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八章 錯乱した魔王と、再会した親友(4)上

 泣きすぎて、しばらくは互いに、まともな言葉を発せずにいた。


 こちら側の人通りは少ないとはいえ、いつ誰が通るか分からない。マリアとジーンは人目を考えて、ひとまずは中庭の鑑賞路の脇に姿を隠すように、草の壁に背を預けて並んで腰を下ろした。


 涙が収まった頃、マリアは、まだ自分がオブライトであると答えてもいなかったのに、どうして確信して泣いたのか尋ねてみた。


 すると、ジーンは鼻を啜りながら、ニッと歯を見せるような笑みを浮かべた。



「俺の正式な名前は、ジェラン・アトライダーなんだ。俺の事をジーンと呼ぶのは、あの当時のメンバーぐらいさ」



 こうして取り繕わないで話せるのは初めてで、マリアは戸惑いつつも、同時に居心地の良さも覚えていた。再会したジーンには驚かされたが、先程「お前が困るから誰にも言わねぇよ」と泣きながら約束されて、自分を知る彼の前では偽らない事にした。


 とはいえ、マリアの姿で「久しぶりだな」と素で声を掛けたのは初めてだったから、しばらくは妙に気恥ずかしくて慣れなかった。


「そうか。ジーン・アトライダーじゃないんだな」

「『ジェラン』なんて柄じゃねぇし、俺は『ジーン』が気に入ってる」


 目尻に残った涙を雑に拭いとったジーンが、肩よりも下にあるマリアを見降ろした。

 

 

 なぁ、話をしよう。



 そう、ジーンに促され、マリアは頷き返した。他人には聞かれたくない話しではあったので、人の気配がないか探った後、自分がオブライトであり、今はアーバンド侯爵家に身を置いている事や、近況について小さな声で改めて簡単に説明した。


 ジーンは、過去の話しを催促しては来なかった。


 死んだ経緯に関しても触れず、マリアの話しを聞き終えると、今度は自分の番と言わんばかりに口を開いた。


 一人息子が騎士学校に通っている事、妻のアネッサは相変わらずお茶会に繰り出して、女同士の『情報交換会』に励んでいる事。黒騎士部隊がなくなってからは、大臣として、友人でもある国王陛下を助けている事を、ジーンはとりとめもなく語った。


 互いの近況についてざっと語り終えたところで、ジーンが改めてマリアを見降ろし、ハンカチで器用に鼻を噛みながら「それにしても驚いた」と目を瞬いた。


「見事に可愛らしい女の子だな。それでいてオブライトのまんまとか、超ウケるわ」

「似ても似つかない可愛らしいメイドだろう。それなのに『オブライトのまんま』とか、お前の感想、ひどくないか?」

「いんや。多分、知ってる奴が見れば分かるさ。お前、そのまんまだもんよ。俺は魂レベルの親友だから、すぐに分かったがな!」


 ジーンは自慢するように胸を張り、カラカラと愉快そうに笑った。


 いつも思っていたが、彼は何がそんなに楽しいのだろうかと、マリアは訝しみつつ首を捻った。


「……変な奴だな。どうせ信じてもらえないような話しだろう」

「そうか? 案外みんな受け入れるかもしれねぇぞ? アヴェインを中心に国家機密レベルに対策とられると思うし、バラしちゃえば?」

「馬鹿いえッ。お前以外には怪しまれてもいないのに、こっちから教えたりしたら余計にややこしい状況になるだろうが!」

「分かってる、分かってるって。はじめに約束した通り、俺はお前が困るから誰にも言わねぇよ。けどまぁ、怪しまれてもいないって線は、どうかねぇ……」


 ジーンは、何ともぎこちなく視線を泳がせた。


 さっそく関わってるあの連中も、お前より馬鹿じゃないんだから案外、薄々勘付いているんじゃないか、と、彼は不穏な事を口にする。


「だってさ、お前って聡いけど、『うっかり』なうえ『ぼんやり』じゃん?」

「『うっかり』も『ぼんやり』も、した覚えはないが?」

「そりゃ重症だ。やっぱりさ、俺としては、薄々勘付かれていても本人が気付いていない、ってパターンじゃねぇかと思うんだが」


 マリアは彼の推測を「阿呆」と言って、一刀両断した。

 すると、彼が唐突に腹を抱えて、「出たッ、口癖の『阿呆』!」と馬鹿みたいに笑った。


 第三王子ルクシアの件については、ジーンも、宰相あたりから話を聞いているらしい。アーバンド侯爵家が戦闘メイドを貸し出した事は、一部の人間には知れ渡っていて、国王陛下は【国王陛下の剣】を使って最後の後始末に尽力を注ぐべく動いていると、ジーンは王宮の現状についても語った。


「ガーウィン卿いるだろ? っても、まぁ、お前は知らないか。あれが最後の戦争犯になるんだが、前国王時代からの人間で、かなり根が深くてな。アヴェインは完全に断つために、連なる人間を一掃しようと動いてる」


 他にも知り得ている情報はあるだろうが、マリアに出来る事はないと彼も分かっているようで、その話しはあっさり語る程度にとどめて、青い空を仰いぐ素振りで切り上げられた。



 過去を蒸し返せば、訊きたい事は沢山ある。



 例えば、自分の遺体はどうなったのか。そこにテレーサの遺体もあったのか。終戦の後に反逆者達の行方は誰が追い、どう解決したのか……


 けれど、それをジーンに問うのはあまりにも酷だ。

 マリアも、テレーサの事を聞いて冷静でいられる自信はない。


 一つだけ気になるとすれば、国境沿いを守っていた黒騎士部隊を追い込むべく、敵国を助けるように動き、避難していた王妃カトリーナを暗殺しようと手引きし、事あるごとにアヴェインの障害となっていた、当時の元老院である。


 国王に次いで発言権や権力を持っていた彼らは、国に必要な人間達のようだったが、あまりにも好き勝手が過ぎて、オブライトの目にも余るほど悪の温床と化していた。アレがある限り、戦争の火種は消えそうにもないと思ったほどだ。


 前国王時代から残る悪の因習だと、アヴェインも手を焼いていた覚えがある。


 元老院の連中は、自分達の自由にならないアヴェインを、どうにかしようと画策し続けていたし、いずれ王政をひっくり返すような謀反に乗り出すのも時間の問題だと言われていた。


「ああ、元老院か」


 もしかしたら、今回の第四王子と第三王子の周りの不穏な影も、それがあるのではと勘繰ってそれとなく尋ねると、ジーンが思い出すように顎髭をなぞった。


 ジーンは、どこか話しずらそうに眉を寄せ、渋りつつも「実はなぁ」とぼやいた。



「あ~……その、なんだ。多分お前が言ってるのって、特に議長辺りだと思うんだが……一番に、陛下が直接手を下した」



 うまく言葉はぼかしていたが、簡単にいえばその場での死刑執行である。ジーンは公務を語る時、幼馴染であり友人でもあるアヴェインを陛下と呼んだ。


 マリアは驚いて、ジーンの横顔を凝視した。アヴェインは剣の腕前は一流だったが、必要以外は人の命を手にかけない男だった。だからこそ、彼は自分の代わりに剣を振るう人間を置いていたのだ。


「まさか」

「いや、そのまさかだ」


 ジーンは、珍しく真面目な表情で、首を左右に小さく振った。


「特にアレは、ひどいもんだったぜ。陛下が話しをしたいと言ったから、護身用の剣を持たせて、到着したばかりの議長の馬車に乗せたんだがな? 少しもしないうちに窓が血飛沫で染まって、議長は一刺しで絶命。若い衛兵がげぇげぇ吐いて、その場に居合わせた若い奴らも、しばらくトラウマになってたな。うん、さすがに口からの串刺しは、俺でも堪えたわ」


 元老院は見事一掃し立て直され、正義と平和を論じて当時圧力をかけられていた博士や学者、中立を重んじていた歴史ある家柄の聡明な人間達が指名され、今の元老院を担っているらしい。


「お前の事を手助けしてた、バーグナーの爺さんも、今じゃ元老院の一人だぜ。覚えるか? 暗殺が多くなって陛下が辺境に避難させてたろ」

「ああ、覚えてる。懐かしいな……初めて登城した時に、『国と民を守った英雄なのだから背筋を伸ばしなさい』って背中を押してくれた人だ」


 思わず、込み上げた懐かしさに柔らかく笑んだマリアは、ふと、横顔に熱い視線を覚えて視線を上げた。


 ジーンが、まるで懐かしむように目を細めて、こちらを見つめていた。


 嬉しくて堪らないという表情を隠しもしない彼に、マリアは、少し恥ずかしさ覚えて、山にした足を引き寄せた。


「だらしない顔だぞ、ジーン」

「へへへっ、なんでもねぇよ、親友!」


 マリアが唇を尖らせてそっぽを向くと、ジーンが照れたように鼻をこすりながら、彼女の肩を容赦なく叩いた。


 まるで女だと思ってないな、こいつは。


 鍛えているとはいえ、少女の身にはかなりの衝撃である。マリアは、その想いを眼差しに乗せて、彼をジロリと睨み上げた。

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