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五十五章 私が「あの頃」好きだったことを(6)

 自分のことを言っているのだとは、マリアも理解はできた。


 けれど、優しいと、彼が困るのはどうしてか。


 見ないうちに、この直近の間で何かあったのか少し気になった。だが視線に気づかれて、ジーンの目が戻ってきたのでマリアは咄嗟に空元気な笑みを返した。


「おかげでちょっとは耐性ができたのかな、とも思ってる」

「そっか。じゃあ第四王子の婚約話が出るまでは、こないつもりだったんだな」

「お察しの通りだよ」


 話していると、先程の雰囲気は残っておらず、マリアは不思議に思う。


(その直近の考え事は隠したい内容、みたいだな)


 もしくは話せないこと、か。


 忙しいのかもしれないと思って、知らいなふりをした。


「――……テレーサと会うのは、部隊でこっちにしばらく滞在した時だけ、だったから」


 ずきりと鈍い痛みを喉に覚えながら、どうにかそう告げた。


 テレーサ、という名前をこれまでマリアは出すことがなかった。


 それを察したみたいにジーンの目が向く。


 あの頃とあまり変わらないようにも見えた王都の町。懐かしい風景、懐かしい所――誰かのそばで眺めたが、あの頃も誰かと歩いていた時には、テレーサがいる風景は見られなかった。


「たまに、巡回も兼ねて一人で歩いてた時もあったもんな」


 ジーンが、空気の重さを軽減するみたいに言って、壁を少し滑ったマリアの方に身体を傾けた。


「重い」

「わはは、あの頃より肩の位置が全然違うせいだなー。――それで、一人で歩けないとずっと思ってたんだな」

「ああ……でもああやって歩くのは、好きだったんだ」


 戦っていない時間を全身で感じるみたいに、ゆっくりと歩いた。


「うん、知ってる。散歩も好きだったよなぁ」


 頭の半分にかかった重さから、ジーンの優しい声が聞こえた。


「好きなことだったら、またできるようにならねぇとな」

「ああ。だな」


 彼が拳を向けてきたので、マリアも拳を作ってコツンと合わせた。


 あの頃とは随分大きさに差ができてしまったが、その感覚も、不思議と当時の自分が感じていたものに思えた。


「応援してるぜ、親友」

「ありがとう」

「でも相談かと思ったら、報告だったんだなぁ」


 ジーンが頭を起こしながらカラカラと笑った。


 予定よりも長居してしまったかもしれない。マリアは立ち上がり、スカートを払って、彼へ向いて手を差し出した。


「お前の相棒だから――一番に、相談というか、共有しておこうかと、思って……」


 はじめに告げるべき言葉だったのだが、口下手なせいでタイミングを逃してしまっていた。


 しかし、正面からいざそう言ってみたら、なんだか妙にくすぐったい気恥ずかしさに襲われて唇を尖らせてしまった。


 屋敷の人達には話せない。


 彼らは『マリア』しか知らないから。


 けれど同時にジーンには、聞いて欲しい気持ちもあった。


「……っ親友よおおおおおお!」


 突如、遠吠えみたいな声と共に、ガツンッと全身に衝撃が来た。


「俺はっ、俺はものすごく嬉しいぞ!」

「いてててっ、骨っ、骨が軋む!」


 あろうことかこの長身の細い怪力男は、今は少女の身だというのに、全力で抱擁をしてきたのだ。


 いや、当時も全力でされるとめちゃくちゃ痛かったけれど。


「何かあったら一番に頼ってくれ! 俺は、ずっとお前の味方だし、お前はずっと俺の親友で、隊長だぜ!」

「――ってぇつってんだよ阿保!」


 ジーンが何を煩く叫んでいるのか分からない。痛みと苦しさがピークに達した瞬間、マリアは反射的に身体が動いていた。


 ドゴッという感触と共に、すっきりとした感覚があった。


 気付けば、足元で腹を抱えて四つい這いになっているジーンがいた。


 マリアは彼の背中を片足で踏んでいる状態だった。


「あ」


 思い返したら、腹に一発、首を掴んで地面にねじ伏せたうえ、足で踏んだ――という流れが浮かんできた。


「そ、そのドSじみたことを一瞬でやってのける親友、さすがだぜ……」


 何やら、苦しそうに大臣が呻いている。


「言い分は分からんが……なんか、すまん」


 この光景、昔もよく見たなと思ってマリアは謝った。


 ひとまず助け起こした。互いにダメージを受けた身体を、軽くほぐす。


「でも、ジーンにはほんと助かってるよ」

「急に褒められると照れるぜ。で、何が?」

「意外とかなり大人だよなぁって思って。――ありがとう」


 聞いて欲しいところを聞いてくれて、そしてまだ言えないことは、待ってくれていて。


 マリアはそんな思いを込めながら、彼から視線をそらして一緒に歩きだしながらそう告げた。


 ジーンが「ははっ、そっか」と軽く笑った。


「でもなぁ。俺も、諦めが結構悪い男なんだぜ」


 不思議に思って見上げた。

 彼は空を眺めていて視線を返してこなかった。


 間もなく王宮の建物に上がった。マリアは薬学研究棟へと向かう道を、ジーンも進んできて意外に思った。


「大臣の仕事部屋は、反対方向だろう?」


 すると彼は「実はさ」と言った。


「俺は、今日は早帰りなんだわ」

「へぇ珍しいな」

「おぅ」


 たびたびすれ違う人から声を潜めつつ、話す。


「ちょっと、今日こそ何かしら反応が欲しいな~と思う案件があってよ。また時間をずらしてせっつく作戦に出た」

「なんだ、それ?」

「まぁ今の時間の方か、色々とつかまりやすいかな~と」


 詳細は話してくれなかったが、彼も何かしら色々と抱えているのだろう。


 マリアは「そっか」と励ますように言った。


            ◆


 ジーンはそのあと、帰り支度をした。


 王宮から出る前に秘密の連絡方法にて、その人に届くよう手紙を忍ばせた。


 その相手は、アーバンド侯爵だ。


 もちろん連絡については〝裏〟をみている方の彼に用件がある。マリアやリリーナ達が帰る前なら、彼自身も動いているだろう。


(絶対、何か他に知っていることがあるはずだ)


 それはジーンの勘だった。


 アーバンド侯爵は、当時アヴェインに一度調査を頼まれていた。


 分かったことは何もないということで〝裏〟での調査は終えられて、今はアヴェインが求める平和な未来のために、当時から続く戦いに本当の意味で終止符を打つために集中している。


 当時の状況や関係していた何かがあるのだとして、その中でいくつか分かっていることがあるのだとしたら――管理しているのはアーバンド侯爵のはず。


 ジーンはアヴェインから共有されていたが、話を聞いて違和感を覚えた。


 何か、足りない――というか引っかかる。


 それは、マリアに再会してあと、その様子から徐々に確信へと変わり出した。


(あのアーバンド侯爵が調べても『分からない』なんて、あるのか?)


 馬車に乗り込んだジーンは、揺れを覚えながら考える。


 オブライトとテレーサ、その二人が関わってのことだとは分かる。しかし、何か、足りない。


 マリアの涙を見て、でもああしたことを納得して、どこかほっとしているのを見て――ジーンはさらに違和感を覚えた。


(何があった? 俺らの知らないところに、何が隠れてる?)


 妙、と言えばアーバンド侯爵の〝行動理由〟にも、ぽっかりと穴が開いているような、何か隠されているのを覚えてジーンはもやもやしていた。


 だから、考えが掴めない。


 推測を巡らそうとしたら途端に、全体像がかすんで何もみなくなる。


 とすると判断材料が何か欠けているのだ。ジーンは経験からそう思う。


「何か、おかしいんだよなぁ……」

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