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五十五章 私が「あの頃」好きだったことを(11)

(親友は、彼女が愛して守ろうとしていた弟を、共に……だから……)


 そうだとすると――最強だった彼の死は、彼が受け入れた死も――『ごめん』とマリアとなって見せた涙も、すべて、腑に落ちる。


 どれもジーンにとって衝撃が大きすぎる情報だった。たった一つの情報、というより、多過すぎた。


 それを十六年の同日、今よりも若かったアーバンド侯爵が偶然にも察知。恐らくは例の、ありえない速度で国内を駆け――『その現場を』、目撃したのだ。


(最悪だ)


 文面から察した状況にはゾッとした。


 アーバンド侯爵の逆鱗は〝子供〟だ。しかしだからこそ、この記録が事実としたのなら、ジーンの頭の中のパズルのピースが徐々に繋がっていくのだ。


「最近、よく動いているな……?」


 それが、そのきっかけがこの子供だとしたら、どうか。


 国王陛下も膿を一掃すると、いまだ執念で減速の姿勢にはならない。アーバンド侯爵もまた同じく、一掃しようとしている。


 だがアーバンド侯爵は、国王陛下が周知していないことにも及んでいるのだ。


(いったい何人の、どの組織らが関わっているんだ? 子供の死が原因なら、親友の暗殺に関わった全員が、アーバンド侯爵の殺害対象なんじゃ――)


 と考えたところでジーンは、ハッと思い出す。


『――ええ、私も、陛下からご紹介いただけたら、どんなによかったかと思っていますよ。心からね』


 アーバンド侯爵が、そう雑談でもらしていたことがあった。


(今、俺が持っている報告書……その写しが記録の一部だとすれば……アーバンド侯爵がオブライトの死を追っているということにならないか?)


 だとするとなぜだ、同情から?


 それとも国王陛下の、とても大切にしている親友だったからかーーー。


(あ、違う)


 記憶を急ぎ手繰り寄せたジーンは、背筋がさーっと冴えていく。当時気づかなかった自分を殴り飛ばしたくなった。


『優しい赤い目に、もう一度見つめられたかったものです。陛下が話していた未来のように、いつか、彼と酒でも飲めたらと――』


 一緒に酒を飲める日がきたらということを語る直前、アーバンド侯爵は『優しい赤い目に、もう一度見つめられたかったものです』と言ったのだ。


 彼は、オブライトに、会ったことがあるのだ。


(オブライトが関わったからか)


 逆だったのかとジーンは悟った。オブライトが関わったから、彼は個人的にも動くことになった。そして調べた結果、子供の存在を発見したのだ。


 そして最悪なことに、その子供の残酷な最期を、アーバンド侯爵が見届けることになった。


 ――この国の、悪の象徴の侯爵家。


 彼は子供には違う一面を見せる。


 そしてジーンが知る【本物の悪たち】というのは、命をかけた約束を違えることを、絶対に許さないものなのだ。


          ◆◆◆


 マリアは翌日、サリーとメイドの一人が付いて、リリーナがいつも通り王宮へ行くのを見送った。


 普段なら一緒に見送られる側だから、見送る側になるのは変な感じだった。でも『いってらっしゃい』を言えることに幸せを感じて、またにはこういうのもいいかもしれないとも思う。


 そうして午前十時過ぎに、マリアの仕事は終わった。


「丸一日休めばよかったのに」

「旦那様……人手が足りないですし、午前中のことくらいは手伝わないと、かわいそうです……」


 アーバンド侯爵に答えたマリアは『そもそも』と気になって、視線を上げる。


「おやおや、頭を動かすと、うまくリボンができないよ」

「……普通、旦那様がメイドの世話、します?」

「何度も言っているじゃないか。君も〝僕〟のかわいい娘だ」


 リビングへと運ばれた移動式の化粧台。その鏡に映ったアーバンド侯爵は、楽しそうだ。たまに都合がついた際、リリーナの髪型を自身の手でしている時と同じく穏やかな表情を浮かべている。


 マリアは、その斜め後ろにいる執事長のフォレスを見た。


「いいんですか?」

「二人でリボンを選びました。賭けに負けましたので、リボンは旦那様がすることになりましたが」

「揃って何をしているんですか」

「問題ありません。衣装選びはこれまたカレンさんに押し負けましたが、馬車へのエスコートは私がいたしますので」


 マリアは思わず「意味がわからない……」とぼやいてしまった。


 一昨日の夜、アーバンド侯爵には半休の時、王都を観光がてら歩いてくるとは伝えた。そうしたら、


『ではマリアが出かける時に、私も出発することにしよう。ついでに君を王都に送り届けられるからね』


 そう、にこにことアーバンド侯爵に提案された。


 何か『用事』か『頼まれ事』がないか、それとなく尋ねてはみた。そうしたら、みんながプライベートで外出するときに渡している財布を彼は引き出しから取り出すと、マリアの手に置いたのだ。


 彼からの返事が、財布だった。


 マリアは意味が汲み取れなかった。月給をゆうに超える金額が入っているのは、厚みからしても理解できる。


『……これは?』

『せっかくの観光だ。お小遣いだよ』


 桁をお間違えでは、とマリアは喉元まで出かかった。フォレスが『もらっておきなさい』と先に言って来たので、受け取ったが。


 とうとうアーバンド侯爵から、命令らしい命令をもらうことはなかった。食い下がったら、それでは送らせてね、馬車にきちんと乗るんだよ、と確認されただけだ。


(王都を観光してくると言ったのに、珍しくみんなあっさりだったなぁ)


 今日の服は用意してあるからと、仕事ですれ違った際にカレンたちに言われた。


 部屋に用意されていたのは濃い目の水色をした、白いフリルやレースのデザインも凝った、可愛い長袖の外行き用スカートだった。


 着たら着たで、ただの町娘に見えるかどうかマリアは不安になったものだ。


 十六歳のメイドが着るには、少々金がかかっているように感じる。


 夜は秋を感じ始める肌寒さがあるが、日中、日陰にいると秋の気配を感じられた。それに対応しつつ、日差しがまだ暑い昼間に歩くには通気性もいい布だ。見た目の印象よりも軽いので、動きやすいのも好みだと思ってそのまま着た。


「ほら、可愛くできたよ」


 アーバンド侯爵が、マリアの頭から両手をようやく離した。なんとも満足そうな様子だ。


 鏡に映っているのは、いつものリボンの髪型をした自分だ。

 でも――。


(なんだろう、私が自分でやるより、お嬢様っぽくも見える……?)


 マリアは不思議がって、頭にある大きなリボンをそっと触る。


「さて、行こうか」

「はい。旦那様」


 立ち上がったマリアは、アーバンド侯爵に手を差し出されて目を丸くした。間もなく、くすぐったそうな笑みを浮かべる。


 この屋敷で、その行為に目を向ける使用人は、いない。


「ありがとうございます」


 マリアは、アーバンド侯爵の左手を握った。


「マリアさん、反対側の手は私を握っても構いませんよ」

「フォレス執事長、私、そんなに小さくありません」

「坊ちゃまの代わりです」


 なるほど、そういえばそんな時もあったなとマリアは思い出す。父に似て、アルバートもよく手を握りたがった。


 結局、話しにつられるようにして左にフォレス、右はアーバンド侯爵という並びで手を繋いで玄関へと向かうことになった。子供みたいに二人に持ち上げられて、でも一緒になって笑ってしまったのは、『家族がいたら』と感じたからだろう。


 それに二人が、残り短い子供期間を大切に過ごそうとしてくれていることも、マリアは薄々察していた。


(恐らく――ロイドの求婚があったせい)


 それから、日々マリアを見ているためだろう。


 考え事は苦手だ。そして自分のことを推し測るのも苦手であるらしいとは、マリアもなんとなく学べてきたところだ。


 それから……。


(アヴェインも言っていたように、私は、どうやら他人に対しては敏いところがある、のかもしれない)


 人生経験は二度目。それが自分に向けられた、初めての家族から愛であるのなら、尚更気付いてしまうものなのかもしれない。

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