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十章 進む事態と、揺らぐ心(3)中

 男達の会議は続いていた。レイモンドが目を向けた先で、グイードが頭の後ろに手を組んだまま、思い出したようにモルツの方へ顔を向けて口を開いた。


「そういや、第四騎馬隊のアイワード隊長は誰がマークしてるんだ? 小物の割りによく頭の回る男らしいが、まさか、こんな時に優戦力をあててねぇよな?」

「新人のセザリウス・オーディーがついています」

「聞かない名前だな?」

「偽名ですからね。第三宮廷近衛騎士隊で、存在感が薄い男がいたでしょう、マシューというアルバート副隊長の童顔の侍従です。元々顔に特徴がないせいか、髪型とキャラ設定を変えるだけで、全くの別人に仕上がって驚きます」

「ふうん、器用な男だな? これも推薦か?」


 察したように、グイードがニヤニヤとした。直接の接点はなくとも、アーバンド侯爵家次期当主、アルバートの侍従であるとするならば見当は付いた。


「推薦ですね。急ぎ別の人間を立てるよりも、変身と潜入の上手い人がいるので使って下さいと回って来ました。近衛騎士マシューとして仕事を進めながら、同時にセザリウス・オーディーとして立ち回る動きには、いつ入れ替わっているのか把握できないほど無駄がありません。あの部隊で一番下位の騎士とは思えないほど優秀ですよ」


 モルツはそう言いながら、細い銀縁眼鏡の横を揃えた手で押し上げた。


 長い足を組みかえたロイドが、肘掛に腕を添えながら「陛下は両方とおっしゃっていたが」と切り出した。


「隠蔽さえ出来なくすれば、あくまで毒の確保は二の次でいい。叩いた後でも回収できる」

「それが難しい可能性を見越して、陛下は両方とおっしゃっていたんだろう……」


 ベルアーノが、首の位置を元に戻して目頭を揉み解した。彼の眉間には、沢山の愚痴を腹に抱えたような皺が刻まれていた。


「一番に大元の保管場所を特定して張らせる、なんて無茶振り過ぎる。しかも、現物があれば一部回収させろというんだから、全くあの人は……」


 ロイドが、そんなベルアーノの様子を見て、心底愉快そうに口角を引き上げた。


「新しい情報があるのなら報告して欲しい。推測の段階でも構わん、他に――」



「異議あり」



 冒頭から発言のタイミングを見失っていたマリアが、ここでようやく手を挙げた。会議室に集められた全員の視線が、グイードの隣の長椅子に腰かけるマリアへ向いた。


 そもそも、なんでこんな事になっているのだろうか。


 オブライトであった頃は馴染んだ光景だったが、今は違う。マリアは、目の前に広がる小規模の軍法会議に眩暈を覚えた。


 

 先程、研究私室に来た迎えの騎士に、第五会議室へ案内されたのはいいが、到着早々、何故かグイードの隣に座らされた。ロイドに「昨日は御苦労だった。しばらくは引き続きルクシア様の近くで張っていろ」と言われてすぐ、他言無用のやりとりが目の前で再開したのだ。



 そうか、もうしばらくルクシア様の助けになれるのかと、知らず吐息をこぼしたのも数十分前の事だ。

 

 呼び出された時は、少し緊張もあって思考回路がうまく働いていなかったのだが、冷静になって考え直してみると、この状況は、かなりおかしいのではと気付かされた。久しぶりに座った会議室の長椅子は、オブライト時代と違って高さが合わないという負荷もストレスに換算されている。


 というかコレ、他言無用のまともな会議じゃないのか?


 周りにいる友人達は軍服一色に染まり、交わされる内容も使用人が聞いて良いレベルのものじゃなかった。さすがに誰かが気付いて退出を促してくれるのではないかと待っていたが、一向にそのチャンスも回って来ない。


 尻に敷いたクッションのせいで、床に足が届いていない現状も苛々する。


 少女の身の丈に合わない会議室の造りも、長時間居座るにはストレスしかなく、もしかしたら毒の件を聞かれるかもしれないと自分を宥めようとしたが、その様子も全くないまま、マリアを無視して男達の会議は続けられていた。



 マリアは、我慢が限界を超えて、苛立ちから怒りに達しようとしていた。意見を主張すべく大きく手を挙げ、もう一度真面目な顔で「異議あり」と、主催者であるロイドを見据えた。



 ロイドが僅かに片眉を反応させ、それから、わざとらしいようにも思える気怠げな表情を浮かべた。頬杖をついても損なわれない美貌である。冒頭の他は目が合わなかったのだが、その反応を見る限り、こちらの存在を忘れていた訳ではないらしいとマリアは理解した。

 

「なんだ、マリア」

「さりげなく名前を呼ばないで下さい、総隊長様。たかが使用人である私が、ここに居座っているとか、おかしくありませんか」

「何か問題でも?」

「聞こえていましたか、私はただのメイドなんです。軍人ではないのに、――というか、どうして誰も突っ込まないんですか!」


 話していると我慢が出来なくなり、マリアは、後半の台詞を怒りのまま吐き出して、室内にいる男達を見渡した。


 モルツが疑問を返すように僅かに眉を寄せ、ベルアーノが「何が問題なんだ?」と言うように顔を顰めた。レイモンドが理解出来ない様子で戸惑いがちに首を傾け、グイードが隣から、マリアの顔を見つめて数回瞬きをする。


 しばし沈黙が続いたところで、ようやく遅れて気付いたレイモンドが、「あ」と声を上げた。


「馴染み過ぎて気付かなかったが、言われてみれば君はメイドだったな……」

「そんなに馴染んでいますか!? んな訳ないでしょう! こんな物騒な軍人の中に、か弱い少女が一人いたら悪目立ちするに決まっているじゃないですか! 阿呆なんですか!?」


 どこか抜けている部分がある友人の言葉に、マリアは堪忍袋の緒が切れて、怒鳴りながらテーブルを両拳で叩いた。


 マリアの怒りの声を聞きながら、ベルアーノも「ああ、そう言えばメイドだった……」とぼやき、疲れているのかもしれないと目頭を押さえた。馴染んでいて気付かなかった、なんて悟られたら怒りの矛先がこちらにも向きそうだと考えて、長めに目頭を揉み込む。


「いいですか、レイモンドさんッ。この会議室に軍服でもない女性が座る事がありますか! ありませんよね、この二階は立ち入り制限されて、通常であれば使用人も衛兵の監視付きじゃないと来られないし、この部屋も全部無駄にデカいし、あきらかに男性用ですよね!?」

「まぁ、確かに女性用では作られていないが…」


 怒りに気圧されたレイモンドが、どうしよう、という表情を浮かべて、目でグイードに助けを求めた。


 すると、きょとんとしていたグイードが、肘掛けに重心を預けるようにマリアの下へ目を向けた。


「なんだよ、マリアちゃん。クッション気に入らなかったのか? 珍しくロイド総隊長とモルツが用意してくれてさ、うちの執務室の中で一番良いやつなんだけどなぁ。やつらのとこのクッションだし、無駄に素材がいいだろ?」

「とても柔らかくて座り心地抜群ですよ畜生!」


 マリアは十六歳の少女にしては小柄な方であり、男性用の長椅子ではあきらかに座高が足りなかった。彼女が指定された椅子には、これを見越したかのように、刺繍の入った上質な赤色のクッションがセットされていたのだ。


 怒りに身体を揺らしても、尻に敷かれたクッションは、固い長椅子の感覚が全く伝わらないぐらい素晴らしい弾力感がある。以前訪れた時、総隊長の執務室には見られなかったクッションだから、恐らくは続き部屋の仮眠室のものだろうとは思われるが。


 クッションの出所なんて、そんな事は今どうでもいい。


 やつらはこれでも優秀な軍人であるはずなのだが、何故伝わらないんだと、マリアは友人達を忌々しく思って目の前のテーブルを叩いた。グイードが、こちらを覗き込む姿勢のまま「あ~、駄目だって」と気遣うように言う。


「ほらほら、あんまり机を叩くなって。手が赤くなっちゃうからさ。……というか、何に対して怒ってんだ?」

「はぁ。お前、叩くなら是非私を代用すればいいと思います」

「ざけんな変な息を吐くな引っ込んでろドM野郎!」

「あ~、駄目だよマリアちゃん、女の子がそんな乱暴な言葉使っちゃあ」


 畜生、ここには常識人など居はしない。


 モルツを睨みつけ、一呼吸で言ってのけたマリアは、机に左拳を叩きつけて項垂れた。今すぐ、特にモルツを殴り飛ばして床に沈めてやりたい。


 マリアは喉元に出掛けた罵倒と、ストレスを発散したい気持ちを堪えるべく、目頭を丹念に揉み解しながら「ぐぅ」と呻り声を上げた。昨日から続く精神的な疲労のせいか、ここぞとばかりに、マリアとして王宮に来てからの短い間に次々と起こった、散々な記憶が脳裏に蘇った。


 テレーサとガーウィン卿のやりとりを思い出した一件で、精神的な余力がまだ戻っていない事もあって、今口を開いたら、確実に素で罵詈雑言が口から飛び出る自信がある。


 そんなマリアの様子を見て、グイードが「やれやれ」と頭をかき、こちらへひっそりと距離を詰めて来るモルツを肩越しに振り返った。


「モルツ、ややこしくなるから、ちょっと黙っとこうか。うん。もう一個クッションが余ってたろ? それをくれ」

「はい、分かりました」

「待て、グイード。何でそこでクッションが出て来るんだ」


 何故このタイミングで、とレイモンドが疑問の声を投げかけた。


 すると、グイードは「よく聞いてくれた」と大きく頷き、途端に目尻を下げてだらしない笑みを浮かべた。


「実はさぁ、うちの可愛いルルーシアちゃんも、やんちゃだった頃に怪我がないようクッションを抱かせてたんだよ~。そうそう、ルルーシアちゃんってば、桃色のクッションが大のお気に入りでさぁ。パパと思って抱き締めてって言ったら、すっごく活用してくれて、もう抱き潰すわ壁に叩きつけるわで大絶賛――」

「止めんかグイード! その話はもう三十回ぐらい聞いとるわ!」


 堪らずテーブルを大きく叩いたベルアーノが、途端に頭を抱えた。


 周りの騒がしさに、マリアは我慢が堪え切れなくなった。モルツがクッションを差し出してきたので、目も合わさずにそれを奪い取り、ぎゅっと抱き締めて顔を押し当てた。そして、自分がここにいるのはおかしいだろう、と思いつく限りの罵倒を吠えた。


 クッション越しに響く、マリアのくぐもった叫び声を聞いて、グイードが「ははは」と乾いた笑いを浮かべた。


「おかしいな。『話が通じない責任放棄型の非常識人』って言われたような気がする」

「気がするのではなく、今隣でそう言われています、グイード師団長」

「……確かに気付くのは遅れてしまったが『裏切り者の宰相め』って何なんだ……あれか、剣を渡した一件か……?」

「俺の事『目の腐った肝心なところでクソ鈍い阿呆』とか、ひどくないか?」

「羨ましいです。私のご褒美はなしですか――おや。総隊長は『ドS性悪鬼畜野郎で、ゲス』だそうです」

「どさくさに紛れていい度胸だ」


 ロイドの低い声が、テーブルの上に落ちた。



 まるでよく知っている友人のように度胸が据わった少女だと、レイモンドは遅れて悩みを思い出した。友人だったオブライトの場合、度胸というよりは少々切れるのが早く、ぼんやりとしていたせいで危機感も薄かったから、そのような失言も多かったのだが……


 そう考えて、レイモンドは、マリアも同じだと気付かされた。



 マリアは確かに肝も座っているが、オブライトと同様、別の事を考えているせいで本音が口から飛び出し、プツリと切れて危機感を忘れて感情のままに言葉が飛び出ている、ような気がする。


 そもそも、モルツは一体何を考えているのか。


 総隊長の執務室に呼ぼうとしていたマリアを、わざわざ「会議に交えましょう」と提案したのはモルツだった。レイモンドは、例の毒を証言したのは恐らくマリアだろう、とは推測していた。しかし、その件は既にルクシアが進めてくれているので、改めての説明は必要がない。


 賊の一件について報告を受けたロイド達も、レイモンドと同じような推測に至っているようだった。しかし、モルツは珍しくロイドにも意見して、会議にマリアを参加させて、自分に任せてほしいと主張した。



――「恐らく『うっかり』語られていない部分に、ヒントがあるのではないかと思いまして」



 あの時、モルツはそう独り言をぼやいていた。マリアの参加を渋ったレイモンドに、これはあなたのためでもありますし、とよく分からない理由付けを口にした。しばし考えていたロイドも「確かに人数がいる方が俺の精神も……」と、こちらも当人にしか分からないようなぼやきを上げて、それを許可していた。


 それにしても、色々と馴染み過ぎて、本当に忘れていたんだよなぁ……


 まるで違和感なく友人達の中に居座っているマリアを見て、レイモンドは、再び悩ましげに眉を寄せたのだった。

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