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八章 錯乱した魔王と、再会した親友(5)上

 ジーンと別れたマリアは、真っすぐルクシアの研究私室に戻った。


 室内に入って早々、ルクシアとアーシュに訝しげな顔をされた。一瞬、泣いた事がバレたのだろうかと緊張したが、彼らはすぐいつも通りの表情に戻ってしまったので、悟られなかったらしいと密かに胸を撫で下ろした。


「本はいいから、お前、活動報告書を一つ仕上げてみろ。俺のやつと併せて出すから」


 マリアが席に着いてすぐ、アーシュが仏頂面でそう告げた。


「アーシュの分だけで足りるんじゃないの?」

「……社会勉強になるだろ。それに、俺が一人で活動している訳じゃねぇし」

「私、字が汚いんだけど、いいの」

「…………言葉を区切ってまで主張すんなよ。新手の脅迫みたいな返しだな。宰相様のところに上がるんだから、出来るだけ読める字で書けよ」


 こちらも見ずに、アーシュが憮然とした顔で白い紙とペンを渡して来た。


 戻るまで少し時間が掛かってしまったのも事実なので、マリアは渋々、とりあえずは自分の行動について、怪しまれない程度の内容を紙にまとめる事にした。アーシュがきっちり報告してくれるのだと思えば、気分も楽になる。


 ジーンと偽らず話せたおかげか、頭はすっきりとしていた。

 文字を書くのは苦手だが、今日は上手くやれそうな気もする。


 マリアは、出来るだけ丁寧に字を書く事を意識して、時間をかけて、集中して紙にペンを走らせた。



 しばらく経った頃、手元を覗き込んで来たアーシュとルクシアが、数秒ほど固まった。 



「……時間をかけたとは思えない字の汚なさだな。しかも、かなり歪んでる……つか『道中異常無し』ってどっかの軍人か!」

「……箇条書き、のつもりなんでしょうが、一見すると判断し辛いと言いますか。字もかなり大きいですし…………」

「というか、ここの文もおかしいだろッ。何だよ『図書資料館には素晴らしい女性司書員がいました。本、無事返しました。完』って。これ報告なのか!? 感想文じゃね!?」


 しかも誤字がいくつもあるんだがッ、とアーシュが目を剥いて立ち上がり、問題の個所を指で叩きながら強く指摘した。


「報告で書いたんだけど、文章のどこがダメなの?」


 誤字に関しては、うっかり書き違えていると気付いたので反省したが、文章に問題があるとは思えず、マリアは首を捻った。


 すると、アーシュが諦めたように腰を椅子に落とし、深い溜息をこぼして顔を両手で覆った。


「……うん。もうそれでいいから、とっとと書いちまってくれ」


 ルクシアも「それがいいでしょう」と、どこか諦めたように助言した。


 この日は、珍しくマリアの胃袋時計が遅れ、いつもより遅い時間に食堂を利用する事となった。


              ※※※


 帰る時間までに、誤字のない報告書を仕上げたマリアは、時間通りぴったりに、第四王子クリストファーの私室に到着した。


 そこにはヴァンレットの姿はなく、初めて見る顔の若手の騎士と衛兵が付いていた。恐らく、近衛騎士隊長として大事な話し合いに参加しているか、仕事でもしているのだろうと、マリアは軍人時代の経験から推測した。


 戻って来たマリアを見るなり、椅子に腰かけていたリリーナが瞳を輝かせた。


「マリアッ、おかえりなさい!」


 リリーナの顔に、喜び一色の笑顔が咲いた。蜂蜜色の長い髪、大きな藍色の瞳。笑うと更に可愛らしさの増す天使のような十歳の美少女が、笑顔でマリアを歓迎してくれているのだ。



 マリアは、思わず膝から崩れ落ちた。



 たった数時間しか離れていないのに、ようやく会えたような感激に胸が震える。


 思い返せば、今日は散々だった。朝一番に笑顔でロイドに威圧されたあげく、執務室で押し倒された。ルクシアとアーシュを手伝った後、美少年の集団に妙な悪寒を覚えさせられ、廊下でキッシュと出会い、ジーンと再会した。


 道中で顔を会わせたのは、どれも可愛くない男ばかりである。ジーンとの再会は良かったとしても、マリアには圧倒的に癒しが足りなかった。



 どうして、可愛らしいメイドには出会わないのだろうか。



 せめてもの救いは、図書資料館の女性司書員の存在である。あれは、今日の中で唯一の華だった。同性として憧れる胸の持ち主だからだろう。人妻だろうと癒されたし、脳裏にしっかり焼き付いて離れないでいる。


 突然崩れ落ちたマリアに驚き、メイドと護衛騎士と衛兵が目を丸くした。

 

 リリーナが心配したように椅子から飛び降りて、マリアに駆け寄った。クリストファーも、ここ数日ですっかり彼女に懐いていたから、リリーナと並んでしゃがみ込み「大丈夫?」と心配そうに窺った。


 幼い二人を止められなかったサリーが、珍しく慌てたように、リリーナ達を立ち上がらせようとした。



「ダメです、お嬢さまッ。マリアには、ちょっと刺激が強す――」



 悶々と考えていたマリアは、サリーの声に気付いて我に返った。座り込んだまま視線を上げて、そこに広がる光景を思わず凝視した。


 しゃがみ込んで揃ってこちらを見つめる、金髪と蜂蜜色の髪をした幼い天使が二人いた。


 そして、その後ろには、リリーナと同じ蜂蜜色の髪をふわふわとさせた、少女のような儚い美しさを持ったサリーがいる。しかも彼は、何故か、マリア達と同色の細いリボンを頭の横につけていた。


 というか、なんでリボンをつけているのだろうか。


 彼は男性着のままであり、強いていえば胸も真っ平らだ。しかし、マリアには、リボン付きである目の前のサリーが、とてつもなく中性的な美貌を持った絶世の美少女にしか見えなかった。潤んだようにしか見えないブラウンの瞳も、最高である。


 畜生ッ可愛すぎるだろうが!


 マリアは、「ぐぉぉ」と男の叫びが口からこぼれ落ちそうになり、震える手で咄嗟に口を押さえて顔を伏せた。



 豊満な胸よりも、こっちが良い。三人の天使が揃う光景とか素晴らしすぎる。



 まともな言葉も出ないほどの衝撃は、ロイドとの一件や、女性司書員と過ごした時間、今日起こった全てを頭から吹き飛ばしてしまった。脳がぐらぐらと揺れて、意識が安定しない。


「大丈夫ですかッ、メイド殿!」


 近くにいた若い騎士が、非常事態が発生したものと判断して声を掛け、マリアに手を伸ばした瞬間――



「マリアは、大丈夫だから。ね?」



 ふわりと一つの風が起こり、若い騎士は、背後から首と肩の間に置かれた冷たい手に硬直した。彼は背後に回ったサリーに、人差し指で頸動脈を撫でられる感触に緊張を覚えた。

 

 騎士がそっと視線を向けると、そこには無害な小動物のように弱々しい、困った表情を浮かべたサリーが立っていた。周りの者も特に顔色は変わっておらず、騎士は気のせいだろうかと考えながら「失礼致しました」と答えて、ぎこちなく離れた。


 殺気を覚えたような気がして、マリアは、反射条件のように正気に戻った。


 マリアは、目の前に差し出される手に気付いた。そこに、既に頭のリボンを外してしまっているサリーを見付けて、ゆっくりと瞬きをする。


 サリーが、戸惑うように眉尻を下げて、マリアを窺った。


「マリア、その、……少しは落ち着いた?」

「……うん、迷惑をかけてごめん。ちょっと記憶が飛んだような気がする」


 マリアは、彼の手を取って立ち上がった。リリーナとクリストファーの視線を受け止めると、「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません。少し躓いてしまいまして」と、少女らしい愛想笑いを作って取り繕った。


 幼い二人は安心したように頷くと、続いてサリーに「いつの間に移動したの?」と瞳を輝かせた。サリーは曖昧に微笑むと、話をそらすように「リボンが外れてしまいました」と申し訳なさそうに口にした。


 三人の天使を改めて眺めたマリアは、貼りつかせた笑顔の下で思った。


 やはり、絵になるぐらい可愛すぎる。

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