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十一章 彼女の選択と、その結果…(3)上

 ベルアーノの「話を聞こう」という切り出しと共に、集まった友人達から一斉に向けられた視線に、マリアは朝の緊張感を思い出した。


 しかし、ふと改めて見渡してみると、宰相以外の各々が自由な姿勢でいる現状に気付いた。彼らは相変わらず、緊張感も身構えもない普段の表情を浮かべて、まるで世間話でも聞くかのように待っているのだ。


 十六年経っても、こいつらは、いつも通りなんだな。


 マリアは呆れると同時に、少しだけ救われる気がした。違っている事と言えば、あの落ち着きのなかったロイド少年が、急かしもせず抜刀もしないまま、いつも追い駆け回していたオブライトの友人達を、当たり前のように自分の空間に入れている事だろうか。


 断られてしまったら、どうしようか。

 いざ話そうとすると迷いも込み上げた。


 ロイドとグイード、それから宰相のベルアーノは、マリアが戦闘メイドである事を知っているとはいえ、ルクシアの件に関しては、早急にサポート体制が敷かれているだろうから、都合良く引き続きマリアが必要になる可能性は低い。


 そもそも、メイドがやれる事なんて限られているだろう。今の現状から言えば、何か協力させてくれるような案件があるとも考えにくい。


 それでも、頼みこむべきだ。

 

 少しでも何かしたいのだ。ひどい後悔と悲しみに言葉を失ってしまう自分が、それによって一歩前に進めるような、そんな気がした。誰にも打ち明けられなかった話を待っていてくれる、ジーンのためにも動き出したい。



 きっと誰かに、その話を聞いて欲しいのだと思う。誰も知らない、テレーサという強くて優しい女性がいた事。そして、オブライトがどんなに――



 マリアは、ぎゅっと拳を固めた。後悔がなかったなんて嘘だと、そう知った今となっては、胸に込み上げる痛みの正体も分かっていた。それを自分で受け入れるだけの勇気が、ないだけなのだ。


 ああ、情けないなと思った。心のままに動き出すための一歩が、こんなに勇気を必要とするなんて思いもしなかった。


 覚悟を決めて友人達を見つめ返したものの、マリアは、どんな反応をされるのだろうと想像すると見ていられなくて、つい俯いてしまった。


「……その、突然お集まり頂いて、すみませんでした。今日は、お願いがあって時間を作って頂いたのです」


 何度も練習した言葉を口にしたのだが、滅多にない緊張で、続く台詞が頭から飛んだ。


 一度、深呼吸するために言葉を切った。室内はひっそりと静まり返っており、マリアは、ますます視線を上げるのが憚れてしまい、自分の足元を見つめたまま言葉を続けた。


「毒の正体が判明して、ルクシア様の件は一段落されたとは思いますが…………その、少しでもいいから、……何か協力させて欲しい、と思いまして……」


 改めて口にすると、やはりメイドとしては随分勝手な言い分だなと強い自覚が込み上げて、声が消え入るように途切れてしまった。



 ああ、これはきっと駄目だな、と思った。


 いくらアーバンド侯爵家の戦闘使用人だろうと、マシューのように軍人でもないメイドのマリアが関われるなど、そんな都合の良い事が起こるはずがな――



 その時、頭に何かが飛んでくる気配を察し、マリアは反射的に手刀で叩き落としていた。


 床に転がったそれは、ボール状に丸められた紙だった。何事だと思って飛んできた方向へ目を向けると、つまらなそうに長椅子の背に身体を戻すロイドと、彼のそばで「……あれは、捨てる書類ではなかったのですがね」と投げ捨てられた丸紙を見つめているモルツがいた。


 目が合うと、途端にロイドが、心底呆れたような表情を浮かべた。


「お前は馬鹿か」

「え……『馬鹿』、ですか?」


 なんで?


 マリアが思ったままに首を傾げると、若干苛立ったように、ロイドが眉根を寄せた。


「その緊張感のない面を見ていると腹が立つな。なんだ、外されるとでも思っていたのか? わざわざ引き入れたんだ、手放すはずがないだろう」


 むしろ交渉のための材料を時間を割いてかき集め、あの食えない男を納得させるよう急ぎ動いているというのに、そんな事にも考え及ばない呑気な面が憎たらしい、とロイドは、誰にも聞こえないよう口の中で悪態を吐いた。


 床から視線を上げたモルツが、揃えた指先で眼鏡の横を押して位置を直し、顎をくいっと引き上げて、見下す眼差しをマリアに寄越した。


「お前は馬鹿ですね、今更でしょう。信頼出来る仲間の数が限られる中で、今の多忙期に勝手に抜けてられても困ります」


 多忙って……そんな簡単な理由でいいのか?


 マリアは呆気にとられてしまい、問うように残りの友人達へ目を向けた。視線を寄越されたグイードが肩を竦め、ベルアーノが「そっちで勝手にやってくれ。私は知らんぞ」と投げやりにロイド達に一任する台詞を口にし、レイモンドが片方の肩を上げながら首を少し傾ける仕草を返し、「ま、いいんじゃないか」と答えた。


 続いて、マリアはジーンを振り返った。すると、彼が、待ってましたと言わんばかりに満足そうに頷き、彼女の肩を叩いて一同を見渡した。


「という訳で、今日から正式に仲間入りするマリアだ! よろしくな。ほれ、一応自己紹介しとけ」

「え、今更?」


 投げられた質問にマリアは目を丸くした。


 しかし、少し考えてみれば、これから協力するにあたり、メイドとして出来る限り協力依頼をもらえるようアピールするのは当然だろう、とも思えた。


「えぇと、私はメイドですので、使用人としての仕事は一通り出来ます。それから、護身として体術と剣術は少々……。軍人ではありませんので、やれる事は限られますけれど、よろしくお願いします」


 メイドなので配慮して下さい、と少女らしい台詞もきちんと付け加え、マリアはそう告げた。ちらりとロイドへ視線を戻し、今後の行動について尋ねてみる。


「あの、私は引き続きルクシア様に付く感じでいいのしょうか?」

「メインはそうなるな。人材も足りてはいるが、ルクシア様もお前を気に入っているようだし、一種の待機所のように思ってくれて構わん。そっちの方が体裁も整っているから、こちらから呼び出す際にも都合が良い――が、今は次から次に上がってくる案件をどうにかしたいところでもあるな……ちっ、急に面倒な案件を寄越しやがって」


 思案気に呟いたロイドが、何事か思い出したかのように人のいない場所へ視線を向け、眉間により一層深い皺を刻んだ。


 マリアが問うようにジーンを窺うと、彼はこちらも見ずにロイドの様子を目に止めたまま、口角をひっそりと持ち上げていた。まるで、何かを待っているようだった。


 その時、大きく息を吐いたベルアーノが、ロイドの機嫌が悪い理由についてマリアに教えた。


「実はな、本当に急ではあるんだが、ある闇オークションについて正規の手順を踏まずに、とっとと片付けろと指示があった」

「違法取り引きですか?」

「ああ、五ヶ所を同時に押さえる。だが、本拠点となっている場所が問題でな。先日判明したばかりで調査も碌に進められていないうえ、戦力の高い数十人を超える用心棒団が雇われ、待機させられているという気掛かりな情報もある。だというのに、この数日内で片付けろと陛下も無茶を……」


 ベルアーノは悩ましげに言い、再び深い溜息を吐いた。その様子を見ていたマリアは、心底不思議になって首を傾げた。



「それなら、さくっと潰せばいいんじゃないですか?」



 思わず意見を述べると、呆気に取られたような一同の視線がマリアに向けられた。ベルアーノが「そんな簡単な話じゃないんだが」とこぼし、レイモンドが「その通りだ」と顔を引き攣らせた。


「あのな、マリア。昔は確かにそういう事を簡単にやる連中がいたけど、今は――」


 レイモンドがそう言い掛けた時、唐突にジーンが腹を抱えて笑い始めた。


 ギョッとしたようにレイモンドとグイードが目を剥き、ベルアーノが「とうとう頭がイったのか?」と訝しげに目を細める。見守るモルツの横で、ロイドが不愉快そうに眉を顰めて「おい」と声を投げかけた。


 すると、ジーンが、これまでにない爽やかな笑顔を浮かべた。


 久しくなかったジーンの、外交向けの人の良い中年男風の態度を見て、友人達が一斉に警戒を覚えて条件反射のように半ば身を引いた。そんな空気など構わず、ジーンが「はい!」と挙手して宣言した。


「マリアに賛成! 全面的にその提案を押したいと思う!」

「……おいおい、マジかよ。本気か?」


 グイードが、唖然とした様子でジーンに尋ね返した。


 モルツが「ふむ」と状況の流れを見守る中、グイードと同じ表情を浮かべたレイモンドが、呆れたように「あのな」と言葉を続けた。


「そのノリで『賛成』っていうの、久々に聞いたような……というか、お前が大臣なのを一瞬忘れるような台詞だなぁ」

「ははは、細かい事は気にすんな、レイモンド」

「あなたの事ですから、昨日その案件を持ってきた時点で何か企んでいらっしゃったのではないですか?」


 モルツが冷静に指摘すると、ジーンがニヤリとして「まぁ聞けよ」と友人達の注目を自分に向けさせ、改めてロイドへと向き直った。


「そのデカい一ヶ所、俺に任せてくれ」

「お前が直接動くということか?」


 疑い深く見つめるロイドに、ジーンは、今日一番の不敵な笑みを浮かべた。彼は悪巧みに輝く目を堂々とロイドに向けたまま、手振りを交えて自信たっぷりにこう告げた。



「問題になってる本拠点に関しては、俺とマリアであたる。――んでもって、ニールとヴァンレットも引き込む」



 ジーンとニールと、ヴァンレット……一同は沈黙したまま、上げられた面々を頭の中で反芻した。彼らが元々所属していた先を思い出したところで、ようやく理解が追い付いて硬直する。


 ジーンが言わんとする事に遅れて気付き、マリアは、思わず彼の肉付きの悪い横顔を見上げて「は?」と声を上げた。メイドである事を配慮して欲しい、というマリアの台詞を覚えていたレイモンドとグイードも、その提案を理解した途端「え」と言葉をもらしていた。

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