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五十五章 私が「あの頃」好きだったことを(2)

「……で、なんの用だ? 急ぎ?」

「それを期待しているのなら愚かだな。とくに用はない」

「とくに、ない!? ふがっ」


 今度はアヴェインが、マリアの口を手で塞いだ。


「ちっ、身長差がありすぎて今はやりづらいな」

「自分の子供との思い出が蘇って罪悪感で胸が痛む、とかではなくっ」

「ではないな。一番の友にどうしてそう気を遣わなければならない?」

「…………」


 マリアは、しばし考える。


 それを観察しながら、アヴェインがゆっくり手を離していく。


「今は女性の身だとしても友なら性別は関係ないし……気を遣う必要は、ないな?」

「そうだろう」


 偉そうに彼が腕を組む。


「あと、相変わらず思考が口ら出るのは少しどうにかした方がいい」


 彼が指を一つ突きつける。


 そうしていると王様っぽいのに……とか思ったマリアは、ハッとして首を横に振る。


「それで急になんだ」

「いや、謁見の間からここが繋がっているからな」

「……ん? 待って、ベルアーノさんは一緒だったりする?」

「『さん』か。まったく、俺より先に仲良くしおって――当然一緒だったが?」


 今すぐ戻って、とマリアは言いたくなった。


 すぐに声が出なかったのは、いなくなったのに気付いて、隠し通路を思い出した彼が胃痛で参って人が集まっている光景が浮かんだからだ。


「お前、全然会いにこないじゃないか」

「待って。ルクシア様の件で忙しくしているのに、その父親の方にほいほい会いに行くメイドがいるか……?」


 そもそも〝王妃〟にどう説明するつもりだろうか。


「あと見合いしたんだってな。準備してあるからいつでもいいぞ」

「ああ分かった、ありが――うん?」

「俺の権限で予定は押さえてやった」

「待って。なんて?」


 するとアヴェインが、残念な者を見るような目をした。


「相変わらず鈍い奴だな。貴族の婚約というのは面倒な手順も多いんだぞ。お前はいったん貴族籍に入れて、それから協力する貴族も必要になるし、手続きに関しても出したら待たされる。だから、俺がそこに介入してやった」

「なんてことしてんの?」


 マリアは、行き場のない両手をわなわなと震わせた。


「国王がっ、どうして一貴族の婚約に割り込んでくる!?」

「ロイドに確認したら、書類を提出した翌日に婚約できるのは歓迎だと言っていたぞ」

「あいつは私と結婚したがっているからそうだろうなっ」

「何か問題でもあるのか?」

「ありまくりに決まってんだろ色々と言いたいことあるわ阿呆!」


 なぜか、あのロイドと婚約することをアヴェインは大歓迎しているらしい。


「婚約したら王家が全面協力するわけだし、堂々茶会にも呼べるよな」

「待って、話聞いてる?」

「安心しろ、婚約の条件云々はまだ確定させていない」

「させるなよっ? 当事者である私を置いて行動に出るなよ!?」


 念を押したら、アヴェインがようやく人の話を聞いてくれたみたいに間を置き、「いいぞ」と偉そうな感じで答えてきた。


(その間が信用ならない……)


 なんとなく、勘がマリアはそんなことを思う。


(おかしいな、ここまで話を聞かない奴ではなかったような……?)


「……というかアヴェイン?」

「なんだ」

「用って、本来だとそれが伝えるべき案件では?」


 彼が秀麗な眉を寄せ、腕を抱える。


(嘘だろ。理解してない、だと……?)


「で、いつ来る予定だ?」

「多忙な王様から信じられない言葉が飛んできたな……」

「俺はお前と全然話しができないのに、またジーンなのも面白くない」

「いや、ほんと、今日中に話さないといけないことがあって」

「相談か?」


 言ってみろという感じで、彼が付き合うと言わんばかりに壁に肩をもたれかける。


 途端にマリアは困ってしまった。


「いや、相談じゃなくて、報告、というか……」

「結婚報告か」

「違う」


 何がなんでも結婚に結び付けたいらしい。


「そうじゃなくて……」


 一瞬この友人の自分のペースに呆れたのも束の間、すぐマリアはたじろぐ。


 じっと見つめている、騎士とて中性を誓った相手の視線に、勝手な後ろめたさを覚えたせい――かもしれない。


 あの時と、アヴェインは姿が何もかも変わらない。


(いや、私がそう思っているだけかもしれないが……)


 確かにもうちょっと、人の話を聞くというか、そういうまだ可愛い感じの若さがあった、ような。


 アヴェインは、ただじっとそこで待っていた。


 謁見の予定も入っているのに、そう考えて焦りを覚えているのはマリアだけのようだ。


 ――いや、そうじゃない。


 国王なのに相変わらず『早く言え』ともせかさない態度が、余計にマリアを焦らせるのだ。


 非難もない眼差しは、あくまでこちらの意思を尊重している。


 テレーサのことを、今は待ってくれると再会の際に、態度でも示してくれたように。


 アヴェインは、相変わらずあの頃の『アヴェイン』のままで。


「…………町を、一人で歩いてみようかと思って……」


 気付けば、思考のあとに言葉が唇からこぼれた。


 自分でも驚くほど、細い声だ。

 少女だから当然なのかもしれない。静かな隠し通路なので、しっかり聞き届けた様子でアヴェインの片眉が、小さく上がる。


「なんだと?」

「私は、まだ、……マリアになってから、ゆっくり歩いたことがなくて……」


 呼吸がどんどん苦しくなっていくのを感じた。


 ああ、なんて情けない。


 マリアは、その人からは目をそらしてはいけないと騎士としての心で分かってい名から、下がっていく視線を止められなかった。


(――苦しい)


 元々口下手だった。


 この想いを、どう言葉にしていいのか。


「マリア」


 だが、完全に視線が足元に下がろうとした直前、肩を掴まれた。


 子供や、少女にする手つきではなかった。


 マリアは弾かれるように顔を上げた。腰を屈めて目線を合わせたのか、眼前にアヴェインの顔があって、驚く。


「よし。驚きで心は鎮まったな?」

「……あ、ああ、そうだな」


 まったく、と言いながらアヴェインが頭を起こす。


「お前の悪い癖だぞ。全部抱えるな、無理をするな、答えられなかったらそう正直に言えばいいだけだ」

「でも、嘘を吐くことと変わらないのでは」

「だ・か・ら、そういうところが一部、お前はものすごく頭が固いというのだ」


 アヴェインが、しつこいくらい額をつんつんと指でつついてきた。


「友人だろう。〝頼る〟くらいの何が悪い」

「た、頼る……」


 マリアがとうとう痛みを感じて一歩後退に、額を両手でこすると、アヴェインが鼻から小さく息をつく。


「友をナメるなよ。その表情を見れば、なんとなく察しもつくものだ。いや。俺という〝王〟をナメるな。いいな?」


 額が意外にもじんじんと痛んで、気が半分そちらに削がれている。


 よく分からいながマリアはこくこくと頷いた。


「ジーンに会いたいなら、俺が伝えておいてやる」

「え? いいのか?」


 すると今度は、顔を手につきながら盛大な溜息まで吐かれてしまった。


「あのな、身近に身分の高い者がごろごろいるんだぞ。利用しろ。頼めばいいだろう」


 マリアは、額をゆるゆるとこすりながら「うーん……」と視線を下ろす。


「……分かった」


 たぶん、と心の中で付け加える。


 アヴェインがやや呆れたみたいに見てきたが、数秒後には小さく噴き出していた。


「暴れる時は平気で巻き込む癖に、相変わらず簡単なお願いだと億劫になるな」

「はぁ、すまない……?」

「まぁいい。とにかく、ジーンのことは任せておけ。あいつのことだから、うまく返事は出すと思うぞ」


 アヴェインは隠し通路の出方を教えると、マリアとは反対方向――奥とへ進む道を歩き出した。


「明日はお前、欠勤だったな。休みか半休かは知らんが、俺の王都を楽しめ」


 そう言い残し、ひらひらと手を振って進んでいく。


 マリアはその後ろ姿を、しばらく見送った。


(……というか、私のスケジュールをチェックしているのか?)


 オブライト時代と同じく把握されているみたいだ。


(アヴェインも相変わらず、国民想いの王様だなぁ)


 彼の脅威的な頭脳だから、きっと城のほとんどを把握しているのだろうなと、マリアはとんだ勘違いを思ったのだった。

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