っ端とはいえこれから潰すメンバーの一味だし、ここは後先を考えて回避するのが無難――あ、そうだ、お前ら剣は抜くなよ? 一目で騎士団の人間だってバレちまうからな」


 軍部の所属を示す特徴的な剣の装飾を見られたら、正体を知られて警戒されてしまうだろう、とマリアも思った。相手の口を完全に封じる必要が出てくるうえ、妙な四人組という情報を与えてしまうので、一戦を交えるのも避けた方がいい。


 というか、これから叩きのめす相手と騒ぎを勃発させるとか、どんな悪運だ。


 ジーンから解放されたニールが、涙目で首をさすり「マジで絞まったんだけど何で怒られたんだ、俺……」と呟く声を聞いて、マリアは「ぐぅ」と呻き声をこぼし、丹念に目頭を揉み解した。


 ヴァンレットが握った手の先のマリアを見下ろし、首をコテリと右へ傾け、それから、のんびりとした眼差しをジーンへ向けた。


「ジーンさん、素手なら良いという事ですか?」

「ん? まぁ抜刀しなけりゃ――て違うぞ、ヴァンレット。まず、そういう問題じゃねぇからな?」


 その時、物騒な飛翔音と共に背後に攻撃の気配が迫るのを察知し、全員が一瞬で戦闘意識へ切り替え、そちらへ目を走らせた。


 真っすぐ飛んで来たのは、重さと殺傷力が中程度の石斧で、マリアは飛んでくる物体がニールを狙っていると視認してすぐ、自分の部下を守るべく反射的に「ニールしゃがめ!」と鋭く叫んだ。彼の後頭部に迫る凶器を叩き落としてやろうと、きゅっと地面を踏みしめて立ち止まり、振り返りざま右足を振り上げる。



 唐突に、握っていた手をヴァンレットに力強く引き寄せられた。



 マリアは「おわっ」と素で声を上げ、振り上げかけた足を咄嗟に引き戻した。広がったローブの下で、スカートがふわりと舞う。


 マリアから強い指示を受けたニールが、身体に染み付いた条件反射で頭を抱えて「はいッ」としゃがむかたわらで、ジーンが標的へ目を向けたまま、彼女の小さな後頭部に手を回して軽く下げさせた。


 マリアを後ろに引いたヴァンレットが、マリアを庇うジーンの前に一歩踏み出て、飛んで来た石斧を大きな手で正確に受け止めた。彼は表情一つ変えないまま、手を握り込んで石斧を砕き潰し、拳を解いて地面へ落とした。


「ヴァンレット、良くやった」

「いえ、ジーンさん」


 ジーンとヴァンレットは、十六年前と変わらず、目線も交わさず言い合った。


 その様子に、マリアは一瞬ばかり呆気にとられたが、ヴァンレットが、名ばかりの隊長補佐でなかった事を思い出した。


 ……そういや、こいつって部隊一の怪力でもあったな。


 負の感情を持たない男だったので、仲間内や友人間での取っ組み合いで発揮される事はなかったが、敵陣に飛び込むと、ヴァンレットは投げられた槍のように止まらなかった。拳一つで強固な鎧を打ち砕き、剣一つで防具ごとあっさりと突き破ってしまう屈強な騎士が、ヴァンレット・ウォスカーだ。


 追ってくる男達が、ギョッとしたような顔をした。ジーンが「よし」と一つ頷き、一同に告げた。


「立ち止まってたら追い付かれちまうし、行こう」


 走り出そうとしたマリアは、繋いだ手が引っ張れず、ヴァンレットが動かない事に気付いた。ニールとジーンも、すぐに足を止めて仲間の異変に目を向けた。


 ヴァンレットは、相変わらず笑っているような呑気な表情を浮かべていたが、追ってくる若い男達を真っすぐ見つめる瞳孔は開ききっており、戦場で見せるような冷やかな闘気を滲ませていた。


 マリアたちはそれを見て、彼の戦闘スイッチが入ってしまっている事を察した。ジーンが「マジか」と僅かに目を見開き、ニールが「え、このタイミングで?」と大きな後輩をまじまじと見据える。


 というか、どこでスイッチが入った?


 マリアもニールと同様、そのタイミングの悪さが信じられなくて、嘘だろ、と彼の古傷のある横顔を見上げていた。すると、ヴァンレットがゆっくりとマリアから手を離して、視線も返さずに「ジーンさん」と呼んだ。


「素手であれば、『子供を教育指導』しても問題ないですよね」

「おい待て、ヴァンレット。お前、ちょっと落ち着――」


 ジーンの説得も聞かず、ヴァンレットが指をゴキリと慣らして「少し行ってきます」と、珍しくニッコリと笑って走り出した。


 マリアは、ジーンやニールと共に、離れていくヴァンレットの大きな背中を唖然として見送った。


 一度スイッチが入ったら、あの大男を言葉で止めるのは無理だ。入隊したばかりの新人時代、簡単な挑発に乗せられて、オブライトの忠告も無視し頬に傷を受けた男である。時間の経過による『忘れて落ち着く』を待つか、かつてオブライトだった頃のように拳骨を落とすしか方法がない。


「……おい、ジーン。どうするよ」

「……どうするって言われてもなぁ。止めるんだったら力づくになるし、とはいえ今の状況だと、俺達が騒ぎに飛び込むのも良くねぇからなぁ。変なところであっさりスイッチが入っちまうのも、うちの部隊の困った特徴だよな」


 悩ましげに頭をかきながら、ジーンは誰にも聞こえないよう口の中で「俺以外のやつらって短気なの多くね? というか、あいつどっかで気付いてるんじゃねぇの。どう見ても、尊敬する上司関係で切れたって感じだしなぁ」と、困ったように呟いた。


 その呟きが聞こえていないマリアは、黒騎士部隊は騒がしい人間が揃っていたな、と遠い目で思い返していた。オブライトはそうでもなかったが、ジーンを含めた全員が落ち着きない男達だった、という覚えがある。


 ヴァンレットの走る後ろ姿を見ていたニールが、遅れて「はぁ」と呆気にとられた吐息をこぼした。


「あいつも、ああ見えて短気なところがあるよなぁ。俺みたいな冷静さが足りないんじゃね?」

「おい、ニールよ。お前が一番落ち着きないからな? 俺、毎回苦労しちゃってるからな? この中じゃ俺が一番冷静だろ」


 互いに自分こそは短気ではないと認識したまま、離れていくヴァンレットへ目を戻したところで、ジーンが「とりあえず」と、マリアとニールに声を掛けた。


「ヴァンレットは放っておこう。あいつの場合は加減するから、ガキんちょを教育するレベルで被害もデカくならねぇだろうし、多分数分もしないうちに切れた事も忘れるさ。俺らは大人として、後先を考えて行動しようじゃねぇか」


 どちらにせよ、あの騒ぎに飛び込むのも、へたに刺激して騒動を大きくするのも良い案とはいえない状況だ。


 マリアも、それを考えて「そうね」と相槌を打った。


「私もそれに賛成。ヴァンレットは後で迎えに行きましょ」

「俺も異議ねぇっす! 大人な対応っすもんね!」



 三人は、走り出す直前に後方の様子を確認した。ヴァンレットは、ニールが報告していた若者チーム『ピーチ・ピンク』の先頭の男と、そろそろ接触しそうだった。



 マリアたちが走り出してすぐ、後方から「待て赤髪ぃ!」とスキンヘッド頭の男が声を張り上げた。


「俺はッ、テメェだけはぶちのめさないと気が済まねぇ!」


 私怨のこもったその声を聞いて、マリアは、思わずニールへ目を向けた。短い接触にも関わらず、かなりの怨みを買っているらしいと気付いて、ジーンも問題児の部下を見た。


 マリアは、名差しされたニールが「ん?」と首を捻る様子を見て、訝しげに目を細めた。


「ニールさん、後ろの男の人、すごく怒っているみたいですけど、一体何をしたんですか?」

「特に何もしてないよ? 俺、覗き談義しただけだし」

「ほんとかよニール、すげぇ根に持っているみたいなんだが……ははっ、まさか相手さんも、お前と同レベルの思考と趣味主義を掲げているわけじゃ――」


 グループ名と、ニールから聞かされた彼らの様子を思い返して嫌な推測をしてしまったジーンが、乾いた笑みを浮かべたところで、スキンヘッドの男が再び「赤髪ぃ!」と怒号した。


「てめぇの『お触りを求めない主義』も男として許せんが、よくも店員ちゃんの胸を底上げだと貶しやがったな!? 整えられて盛られているからの良さがあるんだ! 何度も言ったが、その良さは男として認めるべきだろう!」


 マリアとジーンの表情が、ピキリと固まった瞬間、ニールからプツリと何かが切れる音が上がった。


 ニールが足を止めて、勢い良く男達の方を振り返った。


「馬鹿ヤロー! 覗きで鍛えた俺の目をナメてんじゃねぇぞ! というか、底上げした胸を見ても妄想出来ないから楽しくねぇって、俺、――何度も言っただろうがぁぁあああああ!」


 怒号しながら、ニールが男達に向かって走り始めた。ヴァンレットに一人目の若者が放り投げられた脇から、スキンヘッド男が「赤髪ぃぃぃぃい!」と飛び出し、彼らは互いに雄叫びを上げて距離を縮めた。


 マリアは思わず「くだらねぇ!」と叫んでいた。


 奴もヴァンレットの事は言えない。というか、揃いも揃って短気な阿呆ばかりだ。むしろ、ヴァンレットよりも、ニールの方が格段に馬鹿度合いが酷い。


「あいつ阿呆だろ! というか『底上げ論』が争点とか、阿呆すぎるッ」

「おぉ……阿呆って二回も言ったな、親友よ」


 ジーンは、阿呆という『名口癖』を連続で発したマリアを見下ろし、ゴクリと唾を呑み込んだ。


 稀にない事なので記憶に刻みつけつつも、過去にどれほどあったか掘り起こして、それを比較して親友との思い出に浸りたい気もした。しかし、そこまでの時間がない今の現状が、実に悩ましいところだ。


「……まぁ十六年経って、あいつの中の趣味が斜め方向に強化されたんだろうなぁ」


 まさかここに来て、ニールと同列の馬鹿を見る事になろうとは思ってもいなかっただけに、ジーンは騒動へと視線を戻しながら、口角を引き攣らせてしまった。彼が知る『そういったチーム』に比べると、あの『ピーチ・ピンク』は珍しいタイプだ。


 けれど、そこには少し思うところもあって、ジーンは「ふむ」と考えた。その間にも、ニールとヴァンレットは、『ピーチ・ピンク』の若者達とぶつかって取っ組み合いを始めていたが、相手方も武器を手にしないまま喧嘩に挑む様子を、ジーンは、しばし目に留めた。


 ヴァンレットが騎士流の正規体術で若者達を軽々と吹き飛ばすそばで、ニールが傭兵時代に鍛えられた下町の喧嘩技で殴り合う。その様子を見て、マリアは頭痛まで覚えて、またしても目頭を押さえた。


 マリアが目頭を揉み解しながら「ぐぅ」と呻く声を聞き、ジーンは、先についての思案を一旦頭の片隅に置き、元気づけるように、親友の細く華奢な肩を普段の調子で叩いた。


「ヴァンレットをニールが回収すると思えば、まぁ悪くないかもしれない。とりあえずは俺達の方で、先に屋敷をチェックしちまおうぜ、親友よ」


 マリアは、肩から走る鈍い痛みに顔を顰めた。こいつ相変わらず女だと思っていないな、と忌々しげにジーンを見上げたが、その方がスムーズに事が運ぶだろうとも分かって、ふぅっと息を吐いて眉間から力を抜いた。


 ニールやヴァンレットに『大人な対応』と注意していただけあって、ジーンは大丈夫そうだ。きっと、これ以上は悪くならないはずだと、マリアはひとまず自分を落ち着けて「そうだな」と答え、ジーンと共に走り出した。


「それにしても困った部下共だぜ。まんま昔のノリだもんなぁ」

「ニールは昔よりも悪化してないか?」

「うーむ、外に『おつかい』に出して目を離している間がまずかったか。まぁ、あれだ。ここは大人として慎重に行動する事を、俺らが教えてや――」


 ジーンがそう言い掛けた時、後方の騒ぎから「あ!」と若者の叫びが上がった。



「『無精髭パパ』が、『娘』を連れて逃げちまう!」

「『子連れパパ』めッ、逃走を選んだのか!?」

「さては『デカい息子達』に場を任せるつもりなんじゃね!?」


 

 その時、一際大きくブチリと、何かが切れる音がした。


「ッ誰が『パパ』と『娘』だ! どっからどう見ても親友コンビだろうがぁぁああああああ!」


 そもそも、あんなデカくてバカな息子があってたまるか、俺の事幾つだと思ってんだよ、そんなに老けてるって言いたいのかテメェらは、と雄叫びを上げながら、ジーンが凄まじい形相で騒ぎに向かって突進していった。


 お前もかよ! 


 先程の台詞は一体なんだったのかと、マリアは、結局のところ揃って変わらない部下達の暴走ぶりに「チクショー……ッ」と頭を抱えた。

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