表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/399

十一章 彼女の選択と、その結果…(3)下

 ジーンがロイドに提案したのは、四人で任務にあたるというものだった。


 メンバーは、ジーンとマリア、そして、ここにはいないヴァンレットとニールである。


 面倒事の予感に、しばし現実逃避のように思考を止めていたベルアーノが、マリア達よりも遅れて理解に至り、「おい、ジーン。お前まさか」と服の上から胃を押さえた。しかし、ジーンは構わず、挑むようにロイドの方をニヤニヤと見つめている。


 ロイドの眉間には、思案するような浅い皺が浮かんでいた。


 上司の沈黙の間に、モルツが一同の理解度と状況を整理するように、ジーンが口にしたメンバーを今一度思い返しながら口を開いた。


「時々『ジーン』として部隊員に紛れ込んでいる大臣の【副隊長】と、今はあなたの部下である【騙し打ちのニール】、現在は近衛騎士隊長である【隊長補佐】のヴァンレットですか。つまり、それは――」


 その組み合わせは、十六年前と同じ黒騎士部隊の代表メンバーだった。少人数制で任務を受ける時、大抵この四人の組み合わせで動く事が多く、当時は『黒騎士部隊の四人組』といわれていた。


 マリアは突拍子もない提案を前に言葉が出ず、嘘だろ、と目を瞠った。


 ロイドを見つめたジーンの赤み混じりの瞳が、面白いだろと言わんばかりに細められ、彼はモルツの台詞を引き継ぐように、追ってこう告げた。



「つまり、久々に荒くれ黒騎士部隊の『四人組』再結成ってわけだ。――まぁ、【隊長】のかわりにマリアが入るわけだが」


 

 思い出したように後半を取って付け、ジーンがのんきな様子で肩を竦めた。しばし呆けていたグイードが、我に返り「いやいや、無茶だろ」と顔の前で片手を振った。


「確かに爆弾並みの威力だったけどさ、お前ら三人、もう十六年は一緒のチームでやってねぇだろ。そこにマリアちゃんを加えるって発想もぶっ飛んでるけど、そもそも、マリアちゃんは女の子なんだぞ? 怪我したらどうするよ」

「そうだぞ、ジーンッ。そもそも、もうその組み合わせで動く事もないだろうと、お前――」


 三人になってしまったからだ、とレイモンドはハッキリ口にする事が出来なくて、言葉を詰まらせた。



 代わりになる者はいないから、この人数でやる事もないだろう、と。


 ずっと昔、親友だと誇らしく語っていた男の一年忌に花を添え、こちらに背を向けながらジーンは、そうぽつりともらしていた。その背中にレイモンドは、元気を出せよ、と声を掛ける事が出来なかった過去を思い出した。



 レイモンドは、続くはずだった言葉を眼差しで伝えたが、ジーンが、ふっと含むような笑う吐息をこぼし、ロイドへと顔を戻した。


「なぁ、問題ないだろ、総隊長?」


 プライベートも仕事も関係なく、その時の気分で呼び捨てにしてくるジーンを見つめ返し、ロイドは、すぅっと目を細めた。


「……ヴァンレットはまだしも、お前とニールはサポート人員で、しばらく本筋の戦闘には関わっていなかっただろう。――動けるのか?」

「見くびってもらっちゃ困るね。こう見えても、俺達はまだまだ現役だぜ」


 それにさ、と、前もって台詞でも用意していたかのように、ジーンが余裕の表情で手振りを交えながら言葉を続けた。


「他の戦力部隊も、余計な兵士を集めて調整する手間も大きく省けて、たった四人の人員で片付けられるとしたら、そっちの都合もいいだろ? 急な案件とはいえ、俺はそれを直接陛下にもらっているから、現時点までの情報は全部持っているし、元々その件で調査に走らされる予定だったニールも、タイミング良く俺のところで待機中だ。殺さない案件でもあるなら、下手にそのへんの部下に任せるより、どの部隊よりも殺しを知っている俺らの方が、確実に相手の急所を避けられる」


 どうだ、正論だろう?


 ジーンが自信たっぷりの不敵な笑顔で告げ、ロイドは「ふむ」と長椅子に背を預け、長い足を組みかえた。ロイドとしても、ジーンが一番の切れ者である事は認めてもいるので、深い紺色の瞳で思案するように宙を眺める。


 しばしの逡巡の後、ロイドの眉間の皺が若干薄まった。



「――悪くないな」



 マジか。お前、それ許可しちゃうの?


 反論してくれると思っていたベルアーノが諦めたように項垂れたのを見て、常識的に考えれば不自然過ぎる組み合わせを想像したマリアは、「ちょっと待って下さい」と慌てて挙手した。


「か弱いメイドに剣を持たせる気ですか?」


 そう一般論を主張した途端、何故かジーン以外の男達が、何か言いたそうな目をマリアに向けた。


 ……そういえば、ここにいる全員に剣で戦っているところを見られていたな。


 マリアは、遅れてその事実を思い出した。レイモンドに関しては、賊の一件があったので見られても仕方のない状況だったが、モルツやロイドに関しては、再会時に剣で襲い掛かってきた阿呆である。


 しかし、彼らは性格に問題のある阿呆とはいえ、戦いに置いては目敏いぐらいに目利きが良い男達だ。


 戦力に問題がなければ、所属先を飛び越えて仕事にあたらせるぐらいは普通にやってのける。むしろ許可するから、上手く仕事が進むのなら好きにやるといいよ、というのが今代の国王陛下の考えだ。そこには非戦闘部署に属する司書員もいたし、無駄に暗殺剣術を極めていた貴族のボンボンもいた。



 とはいえ、ジーンの提案は唐突すぎて、感情の整理が追い付かないでいる。


 剣を握る事で、友人達を手助け出来る機会なんて二度とないだろうし、こんなチャンスはもう訪れないとも分かっているから、マリアとしては努めたい気持ちもある。しかし、今のマリアはメイドであるので、立場的にどうなんだろうな、と同時に悩ましくも思うのだ。



 思い返せば、あの双子は司書員だったからこそ、ギリギリセーフだったような気もする。生粋の貴族で使用人を使う側の人間であったし、国王陛下とも懇意にしている一族だったから、軍部に散歩に来ても文句をいうような輩もなかった。


 心底不思議そうに視線を向ける第三者と、その実力を身を持って知り「悪魔がきたぁ!」と脱兎の如く逃げ去る者に、ハッキリと別れていたけれど。


 司書員はまだしも、メイドはなぁ……


 公には動かない類の仕事だろうが、想像するだけで浮く組み合わせだ。ひそかに動くには悪目立ちするように思えるし、『計画』の協力関係者に見られたら判断を疑われるような気もするので、ジーンもロイドも、本当にそれでいいのかとマリアは首を捻った。


「俺としては、どう考えても突拍子もない提案だと思うんだが……。まぁ不思議と、そのメンバーで行けそうな気もするんだよなぁ」


 ジーンに上手くそそのかされ、ロイドが前向きに検討する様子を見たグイードが、諦めたように頭をかきながらそう呟いた。宰相と大臣が賛成してしまっているので、その決定が覆る事はないと分かって、レイモンドも悩ましげに眉を寄せた。


 ロイドの了承をもらえた状況を見て取ったジーンが、彼との話はもう終わりだと判断し、くるりと身体の向きを変えて、続いてベルアーノへと標的を絞った。


 ベルアーノは嫌な予感を覚えて、条件反射のように身構えた。ジーンが途端に、無精髭の似合わないにっこりとした爽やかな中年の笑顔を浮かべ、調子良く手を前に出して、上下に二回振る仕草をした。


「という訳だから、守備に回ってるヴァンレットを早急に、こっちに寄越せ?」


 ジーンの清々しい笑顔を見て、ベルアーノが「新しい脅迫方法だな」と片頬を引き攣らせた。


                ※※※


 ジーンが喜々としてマリアを連れ出した直後、ベルアーノが「……私も先に仕事に戻らせてもらう」と、半ばおぼつかない重い足取りで、片手で頭を抱えながら退出していった。


 レイモンドは、ソファの背に腕をもたれかけさせて、呆けたように扉の方へ顔を向けているグイードに声を掛けた。


「なぁ、本当に大丈夫だと思うか……?」

「俺も驚いたけど、まぁ、考えてみりゃジーンの剣の腕が鈍ってないのは『陛下のおつかい』で分かってるし、ヴァンレットもニールも、実力に問題はないからなぁ」

「違う、そっちの心配はしていない」


 一番付き合いの長い仕事の相棒であり、友人でもあるグイードを前に、レイモンドは、むっつりと眉根を寄せて腰に手をあてた。



「考えてみろ。あいつらは基本的に、全員もれなく喧嘩っ早いだろうが」



 自由気ままで、どこの部隊よりも初動発進が速いのが黒騎士部隊だった。前線で戦い、当然のように命のやりとりをしているせいか、荒事に対しても躊躇なく「じゃあやってきましょうか」と軽く請け負う。


 しかし、任務を遂行させる成功率は圧倒的に高いが、ついでとばかりに余計な騒ぎを起こす台風のような部隊でもあった。


 当時の黒騎士部隊は、珍しく野心のない、陽気で明るい若い連中が多く揃っていた。周りから「人殺しの荒くれ部隊」と罵られようと平気な顔でいる癖に、ちょっとした何気ない出来事で、あっさりと切れて戦闘スイッチが入ったりする。


 丸められた紙を床から拾い上げたモルツが、「ふむ」と思案し、言葉を続けた。


「白か黒かを、手っ取り早くつけたがる部隊ではありましたね」


 思い出しながら、モルツは用紙を広げて丁寧に皺を伸ばした。まだ思案に耽る上司を横目にさりげなく確認し、今しばらくは待機らしいと判断し、揃えた指で眼鏡を持ち上げて位置を整えてから、いつでも指示を受け取れるよう静かに控え待った。


 グイードは、十六年前のジーン達の様子を思い起こし、レイモンドからぎこちなく視線をそらしながら「そういえば」と口の中で呟いた。


「飲み会が盗賊狩りに発展した事もあったっけな……」


 グイードの記憶が正しければ、実に下らない事がきっかけだったような気がする。盗賊には全く結びつかないような出来事から始まり、わずか数十分足らずに、勝手気ままに斜め方向に憶測へ話がぶっ飛び……


 そうだ。確か軍人の癖に「財布をすられたかも」という誰かの発言があって、勝手に奴らの火が付いたのだ、とグイードは当時を思い起こした。


 結局、財布は忘れていただけの事であったのだが、同期であるジーン以外は若い部隊員であったし、人の話を聞かない連中なのが災難した。グイードは、レイモンドと一緒に必死に止めようと説得に入ったのだが、あのオブライトが、うっかりぼんやり口にした台詞も、彼を慕っていた部下達の暴走に一層拍車を掛けた。



 一言でいうと不運というか、滅多にないタイミングで悪い方向に引きも強いというか、そこに人災も加わって、連中が揃うと予測不可の大騒動になる事も多かった。

 


 そんな当時を思い返していたグイードは、ようやくレイモンドが言いたい事を察し、ハッとしたように顔を上げた。思わず、問うように長年の相棒であるレイモンドへ視線を戻す。


 目が合った途端、彼が心配そうに眉頭を寄せるのを見て、グイードも急に大きな不安に駆られた。


「マリアちゃん、ちょっと喧嘩っ早い気があるけど、さすがに止めるよな? 一応女の子だし、止めるよな?」

「俺は、マリアが誰かの胸倉を掴み上げているところばかりに遭遇しているんだが……」


 レイモンドとしても、グイードと同じ希望を抱きたいところなのだが、マリアとの短い付き合いから、その可能性が限りなく低いとも実感していた。アーシュの胸倉を掴み上げて説教し、続いてはニールで、それを思い返す限りでは自信がない。


 先日の会議の際のマリアを思い起こすと、何故か、男性の胸倉を平気で掴み上げるのも容易に想像できて、グイードは「マジか。そりゃやべぇな」と相棒に本音をこぼした。



 その時、それまで大人しくしていたロイドが、何事か思い付いたようにニヤリとした。



 隠しきれない傍迷惑な鬼畜冷気を肌で察し、グイードは、条件反射のように口をつぐんだ。レイモンドも嫌な予感を覚えながら、彼と共に、そろりとロイドへ視線を向けた。


 思い返せば、王宮内の騒ぎに拍車がかかったのも、自分の仕事に関わらなければ、現場を混沌に陥れて愉しむような鬼畜がいたせいだ。この瞬間に、ロイドの中でターゲットにされた哀れな人間は誰なのだろうかと、グイードとレイモンドは考えずにはいられなかった。


 ロイドが、凍えるような深い紺色の瞳を細めて、形の良い唇の端を愉快そうに引き上げた。


「モルツ。残りの四ヶ所を第六師団に回せ」

「よろしいのですか? 彼らは第二王子の直属でもありますが」

「構わん、殿下には俺が直接話す。そろそろ、あの鬱陶しい気取った面をどうにかしてやりたいと思っていたところだ。奴にはお前から、『黒騎士部隊の三人が動く』と、しっかり正確に、尚且つ嫌味っぽく伝えておけ」


 楽しみでならないと言わんばかりに、ロイドが絶対零度の美麗な笑みを深め、早速段取りを取るべく逡巡を始めた。モルツは、上司の冷酷な美しい微笑と冷気に「素晴らしいゲス振りで」と、ひっそり肯いた。


 グイードとレイモンドは、視線だけを動かして互いに目配せした。


 大きく事が動いている訳ではないが、現在、謎の毒の件をきっかけに、ガーウィン郷の周りを崩せるような『材料』の調査も進展を見せており、にわかに慌ただしくなり始めている。水面下での頭脳戦に加わっているメンバーは、現在多忙を極めており、特に複数を同時に抱えている責任ある立場の宰相あたりが、個人的に激しく胃を痛めていた。


 ロイドは愉しみを邪魔されるのを一番に嫌っているので、当人には絶対に言えないが、ここに来てその人選はないだろう、と思う。


「……黒騎士部隊に一番反応する『ポルペオ師団長』を持ってくるとか、さすがだよな」

「……いやいやいや、これ絶対何か起こるだろ。宰相、今度こそ倒れるんじゃないか?」

「そん時は逃げるから、よろしくな、レイモンド」

「ざけんな、今はお前のところの同僚だろ。俺も逃げるぞ」


 自分達より少し年下で、オブライトと同じ歳の同僚を思い浮かべた二人は、そそくさと総隊長の執務室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ